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2011年11月16日 (水)

ジーナ・コラータ「クローン羊ドリー」アスキー出版局 中俣真知子訳

「今週号の表紙を飾る子羊は、核を除去して、成体の羊の乳腺細胞の核を移植した一個の卵母細胞から育てられた。この子羊は成体の組織の細胞から生まれた最初の哺乳動物かもしれない」  ――科学雑誌<ネイチャー>がジャーナリストに発信した電子メール

【どんな本?】

 1996年7月5日午後5時、スコットランドのロスリン研究所でドリーは生まれた。彼女はクローンだ。6歳の成熟した羊の乳腺細胞の遺伝物質を、他の羊の(遺伝物質を取り除いた)卵細胞に注入し、更に別の羊の胎内で成長して生まれたのだ。
 哺乳類の成体からクローンが出来た。このニュースは世界中で話題となり、様々な議論を巻き起こす。

 ドリーを「作った」ロスリン研究所のイアン・ウィルムウッドを中心に、ドリーが生まれるまでの生物学の研究の歩み、それを取り巻くマスコミの動向、そして進歩する科学に翻弄される世論の動きなどをまとめた科学ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Clone ; The Road To Dolly and the Path Ahead, 1997 Gina Kolata。日本語版は1998年3月11日初版発行。ハードカバー縦一段組みで約336頁。9ポイント45字×18行×336頁=272,160字、400字詰め原稿用紙で約681枚。小説なら普通の長編の量。

 科学を扱った本としては、相当に読みやすい部類に入る。かなりの特急スケジュールで訳した割りに、文章は翻訳物としてはこなれている。前提知識も多くは要らない。数式や分子式は出てこないし、中学校卒業程度の理科が出来ていれば充分。

【構成は?】

 謝辞
第一章 世界を変えた偉業
第二章 報道協定敗れる
第三章 奇想天外な実験
第四章 倫理学者の登場
第五章 『複製人間の誕生』
第六章 疑惑のクローニング実験
第七章 エキセントリックな天才
第八章 ドリーへの道
第九章 クローン羊をめぐる狂想曲
第十章 クローン人間は生まれるのか?
 解説/訳者あとがき/引用文献/本書関連年表/索引

 科学ジャーナリストとはいえ一般向けの著作に慣れている著者らしく、第一章にドリー誕生の大騒ぎを持ってきて、一気に読者を引き込む。第三章から時計を巻き戻し、発生学の歴史を振り返りつつ、「ドリーの何が斬新なのか」「何が難しかったのか」、そして社会的な背景を交え「なぜドリーがこんなに話題になったのか」を解説する。

【感想は?】

 既にiPS細胞などの新技術が出てきている今はややインパクトが薄れた感があるものの、それでも充分にエキサイティングだ。

 クローンといえば倫理的な問題もあり、本書はそういった側面も扱っている。基本的に科学者を中心に据えて書かれているものの、異議を唱え慎重な対応を要求する人々の声も紹介している。とはいえ、どちらかというと著者は科学の進歩に期待する姿勢のようだ。ちなみに私も著者に近い姿勢である由を表明しておく。

 実のところ、このテーマに人道的な視点を与えたのはゲイリンだった。クローニングがわたしたちの抱いているもっとも根深い恐怖――ギリシャ神話、聖書、おとぎ話、文学に描かれてきた恐怖――に触れることに彼は気づいたのだ。人間のクローニングと聞いて多くの人が感じる恐怖は、高慢の罪や虚栄の罪への恐れと密接に結びついている。

 としてプロメテウスを引き合いに出してる。さすがにイカロスは皮肉が過ぎると思ったのかな。ドリーのニュースへの意見表明だと、カトリックとユダヤ教の違いが面白い。

 司祭でカトリックの神学者は、『創世記』を根拠として、クローニングが神の意思に反すると主張し、正統派のユダヤ教ラビである神学者は、同じ節から、クローニングを禁止すべきではないと論じたのである。

 ニューヨークでは同性愛者のグループ「クローン・ライツ・ユナイテッド・フロント」が登場しクローニング賛成を表明し、コピー機メーカーのキャノンは…

 二匹のそっくりな羊を使った広告を製作した。宣伝文句は「それがなんだ。われわれはもう何年も完璧なコピーを作っている」

 さすがエコノミック・アニマル←古い
 では、クローン技術を擁護する側の理屈は、というと。まず、肝心のロスリン研究所が何を目論んでいたか。

  1. 技術的には、難病などの治療に役立つ薬を作る細胞を、遺伝子操作で作れる。が、その成功率は百万分の1程度だ。
  2. クローン技術があれば、成功した細胞から羊を育て、その羊のクローンを作れば薬を量産できる。

 ということで、「ウィルムウッドにとって、この研究の最終目的は、ヒトに用いる治療薬をつくりだす動物を発生させることにあったのである」。畜産業者は「優秀な乳牛のクローンをつくる」とか考えている模様。

 ヒトのクローンの応用例としては、白血病の治療を挙げている。治療には骨髄移植が必要だが、「型」か一致するのは数万分の1だ。今は骨髄バンクで対応しているが、ドナーが見つかるとは限らない。患者の細胞から「骨髄だけのクローン」が作れれば、型は必ず一致する。…なら、私の毛母細胞も←自粛しろ俺

 よく言われる「成体からのクローンはテロメアが短くて寿命が短いのでは?」という指摘にも、いくつか疑問を呈している。そのひとつを紹介しよう。

…マウスの研究者たちは、テロメアをつくる酵素を持たないマウスまで作った。そのマウスが健康に見えたので、交尾させてどうなるか見てみることにした。目下、テロメア酵素を持たない四世代目のマウスを観察しているが、まだどこにも異常は見つかっていないという。

 他にも、なぜ成体のクローンは難しいのかという科学的な内容や、なぜスコットランドのロスリン研究所が最初に成功したのかという業界の裏話も面白い。また、遺伝子工学に恐怖を感じる当時の社会背景の話も語られている。有名なレイチェル・カーソンの「沈黙の春」を告発する一節は、サラリと流されているが、ショッキングでありました。

 なお、皆様が春に花見を楽しむソメイヨシノ、あれ、実はみんなクローンだそうで(Wikipedia のソメイヨシノ)。植物のクロンは騒がないのに、哺乳類のクローンは騒ぐってのは、なんだかなあ。

 

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