籘真千歳「スワロウテイル/幼形成熟の終わり」ハヤカワ文庫JA
――桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)。
【どんな本?】
前作「スワロウテイル人工少女販売処」が、ハヤカワ文庫JA初登場ながらSFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」ベストSF2010国内編で堂々12位にランクインし、2011年星雲賞の候補にもなった籘真千歳による、同じシリーズの続編。
疫病<種のアポトーシス>に冒された者が隔離された人工の浮島<東京自治区>を舞台に、二つの事件の謎を追うミステリの形で、歪な自治区の歴史と社会、人の手で作り出された人工妖精と共棲する者たち、そして日本国内の自治区という特異な立場にある東京自治区を巡る外交駆け引きを描く。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
文庫書下ろしで2011年9月25日初版発行。文庫本で縦一段組み本文約527頁。9ポイント41字×18行×527頁=388,926字、400字詰め原稿用紙で約973枚。標準的な長編2冊分ぐらい。
ライトノベル出身の作家にしては、意外と読みにくい。文章が云々ではなく、これは著者の意図的なもの。というのも、かつての黒丸尚氏のようにルビを多用したスタイルのため。例えば「人工妖精」には「フィギュア」とルビがついている。
詰め込みすぎなぐらいに設定が込み入ってるので、出来れば前作から読んだ方がいい。特にミステリとしての部分はアレなので、前作を読んでいないと、唐突にご都合主義を持ち込んだ印象になる…って、私もほとんど設定を忘れてたんだけど。
【どんな話?】
男女が別れて暮らす自治区。男性側自治区の自警団の曽田陽平は、人工妖精の“顔剥ぎ”事件を追い現場に赴く。そこで仕入れた情報は、意外なものだった。被害者・加害者ともに女性、つまり人口妖精であり、かつ被害者の身元は既に割れている。なんと、元気に生きているのだ。
同じ頃、人工妖精の揚羽は後輩の葬儀に出席していた。出席者は揚羽ひとりだけの寂しい葬儀が終わろうとする時、火葬炉で燃え尽きる筈の遺体は真っ黒に焦げながらも蘇り、逃げ出した。
【感想は?】
椛子さん…ワイルドな言動も素敵です。
前作を読んだ人は、「アレ?」と思う出だし。あーゆー終わり方だから、今度は美少年続々かと思ったら、舞台は変わらなかった。いや別に美少年物が読みたいわけじゃないけど。
このシリーズの目玉となる人工妖精はマイクロマシンの集合体で、アンドロイド。<種のアポトーシス>罹患者は男女が別れて暮らす必要があるため、第三の性として作られた。人間並みの高度な感情を持つが、同時に『人工知性の倫理三原則』+『情緒二原則』を組み込んである。
第一原則 人工知性は、人間に危害を加えてはならない。
第二原則 人工知性は、可能な限り人間の希望に応じなければならない。
第三原則 人工知性は、可能な限り自分の存在を保持しなければならない。
第四原則 (制作者の任意)
第五原則 第四原則を他者に知られてはならない。
情緒二原則が功を奏してか、このシリーズの人工妖精は感情豊かだ。体重を気にするし恋もする。嫌な奴には悪態をつき、自分の生き方に迷う。個性も豊かで傍若無人なエセ金髪もいれば十二単を着こなすお姫様もいる。主人公の揚羽は黒に拘る小柄なボクっ娘。計算は速いが根本的な所でボケる所が可愛い。
今作も冒頭はミステリ仕立て。人工妖精の顔を剥ぐ人工妖精、しかも被害者は元気に今も生きている。何のために顔を剥ぐのか、なぜ被害者は生きているのか、なら今ここにある遺体は誰なのか。
もうひとつは美少女ゾンビ。表紙こそ可憐なものの、描写は相当にエグい。火葬炉から炭化した腕がニョキっと出てくるんですぜ。その直後はゾンビと追いかけっこの末にバトル。この容赦もやたらと詳細で…。
というグロい描写もあれば、やたら歎美なシーンもあるから困る。なんと言ってもこの作品に欠かせないのが、<蝶>。マイクロマシンの集合体で、主に廃棄物を分解する機能を受け持っている。ゴミ集積場や殺人現場に蝶が舞うってのも、相当にシュールだが、読み所は終盤。閉ざされた「秘密基地」の中を妖しく蝶が舞うシーンには、寒色の照明が似合いそう。蝶って、本体をアップで見ると結構グロテスクなんだよね。
出てくる女性が極端なのも、この人の特徴。相変わらずプロの引きこもりで年齢不詳の鏡子さん、口を開けば罵詈雑言ばかり。天上天下唯我独尊とでも言いますか、自分以外は蛆虫並みの馬鹿と決め付け、しかもそれを隠さず口に出すから酷い。まあ表裏がないと言えばないんだけど、よくもこんな人物を作ったもんだ。
前作では出番が少なく底を見せなかった椛子閣下も、今回は見所たっぷり。自治区総督という立場に相応しく、今回も登場シーンでは教養豊かで優雅、思慮深くも誇り高い姿を見せ付けてくれる。ところが、場面が展開するに従い「…あれ?」となり…なかなか底が知れないお方です。
前半の読み所は、その椛子閣下が活躍する自治区の危機と、その背景として語られる自治区を巡る国際関係。まあ私がハイル椛子閣下なせいもあるけど。前作では日本以外はあまり出てこなかったが、今作では緊張を孕む国際関係を交え世界情勢と歴史の一端を見せる。「え!あそこがあーなるの?」と、日本人としてはショッキングな設定もチラリ。
前作でもプールが印象的なシーンを描いてた著者、今作も水のシーンは印象的。深いプールの中で、静かにリズミカルに「唄う」青い光。短い場面だけど、ビジュアル的なインパクトは鮮烈。
終盤では、ロボット物の常として、ロボットを鏡として人間を映し出す、というSFの王道に真っ向から取り組むこのシリーズ、著者が「十年後に読まれても色褪せないような物語」を目指しただけあって、密度も濃い。自治区や各登場人物の行く末も気になるし、長くシリーズを続けて欲しい。
…だれか登場人物を忘れてるような気がするけど、ま、いっか、おっさんなんか←をい
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