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2011年11月16日 (水)

山本弘「アリスへの決別」ハヤカワ文庫JA

 知的レベルの低下に追い討ちをかけたのが、インターネットの普及でした。みんなテレビを見なくなりました。だって、動画投稿サイトにアップされたアマチュア映像の方がずっと面白いし、時間に縛られずいつでも見られるんですからね。当然、新聞も本も読まれなくなりました。

【どんな本?】

 「去年はいい年になるだろう」で星雲賞国内長編部門を受賞した山本弘による、SF短編集。初出はSFマガジンから小説現代、そしてロリコン雑誌<うぶモード>とバラエティ豊か。長編では王道のサイエンス・フィクションが多い彼だが、この短編集は書名と表紙でわかるように、時事ネタをテーマにした挑発的な作品が多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年8月15日初版発行。文庫本で縦一段組み、約369頁。文庫本には珍しい9.5ポイントの大きな文字は、SFファンの高齢化に配慮してか?39字×17行×369頁=244,647字、400字詰め原稿用紙で約612枚。長編なら標準的な量。

 ライトノベルもこなす著者らしく、文章そのものは充分に読みやすい。彼の文章は、特に会話に独特のクセがあって、それで好みが分かれるかも。ただ、表紙がいささかアレなので、カバーをかけず通勤電車の中で読むにはかなり度胸が必要。私は挫折しました、はい。

【収録作は?】

アリスへの決別
 ドジソン先生ことルイス・キャロルは、グラスハウスを彼専用の写真スタジオにしていた。彼はここで、多くの少女たちの写真を撮影していた。今日はアリスがやってくる。
 タイトルといい内容といい、明らかに件の条例(→Wikipedia)に触発された短編。短編小説としては職人らしく綺麗かつ手堅くまとまってるけど、むしろ作品の完成度を下げてでも悪役はドギツく醜く書いても良かったんじゃないかなあ。彼らの主張を真に受けすぎ。連中の動機は様々だけど、本音はもっとしょうもない感情や利害だと思う。
リトルガールふたたび
 2109年。6年生の菊地くんが、退院して数日振りに登校してきた。ブライアンW症候群のため、ナノモジュール治療を受けていたのだが、すっかり完治したらしく、気分もいい模様。
 ヴァーナー・ヴィンジの「レインボーズ・エンド」を読んだ後だと、少々コンピュータの記述が甘いような。まあ、あの人は特別って気もするけど。この時代だと電源入れっぱなし、というか体内内臓じゃないかな?まあ、テーマがテーマだけに、少々おバカっぽい方が雰囲気あってるかも…と思ったら、初出は小説現代かあ。雑誌の読者に合わせたのかしらん。それならそれで、馬鹿連中の描写はもっと悪ノリしていいんでない?
七歩跳んだ男
 富裕層向けに月旅行が観光化された時代。アルフォンズス基地の<外>で、男が死んでいた。異様なことに、宇宙服も着ず、部屋着のままだ。月で初めての殺人事件かもしれない。保安班チーフのアキトシ・クロダは捜査に乗り出す。
 真空中の死体を巡るミステリ。と同時に、これも時事ネタを扱ってる。これをココに持ってくる配慮が憎い。「ひええええええーっ!?」は、やっぱり定番だよね。
地獄はここに
 私は今の仕事が気に入っている。これは知的なゲームだ。長く続けるコツは、一人のカモから絞りすぎない事だ。適当に気前がいい振りをしたほうが、商売上都合がいい。最近はテレビで顔が売れたので、事業は上々だ。むしろ、熱心すぎるカモこそ注意を要する。
 これも時事ネタ…と言いたいのだけど、この手の商売は大昔からあるし、もう暫くは繁盛しそうなんだよなあ。どころか、最近は朝のTVの情報番組内で占いなんかやってる始末。ポルノより、そっちの方が遥かに青少年に有害だと思うんだけど。
地球から来た男
 22世紀。小惑星船<ラウファカナア>で、密航者が見つかった。20歳ぐらいの青年だ。保安の厳しい筈のこの船に忍び込むぐらいだから、相当に腕は立つ。保安部員にも抵抗しないし、手口も素直に白状する。教養も豊かで、人当たりもよく、物腰も優雅だ。
 最近の長編「地球移動作戦」の後日譚。これもやっぱり時事ネタで、恐らくこの短編集で最も怖いもの知らずなテーマ。
オルダーセンの世界
 クラッシュ以来、ここヘブンズウッドは孤立している。治安維持隊の青年レイとナイジェルは、ホガース隊長から監視を仰せつかった。留置場にブチ込んだ娘の監視だ。「目を離すな、外部の者を近づけるな、話もしてはならん」。特に危険そうな娘には見えなかったが…
 あとがきに曰く「次の夢幻潜航艇のために露払い」。文明が崩壊した時代、孤立しながらもギリギリで維持できてきた小規模な集落に、異分子が紛れ込む、というお話。
夢幻潜航艇
 のんびりと休暇を楽しんでいたシーフロスに、緊急の依頼が飛び込んできた。<魚>が出た、というのだ。今まで人口密集地には出なかったのに、今回は街のメインストリートを横切り、被害者は四千人にも及ぶという。今回は、トール・サマーズという相棒がつくという。
 先の「オルダーセンの世界」で活躍したシーフロスが主役を務める短編。たまたま「タイガー&バニー」を見た直後に読んだんで、ブルーローズのイメージで読んだけど、構わないよね。
あとがき
著者自身による、作品の成り立ちと元ネタを紹介する解説。しかも、ネタバレなしの親切設計。

 挑発的な表紙で時事ネタが多いわりに、作品自体は上品かつ手堅くまとまってるのが、少々不満。小説としてはフレデリック・ブラウン並みの見事な職人芸と言えるレベルなんだけど、どうせ時事ネタを扱うなら筒井康隆を目指しドギツく暴走して欲しい。どうもこの人、「欲望と衝動に任せて突っ走る」とか「利己的な目的のためには手段を選ばない」悪役を書くのが苦手っぽい。まあ、直前に粘膜人間なんか読んだせいで、こっちに免疫ができちゃってる部分もあるけど。

 逆に、「手段のためなら目的を選ばない」人をコミカルに書いたら傑作が出来そうな気がするんだけど、駄目かな?

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