« 神立尚紀「祖父たちの零戦」講談社 | トップページ | 外交・軍事的対立の三段階 その2 »

2011年11月 3日 (木)

円城塔「Boy's Surface」ハヤカワ文庫JA

 レフラー球は、その基盤を顕とすることのない錯覚を引き起こすと知られた、最初期の実例に属する。紙面には林檎の絵が描かれているのに、あなたの視覚情報処理系は、それを何故だか林檎という文字だと認識する。林檎という文字と認識されてそれきりである。以上、眼前に与えられたレフラー球を経た映像が錯覚であると識別する方法は存在しない。  ―― Boy's Surface

【どんな本?】

 期待の純文学作家にして新鋭SF作家、円城塔による、Self Reference Engine に続く第2短編集。SFマガジン収録の二編+書き下ろしの三編。前の Self Reference Engine がバラエティ豊かな掌編集だったのに対し、今作の収録作は数学と恋愛と叙述がテーマの作品が中心となっている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 単行本は2008年1月発行。文庫本は2011年1月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約279頁。9ポイント40字×17行×279頁=189,720字、400字詰め原稿用紙で約475枚。一般的な長編の分量。

 ハッキリ言って、読みにくい。文章そのものは妥当な日本語の構文なのだが、そこは円城塔。引用からパロディ、論理的なトリックから駄洒落まで徹底的に遊んだ文章である上に、お話も荒唐無稽でアチコチに飛んだ挙句に、放り出したり何も起こらなかったり元に戻ったり。Self Reference Engine もそうだったけど、この作品集は更にひねくれ具合が増している。

【収録作は?】

Boy's Surface
 定理自動証明アルゴリスムが専門の数学者アルフレッド・レフラーは、2007年24歳の時にレフラー球を「目撃」した。彼の自伝によれば、国際会議のために立ち寄ったパリで、噴水の縁石に腰掛けた若い女性を目撃し、その際にレフラー球を幻視したのだ。

 …というと、普通の恋愛小説のようだが、そこは円城塔。円城塔の登場人物の多くがそうであるように、レフラーも「今回の相手が人間であり、あろうことか異性であることには巨大な衝撃が走り抜けた」と言われる唐変木。お相手のフランシーヌ嬢も相当なもんだけど。
 どころか、そもそも語り手が異常なんてもんじゃない。「数学者は僕をモルフィズムと呼ぶ。別に簡単に、変換と呼んでもらっても構わない」。なんのこっちゃ。
 このレフラー球のアイデア、普通のSFガジェットとして使えばスペース・オペラなどで活躍しそうなのに、円城塔の手にかかると、むしろ物語を無意味化する道具になるんだよなあ。
Goldberg Invariant
 10年前、この戦いの初期に、霧島梧桐は GRAPE64 で消息を絶った。現在、欧州軍団の指揮を執りサントペテルブルグ線を支えているのはゴルトベルクだ。彼の名を冠する定理の数は一年半に二倍の割合で増加し、戦線は比較的に安定している。

 これの読了後、私は思った。「この短編集は、本当に人が書いたものなのか?」。
 定理に戦争とくればグレッグ・イーガンの「暗黒整数」を連想するが、そこは円城塔。イーガンのように明確なストーリーや舞台設定はまったく見えてこない。どうやら円周率が変動する世界らしいけど、どうすりゃそんな世界になるのやら。
Your Heads Only
 2000年、僕が28の時に、彼女と出会った。彼女は18歳。それまで僕は人間というものを、ほとんど見たことがない。何の因果か午前の三時に電話でたたき起こされ、彼女を迎えに行く羽目になったのだ。それから何度か、僕は彼女と出会ったのだが…

 などというマトモな恋愛小説を、この作者が書く筈もなく。土斑猫や槍形吸虫の複雑でアクロバティックな生態・、そしてポスドクの生活など現実的な話から、ボトルメールが打ち寄せる島の法螺話や万能チューリング機械の思いっきりヒネクレた説明などを織り交ぜ、読者を煙に巻く。
Gernsback Intersection
 見渡す限りの平原に立方体が投げ出されている、そんな風景の中に彼女はいた。真っ白い立方体に腰掛けて。うん、彼女は美人だよ。お互い、誰に呼ばれてこんな所に来たのかもわからないまま。
 僕たちは花嫁の侵略を受けている。無数の特異点が陣を構え待ち受けているのだ。花嫁には花婿が妥当だろう、ということで、花婿一個連隊を花嫁に突入させようとしたが、損耗率も相当なもので…

 タイトルが示すように、ウイリアム・ギブスンのパロディ盛りだくさん。相変わらず机椅子とか、情報理論っぽい法螺も散りばめつつ、世界の危機と天才少女の物語を綴る…って、本当にそういう話なんだろうか?
What is the Name of This Rose?
 著者による解説、と聞けば、「おお、これでやっと話の筋が見える」と期待する方も多かろう。が、そこは円城塔。一部のネタは明かしているものの、読むと余計に意味がわからなくなる。「解説の意味ないじゃん!」という突込みにも、もちろん対応していて…

【関連記事】

|

« 神立尚紀「祖父たちの零戦」講談社 | トップページ | 外交・軍事的対立の三段階 その2 »

書評:SF:日本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/53156026

この記事へのトラックバック一覧です: 円城塔「Boy's Surface」ハヤカワ文庫JA:

« 神立尚紀「祖父たちの零戦」講談社 | トップページ | 外交・軍事的対立の三段階 その2 »