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2011年10月 3日 (月)

ロバート・B・チャルディーニ「影響力の武器 なぜ、人は動かされるのか」誠信書房 社会行動研究会訳

 この際、正直に打ち明けてしまうことにします。私はこれまで、実にだまされやすい人間でした。ずっと昔まで記憶をたどってみても、私は、販売員、基金集めの人、その他さまざまな説得上手な人の売り込み口上のいいカモでした。

【どんな本?】

 人を説得するコツは何か。優れたセールスマンは、どんな技を使っているのか。急激に信者を増やしたカルトの手口は。我々を取り巻く企業広告やペテン師が使う技法と、その原理を明らかにすると共に、それらの小細工に対し、我々にできる防衛方法を伝授する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Influence : Science and Practice, 2nd Edition by Robert B. Chaldini 1988。日本語訳は1991年9月1日第1刷発行。私が読んだのは1992年3月5日発行の3刷。ハードカバー縦一段組みで本文約334頁。9.5ポイント50字×20行×334頁=334,000字、400字詰め原稿用紙で約835枚。小説なら長めの長編の分量。

 翻訳は社会行動研究会となっているが、奥付に各翻訳者の名前と肩書き、担当部分を掲載している。ありがちな身元を隠すための集団名ではなく、実際に存在する研究会なんだろう。構成から判断すると、教科書として書かれた模様。その割りに、文章は平易で読みやすい。一部、「録音笑い」など苦しい単語も出てくるけど。

 録音笑い:TVのコメディ番組などで、「ここ笑うとこ」と視聴者に示すために流す、録音された笑い声。

【構成は?】

 まえがき
 日本の読者の皆様へ
 謝辞
第1章 影響力の武器
第2章 返報性……昔からある「ギブ・アンド・テークだが…」
第3章 コミットメントと一貫性……心に住む小鬼
第4章 社会的証明……真実は私たちに
第5章 好意……優しい泥棒
第6章 権威……導かれる服従
第7章 希少性……わずかなものについての法則
第8章 手っ取り早い影響力……自動化された時代の原始的な承諾
 訳者あとがき
 文献

 原則として、各章は一つの技法とその原理を解説する。各章の末尾に「防衛法」「まとめ」「設問」を置く、典型的な教科書の構成。

感想は?

 先に「文章は平易で読みやすい」と書いたが、実は読み通すのに時間がかかった。難渋したからじゃない。理解するのは簡単なのだが、心当たるフシがありすぎて、「ぐおおお!」などとのたうちまわっていたのだ。いやあ、部屋の中で読んでよかった。

 書かれている事の多くは、へヴィなネットユーザなら一度は聞いたことがある類の事が多い。というより、多くのビジネス書のネタ本となった原典となった本なんだろう。それだけに、平易ではあるが、濃い本でもある。

 例えば第1章では、「人に何かを頼む時は理由を添えた方がいいよ」などと書いてある。これ、近所の人に騒音などのクレームを言う際の常道なんだよね。オバサンがこの辺をよく弁えてる。

 第2章ではハレー・クリシュナ教団の例をひいて、人の持つ「返報性」の強さを利用した手口を紹介してる。返報性とは、「人から何かをされたら、何かを返さなければいけない」という、人間が持つ性質のこと。「借りは返さなきゃいけない」みたいな強迫観念が、我々にはある。まあ、普通はコレ、社会を円滑に運営する必須要素なんだけど…

 クリシュナの連中は、通行人に花をプレゼントと称して押し付け、返しても受け取らない。その上で、募金箱を突き出す。なんか、日本でも駅前で似た手口を使ってる連中がいるよねえ。

 第3章も、分かりやすいエピソードで始まってる。

 二人のカナダの心理学者が、競馬場にいる人々について興味ある事実を見出しました。馬券を買った直後では、買う直前より、自分が賭けた馬の勝つ可能性を高く見積もるようになっていたのです。

 つまり、既に自分が行った判断や行動に囚われ、「ソレは適切な行動だったんだ」と思い込もうとする、そういう傾向が人にはある、というわけ。あるある。私が Macintosh を好きになったキッカケも、仕事で使わざるを得ない立場になったからだし。いや実際優れたマシンなんだけどね←囚われてます

 巧いのが玩具メーカーの手口。クリスマスには馬鹿売れするけど、それ以降は売り上げが落ち込む。それをどうやって回避するかというと。

  1. クリスマスには敢えて売れ筋商品(仮にガンダムとする)を少ししか出荷せず、品切れにする。
  2. 店頭では子供が泣く。親は代用品(仮にザクとする)を子供に与えるが「次はガンダムを必ず買ってあげるから」と子供に約束する。
  3. 売り上げが落ち込む時期に、ガンダムの広告を流す。子供はガンダムを欲しがり、親は約束を果たすため玩具屋へ足を運ぶ。

 朝鮮戦争で中国が捕虜にした米国兵を「説得」する手口も鮮やか。まずは騙しすかして、共産主義を賛美する文章を書かせる。単に書き写させるだけでもいい。そして、以降は、「君は以前にこう書いたじゃないか」と迫り、更なる協力を求めるわけ。少しでも譲ったらあとはズルズル、という典型。

 逆にこれを巧く使うケースもあって、禁煙宣言がそれ。一旦周囲に宣言しちゃうと、見栄が防壁となって禁煙が続く。よく漫画なんかで「禁煙」と墨で半紙に書いて床の間に貼る絵があるけど、あれ、実際に効果があるそうな。

 シゴキの連鎖や、過酷な入会儀式にも、ちゃんと原因があるそうで。

 私は、1959年に発表された、社会心理学者以外にはあまり知られていない研究の中にその答えがあると思います。エリオット・アロンソンとジャドソン・ミルズという二人の若い研究者は、「何かを得るために大変な困難や苦痛を経験した人は、同じものを最小の努力で得た人に比べて、自分が得たものに対して価値をおくようになる」という自分たちの見解を…

 あるある。タダで知らない人から貰ったモノより、自腹切って買ったモノの方を大事にするんだよね、人って。

 第4章では、人の付和雷同する傾向を語っている。1964年3月、ニューヨークのクイーンズで、一人の女性が殺された。彼女は35分の間、路上で助けを求め叫んだが、誰も警察に通報しなかった。「もう誰かが通報しただろう」的な感覚があった、というわけ。

 で、これに対する自衛策は、というと。「誰でもいい、一人を特定して助けを求めろ、他の人にも具体的な指示を出せ」だそうで。「そこの女性は警察を呼んでくれ、青年は車を出してくれ」などなど。一旦、何人かが救助を始めれば、後は群集が自動的に救助に動き始めるとか。

 さて、先に出た録音笑い、元祖はパリだそうで。

パリのオペラハウスの常連サウトンとボーチェが1820年に始めたと言われています。彼らは単なるオペラの常連というばかりでなく、拍手喝采が売り物のビジネスマンだったのです。

 サクラ商売、真面目にビジネスしていたようで、なんと料金表を新聞に掲載までしている。こういう人が付和雷同する傾向の利用、最近は某TV局が槍玉にあげられてるんで、皆さんご存知だろうけど、こうやって明文化されると、整理がつくんだよね、自分の中で。

 …などと付箋をつけながら読んでたら、付箋だらけになってしまった。いやホント、「あるある」的な面白さがギッシリで、かつ防衛法まで教えてくれる。若いうちに読みたかったなあ。でもやっぱり、「限定品」って言葉には弱い私。

 以下、余談。

 著者はサクラを「悪しきモノ」として捉えてるけど、私は少し意見が違う。今はそうでもないけど、昔はよく言われてたんだ。「ディズニーランドは浦安よりカルフォルニアの方が断然面白い、観客のノリがいいから」、と。ああいうアトラクションやコンサートは、客のノリの良し悪しが楽しさに大きく影響する部分がある。

 客は楽しみたいからお金を払って行くわけで、同じお金を払うなら、出来るだけ楽しい気分を味わいたい。なら、客を楽しませるためにサクラを仕込むのも、商売の手法として認めていいんじゃないか、と思うんだけど、それ認めちゃうと、「じゃデンスケ賭博のサクラはどうなのよ」となるわけで、線引きが難しいなあ。「客が既に支払いを済ませているか否か」で分ける?

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