« SFマガジン2011年11月号 | トップページ | フェリクス・J・パルマ「時の地図 上・下」ハヤカワ文庫NV 宮崎真紀訳 »

2011年10月 6日 (木)

遠藤秀紀「解剖男」講談社現代新書

 気管壁の内のりはいつ見ても美しい。白紙から設計できるはずの人造の機械なら、無限の美しさを追い求めることができるだろうに、むしろ真に美しいのは、先祖の体のつくりから少しも逃れることのできない進化の産物の方だ。

【どんな本?】

 著者は京都大学霊長類研究所教授。主なテーマは二つ。

  1. 著者が提唱する「遺体科学」の紹介。主に哺乳類を対象として、哺乳類の骨格や解剖によって知ることの出来る、動物の「系統と適応」を解説すると共に、研究の現場の模様を紹介する。
  2. 現物の保存をおろそかにし、ビジネスに直結しない研究をおきざりにしている、現代の科学研究体制・政策を批判し、理想の体制を提案する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2006年2月20日第一刷発行。新書で縦一段組み、本文約207」頁。9.5ポイント40字×16行×207頁=132,480字、400字詰め原稿用紙で約332枚。小説なら短めの長編の分量。モノクロ写真も多く収録しているので、実際の文章量はこれの7~8割程度かな?

 学者の著作のわりに、文章は気さくで親しみやすい。どころか、冒頭の引用でわかるように、詩的ですらある。前提知識も小学校の理科がわかっている程度で充分。数式や化学式も全く出てこないし、科学解説書としては極めてとっつきやすい部類だろう。ただ、テーマがテーマなだけに、動物の遺体・骨や内臓などの写真が豊富に出てくるので、グロ耐性がない人には辛いかも。

 あと、出来れば堅い煎餅を用意しておこう。理由は終盤でわかります。

【構成は?】

 まえがき
第一章 時々刻々遺体あり
第二章 遺体、未来を歩む
第三章 硬い遺体
第四章 軟らかい遺体
第五章 遺体科学のスタートライン
 あとがき
 参考文献

 第一章でいきなり「通勤電車の中で私が熱中するのは動物の解剖だ」などと物騒な出だし。書名も有名なアレのもじりだし、「読者の興味を惹きつけよう」というサービス精神がうかがえる。

【感想は?】

 新書だけあって、読みやすさは抜群。先に挙げたように、テーマは二つ。解剖科学の紹介と、現代の研究体制への批判。私は後者の部分はほとんど読み飛ばしてしまった。すんません。

 まず、解剖科学の現場が面白い。冒頭近くで早速、正月早々から2トンを超えるシロサイの遺体を上野動物園に引き取りに行くシーンが展開する。「寒い時期で良かったね、蛆がわかないし」などと自分を慰めつつ、ユニック(クレーン車)やフォークリフトの使い方を考え、ブルーシートを手配する。「研究」という高尚な言葉とは裏腹に、なんとも下世話なことよ。

 冒頭の引用は、そのサイの解剖の様子。なんだかアブない人みたいだが、半分は演出なんだろうなあ。

 遺体科学というか解剖のトピックとして興味を惹くのが、渋谷で有名な忠犬ハチ公の所見。ちゃんと国立科学博物館に剥製が保存されているとか。心臓にはフィラリアが寄生し、胃には焼き鳥の串があったとか。苦労したんだなあ。

 科学的な面では、自分の無知を思い知らされた。まず、キリンの歯。なんと、前歯がないく、奥歯だけ。シカ科とウシ科もないのね。その代わり、奥歯(臼歯)は立派なもの。逆に肉食のライオンは奥歯まで尖ってる。

 食うものと食われるものの違いは、イノシシの目の位置で説明している。イノシシの目は側面についてるんで、視野が広い。これは敵を探すための構造だそうで。言われてみれば、馬は横でトラは正面だなあ。

 次にコウモリの翼(の骨格)。なんと、あれ、指なんだとか。水かきが肥大化した感じ?指といえば、奇蹄類のウマ。あれ、中指なのね。常に爪先立ちなわけです。ちなみに偶蹄類のシカ・ウシ・ヤギ・キリンは中指と薬指。常に爪先立ちしてる。どうりで脚が綺麗なわけだ←違う

 ヒトもキリンも首の骨の数は7本で同じ、というのも驚き。どうも生物ってのは、生存に不可欠な部分の基本デザインは大きく変わらないらしい。逆に種により大きく違うのは尾。ケナガクモザルの尾椎の数は30個以上。どうでもいいが、家事やってると尻尾が欲しくなるのは私だけだろうか。

 内臓の話だと、まずゾウの祖先の生態を探る話が出てくる。なんと、腎臓が三つの「部屋」に分かれているそうな。同じように腎臓が分かれているのは、ホッキョクグマとクジラ。そのホッキョクグマ、映像で見ると氷の上を歩くシーンが多いけど、実は海を泳いで生活しているとか。とすると、腎臓が分かれているのは海にいる動物で、ならゾウの祖先は…

 やはり内臓の話では、ガンジスカワイルカの気管から祖先を探る話が面白い。これ、キッカケは、なんと雪男。雪男探索が空振りに終わったので急遽テーマをカワイルカに変更し、気管の特徴から興味深い祖先を洗い出す。まさしく瓢箪から駒の大発見。

 終盤近くのラクダのコブの話もびっくり。「あまり労働をさせなければ十ヶ月は水を飲まずに生きていられる」のも凄いが、その秘訣も凄い。あのコブが脂肪なのは有名だけど、その使い方が見事。脂肪を代謝すると、水と二酸化炭素にかわる。この水を回収するわけです。すげえ。人類が宇宙に適応するには、背中にコブを背負えばいい?

 巻末近く、ウシの胃の話も感激。どうやって植物を消化するのかというと…。伊達や酔狂で大きい体してるわけじゃないのね。

 …と、扇情的な書名のわりに、実は初心者にもわかりやすい生物学の解説書なのでありました。

【関連記事】

|

« SFマガジン2011年11月号 | トップページ | フェリクス・J・パルマ「時の地図 上・下」ハヤカワ文庫NV 宮崎真紀訳 »

書評:科学/技術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 遠藤秀紀「解剖男」講談社現代新書:

« SFマガジン2011年11月号 | トップページ | フェリクス・J・パルマ「時の地図 上・下」ハヤカワ文庫NV 宮崎真紀訳 »