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2011年12月26日 (月)

乾一宇「力の信奉者ロシア その思想と戦略」JCA出版

 ロシアは力を信奉する国である。パワー・ポリティックスの立場から、どの国も大なり小なり力を重要視する。ロシアの場合は、それが度を超している。

【どんな本?】

 第二次大戦後のスターリンからゴルバチョフのソ連崩壊を経て現代のメドベージェフまで、ソ連/ロシアの軍事の基本方針/戦略の変転と実情を、主に公開された文書を元に読み取り、その決定の背後にあるソ連/ロシアの政治・経済の内情や国際情勢などと併せ、元防衛研究所室長の著者が解析・解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年5月10日発行。ハードカバー縦一段組みで本文約252頁+まえがき8頁+むすび3頁。9.5ポイント45字×18行×252頁=204,120字、400字詰め原稿用紙で約511枚。

 文章はいかにも軍人らしい堅さがあり、また研究者らしく正確さに注意を払っているものの、素人の読者に配慮したのか、思ったより読みやすかった。人名などの表記や年月日の表記法などを、「まえがき」で触れているのもありがたい。

【構成は?】

 まえがき
序章 通常戦戦略期(1945年~53年3月)
第一部 核戦戦略期(1953年3月~76年)
 第一章 軍事上の革命期(移行期)(1953年3月~59年12月)
 第二章 核戦略草創期(1960~64年)
 第三章 核戦略発展期(1965~76年)
第二部 核脅威下の通常戦戦略期(1977年~)
 第一章 第一期 攻勢戦略期(1977~85年3月)
 第二章 第二期 防勢戦略期(1985年3月~91年)
第三部 ロシアの核脅威下の通常戦戦略期(第三期 修正防勢戦略期)
 第一章 エリツィン時代の安全保障(1992~99年)
 第二章 プーチン時代の安全保障(2000年~08年5月)
 第三章 メドベージェフ時代の安全保障(2008年5月~)
むすび
 注/付録 歴代国防相及び参謀総長/英略語
あとがき
 初出及び関連論文、兵器緒元・注関係書物、ロシア語・英語引用文献
 人名索引/事項索引

【感想は?】

 扇情的な書名とは裏腹に、文章は冷静でドライだ。ロシアの基本軍事戦略という概要的なテーマや、主に文献から分析・解析するというアプローチも手伝って、細かいエピソードもあまり出てこない。

 こういう一見「眠い」本は、ナメてかかると酷い目にあう。「よーわからん」などと思って読み飛ばすと、実は大変な事が書かれてたりする。

 中でも最も衝撃的なのは、ロシアが核戦略を今でも重要視し、しかも核攻撃の敷居を次第に下げている、という点だ。末尾近く、「メドベージェフ時代の安全保障」には、こうある。

ロシアは、ロシアと(あるいは)その同盟国に対する核兵器及びその他の大量破壊兵器の使用に対する報復として、また、ロシアの国家安全保障の危機的状況において通常兵器を使用する侵略に対して、核兵器を使用する権利を留保する

 「通常兵器の攻撃でも核撃っちゃうよ」と言ってるわけ。日本が核兵器を持っていようがいまいが関係ない、ロシアの脅威と判断したらドーンといっちゃうよ、と。なんでこんなに攻撃なのかというと、著者はこう分析している。

 西側先進諸国などの最先端技術をとり入れた通常兵器(システム)に劣り、あるいは中国の圧倒的通常戦力を前にして、ロシアはドクトリンで核兵器の使用において自己を縛ることをしていない。

 つまりは通常兵器で劣勢だから核に頼るしかないじゃん、というわけ。こっちから見れば無茶な理屈だけど、ロシアから見れば当然の理屈なんだろうなあ。ということで、冷戦は終わったけど、核の脅威は消えちゃいない。

 核戦略の歴史的経緯は深読みすると面白い。スターリンは当初核を軽視するポーズを取ってたけど、ソ連で核実験が成功するや核重視に切り替え、次第に核偏重へと傾いていく。この傾向はフルシチョフまで続き、通常戦力は軽視される。気になったのが核のボタンは書記長が握ってるって点。軍に頼らない軍事力が欲しかったんじゃないか、ってのは勘ぐり過ぎ?

 ブレジネフの登場以降、軍は通常戦力軽視をおおっぴらに批判して戦力拡充を図る。このあたりの屁理屈のつけ方がいかにも共産主義国家っぽくて笑える。過去の政策を素直に批判できず、なんとか正当化しようと四苦八苦してて、それを本書が見事に暴露してる。

 逆に言うと今のロシアは共産主義の縛りがない分、本音かつ現実的な施策を堂々と打てるので、かえって怖い存在になってるのかも。現実的な側面のひとつは、兵数。

平時、兵員数は削減するけれども、必要に応じ戦力を増強することが出来る基幹制正規軍の制度をとっている。つまり、平時、完全充足部隊は最小限しか保持せず、他の多くは、装備は完全充足、人員は未充足の動員師団として保持する体制である。

 平時は小兵力で安く上げ、戦時には大量動員して大きな軍に膨れ上がる、イスラエルと同じ性格を目指してるわけ。質と量を両立させる実績ある制度なわけで、これは手ごわい。

 もうひとつ、ロシアから見た軍事情勢の興味ぶかい点は、彼らが最大の脅威を感じているのがNATOだ、という点。まあ歴史的にもナポレオンとヒトラーが最大の激戦だったし、地勢的にも欧州は陸続きだし、戦力的にも日米同盟よりNATOの方が大きいから、当然といっちゃ当然なんだけど、軽視されてるみたいでちと複雑。いや重視して欲しくもないけどね。

 語り口は冷静ながら、政治家に対しては結構辛らつに評してて、フルシチョフは「現実認識に欠けた政治指導者」、ゴルバチョフも「崩壊後もちやほやし、厚遇するのは日本やいくつかの国ぐらいだろう」とコキおろしている。まあロシアの立場で見れば高評価は出来ないよなあ。

 他にも原油価格の高騰に応じて国情が浮沈する資源大国ロシアな側面も垣間見えたり、細かい点に注意すると色々な事が見えてくる。日本としちゃ愚かで弱いロシアでいて欲しいんだが、どうもそうはいかないみたいだ。

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