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2011年11月22日 (火)

海堂尊「極北クレイマー」朝日新聞出版

 暗証ロックを解除しようとしてふと見ると、通用口の隣に大きな雪だるまが置かれているのが目に入った。今中と同じくらいの背丈か。そういえば学校はまだ冬休みだから、大方ゆうべ、近所のガキがこしらえたんだろう。そう考えながら、横目でちらりと雪だるまを見た今中はぎょっとして、まじまじとのぞき込んだ。
 雪だるまが、桃色眼鏡をかけている。

【どんな本?】

 「チーム・バチスタの栄光」でデビューして以来、ヒット作を連発している人気作家、海堂尊による医療長編娯楽小説。件の田口・白鳥コンビは出てこない上に、舞台も桜宮市ではないものの、世界は共通しており、ファンにはお馴染みの面子がヒョッコリ顔を見せる。

 今回のテーマは地方医療と厚生労働省の行政方針、そして産婦人科の「医療ミス」問題。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は「週刊朝日」2008年1月4-11日号~12月265日号まで連載。単行本は2009年4月30日第一刷発行。今は朝日文庫から文庫本が出ている。縦一段組みで約428頁。9.5ポイント43字×18行×428頁=331,272字、400字詰め原稿用紙で約829枚、長編小説としては長めの分量。

 分量こそ多いものの、読みやすさは抜群。もともとエンタテナーとしてのサービス精神旺盛な人だったけど、この作品はコミカルな雰囲気も手伝い、サクサク読める。医療物だし、テーマに行政も絡むから、それなりに難しくややこしい話が出てきてる筈なのに、そこらのライトノベルより遥かに読みやすい。一段落ついたら「読みやすい文章」ってテーマで、作文の教科書を書いてくれないかしらん。

【どんな話?】

 極北大からはじき出された外科医の今中は、極北市民病院にやってきた。観光客を当てにした遊園地やスキー場・豪華ホテルなど無謀な事業が失敗し、市の財政は破綻寸前であり、極北市民病院も市の財政に大きな負担を与えている。駅に着いた今中を迎えたのは市役所の職員であり、連れて行かれたのは市役所だった…勤務地の市民病院ではなく。

【感想は?】

 氷姫こと姫宮香織が、ここぞとばかりに大暴れ。出番こそ少ないものの、鮮やかな活躍で周囲をブリザードに巻き込む。こういう展開を待ってたんだ、私は。

 今までもシリーズで名前こそ何回か出てきたものの、出番はほとんどなく、「螺鈿迷宮」と「ジェネラル・ルージュの凱旋」で少し顔を出す程度。あの白鳥の部下が務まるぐらいだからタダ者ではないと思っていたが、予想の遥か上を行く強烈なキャラクターだった。姫宮待望論を唱えるのは厚生労働省だけじゃないぞ、作者よ。

 大柄な美人、トレードマークは桃色眼鏡。優れた記憶力と鋭い観察眼に加え白鳥と張り合える論理的な推論能力。態度は謙虚で丁寧、かつ抜きん出てた行動力も持つ。とくれば「無敵のスーパーレディ」を思い浮かべるだろうが、大変な問題がある。あの白鳥に心酔しているのだ。意図的に空気を読まない白鳥に対し、彼女はそもそも空気が読めない。ただし、白鳥と異なり、彼女はとても「人がいい」。人の言動を基本的に善意に、かつ論理的に解釈するのだ。

 そんな彼女が舞い降りるのが、因習と政争に満ちた田舎の市民病院、とくれば大嵐は間違いない。まあ登場は舞い降りるどころか「雪だるま」なんだけど。こういう「外し」は娯楽作としては見事な手並みで、例えば赴任挨拶で「この病院には世間の常識が通用しない」という説明を受けた彼女、返答して曰く…

「まあ、素敵。世間の常識が通用しないなんて、きっと最先端医療を実践されているのですね」

 無敵の天然キャラと言えよう。なんでこういう美味しいキャラクターを今まで出さないのかなあ。大柄な美人って所で、女性ファンの妬みを買うのを恐れた、とか?

 さて、物語は、組織内を巧く泳げない今中が、田舎病院の政争に巻き込まれ、貧乏クジを引き続ける、という形で進んでいく。市からは経費削減の食い物にされ、院長からは面倒を押し付けられた上にテッポウダマにされる。看護師たちからはナメられ、同僚にはからかわれる。

 この過程で見えてくるのが、市の政治と密接に結びついている病院経営。冒頭で赴任したての今中が、最初に案内されたのが市民病院ではなく市役所。これで示唆されるように、地方医療が自治体の政治と密接に結びついている由がひしひしと伝わってくる。政治家と医療関係者が「連携を取ってチームプレー」となれば万々歳なのだが…

 もともと登場人物を徹底的に戯画化して娯楽性を高めているこの作者、今作ではなんと「水戸黄門」をモチーフにしている。とはいえ社会問題を提起している作品だけに、「めでたし、めでたし」とはいかないもので…

 今までの作品では一貫してAi(オートプシー・イメージング、→Wikipedia)の導入を訴えてきた作者、この作品ではAi主張は控えめ、どころか、シリーズの他の作品を読んでないと気がつかないぐらい。

 かわりにクローズアップしているのが、産婦人科の「医療ミス」問題。敢えて「」でくくったのには意図がある。問題の焦点となる産婦人科の三枝医師、彼の人物像が「崩壊寸前の市民病院を一人で支える熱心な医師で、市民からの信望も厚い」である由でわかるように、決して単純な「ミス」として扱ってはいない。

 などと深刻で面倒くさい社会問題を扱いながら、作品は娯楽作として素直に楽しめる。お馴染みの登場人物もひょっこり顔を出すファンサービスも忘れない。相変わらず元気に優れた統率力を発揮している模様。

 でもさ、姫宮の登場場面、少なくね?いや評価が偏ってるのは自覚してるけど。出来れば勤務日誌とかの形で、彼女が主役の作品を是非。

【関連記事】

 次回の書評はアントニー・ビーヴァーの「スペイン内戦」の予定なんだけど、来週にずれ込みそう。ハードカバー上下巻と量も多い上に登場人物が異様に多く、立場も込み入ってて難渋している。

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コメント

氷姫のアクション…天然の酔拳って感じでしょうか。またはキリッと皮ツナギに身を包み、大型二輪車でのチェイスとか。重量感があり無骨でクラシカルなBMWが似合うのは彼女くらいでしょう。

投稿: ちくわぶ | 2014年8月 1日 (金) 22時38分

実は私、台湾に住んでいるのですが、気晴らしに小説を読む時、台北の紀伊国屋書店へ行きます。海堂先生の本は割りと置いてあります。今度日本に戻った時、買い込んで戻るつもりです。

投稿: 田中美智子 | 2014年8月 1日 (金) 00時20分

 本当に同感です。私も姫宮香織ファンです。海堂先生には、ぜひ姫宮香織が主役の作品を書いていただきたいです。アクションシーンなども入れて。彼女は体が大きいので、意外と強いかも。『螺鈿迷宮』ではトロに女性に描かれていましたけど。

投稿: | 2014年8月 1日 (金) 00時12分

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