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2011年11月27日 (日)

アントニー・ビーヴァー「スペイン内戦1936-1939 上」みすず書房 根岸隆夫訳

 スペイン内戦は、左翼と右翼の衝突としてさかんに描写されるが、それは割り切りすぎで誤解を招く。他に二つの対立軸がある。中央集権国家対地方の独立、権威主義対個人の自由である。

【はじめに】

 量が多い上に、読み解くのも時間がかかってるんで、上下に分けることにした。ってことで、これを書いてる時点では、上巻しか読了してないんで、そのつもりで。

 いやあ、長期間ブログを更新しないと、文章の書き方を忘れ、再開が難しくなるってのを、最近経験したし。いやあ、「中国文化大革命の大宣伝」の記事を書くの、結構シンドかったんすよ。「絵描きは10年筆を置いてもすぐ昔の筆致を取り戻すが、ピアノ弾きは1週間で腕が錆びる」って話があるけど、文章書きってのは、楽器演奏型なのかしらん。

【どんな本?】

 一般に敗者=共和国軍贔屓の立場で書かれる事が多かったスペイン内戦。ソ連崩壊に伴うロシアの資料公開と、フランコ政権が封印した資料の公開により、やっと双方の資料の突合せが可能になった。

 大量の資料を掘り起こし、、国民派・共和国派の双方が内部対立を抱える複雑怪奇なスペインの政治状況と、第二次世界大戦直前で緊張を孕む欧州各国の思惑と政策を交え、政治・軍事、そして報道など多様な視点でスペイン内戦を再現するドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Antony Beevor, The Battle for Spain; The Spanish Civil War 1936-1939, 2006年。日本語版は2011年2月21日発行。ハードカバー縦二段組で本文が上巻259頁+下巻187頁=446頁に加え、注,地図,参考文献,主要略称一覧,政党・集団・組織一覧がつく。9ポイント26字×21行×2段×446頁=487,032字、400字詰め原稿用紙で約1218枚。長編小説なら2巻分ぐらい。

 正直、相当に読みにくい。一般に戦争の全体像を扱う軍事物は読みにくいものだ。登場人物が多く戦場地図とつき合わせて読まにゃならん上に、兵器や軍事組織など専門知識も要求される。

 この本はそれに加え、戦っている国民派・共和国派の双方が寄り合い所帯で内部に対立を抱えている上に、国際旅団やコンドル兵団など他国の戦力も乱入してくるなど、多数の勢力が入り乱れる。

 文章も親切とは言い難い。二重否定などの皮肉な英国流のひねくれたユーモアを駆使した表現が多い上に、"国民派" と "反乱軍" の不統一があるなど、いかにも「学者が書いた本」だ。翻訳者もみすず書房が起用する学者さんらしく、読者に媚びる姿勢を見せない。

 ってことで、相応の覚悟をして取り掛かろう。

【構成は?】

上巻
  謝辞/まえがき
 第一部 古いスペインと第二共和制
 第二部 二つのスペイン戦争
 第三部 内戦の国際化
 第四部 代理世界戦争
  注(出典資料一覧・上巻注)/主要略称一覧/政党・集団・組織一覧/地図
下巻
 第五部 内部の緊張
 第六部 破局への道
 第七部 敗者は無残なるかな!
  訳者あとがき/
  注(出典資料一覧・下巻注)/主要略称一覧/政党・集団・組織一覧/地図/
  参考文献/索引

 巻末の政党・集団・組織一覧は必須。PSOEだのPOUMだの、よくわからない略称が頻繁に出てくる。ノンブル(頁表示)が、上巻と下巻で連続してて、下巻の本文の最初の頁がいきなり263頁で始まるのが珍しい。

【感想は?】

 当時のスペイン国民の立場になって考えると、国民派・共和国派のどっちにつくかは、「究極の選択」に近いものがあるなあ。

 国民派も寄り合い所帯であるものの、比較的よくまとまってる。とまれ所帯がファシスト・教会・中央集権主義で富裕層びいき。貧乏人の私としては嬉しくない。かといって共和国派は内紛が絶えず、比較的有力で共感できそうな無政府主義者は、理念が邪魔して政府内で有力な地位を占める機会を自ら放棄し、スターリンの手先である共産党勢力に牛耳られていく。あなたなら、どっちにつきます?

 政治思想に加え、地方自治を求める勢力も共和国派に組する。中心となるのがカタルーニャ。オーウェルが書いた「カタロニア賛歌」の舞台となった地方で、最近の人にはバルセロナ・オリンピックで有名。

 他に有名なのが、ビスケー湾に近いバスク地方。パブロ・ピカソの絵「ゲルニカ」は、ここ。教会が国民派につく中、比較的信心厚い地方であるにも関わらず、自治(または独立)を求め共和国派につく。そんな事情なんで、「山岳住民の性格どおり、直接攻撃されればたんに自衛することで満足した」。

 ところが。1936年秋、国民派はマドリードこそ落とせなかったものの、北部はフランス国境まで確保する。ビスケー湾沿いは共和国派の飛び地状態となり、フランコは頑強に抵抗するバルセロナより、ビスケー湾沿いの掃討が先決と決定する。

 尖兵となったのが、ヒトラーが送りヴォルフラム・フォン・リヒトフォーヘン大佐が指揮を執るコンドル兵団。爆撃に加え戦闘機による機銃掃射で非戦闘員も殺戮したが、フランコ曰く「犯罪行為を行っている赤の群がゲルニカを焼き尽くしたのだ」。

 スペイン教会はこの話を完全に支持し、スペイン教会から送られてローマにいた神学教授は、スペインにドイツ兵は一兵もいないし、フランコが必要とするのは世界で誰にも引けをとらないスペイン兵だけだ、とさえ断言した。

 と、まあ、基本的にカトリックは国民派支持で固まってたわけ。共和国派は反協会色が強かったためだろうけど。でもカトリック勢力が強いはずのメキシコが共和国派についてるのが面白い。

 内戦は国民派によるクーデターに始まる。時の共和国政府は事態を甘く見て、首相のカサレス・キロガは労働者の武装を拒否する。これが共和国の敗北原因だ、と著者は分析している。

 決め手の一つは、治安維持隊、突撃警備隊のような準軍事勢力だった。(略)労働者組織がただちに断固とした行動をとった場合には、彼らは忠誠を守るのが普通だった。

 当初の共和国派の主な戦力は、労働者が中心の民兵だった。「野砲がトラックの後部に据えつけられ、自走砲のはしりとなった」という工夫も出たが、塹壕の重要性は理解してなかったようで、「地面に潜って戦うなど、スペイン人の戦争哲学からいえばもっての外だった」。

 だもんで、市街戦じゃ強かったけど「障害物のない開けた場所では、彼らは砲撃と爆撃にはかなわないのが普通だった」。そういえば、第一次中東戦争でも、グラブ・パシャのアラブ軍団の戦車団が、エルサレムの旧市街で溶けたんだよなあ。

 工夫で面白いのが、国民軍が開発した、孤立した部隊に空中投下する方法。修道院に立てこもった友軍に「医薬品など壊れやすい補給品を投下する独創的な方法」とは…

生きた七面鳥にくくりつけて放り出すと羽ばたきながら落ちて、補給品を壊さずにすむだけでなく、食料にもなってそれこそ一石二鳥だったのだ。

 同様に笑ったのが、国際旅団の各国のお国柄。

ドイツ共産党員は、到着するとすぐに、自分たちの居住区に「規律厳守」のスローガンを大きく掲げ、フランス共産党員は、性病に注意せよと貼り出した。

 規律で気になったのが、出身による民兵の違い。

興味ぶかいことに、無規律は、それ以前に外部からの強制と統制に縛られていた工場労働者のような集団でとくに顕著だった。だが農民や職人のように、自営だった人びとは、自己規律を失わなかった。

 なんか偏った部分ばっかり紹介してるけど、実際には、共和国派内の勢力闘争や、ドイツ・イギリスなど外国の思惑など政治的な内容が多くの部分を占めてます、はい。

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