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2011年11月21日 (月)

マーク・ボウデン「ホメイニ師の賓客 イラン米国大使館占拠事件と果てしなき相克 下」早川書房 伏見威蕃訳

共和党の有力大統領候補でカリフォルニア州知事のロナルド・レーガンは、イランについて泥臭い比喩を使って、誠意のない相手と外交交渉をつづけても無駄だとほのめかした。
「サラミソーセージを薄切りにするみたいに、向こうは小出しに条件を出してくる。あることをやったら人質を解放するとわれわれに思い込ませ、 "呑もう" とわれわれがいうと、すぐにべつの条件を付け加える。そういう追加条件にわれわれがいそいそと取り組んでるあいだ、向こうは人質を引き止めておく口実があるわけだ」

【どんな本?】

 1979年の在イラン米国大使館占拠事件を、背景から人質の待遇、米国およびイラン政府の対応から人質救出作戦 "イーグル・クロウ" に至るまで、膨大な資料とインタビューに基づき再現したドキュメンタリー。

 人質解放交渉は行き詰まり、カーターは追い詰められていく中、遂にデルタ・フォースによる救出作戦が発動するが、悲惨な失敗に終わる。多様な勢力が競い合っていたイランは、ホメイニを筆頭とする宗教勢力が着々と地歩を固める。落胆する合衆国を救ったのは、意外な乱入者だった…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

  原書は Guest of the Atatollah, by Mark Bowden, 2006。日本語版は2007年5月25日初版発行。ハードカバー縦一段組みで上下巻。上巻約436頁+下巻約438頁。9.5ポイント45字×19行×(436頁+438頁)=747,270字、400字詰め原稿用紙で約1869枚。長編小説3~4冊分の量。翻訳物のノンフィクションにしては比較的読みやすい部類。

【構成は?】

上巻
 パートⅠ “セット・イン” 1979年11月4日 テヘラン
 パートⅡ スパイの巣窟
 パートⅢ 待機
下巻
 パートⅢ 待機(承前)
 パートⅣ 132名の兵士
 パートⅤ 蛮人との交渉
  エピローグ
  訳者あとがき

 下巻の末尾は、人質と占拠学生双方の今日の姿の追跡取材に割かれている。今日のイラン社会の現状が興味深い。

【感想は?】

 相変わらず一歩進んで二歩下がる外交交渉。大統領選を控え、カーターの弱腰を共和党候補のレーガンは激しく攻撃する。が、対案があるわけじゃない。記者に質問されたときの答えは「奇跡を待つ」。

 ヒートアップするマスコミは連日事件を報道し、被害者家族も否応なしに巻き込まれていく。最新状況の変化や分析には大きな時間を割くが、肝心の事件の原因、すなわち両国関係の歴史など占拠学生が望む内容はほとんど報道されない。

学生集団は「武装勢力」もしくは過激派と呼ばれ、その行動は説明のつかない狂信主義的な野放図な行為と見なされた。四半世紀以上も前のイラン政変でアメリカが演じた役割や、それ以外のイラン人の怒りと不信感の原因の説明がなされることは皆無に近かった。

 マスコミのセンセーショナルで刹那的な体質は日本だけじゃなかったのね。イラクのクウェート侵攻でも、イラクが抱えた負債についてTVはほとんど解説しなかったし。

 人質は、連日尋問される。影の首謀者と見られる聖職者ホエハニも尋問に乗り出すが、相手が悪かった。どれだけ虐待されても学生たちへの軽侮を隠そうとしない、政務官マイケル・J・メトリンコ。ホエハニと顔を突合せた途端に出た言葉が…

メトリンコ「なぜこの男を連れてきた?」
ホエハニ「この男とはどういう関係だ?」
メトリンコ「彼の兄がおれの柔道の師だ」
(略)ホエハニは、その義弟について質問した。
メトリンコ「女みたいな服を着ているやつの質問には答えない」

 その後、散々にボコられるメトリンコだが「メトリンコの心は喜びに満ちていた。概して、この数ヶ月で経験したなかで、一番おもしろい出来事だった」。この後も彼は本音を正直に語ってはボコられ続けるのだが、最後まで態度を改めなかったそうな。根性座ってます。

 群雄割拠だったイランの政界で、膠着状況は「強硬な宗教指導者勢力の現実的な利益に結びつく」が、「カーターもその顧問の老練な外交専門家たちも、(略)まったく理解していなかった」。「民主的かつ世俗的な国家を築こうとする、バニサドルやゴトブザデのような国民に人気のある政治家の勢力は阻害された」。ゴトブザデ曰く「イランは、この国に災難をもたらすファシストの過激派集団によって治められている」。

 そんな中、起死回生を図り発動したイーグル・クロウ作戦、しかし「八機だったシースタリオン(大型輸送ヘリ)は、早くも六機に減っていた」と、冒頭から不吉な出だし。人気のない筈の道路にはトラックとバスが通過し、悲惨な結果を迎える。だが、四機のC-130(大型輸送機)は「イラン空軍の邀撃を受けることなく、よろめきながら脱出した」。イランの防空網が穴だらけってのが判明したのが、唯一の幸福か。

 マスコミは失敗の責任をカーターに押し付けようとする。傲岸不遜なベックウィズ大佐、どう対応するかと思ったら…

「自分の決断で任務を中止したのであり、おなじ状況にはまたおなじことをする」

 だが人質奪還の危険に気がついた学生たちは、人質を分散させ、以後の奪還作戦はほぼ不可能になる。というか、今までその危険を認識してなかった、というあたりが素人だよなあ。

 さて、人質は不確定ながら米国との手紙のやりとりを許される。政務官ジョン・W・リンバートJr.は「それぞれの単語の最初の文字を拾ったものが暗号文になるように文章を編んだ」。「手紙は国務省やCIAに渡されたが、そこでも解読できなかった」。大丈夫かいな。

 末尾の今日編もなかなか面白い。「イランでは、交通事故によって22分にひとりが死んでいると伝えられるが、そんなに少ないとはとうてい信じられない」。年間に換算すると約2万4千件。ホンマかいなと思って調べたら、外務省のでも「 ここ数年,年間2~3万人程度が交通事故で死亡しています」。人口10万人あたり約32人。ちなみに日本は2009年で人口10万人あたり3.85人(社団法人新交通管理システム協会日本の交通事情)。

 コネや賄賂が横行し、例えばテヘランの地下鉄工事の「設計や土木工事は、むろんアクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ大統領の息子の所有する企業が請け負った」。テヘランの「中心部には数ブロックにおよぶ麻薬の露天市場がある」。「先ごろの取締りでは、改革派の新聞や雑誌が何百も発禁になった」。そんなジャーナリストの一人は…

「それ(人質占拠事件)をやった盗人どもがいま権力を握って、われわれをめちゃくちゃに搾取していると、このひとたちに教えてあげてくれ。おれたちはアメリカが大好きだ」。

 盗人ども?誰かというと、例えば…

 元人質のローダー、スコット、ドハティ、ほか数人が、写真や映像を見て、この大統領候補には見覚えがあるといい、拘束者のなかにいたと主張した。ことにローダーは頑として譲らず、体が不自由な息子をヴァージニア州郊外の家から誘拐して手足の指を一本ずつ切り落とすと脅して、口を割らせようとした尋問者に間違いない、といった。顎鬚を生やした小柄な元テヘラン市長のアハマディネジャードは、それを否定した。

 また、人質から最も嫌われた狂信的な女性で副大統領のニルファル・エブカテル。人質のメトリンコ曰く「あの女が通りで炎に包まれているを見ても、小便をかけて火を消すことはしない」。彼女が著した本を、アメリカの出版社は買わず、カナダの出版社から出た。まあ大手は売れない本なんか相手にしないもんだが…

大勢に嫌われているイラン人が25年前の事件を自分のいうように解釈して書いた本が商業的に成功するはずはないという意見よりも、政府の検閲が原因だという突拍子もない自説のほうが筋が通っていると考えていた。

 まあ人間ってのは、「相手も自分と同じように考えるだろう」と思い込む性質があるとはいえ。つまり、現イラン政権は、そういう人たちが運営してるわけです。
 そんなイランの現体制に対し、世論はどうかというと。

 ジャーナリストになったアッバス・アブディーは、(略)イラン国民の74%がアメリカとの国交回復を望んでいるという世論調査を発表したために、人質が監禁されていた悪名高いエヴィン刑務所で四年半の刑を勤めていた。

 著者曰く。

テヘランからの帰りの便では、二度とも(例としてはあまりに回数が少ないのは認める)、女性がひとり残らず離陸と同時にスカーフとループーシュを脱ぎ捨てたことを明記したいと思う。

 全般的に「USA!USA!」な論調で占められた本ではあるものの、アメリカとイランの関係を知るには、ケネス・ポラックの「ザ・パージァン・パズル」の次に役立つ本だろう。

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