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2011年11月の12件の記事

2011年11月30日 (水)

アントニー・ビーヴァー「スペイン内戦1936-1939 下」みすず書房 根岸隆夫訳

 最近の調査では長い間の疑いが証明された。プロイセン首相でドイツ空軍司令官のヘルマン・ゲーリング大将は、部下がコンドル兵団としてフランコのために戦っている最中に共和国に武器を売りつけていたのだ。

【はじめに】

 細かい部分は上巻の記事に譲るとして、漏れた点をひとつ。以下、訳者解説より引用。

 本書は冒頭に書いたように英語版から訳されている。この英語版は、スペイン語版からスペイン人でない読者にとって興味のない枝葉末節を省いてある。

 ということで、完全版を読みたければスペイン語を習得しなければならない模様。しくしく。

【感想は?】

 外から見るとスペインは一つの国に見えるけど、この本を読む限り地方色豊かというか独立心盛んというか。バスクは前の記事で触れたけど、カタルーニャもそうで、カタルーニャ語なんてのはあるんだねえ。後にフランコが禁止するけど。当時のカタルーニャは無政府主義者が優勢で…

たぶんマドリードとバルセロナの最大の対照は、ホテルの使い方に見られた。マドリードでは、ホテル・ゲイローズは共産党上級幹部とロシア人顧問のために豪華な宿舎として接収された。バルセロナでは、ホテル・リッツをCNTとUGTは食事施設第一号、つまり誰でも入れる食堂として使った。

 共和国派の劣勢が明らかになるに従い、国民軍はフランコの地歩が固まるのに対し、共和国派内は内輪もめが激しくなる、とうか、本書によるとスターリンの意を受けた共産党があからさまに権力奪取を狙い、社会主義者や無政府主義者がこれに対抗する、という形になっていく。将校は共産党に入らなければ昇進しないし、武器も渡さない。どころか1937年4月にはバルセロナの市街で戦闘が始まる始末。

 これには国際的な背景があって。米英仏はヒトラーを刺激するのを恐れ不干渉政策を取り、双方への武器と兵力の供与を断つ…ポーズを取る。ところがドイツとイタリアはフランコを支援する。共和国派はソ連に頼るしかないが、スターリンもヒトラーと衝突したくない上に、慈善事業をする気はない、という構図。介入した国で最も利益を得たのはドイツで、例えば…

 コンドル兵団は間断なく共和国軍の後方を爆撃、機銃掃射しながら、山岳地帯に通常の爆弾を命中させるのがむずかしいことを発見した。そこでドイツ航空部隊は焼夷弾に石油缶を取り付け、ナパーム爆弾の原型を実験したのである。

 などの工夫を、「コンドル兵団は新兵器システムの効果を綿密な報告にまとめ上げた」。

攻勢にさいして砲兵の砲撃で共和国歩兵が地面に伏せ、砲撃がやんで国民軍歩兵がただちに敵陣数百メートル前の突撃に移っているときに敵塹壕を機銃掃射すれば効果絶大である。また爆撃機隊は敵の形成区域と、兵力増派阻止のために後方連絡線を爆撃すべきである。

 爆撃も「その後、空からと地上の両方で綿密に写真が撮られ、爆弾の特性と破壊効果が測定された」。
 対するソ連は、「トゥハチェフスキー元帥の粛清裁判の後では、近代的装甲戦術を唱道できなかった」。つまりスターリンは粛清に忙しくて、戦術研究どころじゃなかったわけです。

 戦闘だと、実は共和国派、防衛戦だとそこそこ善戦してる。ところが無茶な攻勢をしかけだ挙句に撤退を拒否して、戦力を消耗してるわけ。例えばエブロの戦闘では無茶な渡河作戦を実施した挙句に7万5千人の死傷者を出した。共産党が認め「後退をいっさい認めない共産党員によって指揮されていた」にも関わらず、モスクワへの報告は「ミアハ将軍とその他の中部戦線の指揮官たちのサボタージュと悪意ある行動のせいだ」。

 ってな具合に、本書では共産党が最大の悪役として描かれている。かといってフランコも決してベビーフェイスじゃない。例えばバルセロナを「開放」した後…

このモロッコ兵たちはその数日間、所有者が赤だろうが白だろうがお構いなく商店、アパートのビルで略奪することを、「戦争税」として許可されていた。共和派は陥落前に囚人のほとんどを釈放したが、お返しに国民派とその支持者は「解放」の最初の五日間でおよそ一万人を殺戮した。

 そこ後の政策も典型的な独裁的統制経済で、農産物の価格統制は闇市を栄えさせ、「マドリードで公定価格1.25ペセタの小麦粉1キロは、12ペセタの闇値で売られた」。一部の批評家は、「フランコの国有化計画が1945年以後のソ連衛星国のそれと酷似していると観察した」。

 このソ連またはその衛星国と似た性格の国家形態は、末期の共和国派も似たようなもんで、軍事調査部(SIM)なんてもんを作り上げ、密告と拷問が横行、「バルセロナにはSIMのおもな監獄が二つ」あった。

 共和派の兵と民衆の多くはピレネーを越えてフランスに避難するが、待っていたのは収容所。9万人を収容した最大のサン=シプリアン収容所の「死亡率は高く、毎日100人におよんだ」。留まるも地獄、戻るも地獄。どないせえちゅうねん。その頃、最後の共和国首相ネグリンとその一派は…

ネグリンは自分の政権下で没収した資金をもとにして設けた信託基金を個人的に管理して、ロンドン近郊の田舎に大邸宅を買った。ここの1945年まで住まい、十数人の共和派政治家に宿を提供した。

 ああ、格差社会。
 意外だったのが、第二次世界大戦勃発時のフランコの姿勢。他の本ではヒトラーにつれない態度を取っていたように書かれてるけど、この本によると吹っかけはしたものの、枢軸側として参戦の意思はあった模様。1940年10月23日、フランスのアンダイエでフランコとヒトラーは会談し、「議定書は作成された」。

フランコは要請があれば参戦すること、ジブラルタルはスペインにあたえられること、ほかに後日定めることにするアフリカの地域をもってフランコに報いるという、あいまいな約束が盛られていた。

 最終的にはフランコの強欲に呆れたヒトラーが蹴ったんだけど。ジブラルタルを枢軸側が押さえたら、大変な事になってただろう事を考えると、吹っかけるのもわかるなあ。

 全般的に陰鬱で殺伐とした雰囲気が漂う本書だけど、最後は唯一希望が持てる記述で締めくくろう。

そのとき10歳たらずだった少年が、(フランコ)総統の後継者になると決められた。しかし1975年に総統が没するや、その少年こそが、スペインが民主主義と自由へと成功裏に回帰する舵とりになる。

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2011年11月27日 (日)

アントニー・ビーヴァー「スペイン内戦1936-1939 上」みすず書房 根岸隆夫訳

 スペイン内戦は、左翼と右翼の衝突としてさかんに描写されるが、それは割り切りすぎで誤解を招く。他に二つの対立軸がある。中央集権国家対地方の独立、権威主義対個人の自由である。

【はじめに】

 量が多い上に、読み解くのも時間がかかってるんで、上下に分けることにした。ってことで、これを書いてる時点では、上巻しか読了してないんで、そのつもりで。

 いやあ、長期間ブログを更新しないと、文章の書き方を忘れ、再開が難しくなるってのを、最近経験したし。いやあ、「中国文化大革命の大宣伝」の記事を書くの、結構シンドかったんすよ。「絵描きは10年筆を置いてもすぐ昔の筆致を取り戻すが、ピアノ弾きは1週間で腕が錆びる」って話があるけど、文章書きってのは、楽器演奏型なのかしらん。

【どんな本?】

 一般に敗者=共和国軍贔屓の立場で書かれる事が多かったスペイン内戦。ソ連崩壊に伴うロシアの資料公開と、フランコ政権が封印した資料の公開により、やっと双方の資料の突合せが可能になった。

 大量の資料を掘り起こし、、国民派・共和国派の双方が内部対立を抱える複雑怪奇なスペインの政治状況と、第二次世界大戦直前で緊張を孕む欧州各国の思惑と政策を交え、政治・軍事、そして報道など多様な視点でスペイン内戦を再現するドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Antony Beevor, The Battle for Spain; The Spanish Civil War 1936-1939, 2006年。日本語版は2011年2月21日発行。ハードカバー縦二段組で本文が上巻259頁+下巻187頁=446頁に加え、注,地図,参考文献,主要略称一覧,政党・集団・組織一覧がつく。9ポイント26字×21行×2段×446頁=487,032字、400字詰め原稿用紙で約1218枚。長編小説なら2巻分ぐらい。

 正直、相当に読みにくい。一般に戦争の全体像を扱う軍事物は読みにくいものだ。登場人物が多く戦場地図とつき合わせて読まにゃならん上に、兵器や軍事組織など専門知識も要求される。

 この本はそれに加え、戦っている国民派・共和国派の双方が寄り合い所帯で内部に対立を抱えている上に、国際旅団やコンドル兵団など他国の戦力も乱入してくるなど、多数の勢力が入り乱れる。

 文章も親切とは言い難い。二重否定などの皮肉な英国流のひねくれたユーモアを駆使した表現が多い上に、"国民派" と "反乱軍" の不統一があるなど、いかにも「学者が書いた本」だ。翻訳者もみすず書房が起用する学者さんらしく、読者に媚びる姿勢を見せない。

 ってことで、相応の覚悟をして取り掛かろう。

【構成は?】

上巻
  謝辞/まえがき
 第一部 古いスペインと第二共和制
 第二部 二つのスペイン戦争
 第三部 内戦の国際化
 第四部 代理世界戦争
  注(出典資料一覧・上巻注)/主要略称一覧/政党・集団・組織一覧/地図
下巻
 第五部 内部の緊張
 第六部 破局への道
 第七部 敗者は無残なるかな!
  訳者あとがき/
  注(出典資料一覧・下巻注)/主要略称一覧/政党・集団・組織一覧/地図/
  参考文献/索引

 巻末の政党・集団・組織一覧は必須。PSOEだのPOUMだの、よくわからない略称が頻繁に出てくる。ノンブル(頁表示)が、上巻と下巻で連続してて、下巻の本文の最初の頁がいきなり263頁で始まるのが珍しい。

【感想は?】

 当時のスペイン国民の立場になって考えると、国民派・共和国派のどっちにつくかは、「究極の選択」に近いものがあるなあ。

 国民派も寄り合い所帯であるものの、比較的よくまとまってる。とまれ所帯がファシスト・教会・中央集権主義で富裕層びいき。貧乏人の私としては嬉しくない。かといって共和国派は内紛が絶えず、比較的有力で共感できそうな無政府主義者は、理念が邪魔して政府内で有力な地位を占める機会を自ら放棄し、スターリンの手先である共産党勢力に牛耳られていく。あなたなら、どっちにつきます?

 政治思想に加え、地方自治を求める勢力も共和国派に組する。中心となるのがカタルーニャ。オーウェルが書いた「カタロニア賛歌」の舞台となった地方で、最近の人にはバルセロナ・オリンピックで有名。

 他に有名なのが、ビスケー湾に近いバスク地方。パブロ・ピカソの絵「ゲルニカ」は、ここ。教会が国民派につく中、比較的信心厚い地方であるにも関わらず、自治(または独立)を求め共和国派につく。そんあ事情なんで、「山岳住民の性格どおり、直接攻撃されればたんに自衛することで満足した」。

 ところが。1936年秋、国民派はマドリードこそ落とせなかったものの、北部はフランス国境まで確保する。ビスケー湾沿いは共和国派の飛び地状態となり、フランコは頑強に抵抗するバルセロナより、ビスケー湾沿いの掃討が先決と決定する。

 尖兵となったのが、ヒトラーが送りヴォルフラム・フォン・リヒトフォーヘン大佐が指揮を執るコンドル兵団。爆撃に加え戦闘機による機銃掃射で非戦闘員も殺戮したが、フランコ曰く「犯罪行為を行っている赤の群がゲルニカを焼き尽くしたのだ」。

 スペイン教会はこの話を完全に支持し、スペイン教会から送られてローマにいた神学教授は、スペインにドイツ兵は一兵もいないし、フランコが必要とするのは世界で誰にも引けをとらないスペイン兵だけだ、とさえ断言した。

 と、まあ、基本的にカトリックは国民派支持で固まってたわけ。共和国派は反協会色が強かったためだろうけど。でもカトリック勢力が強いはずのメキシコが共和国派についてるのが面白い。

 内戦は国民派によるクーデターに始まる。時の共和国政府は事態を甘く見て、首相のカサレス・キロガは労働者の武装を拒否する。これが共和国の敗北原因だ、と著者は分析している。

 決め手の一つは、治安維持隊、突撃警備隊のような準軍事勢力だった。(略)労働者組織がただちに断固とした行動をとった場合には、彼らは忠誠を守るのが普通だった。

 当初の共和国派の主な戦力は、労働者が中心の民兵だった。「野砲がトラックの後部に据えつけられ、自走砲のはしりとなった」という工夫も出たが、塹壕の重要性は理解してなかったようで、「地面に潜って戦うなど、スペイン人の戦争哲学からいえばもっての外だった」。

 だもんで、市街戦じゃ強かったけど「障害物のない開けた場所では、彼らは砲撃と爆撃にはかなわないのが普通だった」。そういえば、第一次中東戦争でも、グラブ・パシャのアラブ軍団の戦車団が、エルサレムの旧市街で溶けたんだよなあ。

 工夫で面白いのが、国民軍が開発した、孤立した部隊に空中投下する方法。修道院に立てこもった友軍に「医薬品など壊れやすい補給品を投下する独創的な方法」とは…

生きた七面鳥にくくりつけて放り出すと羽ばたきながら落ちて、補給品を壊さずにすむだけでなく、食料にもなってそれこそ一石二鳥だったのだ。

 同様に笑ったのが、国際旅団の各国のお国柄。

ドイツ共産党員は、到着するとすぐに、自分たちの居住区に「規律厳守」のスローガンを大きく掲げ、フランス共産党員は、性病に注意せよと貼り出した。

 規律で気になったのが、出身による民兵の違い。

興味ぶかいことに、無規律は、それ以前に外部からの強制と統制に縛られていた工場労働者のような集団でとくに顕著だった。だが農民や職人のように、自営だった人びとは、自己規律を失わなかった。

 なんか偏った部分ばっかり紹介してるけど、実際には、共和国派内の勢力闘争や、ドイツ・イギリスなど外国の思惑など政治的な内容が多くの部分を占めてます、はい。

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2011年11月22日 (火)

海堂尊「極北クレイマー」朝日新聞出版

 暗証ロックを解除しようとしてふと見ると、通用口の隣に大きな雪だるまが置かれているのが目に入った。今中と同じくらいの背丈か。そういえば学校はまだ冬休みだから、大方ゆうべ、近所のガキがこしらえたんだろう。そう考えながら、横目でちらりと雪だるまを見た今中はぎょっとして、まじまじとのぞき込んだ。
 雪だるまが、桃色眼鏡をかけている。

【どんな本?】

 「チーム・バチスタの栄光」でデビューして以来、ヒット作を連発している人気作家、海堂尊による医療長編娯楽小説。件の田口・白鳥コンビは出てこない上に、舞台も桜宮市ではないものの、世界は共通しており、ファンにはお馴染みの面子がヒョッコリ顔を見せる。

 今回のテーマは地方医療と厚生労働省の行政方針、そして産婦人科の「医療ミス」問題。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は「週刊朝日」2008年1月4-11日号~12月265日号まで連載。単行本は2009年4月30日第一刷発行。今は朝日文庫から文庫本が出ている。縦一段組みで約428頁。9.5ポイント43字×18行×428頁=331,272字、400字詰め原稿用紙で約829枚、長編小説としては長めの分量。

 分量こそ多いものの、読みやすさは抜群。もともとエンタテナーとしてのサービス精神旺盛な人だったけど、この作品はコミカルな雰囲気も手伝い、サクサク読める。医療物だし、テーマに行政も絡むから、それなりに難しくややこしい話が出てきてる筈なのに、そこらのライトノベルより遥かに読みやすい。一段落ついたら「読みやすい文章」ってテーマで、作文の教科書を書いてくれないかしらん。

【どんな話?】

 極北大からはじき出された外科医の今中は、極北市民病院にやってきた。観光客を当てにした遊園地やスキー場・豪華ホテルなど無謀な事業が失敗し、市の財政は破綻寸前であり、極北市民病院も市の財政に大きな負担を与えている。駅に着いた今中を迎えたのは市役所の職員であり、連れて行かれたのは市役所だった…勤務地の市民病院ではなく。

【感想は?】

 氷姫こと姫宮香織が、ここぞとばかりに大暴れ。出番こそ少ないものの、鮮やかな活躍で周囲をブリザードに巻き込む。こういう展開を待ってたんだ、私は。

 今までもシリーズで名前こそ何回か出てきたものの、出番はほとんどなく、「螺鈿迷宮」と「ジェネラル・ルージュの凱旋」で少し顔を出す程度。あの白鳥の部下が務まるぐらいだからタダ者ではないと思っていたが、予想の遥か上を行く強烈なキャラクターだった。姫宮待望論を唱えるのは厚生労働省だけじゃないぞ、作者よ。

 大柄な美人、トレードマークは桃色眼鏡。優れた記憶力と鋭い観察眼に加え白鳥と張り合える論理的な推論能力。態度は謙虚で丁寧、かつ抜きん出てた行動力も持つ。とくれば「無敵のスーパーレディ」を思い浮かべるだろうが、大変な問題がある。あの白鳥に心酔しているのだ。意図的に空気を読まない白鳥に対し、彼女はそもそも空気が読めない。ただし、白鳥と異なり、彼女はとても「人がいい」。人の言動を基本的に善意に、かつ論理的に解釈するのだ。

 そんな彼女が舞い降りるのが、因習と政争に満ちた田舎の市民病院、とくれば大嵐は間違いない。まあ登場は舞い降りるどころか「雪だるま」なんだけど。こういう「外し」は娯楽作としては見事な手並みで、例えば赴任挨拶で「この病院には世間の常識が通用しない」という説明を受けた彼女、返答して曰く…

「まあ、素敵。世間の常識が通用しないなんて、きっと最先端医療を実践されているのですね」

 無敵の天然キャラと言えよう。なんでこういう美味しいキャラクターを今まで出さないのかなあ。大柄な美人って所で、女性ファンの妬みを買うのを恐れた、とか?

 さて、物語は、組織内を巧く泳げない今中が、田舎病院の政争に巻き込まれ、貧乏クジを引き続ける、という形で進んでいく。市からは経費削減の食い物にされ、院長からは面倒を押し付けられた上にテッポウダマにされる。看護師たちからはナメられ、同僚にはからかわれる。

 この過程で見えてくるのが、市の政治と密接に結びついている病院経営。冒頭で赴任したての今中が、最初に案内されたのが市民病院ではなく市役所。これで示唆されるように、地方医療が自治体の政治と密接に結びついている由がひしひしと伝わってくる。政治家と医療関係者が「連携を取ってチームプレー」となれば万々歳なのだが…

 もともと登場人物を徹底的に戯画化して娯楽性を高めているこの作者、今作ではなんと「水戸黄門」をモチーフにしている。とはいえ社会問題を提起している作品だけに、「めでたし、めでたし」とはいかないもので…

 今までの作品では一貫してAi(オートプシー・イメージング、→Wikipedia)の導入を訴えてきた作者、この作品ではAi主張は控えめ、どころか、シリーズの他の作品を読んでないと気がつかないぐらい。

 かわりにクローズアップしているのが、産婦人科の「医療ミス」問題。敢えて「」でくくったのには意図がある。問題の焦点となる産婦人科の三枝医師、彼の人物像が「崩壊寸前の市民病院を一人で支える熱心な医師で、市民からの信望も厚い」である由でわかるように、決して単純な「ミス」として扱ってはいない。

 などと深刻で面倒くさい社会問題を扱いながら、作品は娯楽作として素直に楽しめる。お馴染みの登場人物もひょっこり顔を出すファンサービスも忘れない。相変わらず元気に優れた統率力を発揮している模様。

 でもさ、姫宮の登場場面、少なくね?いや評価が偏ってるのは自覚してるけど。出来れば勤務日誌とかの形で、彼女が主役の作品を是非。

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 次回の書評はアントニー・ビーヴァーの「スペイン内戦」の予定なんだけど、来週にずれ込みそう。ハードカバー上下巻と量も多い上に登場人物が異様に多く、立場も込み入ってて難渋している。

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2011年11月21日 (月)

マーク・ボウデン「ホメイニ師の賓客 イラン米国大使館占拠事件と果てしなき相克 下」早川書房 伏見威蕃訳

共和党の有力大統領候補でカリフォルニア州知事のロナルド・レーガンは、イランについて泥臭い比喩を使って、誠意のない相手と外交交渉をつづけても無駄だとほのめかした。
「サラミソーセージを薄切りにするみたいに、向こうは小出しに条件を出してくる。あることをやったら人質を解放するとわれわれに思い込ませ、 "呑もう" とわれわれがいうと、すぐにべつの条件を付け加える。そういう追加条件にわれわれがいそいそと取り組んでるあいだ、向こうは人質を引き止めておく口実があるわけだ」

【どんな本?】

 1979年の在イラン米国大使館占拠事件を、背景から人質の待遇、米国およびイラン政府の対応から人質救出作戦 "イーグル・クロウ" に至るまで、膨大な資料とインタビューに基づき再現したドキュメンタリー。

 人質解放交渉は行き詰まり、カーターは追い詰められていく中、遂にデルタ・フォースによる救出作戦が発動するが、悲惨な失敗に終わる。多様な勢力が競い合っていたイランは、ホメイニを筆頭とする宗教勢力が着々と地歩を固める。落胆する合衆国を救ったのは、意外な乱入者だった…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

  原書は Guest of the Atatollah, by Mark Bowden, 2006。日本語版は2007年5月25日初版発行。ハードカバー縦一段組みで上下巻。上巻約436頁+下巻約438頁。9.5ポイント45字×19行×(436頁+438頁)=747,270字、400字詰め原稿用紙で約1869枚。長編小説3~4冊分の量。翻訳物のノンフィクションにしては比較的読みやすい部類。

【構成は?】

上巻
 パートⅠ “セット・イン” 1979年11月4日 テヘラン
 パートⅡ スパイの巣窟
 パートⅢ 待機
下巻
 パートⅢ 待機(承前)
 パートⅣ 132名の兵士
 パートⅤ 蛮人との交渉
  エピローグ
  訳者あとがき

 下巻の末尾は、人質と占拠学生双方の今日の姿の追跡取材に割かれている。今日のイラン社会の現状が興味深い。

【感想は?】

 相変わらず一歩進んで二歩下がる外交交渉。大統領選を控え、カーターの弱腰を共和党候補のレーガンは激しく攻撃する。が、対案があるわけじゃない。記者に質問されたときの答えは「奇跡を待つ」。

 ヒートアップするマスコミは連日事件を報道し、被害者家族も否応なしに巻き込まれていく。最新状況の変化や分析には大きな時間を割くが、肝心の事件の原因、すなわち両国関係の歴史など占拠学生が望む内容はほとんど報道されない。

学生集団は「武装勢力」もしくは過激派と呼ばれ、その行動は説明のつかない狂信主義的な野放図な行為と見なされた。四半世紀以上も前のイラン政変でアメリカが演じた役割や、それ以外のイラン人の怒りと不信感の原因の説明がなされることは皆無に近かった。

 マスコミのセンセーショナルで刹那的な体質は日本だけじゃなかったのね。イラクのクウェート侵攻でも、イラクが抱えた負債についてTVはほとんど解説しなかったし。

 人質は、連日尋問される。影の首謀者と見られる聖職者ホエハニも尋問に乗り出すが、相手が悪かった。どれだけ虐待されても学生たちへの軽侮を隠そうとしない、政務官マイケル・J・メトリンコ。ホエハニと顔を突合せた途端に出た言葉が…

メトリンコ「なぜこの男を連れてきた?」
ホエハニ「この男とはどういう関係だ?」
メトリンコ「彼の兄がおれの柔道の師だ」
(略)ホエハニは、その義弟について質問した。
メトリンコ「女みたいな服を着ているやつの質問には答えない」

 その後、散々にボコられるメトリンコだが「メトリンコの心は喜びに満ちていた。概して、この数ヶ月で経験したなかで、一番おもしろい出来事だった」。この後も彼は本音を正直に語ってはボコられ続けるのだが、最後まで態度を改めなかったそうな。根性座ってます。

 群雄割拠だったイランの政界で、膠着状況は「強硬な宗教指導者勢力の現実的な利益に結びつく」が、「カーターもその顧問の老練な外交専門家たちも、(略)まったく理解していなかった」。「民主的かつ世俗的な国家を築こうとする、バニサドルやゴトブザデのような国民に人気のある政治家の勢力は阻害された」。ゴトブザデ曰く「イランは、この国に災難をもたらすファシストの過激派集団によって治められている」。

 そんな中、起死回生を図り発動したイーグル・クロウ作戦、しかし「八機だったシースタリオン(大型輸送ヘリ)は、早くも六機に減っていた」と、冒頭から不吉な出だし。人気のない筈の道路にはトラックとバスが通過し、悲惨な結果を迎える。だが、四機のC-130(大型輸送機)は「イラン空軍の邀撃を受けることなく、よろめきながら脱出した」。イランの防空網が穴だらけってのが判明したのが、唯一の幸福か。

 マスコミは失敗の責任をカーターに押し付けようとする。傲岸不遜なベックウィズ大佐、どう対応するかと思ったら…

「自分の決断で任務を中止したのであり、おなじ状況にはまたおなじことをする」

 だが人質奪還の危険に気がついた学生たちは、人質を分散させ、以後の奪還作戦はほぼ不可能になる。というか、今までその危険を認識してなかった、というあたりが素人だよなあ。

 さて、人質は不確定ながら米国との手紙のやりとりを許される。政務官ジョン・W・リンバートJr.は「それぞれの単語の最初の文字を拾ったものが暗号文になるように文章を編んだ」。「手紙は国務省やCIAに渡されたが、そこでも解読できなかった」。大丈夫かいな。

 末尾の今日編もなかなか面白い。「イランでは、交通事故によって22分にひとりが死んでいると伝えられるが、そんなに少ないとはとうてい信じられない」。年間に換算すると約2万4千件。ホンマかいなと思って調べたら、外務省のでも「 ここ数年,年間2~3万人程度が交通事故で死亡しています」。人口10万人あたり約32人。ちなみに日本は2009年で人口10万人あたり3.85人(社団法人新交通管理システム協会日本の交通事情)。

 コネや賄賂が横行し、例えばテヘランの地下鉄工事の「設計や土木工事は、むろんアクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ大統領の息子の所有する企業が請け負った」。テヘランの「中心部には数ブロックにおよぶ麻薬の露天市場がある」。「先ごろの取締りでは、改革派の新聞や雑誌が何百も発禁になった」。そんなジャーナリストの一人は…

「それ(人質占拠事件)をやった盗人どもがいま権力を握って、われわれをめちゃくちゃに搾取していると、このひとたちに教えてあげてくれ。おれたちはアメリカが大好きだ」。

 盗人ども?誰かというと、例えば…

 元人質のローダー、スコット、ドハティ、ほか数人が、写真や映像を見て、この大統領候補には見覚えがあるといい、拘束者のなかにいたと主張した。ことにローダーは頑として譲らず、体が不自由な息子をヴァージニア州郊外の家から誘拐して手足の指を一本ずつ切り落とすと脅して、口を割らせようとした尋問者に間違いない、といった。顎鬚を生やした小柄な元テヘラン市長のアハマディネジャードは、それを否定した。

 また、人質から最も嫌われた狂信的な女性で副大統領のニルファル・エブカテル。人質のメトリンコ曰く「あの女が通りで炎に包まれているを見ても、小便をかけて火を消すことはしない」。彼女が著した本を、アメリカの出版社は買わず、カナダの出版社から出た。まあ大手は売れない本なんか相手にしないもんだが…

大勢に嫌われているイラン人が25年前の事件を自分のいうように解釈して書いた本が商業的に成功するはずはないという意見よりも、政府の検閲が原因だという突拍子もない自説のほうが筋が通っていると考えていた。

 まあ人間ってのは、「相手も自分と同じように考えるだろう」と思い込む性質があるとはいえ。つまり、現イラン政権は、そういう人たちが運営してるわけです。
 そんなイランの現体制に対し、世論はどうかというと。

 ジャーナリストになったアッバス・アブディーは、(略)イラン国民の74%がアメリカとの国交回復を望んでいるという世論調査を発表したために、人質が監禁されていた悪名高いエヴィン刑務所で四年半の刑を勤めていた。

 著者曰く。

テヘランからの帰りの便では、二度とも(例としてはあまりに回数が少ないのは認める)、女性がひとり残らず離陸と同時にスカーフとループーシュを脱ぎ捨てたことを明記したいと思う。

 全般的に「USA!USA!」な論調で占められた本ではあるものの、アメリカとイランの関係を知るには、ケネス・ポラックの「ザ・パージァン・パズル」の次に役立つ本だろう。

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2011年11月18日 (金)

マーク・ボウデン「ホメイニ師の賓客 イラン米国大使館占拠事件と果てしなき相克 上」早川書房 伏見威蕃訳

「日本人が戦争をはじめ、われわれが終わらせたんだ」
「どういう意味よ。日本人が戦争をはじめたって」
「日本は真珠湾に爆弾を落とした。だから、われわれは広島に爆弾を落とした」
「真珠湾?真珠湾ってどこ?」
「ハワイ」

【どんな本?】

 1979年11月4日、テヘランのアメリカ大使館をイランの学生が襲い、職員や外交官を人質にして占拠する。時の合衆国大統領カーターは表向き平和的な解決を求めつつ、武力による人質奪還も検討するが、合衆国市民や政敵は弱腰の姿勢に非難を浴びせる。学生たちの目的は当初アメリカへの示威行動だったが次第に変質し、革命後の混乱にあったイランの政界に激変をもたらしていく…

 「ブラックホーク・ダウン」で大ヒットをかっ飛ばした著者が、イラン・アメリカ双方の取材により描き出す、事件の詳細なノンフィクション。

 いわゆる軍事作戦を描く作品とは異なり、この作品は当時のイランとアメリカの政治状況を克明に描いているのが大きな特徴。ただでさえ日本人には縁が薄いイスラム圏で、しかもアラブとも違うイランの内情を知るには優れた参考書だ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Guest of the Atatollah, by Mark Bowden, 2006。日本語版は2007年5月25日初版発行。ハードカバー縦一段組みで上下巻。上巻約436頁+下巻約438頁。9.5ポイント45字×19行×(436頁+438頁)=747,270字、400字詰め原稿用紙で約1869枚。長編小説3~4冊分の量。

 今のところ上巻しか読了してないが、文章は翻訳物のノンフィクションにしては比較的読みやすい部類。前提知識も、「イランはかつてペルシャとして栄えた土地」ぐらいを知っておけば充分で、「イランはアラブじゃない」なんてレベルから本書中で解説している。元凶のパフラヴィーあたりから、軽くイランとアメリカの歴史もおさらいしてる親切設計。

【構成は?】

上巻
 パートⅠ “セット・イン” 1979年11月4日 テヘラン
 パートⅡ スパイの巣窟
 パートⅢ 待機
下巻
 パートⅢ 待機(承前)
 パートⅣ 132名の兵士
 パートⅤ 蛮人との交渉
  エピローグ
  訳者あとがき

 基本的に話は時系列順に進む。上巻では軍事的な描写はデルタ・フォースの訓練シーンぐらいしか出てこず、事件の進行と並行して、イランとアメリカの外交史・イランの政治状況・人質各員の紹介などが進む。

【感想は?】

 付箋をつけながら読んでたら、付箋だらけになったんで、上下巻に分けて記事を書くことにした。

 米国のお粗末なイラン外交、デルタ・フォースの性質などに加え、当時のイランの政治状況、特に聖職者および事件を主導した学生たちの記述に愕然とする。現イラン大統領のアハマディネジャードもこの事件に参加していたという説もあり、実は大変な国を相手にしているのだ、という事がわかる。

 どう愕然とするか、というと、冒頭の引用だ。これは人質となったトマス・E・シェーファー空軍大佐を、尋問を主導した女性「エブカテル」が尋問する様子。原爆は知っているが、真珠湾は知らない。歴史の知識が断片的で、しかも極端に偏っている。それを、「アメリカは大悪魔で大使館の連中はみなCIAのスパイだ」という妄想で補っている。これじゃ理性的な話なんかできない。

 真珠湾も知らないんじゃ、マレー沖海戦も知らないんだろうなあ。史上初めて作戦行動中の戦艦を航空機が叩きのめした快挙なんだが。

 とまれ、歴史を知らないのにも理由がある。大使館を占拠した学生の大半が、理工系の学生なのだ。まあ、その理工系の授業も、革命のゴタゴタで中断してるんで、そっちの能力も怪しいもんだが。

 当時のイランの政治状況も混迷の極にある。アメリカの威を借りた独裁者パフラヴィーは倒したものの、「狂信的なイスラム主義、民族主義的な民主主義者、ヨーロッパ風の社会主義者、ソ連の支援を受けた共産主義者」が、互いに投獄と暗殺の内ゲバを繰り広げている。

 そんな中で、イスラム主義者、特に「ホメイニ師の方針に従うムスリム学生」が周到に計画し、デモの興奮と混乱に乗じて成功させたのが、この事件だ。「地元警察は邪魔立てをしない――ひそかに協力を取り付けてある」。つまり、警察や軽微もグルだった。表向きの要求は、アメリカで治療を受けている前国王のパフラヴィーを引き渡すこと。

 肝心のホメイニは、事後に承諾した形。当時のイラン暫定政府には穏健派も多かったのだが、この事件を気にイスラム主義が勢いを増し、ホメイニには追い風となったからだ。当初、イブラーヒーム・ヤズディー外相と会談した際は「そのものたちを叩きだせ」と指示したホメイニ、直後の公式声明では「学生たちの運動を熱烈に支持し、賞賛していた」。事件でイラン国民が大喜びしているのを見て、態度を翻したわけ。

 ところが首謀者の学生たちも長期化は予想せず、後はグダグダ。「すぐにパフラヴィーを引き渡すだろう」という予想は覆り、長期化する。が、国内じゃ学生たちは英雄扱い。素人ばかりで「捕虜」の尋問も暴力上等だし、二言目には「お前はCIAだ、処刑する」。武器の扱いにも慣れず、安全装置を外した銃を振り回す。

 そんな連中に人質にされた面々の対応は様々。内省に走るもの、信仰を再確認するもの、迎合するもの。退屈を紛らわすために「図書館」が開設されるや、皆さん読書に熱中するくだりは微笑ましい。蔵書中にソルジェニーツィンの「収容所群島」とアンリ・シャリエールの「パピヨン」が混じってるのが笑える。「あの七番目の波がお前を連れて行く」だったっけ?

 中でも傑作なのが、海兵隊の面々。なんと、看守をからかって遊んでいる。ゴムで作ったパチンコで見張りを狙撃し、銃の扱いに不慣れな看守の銃を奪って「教育」し、連中の食器に小便をひっかけ、これみよがしに大きなおならをする。一番気に入ったのが、これ。

 あるとき、尋問の最中にガジェゴスは、SAVAK(パフラヴィーが弾圧に使った情報組織)の工作員に会ったことがあるかときかれた。
「ある」と答え、たまたま部屋の外に配置されていた見張りを指差した。
「あいつだ。あいつがそうだ」
そのときのあわてふためいた見張りの顔は、何日ものあいだ、ふたりの笑いの種になった。

 イラン人もいろいろで、事件前にマーク・リジェク副領事が革命防衛隊に事情聴取された話が笑える。

ふたりはアメリカの罪について説教され、大使館でどんな仕事をしているのかきかれた。リジェクが領事館で働いていると答えると、事情聴取の雰囲気が突然ころりと変わった。
「ビザを取得するのに協力してもらえないか?」と幹部が言い、おなじみの悲しい身の上話がはじまった。

 腐りきってる。
 米国本土の描写で面白いのが、デルタ・フォースの描写。設立に尽力したベックウィズ大佐、優秀だが傲慢で気難しい性格が災いし、「だれもが技倆を認める将校ではあったが、退役までに将官になれる見込みはまずなかった」。選抜試験も過酷で…

時間枠を指定せず、ただ "迅速にそこへ行くように" と指示して、どういう水準を維持できればいいのかを知らせずに、時間との戦いをさせる。数時間後にそこへ到着すると、そっけなくつぎの目的地を教えられる。選抜訓練の教官の意のままに、それがつづけられる。候補者にすれば、ゴールがまったくわからない。(略)成績がいいかどうかは、ヒントすらあたえられない。

 そんな過酷な訓練の結果、どういう者が選ばれるのか、というと。

軍隊では従来からチームワークが重視され、手柄は公に称揚され、上下の関係は厳しく守られる。いっぽうデルタは、単独行動を好み、注目を嫌い、軍隊生活につきものの繁文縟礼や礼儀には我慢できないという人間を吸い寄せた。(略)髪型も服装も一般市民と同じで、任務の演習に参加するとき以外は、他の兵士たちとは交わらない。

 大統領カーターは平和的な決着を求めあれこれ手を尽くすものの、どれも巧くいかず、政敵からは弱腰を批判される。世論は好戦的な方向に傾くが、人質奪還作戦には距離が大きな障害となって立ちはだかる。混迷を増す中、ソ連がアフガニスタンに進軍し…

 と暗雲立ち込める中、下巻へと続く。

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2011年11月16日 (水)

山本弘「アリスへの決別」ハヤカワ文庫JA

 知的レベルの低下に追い討ちをかけたのが、インターネットの普及でした。みんなテレビを見なくなりました。だって、動画投稿サイトにアップされたアマチュア映像の方がずっと面白いし、時間に縛られずいつでも見られるんですからね。当然、新聞も本も読まれなくなりました。

【どんな本?】

 「去年はいい年になるだろう」で星雲賞国内長編部門を受賞した山本弘による、SF短編集。初出はSFマガジンから小説現代、そしてロリコン雑誌<うぶモード>とバラエティ豊か。長編では王道のサイエンス・フィクションが多い彼だが、この短編集は書名と表紙でわかるように、時事ネタをテーマにした挑発的な作品が多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年8月15日初版発行。文庫本で縦一段組み、約369頁。文庫本には珍しい9.5ポイントの大きな文字は、SFファンの高齢化に配慮してか?39字×17行×369頁=244,647字、400字詰め原稿用紙で約612枚。長編なら標準的な量。

 ライトノベルもこなす著者らしく、文章そのものは充分に読みやすい。彼の文章は、特に会話に独特のクセがあって、それで好みが分かれるかも。ただ、表紙がいささかアレなので、カバーをかけず通勤電車の中で読むにはかなり度胸が必要。私は挫折しました、はい。

【収録作は?】

アリスへの決別
 ドジソン先生ことルイス・キャロルは、グラスハウスを彼専用の写真スタジオにしていた。彼はここで、多くの少女たちの写真を撮影していた。今日はアリスがやってくる。
 タイトルといい内容といい、明らかに件の条例(→Wikipedia)に触発された短編。短編小説としては職人らしく綺麗かつ手堅くまとまってるけど、むしろ作品の完成度を下げてでも悪役はドギツく醜く書いても良かったんじゃないかなあ。彼らの主張を真に受けすぎ。連中の動機は様々だけど、本音はもっとしょうもない感情や利害だと思う。
リトルガールふたたび
 2109年。6年生の菊地くんが、退院して数日振りに登校してきた。ブライアンW症候群のため、ナノモジュール治療を受けていたのだが、すっかり完治したらしく、気分もいい模様。
 ヴァーナー・ヴィンジの「レインボーズ・エンド」を読んだ後だと、少々コンピュータの記述が甘いような。まあ、あの人は特別って気もするけど。この時代だと電源入れっぱなし、というか体内内臓じゃないかな?まあ、テーマがテーマだけに、少々おバカっぽい方が雰囲気あってるかも…と思ったら、初出は小説現代かあ。雑誌の読者に合わせたのかしらん。それならそれで、馬鹿連中の描写はもっと悪ノリしていいんでない?
七歩跳んだ男
 富裕層向けに月旅行が観光化された時代。アルフォンズス基地の<外>で、男が死んでいた。異様なことに、宇宙服も着ず、部屋着のままだ。月で初めての殺人事件かもしれない。保安班チーフのアキトシ・クロダは捜査に乗り出す。
 真空中の死体を巡るミステリ。と同時に、これも時事ネタを扱ってる。これをココに持ってくる配慮が憎い。「ひええええええーっ!?」は、やっぱり定番だよね。
地獄はここに
 私は今の仕事が気に入っている。これは知的なゲームだ。長く続けるコツは、一人のカモから絞りすぎない事だ。適当に気前がいい振りをしたほうが、商売上都合がいい。最近はテレビで顔が売れたので、事業は上々だ。むしろ、熱心すぎるカモこそ注意を要する。
 これも時事ネタ…と言いたいのだけど、この手の商売は大昔からあるし、もう暫くは繁盛しそうなんだよなあ。どころか、最近は朝のTVの情報番組内で占いなんかやってる始末。ポルノより、そっちの方が遥かに青少年に有害だと思うんだけど。
地球から来た男
 22世紀。小惑星船<ラウファカナア>で、密航者が見つかった。20歳ぐらいの青年だ。保安の厳しい筈のこの船に忍び込むぐらいだから、相当に腕は立つ。保安部員にも抵抗しないし、手口も素直に白状する。教養も豊かで、人当たりもよく、物腰も優雅だ。
 最近の長編「地球移動作戦」の後日譚。これもやっぱり時事ネタで、恐らくこの短編集で最も怖いもの知らずなテーマ。
オルダーセンの世界
 クラッシュ以来、ここヘブンズウッドは孤立している。治安維持隊の青年レイとナイジェルは、ホガース隊長から監視を仰せつかった。留置場にブチ込んだ娘の監視だ。「目を離すな、外部の者を近づけるな、話もしてはならん」。特に危険そうな娘には見えなかったが…
 あとがきに曰く「次の夢幻潜航艇のために露払い」。文明が崩壊した時代、孤立しながらもギリギリで維持できてきた小規模な集落に、異分子が紛れ込む、というお話。
夢幻潜航艇
 のんびりと休暇を楽しんでいたシーフロスに、緊急の依頼が飛び込んできた。<魚>が出た、というのだ。今まで人口密集地には出なかったのに、今回は街のメインストリートを横切り、被害者は四千人にも及ぶという。今回は、トール・サマーズという相棒がつくという。
 先の「オルダーセンの世界」で活躍したシーフロスが主役を務める短編。たまたま「タイガー&バニー」を見た直後に読んだんで、ブルーローズのイメージで読んだけど、構わないよね。
あとがき
著者自身による、作品の成り立ちと元ネタを紹介する解説。しかも、ネタバレなしの親切設計。

 挑発的な表紙で時事ネタが多いわりに、作品自体は上品かつ手堅くまとまってるのが、少々不満。小説としてはフレデリック・ブラウン並みの見事な職人芸と言えるレベルなんだけど、どうせ時事ネタを扱うなら筒井康隆を目指しドギツく暴走して欲しい。どうもこの人、「欲望と衝動に任せて突っ走る」とか「利己的な目的のためには手段を選ばない」悪役を書くのが苦手っぽい。まあ、直前に粘膜人間なんか読んだせいで、こっちに免疫ができちゃってる部分もあるけど。

 逆に、「手段のためなら目的を選ばない」人をコミカルに書いたら傑作が出来そうな気がするんだけど、駄目かな?

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ジーナ・コラータ「クローン羊ドリー」アスキー出版局 中俣真知子訳

「今週号の表紙を飾る子羊は、核を除去して、成体の羊の乳腺細胞の核を移植した一個の卵母細胞から育てられた。この子羊は成体の組織の細胞から生まれた最初の哺乳動物かもしれない」  ――科学雑誌<ネイチャー>がジャーナリストに発信した電子メール

【どんな本?】

 1996年7月5日午後5時、スコットランドのロスリン研究所でドリーは生まれた。彼女はクローンだ。6歳の成熟した羊の乳腺細胞の遺伝物質を、他の羊の(遺伝物質を取り除いた)卵細胞に注入し、更に別の羊の胎内で成長して生まれたのだ。
 哺乳類の成体からクローンが出来た。このニュースは世界中で話題となり、様々な議論を巻き起こす。

 ドリーを「作った」ロスリン研究所のイアン・ウィルムウッドを中心に、ドリーが生まれるまでの生物学の研究の歩み、それを取り巻くマスコミの動向、そして進歩する科学に翻弄される世論の動きなどをまとめた科学ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Clone ; The Road To Dolly and the Path Ahead, 1997 Gina Kolata。日本語版は1998年3月11日初版発行。ハードカバー縦一段組みで約336頁。9ポイント45字×18行×336頁=272,160字、400字詰め原稿用紙で約681枚。小説なら普通の長編の量。

 科学を扱った本としては、相当に読みやすい部類に入る。かなりの特急スケジュールで訳した割りに、文章は翻訳物としてはこなれている。前提知識も多くは要らない。数式や分子式は出てこないし、中学校卒業程度の理科が出来ていれば充分。

【構成は?】

 謝辞
第一章 世界を変えた偉業
第二章 報道協定敗れる
第三章 奇想天外な実験
第四章 倫理学者の登場
第五章 『複製人間の誕生』
第六章 疑惑のクローニング実験
第七章 エキセントリックな天才
第八章 ドリーへの道
第九章 クローン羊をめぐる狂想曲
第十章 クローン人間は生まれるのか?
 解説/訳者あとがき/引用文献/本書関連年表/索引

 科学ジャーナリストとはいえ一般向けの著作に慣れている著者らしく、第一章にドリー誕生の大騒ぎを持ってきて、一気に読者を引き込む。第三章から時計を巻き戻し、発生学の歴史を振り返りつつ、「ドリーの何が斬新なのか」「何が難しかったのか」、そして社会的な背景を交え「なぜドリーがこんなに話題になったのか」を解説する。

【感想は?】

 既にiPS細胞などの新技術が出てきている今はややインパクトが薄れた感があるものの、それでも充分にエキサイティングだ。

 クローンといえば倫理的な問題もあり、本書はそういった側面も扱っている。基本的に科学者を中心に据えて書かれているものの、異議を唱え慎重な対応を要求する人々の声も紹介している。とはいえ、どちらかというと著者は科学の進歩に期待する姿勢のようだ。ちなみに私も著者に近い姿勢である由を表明しておく。

 実のところ、このテーマに人道的な視点を与えたのはゲイリンだった。クローニングがわたしたちの抱いているもっとも根深い恐怖――ギリシャ神話、聖書、おとぎ話、文学に描かれてきた恐怖――に触れることに彼は気づいたのだ。人間のクローニングと聞いて多くの人が感じる恐怖は、高慢の罪や虚栄の罪への恐れと密接に結びついている。

 としてプロメテウスを引き合いに出してる。さすがにイカロスは皮肉が過ぎると思ったのかな。ドリーのニュースへの意見表明だと、カトリックとユダヤ教の違いが面白い。

 司祭でカトリックの神学者は、『創世記』を根拠として、クローニングが神の意思に反すると主張し、正統派のユダヤ教ラビである神学者は、同じ節から、クローニングを禁止すべきではないと論じたのである。

 ニューヨークでは同性愛者のグループ「クローン・ライツ・ユナイテッド・フロント」が登場しクローニング賛成を表明し、コピー機メーカーのキャノンは…

 二匹のそっくりな羊を使った広告を製作した。宣伝文句は「それがなんだ。われわれはもう何年も完璧なコピーを作っている」

 さすがエコノミック・アニマル←古い
 では、クローン技術を擁護する側の理屈は、というと。まず、肝心のロスリン研究所が何を目論んでいたか。

  1. 技術的には、難病などの治療に役立つ薬を作る細胞を、遺伝子操作で作れる。が、その成功率は百万分の1程度だ。
  2. クローン技術があれば、成功した細胞から羊を育て、その羊のクローンを作れば薬を量産できる。

 ということで、「ウィルムウッドにとって、この研究の最終目的は、ヒトに用いる治療薬をつくりだす動物を発生させることにあったのである」。畜産業者は「優秀な乳牛のクローンをつくる」とか考えている模様。

 ヒトのクローンの応用例としては、白血病の治療を挙げている。治療には骨髄移植が必要だが、「型」か一致するのは数万分の1だ。今は骨髄バンクで対応しているが、ドナーが見つかるとは限らない。患者の細胞から「骨髄だけのクローン」が作れれば、型は必ず一致する。…なら、私の毛母細胞も←自粛しろ俺

 よく言われる「成体からのクローンはテロメアが短くて寿命が短いのでは?」という指摘にも、いくつか疑問を呈している。そのひとつを紹介しよう。

…マウスの研究者たちは、テロメアをつくる酵素を持たないマウスまで作った。そのマウスが健康に見えたので、交尾させてどうなるか見てみることにした。目下、テロメア酵素を持たない四世代目のマウスを観察しているが、まだどこにも異常は見つかっていないという。

 他にも、なぜ成体のクローンは難しいのかという科学的な内容や、なぜスコットランドのロスリン研究所が最初に成功したのかという業界の裏話も面白い。また、遺伝子工学に恐怖を感じる当時の社会背景の話も語られている。有名なレイチェル・カーソンの「沈黙の春」を告発する一節は、サラリと流されているが、ショッキングでありました。

 なお、皆様が春に花見を楽しむソメイヨシノ、あれ、実はみんなクローンだそうで(Wikipedia のソメイヨシノ)。植物のクロンは騒がないのに、哺乳類のクローンは騒ぐってのは、なんだかなあ。

 

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2011年11月13日 (日)

草森紳一「中国文化大革命の大宣伝 上・下」芸術新聞社

 笑顔は、毛沢東下の宣伝写真の大きな特長である。同じ国家宣伝写真でも、ナチスの場合、あまり笑わない。女性も笑わなかった。中国共産党の宣伝にあって、男も女も、よく笑っている。女よりも男が、薄気味悪いくらい、嘘笑いする。同じ東洋でも、日本帝国の宣伝写真は笑わせなかった。

【どんな本?】

 雑誌「広告批評」に10年に渡り連載された記事をまとめた本。「共産主義国は、いっさいが宣伝である」という視点で、文化大革命勃発から毛沢東の死までの時代を中心に、「毛沢東語録」をはじめ中国内や日米欧の新聞・「毛沢東の真実」などの暴露本から、果ては大字報(壁新聞)に至るまで大量の資料を漁り、毛沢東が事実上の独裁者として君臨した当時の中国の政治状況や、四人組・周恩来・林彪などの権力抗争、そして中国政府の宣伝手法を分析・解析する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 雑誌連載は1989年1月号~1999年5月号まで。書籍は2009年5月30日初版第1刷発行。ソフトカバーA5版で上巻592頁・下巻600頁。縦一段組みで9.5ポイント50字×20行×(592頁+600頁)=1,192,000字、400字詰め原稿用紙で約2980枚。長編小説5~6冊分の大ボリューム。

 文章はノンフクションとして読みやすい部類であるものの、私はかなりてこずった。というのも、当時の中国の政治状況や権力者をある程度把握している者を読者として想定して書かれているため。また、中心人物である毛沢東が漢詩・漢詞の達人であり、それを漢詩に詳しい著者が解説する部分も多く、古典的な教養に乏しい者は相当に難渋する。というか、しました、はい。

【構成は?】

上巻
 宣伝体
 紅衛兵
 スローガン
 下放
 米中外交
 林彪/四人組
 大義、親ヲ滅ス
 毛主席万歳
 万里の長城
  付録 主要登場人物紹介 / 初出一覧 /
  跋(一) 草森紳一さんのこと 天野祐吉
下巻
 壁新聞
 筆蹟/肖像
 数詞の霊力
 革命模範劇
 中国文化遺産の発掘
 天安門
  刊行にあたって / 付録 文化大革命と『大宣伝』年表 / 初出一覧 /
  跋(二) 濹東有書鬼 椎根和

【感想は?】

 中国、おっかねえ。

 文化大革命という大荒れの時代ではあるものの、価値観の変転が半端じゃない。例えば文化大革命の主役の紅衛兵。はじめこそ造反有理などと持ち上げて大暴れするものの、やりすぎと見るや労働者にボコられ下放と称して田舎に飛ばされる。今は「孔子平和賞」などと言って持ち上げている孔子も、当時は「頑迷な奴隷制擁護の思想家」として、批林批孔と叩かれている。次に何が叩かれるかわかったもんじゃない。これじゃ創作物なんざ怖くて出せやしない。そりゃロクなコンテンツが出てこないわけだ。

 その孔子、子孫が今世紀まで世襲貴族として君臨していたというから驚いた。

孔府は、世襲貴族であり、兵まで擁していた。単に祭典のみを行うだけでなく、それを地租収入で補ったが、滞納者の逮捕拘留判決の権限さえもっていた。(略)「皇帝下賜のこれらの武器でなら人を殺しても命をつぐなう必要はなかった」

 もはや貴族というより王だね。
 批林批孔で孔子と並び批判されたのが林彪。後に毛沢東暗殺未遂で失脚するのだが、党内序列二位に躍進しブイブイいわせていた頃の彼の方針「毛主席にピッタリつき従う」を、著者は写真で分析する。大柄な毛沢東から三歩下がり小柄な林彪が「ピッタリつき従って」いる映像を、林彪は意識して撮らせていた、と。

 そんな彼の失脚の兆しが、なんとも切ない。それまで林彪は「たいてい、人民解放軍の帽子か人民帽をかぶっていた」。が、人民画報1971年7・8月合併号が、「なんと禿げ頭の林彪なのである」。隠してた禿を暴露されるのが失脚の兆しって、そりゃあんまりにも切ない。切なすぎる。

 林彪を追い落とした四人組も、やがて倒れる。その後の扱いが、また徹底している。なんと、写真を修整して四人の姿を消してしまうのだ。

 まず『人民画報』の11月号(11月5日発行)を見る。なるほど、弔問式で、幹部が整列して毛沢東に遺容を拝している写真から、四人組が消えている。ネームを見ると、幹部名を書きつらねたくだりで四人が該当する箇所に『×××』が記されている。さらに見ていくと、追悼大会で、大群衆を背にして、天安門の楼上に勢揃いした幹部が、黙祷礼拝している写真があり、二ヵ所すっぽり空白になっている。これかと思った。たしかに空白部分に群集が描きこまれている。

 誰が失脚するかわからない社会だが、とりあえず毛沢東を持ち上げておけば安心か、というと。

<忠豚>というものが発明された。これはよく肥えた豚を選び出し、その額の毛を剃って、ハートの枠に<忠>の字が浮き彫りになるようにするのである

 そうやって毛沢東への忠誠を示すわけで、「おお、なかなか考えたなあ」と思うが…

豚は、食用である。そのため、いつの日か殺さねばならぬ。殺せば、ハートの忠の字が消え、毛沢東への忠誠の否定になりかねない。

 面倒なことよ。
 古来の迷信を否定した共産主義だが、毛沢東は神格化され崇拝の対象となるのが、また皮肉なところ。以下はハンス・W・ヴァーレフェルトの「毛沢東の中国」が「北京週報」から引用した、おばあさんの話。

「二年前までは、封建時代の人たちが天地や祖先を祭った木札や位牌をおいていた。文化大革命になってから、家族総動員でこの木札や位牌をあとかたもなく壊してしまった」
「嫁は何十華里も離れたところから毛主席の肖像を三十数枚買ってきて、家の中に三つの肖像欄をしつらえた」

 なんの事はない、天地や祖先が毛沢東に変わっただけで、基本構造は同じなわけ。これに使われた毛沢東のポスター、大人気だったのだが…

 「何日もしないうちに、毛主席の笑顔は一枚残らず大急ぎではずすことになった。噂では、農民は壁紙のかわりにポスターを使ったのだという。毛沢東のポスターは最高級の紙に印刷してあったし、無料でもらえたからだ」

 庶民とはしぶといものよ。
 著者の分析が鋭いと感服したのが、「英雄的な第四小隊」の記事の分析。洪水で溺れかけた紅衛兵を解放軍の兵たちが助けた、という記事なのだが、これを紅衛兵の没落を示すもの、と解釈している。つまり、「イザという時に頼りになるのは青臭い紅衛兵より解放軍」というメッセージなんだよ、と解説している。確かにねえ。

 同様に、兵馬俑など古代遺産のニュースも政治的意図がある、と、魯迅研究家シモン・レイの言葉を引用して示す。

「一つは、<文化革命>が古代の文化遺産を破壊したどころか、文化遺産の出土品を増やしたのだということを示すことである」
「もう一つは、毛沢東主義とユマニスムは相容れないものでないことを証明し、古代アジアの文化遺産を尊重する中国政府は、外交上の相手としても話のわかる、理性的かつ思慮深い相手だということを示すことである」

 歴史の浅い欧米の劣等感を刺激する意図もあった、というわけ。封建制の旧王朝を批判はしても、その成果はちゃっかり利用する。したたかなもんだよなあ。

 当時とは政権も交代し政策も変わってきたとはいえ、相変わらず情報は厳しく統制している中国。「いっさいが宣伝である」という観点は、かの国や金王朝発のニュースの読解に役立つだろう。

 にしても、このボリュームはさすがに堪えた。

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2011年11月12日 (土)

飴村行「粘膜人間」角川ホラー文庫

 「雷太を殺そう」
 村の中学校からの帰り道、農道の途中にある弁天神社の前で兄の利一が言った。

【どんな本?】

 瀬名秀明や貴志祐介を輩出した日本ホラー小説大賞の、第15回(2008年)長編賞受賞作「粘膜人間の見る夢」を改稿したスプラッタ・ホラー長編。戦前・戦中の日本の田舎を思わせる世界を舞台に、肉欲と衝動に突き動かされ、野卑かつエネルギッシュに暴れまわる者たちを描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年10月25日初版発行。文庫本で縦一段組み、本文約242頁+池上冬樹の解説6頁+選評5頁(荒俣宏・高橋克彦・林真理子)。8.5ポイント40字×16行×242頁=154,880字、400字詰め原稿用紙で約388頁。長編小説としては短め。文章には独特のクセがあり、拙さも感じるものの、ホラー小説としてはソレがいい味を出している。

【どんな話?】

 中学生の年子の兄弟、利一と祐二は、弟の雷太の殺害を決意した。雷太は11歳の子供だが、身長195cm体重105kgの巨体で、ここ一ヶ月ほどで極端に横暴になり、ついには父親まで殴りはじめたのだ。年下とはいえ相手は巨体で怪力、ふたりがかりでも、まともに戦ったら勝てない。そこで助っ人を頼もうと考え…

【感想は?】

 なんとも巧いタイトルだ。見事に内容を表現してる。

 著者は「受賞の言葉」で「十歳の子供になる夢」から発想を得て書いた物語、と語っている。まさしく、想像力豊かな子供が考えそうなストーリーだ。奇抜で荒唐無稽、野蛮で残酷。ホラーとはいえ小説としては無茶な筋書きなのだが、独特の文体が巧く読者をノせる効果を出している。

 というのも、意図的なのか癖なのか、いかにも子供が作り話を語るような文章で、「こういう語りならこんな話もアリだよなあ」と思わせる文章なのだ。一見拙いように思える文章だが、それでいて舞台背景や情景などはキッチリ伝わってくるので、これは意図的なものなんだろう、たぶん。

 出てくる固有名詞や造語が、これまた巧く雰囲気を出している。「ベカやん」「キチタロウ」「モモ太」「ジッ太」「ズッ太」など、いかにも小学生が語る法螺話風だが、同時にこの作品世界によくマッチしている。

 冒頭から殺人の話で始まることでもわかるように、この小説の内容は殺伐としたものだ。出てくる者たちは、それぞれ自分の感情と都合で動き回る。殺人の助っ人を頼むにしても、代償が必要だ。その代償というのが、これまた酷い。戦前または戦中の日本の田舎、という舞台設定が、ここで活きてくる。

 変な所に変に拘るのも、この作品の特徴。「処刑前の罪人には必ず蕎麦を恵与すべし」って、なんだそりゃ。こういう、いかにも馬鹿っぽい拘りが、この作品世界を盛り上げる。

 物語は三部構成で、尻上がりに面白くなる。第一部のクライマックスもなかなかスプラッタしているが、第二部のエンディングにも唖然。これだけ唖然とさせておいて、第三部の無茶っぷりも酷い。第二部では単に陵辱される対象として肉体が描かれるが、第三部では完全に肉体が「モノ」的な扱いになっていく。

 「田舎の子供がいきあたりばったりで語る恐怖物語」なテイストの作品。語りこそ一見拙さを感じさせるものの、だからこそ出鱈目な展開が説得力を持つ。

 とはいえ、やっぱりスプラッタは苦手です、はい。

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2011年11月 7日 (月)

外交・軍事的対立の三段階 その2

 今読んでるのが、草森紳一の「中国文化大革命の大宣伝」。A5版で上巻592頁・下巻600頁の大ボリュームな上に、読み進めるのがシンドイ。どうシンドイかは追って書評に書くとして、このペースだと今週中に読了できるかどうか怪しい。

 さて、昔「外交・軍事的対立の三段階」なんて記事を書いた。今読むと気取りまくりで自分でも何が言いたいのかよくわからない記事だったりするが、それはさておき。「もう一つは民主主義国家は強大な軍事力を持てるって点なんだけど、それはまたの機会に」とか言って放置してたんで、続きを。

 「民主主義国家は強大な軍事力を持てる」って、わざと難しく言ってるみたいな言い回しだなあ。普通に「民主主義国家の軍は強い」って言えばいいのに。まあいい、その理由を三つ挙げよう。

  1. 全軍事力を外敵に集中できる。
  2. 大規模な軍事行動に慣れている。
  3. 前線部隊が現場の裁量で動ける。

 では、それぞれ詳細を述べよう。

1.全軍事力を外敵に集中できる

 日本が徳川と島津に分かれ、互いに武装しているとする。戦力は徳川6・島津4で、合計10。そこに黒船が押し寄せてきた。黒船の戦力は3とする。とりあえず徳川が黒船に対応するけど、島津が徳川の背中を狙ってるんで、島津を牽制する戦力も残さないといけない。とすると、徳川の全戦力6から、島津と同程度の4を差し引いて、残りの戦力2で黒船に対応する羽目になる。

 日本の全戦力は10あるのに、外敵に差し向けられるのは2だけ。効率悪いよね。実際、今のパレスチナとかは、こういう状況だったりする。ハマスとファタハが独自に武装して、互いに争ってる。第一次中東戦争後、粛清も辞さず迅速に軍の組織を整えたイスラエルとは見事な対照。

 これが民主主義国家だと、統一した軍が政府の指揮下に入るんで、持つ全戦力を外敵に差し向けられる。まあ、現実には外敵が一つじゃないんで、本当に全部ってわけにはいかないけど、内部対立がある場合に比べれば、遥かに効率がいい。

2.大規模な軍事行動に慣れている

 というか、むしろ逆に、「独裁的・専制的な政権下の軍は、大規模な軍事行動に慣れていない」が適切。一般的に専制的な体制の統治者は、軍の反乱を恐れる。だから、旅団や師団規模の演習は滅多にやらない。だもんで、参謀本部や将兵も大規模な軍事行動に慣れず、補給などで支障をきたす。第一次~第四次中東戦争での、エジプト軍が好例。

 また、指揮系統も硬直していて、陸軍と空軍の共同作戦ができない。イラン・イラク戦争でのイラク軍がいい例で、空軍が偵察で得た索敵情報が、なかなか隣にいる陸軍部隊に届かなかった。イラク軍の情報の流れが制限されていて、空軍が得た情報はいったんバクダットを通して陸軍に流れる組織になっていたため。

 ま、いずれも、「権力者が軍の反乱を恐れた」ゆえの結果なんだけどね。民主主義国家なら、せいぜい失脚で済むけど、独裁国家じゃ命が危ないからねえ。

3.前線部隊が現場の裁量で動ける

 イスラエル軍がエジプト軍を評して曰く「彼らが築陣している時、正面からの攻撃には粘り強く戦うが、側面や背後に回り込まれると一気に崩れる」。予想外の事態が起きたとき、各自が自分で判断して動けないんですな。

 どんな国でも軍は規律を重んじるけど、同時に適度な権限の委任もある。首都の将軍は、前線の指揮官に部隊指揮の権限を委ねるわけ。ところが、専制国家で下手にコレをやると、前線の指揮官が反乱を起こしかねない。だもんで、全般的に権限を委任せず、細かいところまでイチイチ口を出す。前線の指揮官が命令がないのに部隊を動かすと、粛清されかねない。

 こういう体質は上から下に伝染するもんで、独裁者は将軍に委任しないし、将軍は大佐に委任せず、大佐は大尉に委任せず…ってな感じで、小隊長は勝手に持ち場を離れると中隊長にドヤされる。だもんで、側面から攻撃を受けると、動くに動けないわけ。「自分で考えて行動するのに慣れてない」ってのもあるけど、組織的な体質の問題もあったりする。

 …なんだけど、ここでも「あれ?ロシアと中国は?」と突っ込まれると苦しいんだよなあ。中国は地方が軍閥化してるって噂もあって、最近海軍に力を入れてるのはそのせいかな、とか思ったりするんだけど(一般に海軍は反乱を起こしにくい;ロシア革命の反例もあるけどね)、ロシアはその辺も巧くやってるっぽいし。逆にアメリカは州が武装してるし、ねえ。

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2011年11月 3日 (木)

円城塔「Boy's Surface」ハヤカワ文庫JA

 レフラー球は、その基盤を顕とすることのない錯覚を引き起こすと知られた、最初期の実例に属する。紙面には林檎の絵が描かれているのに、あなたの視覚情報処理系は、それを何故だか林檎という文字だと認識する。林檎という文字と認識されてそれきりである。以上、眼前に与えられたレフラー球を経た映像が錯覚であると識別する方法は存在しない。  ―― Boy's Surface

【どんな本?】

 期待の純文学作家にして新鋭SF作家、円城塔による、Self Reference Engine に続く第2短編集。SFマガジン収録の二編+書き下ろしの三編。前の Self Reference Engine がバラエティ豊かな掌編集だったのに対し、今作の収録作は数学と恋愛と叙述がテーマの作品が中心となっている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 単行本は2008年1月発行。文庫本は2011年1月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約279頁。9ポイント40字×17行×279頁=189,720字、400字詰め原稿用紙で約475枚。一般的な長編の分量。

 ハッキリ言って、読みにくい。文章そのものは妥当な日本語の構文なのだが、そこは円城塔。引用からパロディ、論理的なトリックから駄洒落まで徹底的に遊んだ文章である上に、お話も荒唐無稽でアチコチに飛んだ挙句に、放り出したり何も起こらなかったり元に戻ったり。Self Reference Engine もそうだったけど、この作品集は更にひねくれ具合が増している。

【収録作は?】

Boy's Surface
 定理自動証明アルゴリスムが専門の数学者アルフレッド・レフラーは、2007年24歳の時にレフラー球を「目撃」した。彼の自伝によれば、国際会議のために立ち寄ったパリで、噴水の縁石に腰掛けた若い女性を目撃し、その際にレフラー球を幻視したのだ。

 …というと、普通の恋愛小説のようだが、そこは円城塔。円城塔の登場人物の多くがそうであるように、レフラーも「今回の相手が人間であり、あろうことか異性であることには巨大な衝撃が走り抜けた」と言われる唐変木。お相手のフランシーヌ嬢も相当なもんだけど。
 どころか、そもそも語り手が異常なんてもんじゃない。「数学者は僕をモルフィズムと呼ぶ。別に簡単に、変換と呼んでもらっても構わない」。なんのこっちゃ。
 このレフラー球のアイデア、普通のSFガジェットとして使えばスペース・オペラなどで活躍しそうなのに、円城塔の手にかかると、むしろ物語を無意味化する道具になるんだよなあ。
Goldberg Invariant
 10年前、この戦いの初期に、霧島梧桐は GRAPE64 で消息を絶った。現在、欧州軍団の指揮を執りサントペテルブルグ線を支えているのはゴルトベルクだ。彼の名を冠する定理の数は一年半に二倍の割合で増加し、戦線は比較的に安定している。

 これの読了後、私は思った。「この短編集は、本当に人が書いたものなのか?」。
 定理に戦争とくればグレッグ・イーガンの「暗黒整数」を連想するが、そこは円城塔。イーガンのように明確なストーリーや舞台設定はまったく見えてこない。どうやら円周率が変動する世界らしいけど、どうすりゃそんな世界になるのやら。
Your Heads Only
 2000年、僕が28の時に、彼女と出会った。彼女は18歳。それまで僕は人間というものを、ほとんど見たことがない。何の因果か午前の三時に電話でたたき起こされ、彼女を迎えに行く羽目になったのだ。それから何度か、僕は彼女と出会ったのだが…

 などというマトモな恋愛小説を、この作者が書く筈もなく。土斑猫や槍形吸虫の複雑でアクロバティックな生態・、そしてポスドクの生活など現実的な話から、ボトルメールが打ち寄せる島の法螺話や万能チューリング機械の思いっきりヒネクレた説明などを織り交ぜ、読者を煙に巻く。
Gernsback Intersection
 見渡す限りの平原に立方体が投げ出されている、そんな風景の中に彼女はいた。真っ白い立方体に腰掛けて。うん、彼女は美人だよ。お互い、誰に呼ばれてこんな所に来たのかもわからないまま。
 僕たちは花嫁の侵略を受けている。無数の特異点が陣を構え待ち受けているのだ。花嫁には花婿が妥当だろう、ということで、花婿一個連隊を花嫁に突入させようとしたが、損耗率も相当なもので…

 タイトルが示すように、ウイリアム・ギブスンのパロディ盛りだくさん。相変わらず机椅子とか、情報理論っぽい法螺も散りばめつつ、世界の危機と天才少女の物語を綴る…って、本当にそういう話なんだろうか?
What is the Name of This Rose?
 著者による解説、と聞けば、「おお、これでやっと話の筋が見える」と期待する方も多かろう。が、そこは円城塔。一部のネタは明かしているものの、読むと余計に意味がわからなくなる。「解説の意味ないじゃん!」という突込みにも、もちろん対応していて…

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2011年11月 1日 (火)

神立尚紀「祖父たちの零戦」講談社

「一目見たとき、すごい美人の前に出たときに萎縮しちまうような、そんな感じを受けました。これはすごい、美しいと。一目惚れですね。ところが、実際に乗ってみるとこれがとんでもないじゃじゃ馬で……」  ――三上一禧二空曹

【どんな本?】

 零式一号艦上戦闘機、略して零戦。当時としては驚異的な航続距離と旋回性能に加え7ミリ機銃+20ミリ機銃の重武装。卓越した搭乗員の能力も相まって、開戦時は優れた戦果をあげたが、その後の経緯は歴史が示すとおり。開戦当初から終戦まで戦闘機部隊で戦い通し、混乱の戦後から平成まで生き抜いた歴戦の二人の搭乗員、進藤三郎と鈴木寛を軸に、零戦搭乗員たちの戦いと戦後を描くドキュメント。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年7月20日第1刷発行。ハードカバーで縦一段組み、本文約390頁。9.5ポイント45字×18行×390頁=315,900字、400字詰め原稿用紙で約790枚。小説なら長めの長編の分量。

 文章そのものはジャーナリストの文章らしくこなれていて読みやすい。軍事物の中では抜群の読みやすさ。

【構成は?】

 はじめに
第一章 黎明
第二章 奮迅
第三章 逆風
第四章 完勝
第五章 落日
第六章 焼跡
第七章 変容
第八章 蒼空
 関連年譜
 取材協力者・参考文献・資料一覧

 原則として時系列順に語られる。第一章~第五章が戦場編、第六章~第八章が戦後編。

【感想は?】

 ついに日本のジャーナリズムもこんな傑作を生み出したか。内容の充実ぶり・戦闘描写の迫力・そして読みやすさ、すべて申し分なし。

 冒頭、昭和53年に進藤三郎が蔵の中から戦時中の機密書類を発見する所から話が始まる。軍機の朱印を見て「大変なものを、焼却もせずに持っていてしまった……」と一瞬狼狽するあたり、戦後30年以上たっても海軍で叩き込まれた軍人精神が生きていること、そして戦後生まれの者との感覚の違いが鮮やかに印象付けられる。

 そういった人の描写も見事ながら、当時の空戦の描写も細かい。マニアには有名な奥義「左ひねり込み」、なんで左なのかというと、「零戦はプロペラトルクの関係もあり、右旋回よりも左旋回の性能のほうが格段にいい」から。軍として制式に教えたわけじゃなく、「腕に覚えのある搭乗員がめいめいに工夫し、応用を重ねて、搭乗員の数だけ『ひねり込み』の流儀が生まれる」。

 当初は編隊での戦闘という発想は少なかったし、戦闘機乗りってのは腕に覚えのある人が多いから、統一や規格化は難しいんだろうなあ。
 ところで零戦のよみは、レイセンかゼロセンかというと…

 略称は、最初のうちは「零式(レイシキ)」と呼ばれたが、すぐに「零戦(レイセン)」が一般的になる。「ゼロセン」と呼ばれだしたのは、太平洋戦争が始まり、傍受した敵の電文に、「Zero Fighter」の文字が見られるようになってからで、いわば逆輸入的な呼び方であった。生き残りの元搭乗員の間でさえ、当時「レイセン」と呼んだか「ゼロセン」と呼んだか、戦後もしばらく議論になった。

 つまり、好きな方で呼べって事ですな。私は「レイセン」が好きです。
 大陸で華々しくデビューし、重慶で大戦果を上げながらも、憂いを感じた人もいるそうで。

「奥地空襲で全弾命中、なんて言っているが、重慶に60キロ爆弾一発を落とすのに、諸経費を計算すると約千円かかる。敵は飛行場の穴を埋めるのに、苦力の労賃は50銭ですむ。じつに二千対一の消耗戦なんだ」  ――飯田房太大尉

 前線で大活躍しながら、冷静な目で大局も見ている。こういう優秀な人を使いつぶすのが戦争なんだよなあ。その飯田大尉、真珠湾で戦死なさってる。同期生の志賀淑雄氏曰く「搭乗員としては完璧に近い資質を備えていた」とか。
 真珠湾の奇襲は、鹿児島での訓練からじっくり書き込んでいる。例えば雷撃にしても。

通常、洋上での雷撃では、昼間は高度百メートル、夜間は二百メートルで魚雷を投下するが、それでは、着水した魚雷がいったん、水面より五十メートルから百メートルほども沈んでしまう。海の浅いところで敵艦に雷撃するには、高度をかなり下げて魚雷を投下する必要があった。

 ってんで、高度10メートルで魚雷を投下する。「この高さでは高度計が使えまぜんから、勘に頼るしかありません」。波にぶつかればお陀仏なわけで、当時の海軍の飛行機乗りの腕は相当なもの。本番の描写も信号弾の食い違いで強襲になってしまったなど、細かい上に迫力も充分。

 開戦当初の描写は気分がいいが、第三章あたりから苦しくなる。「誰にも見届けられず、広い空のなかで忽然と姿を消す。戦闘機乗りの最後は多くの場合、そうである」とか、実に切ない。

 戦後編では、坂井三郎氏のベストセラー「大空のサムライ」を巡る話が興味深い。「坂井三郎空戦記録」にしても「大空のサムライ」も、坂井氏に編集者が熱心にインタビューしてまとめた作品、という事らしい。ベストセラーになったのはいいが、世間のブームが元搭乗員たちにシコリを残す課程が苦い。

私は自分の撃墜機数が何機だとは言いたくない。墜とした敵機には全部、人間が乗ってるんですよ。何機撃墜したかというのは、人を何人殺したかということに等しい。見方を変えれば殺人鬼ですよ。  ――坂井三郎

 敗戦という結果もあるにせよ、ハンス・U・ルデルとはまったく違う。アメリカの歓迎式典に招待されても、「生き残っただけでも戦友にすまないのに、手柄話をするなどもってのほか」(木名瀬信也氏)と、過去を捨てきれない。とはいえ、誇りも同時に維持しているようで、老境に入って体の自由が利かなくなっても…

「零戦の操縦桿を握ったら、俺は誰にも負けん」  ――鈴木寛

 最後までダンディな人でありました。

 従軍した人には戦争体験について口が重い人が多いけど、その理由が少しだけ判る気がする。戦後生まれとしては出来るだけ貴重な記録を残して欲しいけど、無理やり聞き出すというのもなんだし、どうしたもんだか。

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