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2011年10月の13件の記事

2011年10月30日 (日)

SFマガジン2011年12月号

 今月も280頁の標準サイズ。ここ3ヶ月ほど海外作品の紹介がなかったのが、今月は5作品の大盤振る舞い。

 トップはサイコロ本作家のアリステア・レナルズ「トロイカ」。舞台はソビエトが復活した近未来。突然太陽系に現れ12年周期の楕円軌道に乗った謎の人工物「マトリョーシカ」と、ソビエトの3人の宇宙飛行士のファースト・コンタクトを描く。マトリョーシカの構造が斬新。

 続くハンヌ・ライアニエミ「懐かしき主人の声」の語り手は犬。奪われたご主人を奪回するため奮闘する犬と猫のコンビ。気まぐれでツンデレな猫が可愛い。

 N・K・ジェミシン「可能性はゼロじゃない」は、近未来のニューヨークを舞台にしたファンタジー。主人公はアフリカ系とアイルランド系のハーフの女性、アデル。「偶然」が頻発し、宝くじの当選が出やすく、同時に不幸な事故も増える奇妙な現象に覆われたニューヨーク。宗教団体が騒ぎ出し、逃げ出す人も多い中、一人暮らしのアデルは今日も仕事に出かける。

 ジョン・スコルジー「ハリーの災難」は、「老人と宇宙」シリーズの外伝。コロニー防衛軍の技術者、ハリー・ウィルスン中尉は、重大な外交問題を賭けてコルバ族と一騎打ちをする羽目に…。ハリーとハート・シュミットの掛け合い漫才が楽しいコミカルな短編。地球生まれの老人が志願して入隊するコロニー防衛軍。老人は処置で若返ると共に、肉体も強化される、という背景を知っておこう。

 最後のイアン・マクドナルド「小さき女神」は、未来のネパールが舞台。主役は、なんとクマリ(生神、→Wikipedia)の少女。マクドナルドらしく「見た目はファンタジー、中身はSF」な仕掛けが盛りだくさんながら、それ以上にクマリの生活がやたら面白い。彼女が選ばれる過程、求められる特徴、宮殿の中での生活。「ほほ笑むことも、感情を顔に出すことも、なさいませんように」。山田ミネコの短編「着陸」を思い出した。

 地味に続いてた「おまかせレスキュー」。このネタは「狐と踊れ」か?あのアンソロジーに採録したら…いや、浮きまくりだなw

 金子隆一氏のコラムはCERNが「光より速いニュートリノを観測した」というネタ。10月号ではホーガンを Disってたのに、ちゃっかり「未来からのホットライン」を宣伝してる。結局、好きなんでしょ。

 今月は Kindle のネタが多い。大野典宏・堺三保・編集後記と、Kindleづくめ。中で気になったのが、「電子書籍の自動更新に読者困惑」というニュース。ニール・スティーヴンスンの新刊に誤字があったので差し替えたが、読者が記入したメモやブックマークが消えてしまった、というもの。ダイヤモンド・エイジのスティーヴンスンってのが、皮肉だねえ。

 何が気になったといって、Kindle のデータ構造。恐らく HTML や PDF のようなタグ付きテキストなんだろうけど、問題はメモやブックマークの保存方法。パッと思いつくデータ構造は二つ。1)元データ内にメモを埋め込む、2)元データとは別の所にメモを保存する。読者のデータが消えたって事は、1) の可能性が高い。これ防ぐとすると、システムの大幅な改編が必要かも。

 2)ならメモも保存できるけど、実装が面倒になる。保存するメモには、a)メモの開始位置、b)メモの内容 の二つの情報が必要になる。メモの開始位置は、元データのx文字目の後、みたいな形になるだろう。表示の際に、元データとメモを併合して端末に表示するわけだ。

 けど、これ、誤字脱字の修正などで元データをアップデートした際、メモもアップデートしないと、メモの位置がズレてしまう。その調整アルゴリズムは…などと考えてると、眠れなくなるからこの辺にしよう。

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2011年10月27日 (木)

清水建設宇宙開発室編「月へ、ふたたび 月に仕事場をつくる」オーム社

建築資材を地球から月へ輸送するわけですが、その輸送費が非常に高いのです。たとえば、日本で開発したH-2のような大型ロケットを一回打ち上げるだけでも100億円以上の費用がかかります。しかも、そのロケットで月まで運ぶことのできる積み荷は2.5トン程度です。

【どんな本?】

 「恒久的に人が滞在する施設を月に建設する」というテーマで、どこに作るか・どんな形にするか・どんな施設が必要か・どんな素材を使うか・その素材はどうやって調達するか・建設のスケジュールなど、科学・工学、そして費用面を含めた産業的な見地で検討した本。発行が1999年と少し古いのが難点だが、内容はあくまで現実的で、だからこそエキサイティングだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1999年10月25日第1版第1刷発行。ソフトカバーで幅広の新書サイズ。縦一段組みで約143頁。9.5ポイント45字×17行×143頁=109,395字、400字詰め原稿用紙で約274枚。図版やイラストを多数収録しているので、実際の文字数はこの7割程度。小説なら中篇の分量。

 執筆者を見ると清水建設(株)宇宙開発室所属の人がズラっと並んでいる。皆さん素人向けの解説本執筆には不慣れなはずだが、内容のわりに文章は読みやすい。顧客や役員向けのプレゼンテーションで提出するつもりで書いたのかしらん。たまに分子記号が出てくる程度で、数式はほとんど出てこないので、中学生でも充分に読みこなせるだろう。

【構成は?】

1章 月面の環境を知る
2章 月面基地の建設
3章 月面基地での生活
4章 月面基地における資源利用
5章 月面基地・月資源開発に関わる法制度
 あとがき
 参考文献

【感想は?】

 企業の人が執筆した本だけあって、内容はとても現実的。例えば、いきなり隕石の影響が出てくる。

 たとえば、1マイクログラム(10-6)の隕石が金属に衝突すると、直径0.5ミリメートルのクレーターができますが、これが1グラムの隕石になると、金属に直径数センチメートルのクレーターができることになります。

 として、隕石による孔の直径と、そのサイズの隕石が1㎡に年間何個落ちるかの表が出てくる。これによると、0.1μm(1/1万mm)の孔は年3万個、1/100mmは300個、0.1mmは0.6個、1mmは0.001個。こりゃもう、孔はあくものと覚悟した方がよさそう。

 対策として提案しているのが、レゴリス(月の表土)で覆うというもの。または、地下に作ってしまえ、となる。レゴリスで覆う場合、レゴリスを袋詰めすりゃ扱いやすい、なんて出てくるあたりはさすが建設会社。実際の居住区は宇宙ステーションのようにパイプ型のモジュール構造にして、各モジュールを順次継ぎ足していこう、ってのも現実的。

 これは序盤の話で、ビル作りで言えば作業員が寝起きするプレハブ小屋に該当する建物。その後、レゴリスからコンクリートを作って、施設を拡張しましょう、って話になる。デザイン案が幾つかある中で、印象的なのが6角形のモジュールを組み合わせて拡張するタイプ。まるで蜂の巣。

 ラフながらちゃんと建設スケジュール表もPART図っぽいのがあって、優先順位としては電力供給装置→居住モジュール→実験モジュールの順。14日間で完了する予定ってのが見事。なんで14日かというと、月の一日が28日だから。エネルギーは太陽電池で供給する前提なんで、昼の間に電力供給装置を稼動させ、夜は電力を節約しましょう、って事。

 面白いのが、重力の影響。「日常生活で昇降するための階段は3メートルの階高に対して3段ぐらいでよい」なんて研究もあるとか。階段の空間を節約できるなら、高層建築のデザインに大きな幅が出そう。sの高層建築で怖いのが地震だけど…

その大きさは最大でもマグニチュード4で、年間に放出されるエネルギーは年間2×1013エルグくらいです。地球の年間1024~1025エルグと比べると、桁違いに小さいことがわかります。

 ゼロが10個以上違うのね。
 恒久的に住むなら、水と食料も自給したい。昔から気になってた事があって、それは「月の土で植物は育つのか」って点。これはバッサリ「レゴリスは作物栽培に必要な養分を含まない」と切り捨てられてしまった。けど大丈夫。「栄養分を含んだ水を供給し栽培を行っています」。つまり肥料を与えりゃ大丈夫、と。または水耕栽培かな。

 研究中の作物はコムギ・ダイズ・ジャガイモ・レタス・イネ・サツマイモ・テンサイ・ピーナッツ。ところが嬉しい事もあって、低圧でも育つ植物はあるとか。「低圧下(40キロパスカル以下)で育成実験を行ったところ、常圧条件(100キロパスカル)と同等の発芽、成長、品質を得られる」とか。でも野菜ばっかりなんだよね。果物は実験に数年単位の時間がかかるから難しいんだろうなあ。肉は贅沢です。

 問題は、水。冒頭にレゴリスの化学組成例が出てて、大半が酸化物。SiOが最大でFeO・Al2O3・CaOが続く。つまり酸素はあるんだけど、水素がない。月の極か大型クレーターの影から調達するか、地球から持っていくか。ついでに肥料の原料を探すと、K2Oが0.1~0.5%、P2O5が0.05~0.1%でカリウムとリンはあるけど、窒素がない。

 他にも「重機を動かそうにも重力が1/6なんで尻ふっちゃうよ(意訳)」とか「真空中じゃグリースが蒸発しちゃうよ」など、宇宙開発の下世話なネタがいっぱい。SF者は必読ですぜ。

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2011年10月25日 (火)

ヴァーナー・ヴィンジ「レインボーズ・エンド 上・下」創元SF文庫 赤尾秀子訳

 「だって……勘でわかるじゃない?インタフェースって、そんなふうにできてると思うんだけど」

【どんな本?】

 「マイクロチップの魔術師」で話題をさらったヴァーナー・ヴィンジによる、ヒューゴー賞とローカス賞に輝くSF長編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2010年版」のベストSF2009海外編でも9位にランクイン。無線LAN,ウェアラブル・コンピュータ、ネットカメラ,仮想現実などが生活に浸透した近未来を舞台に、世界の危機に立ち向かう人々を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Rainbows End, by Vernor Vinge, 2006。日本語版は2009年4月17日初版。文庫本の上下巻で約351頁+313頁に加え向井淳の解説10頁。8ポイント縦一段組みで42字×17行×(351頁+313頁)=474,096字、400字詰め原稿用紙で約1186枚の大作。

 文章そのものは読みやすい。この小説、様々な登場人物の視点で語られるのだが、特に13歳のオチコボレ少年フアン視点の文章は、翻訳物とは思えぬノリのよさ。ただし、小説としては読みにくい部類に入る。

 というのも。「ウェアラブル」や「ピング(*)」などコンピュータ/ネットワーク関係の用語が、ロクな説明もなく頻繁に出てくるため。この辺、人物設定の工夫である程度は緩和してるけど、Geek臭プンプンなのは覚悟しよう。逆に、ソッチの業界の人にはクスグリも充分でたまらない作品。

*ピング:多分 Ping の事。機器がネットワークに接続し、かつ動作しているか否かを調べる目的で使う命令。→Wikipedia

【どんな話?】

 2030年。

 地中海沿岸の諸国でウィルスが流行した。症状こそ軽いものの、それはかつて生物テロで使われたウィルスの変種だった。暫くして、サッカーの試合で流れたCMが、大きな成功を収めた。この二つの事実に興味を示したEU諜報局のエージェント、ギュンベルク・ブラウンは、世界的な危機の存在を嗅ぎつけた。

 かつては詩人としての名誉に輝いていたロバート・グーは、老化と認知症で車椅子生活だったが、最新の医療技術との相性が良く、認知症も順調に回復しつつあった。彼が呆けている間にコンピュータとネットワーク技術は長足の進歩を遂げ、それに応じ社会も大きく変貌していた。現代の生活スタイルに順応するため、ロバートは職業訓練校に入学し、オチコボレの子供や、彼と同じ境遇の老人と机を並べて学習を始める。

【感想は?】

 電脳コイルの彼岸。

 物語はブラウンの視点で始まるが、主人公はロバートだろう。ほとんど説明なしに出てくる「バーチャル」や「ウェアラブル」なども、社会復帰のため学校で学ぶロバートの視点を通じて説明されていく。

 なんといっても、世界が魅力的。ありとあらゆる所に無線LANの基地局が整備され、大抵の所では高速でネットワークにアクセスできる。コンピュータも服に組み込まれ、着れば使える。インタフェースもモニタとマウスとキーボードなんて不細工なシロモノではない。なんと、コンタクト・レンズにモニタを組み込み、人が見ている風景に被せてコンピュータからの出力を読み取る。じゃ、どうやってコンピュータに命令を出すかというと、身振り手振りで伝えるわけ。

 加えてネットワークに接続したカメラも氾濫し、他の人が見ている視点や高空からの視点で遠くの町を見ることもできる。だもんで、多くの人は現実の風景を元に仮想現実を被せ、多重の層で世界を見ている。他の町に仮想の存在として自分を置き、行動する事も可能。

 ところが、これ、社会全体がネットワークに接続され、コンタクトレンズをしている、という前提で成立しているわけで、ネットやコンピュータから切り離された人の目から見ると、仮想存在とお喋りしてる人は「人がいない所に向かって独り言を喋っている」ように見えるし、コンピュータに命令を出してる人は「ケッタイな踊りを踊ってる」ように見える。

 この辺のギャップが、社会への適応過程にあるロバートの視点を通して語られるあたり、なかなか芸が細かい。ブラウンの視点で見た魔法のような世界が、ロバートの目を通して「進んだ科学」に変貌していくのが気持ちいい。

 Geek向けのクスグリも忘れちゃいない。「ハードOS」は、おそらく GNU Hurd(→Wikipedia)だろうし、「管理棟の屋上に自動車をのせる」は、MITの学生のイタズラ(→MIT Sloan 101)だろう。正規版は出るのかね、GNU Hurd。<sm>なんてタグもマニアック。個人的にはS式が好きなんだけど←それはマニアックすぎ

 ところが問題のロバート、物語の主人公としてはあまりに型破り。詩人としてのキャリアは申し分なく、頭脳もそれに相応しく明晰ではあるものの、性格が悪すぎる。名声のある年寄りだから気位が高いのは仕方がないにせよ、人をへこますのが大好きで、彼を称え慕うフアン少年を容赦なくコキ下ろす。がびーん。

 このロバートとフアンの対比が面白い。いささか間抜けで天性の才には欠けるものの、素直なお人よしで現代の技術と社会には通暁しているフアン。豊かな教養と鋭い頭脳を持ちながら、現代社会のテクノロジーを使いこなせず、性格はヒネくれまくったロバート。フアンがロバートの才に感激するくだりは、いかにも無教養な若者らしく、熱意を伝えきれない語彙の貧しさに苦しむ模様がよく出てる。人事じゃないから身につまされるったらありゃしない。

 この物語のもうひとつのテーマが、世界の危機を招く陰謀と、それに絡む「ウサギ」の活躍。正体不明の存在のアイコンがウサギなのは「不思議の国のアリス」から、かな。<不思議な少年>は、マーク・トウェイン(→Wikipedia)っぽい。このウサギの正体は向井淳氏が解説で説明してるけど、下巻の147pが重要なヒントを示してる…と思うんだけど、あなた、どう思いますか。

 さて。この世界のハードウェアは規格化が進み、部品もブラックボックス化して "ユーザは触れないでください" と但し書きが付いている。ところが世の中には、とりあえず分解しないと気がすまない困った人が常にいるもんで…。このシーン、エンジニアリングの世界に身を置く人なら、何度か身に覚えがあるはず。

 「最果ての銀河船団」も、より「低レベル」な部分に手を出す困った人が活躍するシーンがあったり、こういう部分が、ヴァーナー・ヴィンジの味。しかし、「プランク・ダイヴ」といいこれといい、最近のローカス賞は濃いのが多いなあ。

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2011年10月24日 (月)

交通研究協会発行 牧野光雄「交通ブックス308 飛行船の歴史と技術」成山堂書店

 ツェッペリン硬式飛行船は総数130隻が設計されたが、実際に建造されたのは第一次世界大戦前25隻、大戦中88隻、大戦後6隻の都合119隻の多数に及んだ。

【どんな本?】

 大空を悠々と遊弋する飛行船の歴史を、モンゴルフィエの熱気球から頂点を極めたグラーフ・ツェッペリン、そして今また関東の空を遊弋しているツェッペリンNTまで辿ると共に、その飛行原理から内部構造、姿勢制御技術や基本設計の変遷・操縦方法など技術的な面を明らかにし、また輸送機関としての特徴を挙げ将来性を模索する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年8月8日発行。ソフトカバーで幅広の新書サイズ。横組みで約190頁。9ポイント29字×25行×190頁=137,750字、400字詰め原稿用紙で約345枚。小説なら短い長編の分量だが、図版や写真を多数収録しているので、正味の文字量は7割ほど。

 著者は元日本大学理工学部航空宇宙工学科教授だが、この本は素人向けに書かれていて、理工系の教授の著作にしてはかなり読みやすい。80年代のブルーバックスの工学系のシリーズより、親しみやすさは上だ。後半に数式が出てくるが、ほぼ無視して構わない。

【構成は?】

 まえがき
第1章 飛行船序論
第2章 飛行船前史
第3章 ツェッペリン飛行船の成功
第4章 飛行船黄金時代
第5章 イギリス・アメリカにおける硬式飛行船
第6章 日本における飛行船史
第7章 第2次世界大戦跡の活躍
第8章 飛行船の操縦・離着陸・格納
第9章 飛行船の構造と推進装置
第10章 飛行船の有用性と将来性
 付録 飛行船の浮揚力・空気抵抗
 あとがき/参考図書/索引

 前半の第7章までは飛行船の歴史で、第8章以降が科学・工学・産業的な内容。序盤は冷静に記述していた著者が、後半に進むに従い飛行船への熱い思いが漏れ出し、第10章では著者の夢が炸裂するのが楽しい。

【感想は?】

 カッコいいよね、飛行船。アニメじゃ秘密組織とかの必須アイテムだし。特にツェッペリン型の大型硬式飛行船は様になる。なんたってLZ127グラーフ・ツェッペリン、全長235.5m,最大直径30.5m。大きさがハンパない。

 ところが肝心のツェッペリン伯、実はグラーフ・ツェッペリンを見ず、1917年3月8日に肺炎で没している(グラーフ・ツェッペリンの就航は1928年)。伯でわかるように裕福な貴族の生まれで、生涯の前半は陸軍に勤務しつつ飛行船建造の野望に燃え、皇帝ヴィルヘルム2世に飛行船建造を進言したりしている。

 だが皇帝にも軍にも理解を得られず退役、以降はすべてを飛行船に捧げ七転び八起きの人生。私財を投げ打って第1号LZ1を建造し市民の注目を集めるが、船体が折れ曲がり15分ほどで湖に墜落。執念で修理し3回の試験飛行に成功するが「狂人伯爵」と叩かれ資金を使い果たし会社は解散。

 寄付と宝くじで資金を集めLZ2を建造するも初飛行後、格納庫内で嵐により破損。めげないツェッペリン伯、皇帝からの支援と宝くじでLZ3を建造、45回の試験飛行の末に陸軍に買われる。以後、成功と事故を繰り返しながら国民的英雄となり、第一次世界大戦に突入。「搭載量と航続距離の大きさは当時の飛行機には遠く及ぶところではなかった」そうな。

 そのグラーフ・ツェッペリン、画期的な設計上の工夫がある。燃料を使えば飛行船は軽くなる。従来は釣り合いを取るためガス(水素)を放出していたが…

これを解決する方法の一つとして燃料にブラウガスを用いることが考えられた。(略)空気とほぼ同じ密度(空気の1.05倍)のため消費したあとを空気で補えば飛行船の全重量は変わらないので浮揚ガスを放出せすにすむ。

 そう、飛行船は重さの釣り合いを取るために浮揚ガスを放出するわけ。これは他にも理由があって、高空だと気圧が低くなりエンベロープ(ガスを入れる袋)にかかる力が大きくなるし、太陽熱であったまっても圧力が高まる。だからガスを放出して圧力を逃がしてる。逃がすのはいいが、今度は低空に戻ったときエンベロープが萎んでしまう。硬式はともかく軟式はまずい。これを解決するため…

エンベロープ内にバロネットと称する空気袋を設けて浮揚ガスの代わりにこの中の空気を出し入れする。

 軟式飛行船のデッカイ風船、中は二重になってるそうな。しかもバロネットは前後に二つあって、姿勢制御にも使ってる。この辺、形状だけでなく設計思想も潜水艦に似てるなあ。飛行船は他にもエンジン排気から水を回収して重さのバランスを取る工夫もある。そのエンジン、最近は向きを変えるティルト機構も常識だとか。

 飛行船の特徴であるガス嚢、今はヘリウムが入ってる。水素とヘリウム、それぞれどの程度の浮力があるかというと。

空気は地上(15℃、1気圧)において1㎥の重さが約1.225kgである(略)水素1㎥の重さは約0.085kg、ヘリウムのそれは約0.169㎥であるから、各ガス1㎥に生じる地上での正味の浮力は
  水素では    1.225-0.085=1.040kg
  ヘリウムでは  1.225-0.169=1.056kg
(略)ヘリウムは水素の場合より総浮力が約8%減ることがわかる。

 いずれも1㎥で約1kgの浮力がある。にしても水素とヘリウムの差がたったの8%とは。
 さて、現実に飛行船を作るには幾つか問題があって。

(a)爆発炎上の危険性があった。
(b)速度や運動性、機動性において飛行機に遠く及ばない。
(c)船体が大きい。したがって地上での取り扱いの労力が大きい。
(d)風に弱い。悪天候により遭難することが多かった。

 (a)は水素をヘリウムに変え解決するけど、最大の問題は(d)。これは著者も「天気予報が発達したんだから逃げればいいじゃん」と苦しい言い訳している。意外と見落としがちなのが(c)。

 硬式飛行船の着陸になると、これを人力により地上に降ろすには大勢(たとえば数百人)の地上支援員の労力と支援長の経験的技術が必要であった。

 飛行船からロープを下ろし、ロープを引っ張って引き回すわけ。今なら自動車でやれるだろうけど、それでも好きなところに着陸ってわけにはいかない。ブルジョアな乗り物なんです。

 以下、余談。

 実は3つほど、かねてから飛行船の阿呆な設計案(というより妄想)があったんで、垂れ流しておこう。

  1. 熱飛行船:熱気球があるんだから、熱飛行船があってもいいじゃないか。暖めた空気をエンベロープに入れれば浮かぶでしょ。燃費は酷く悪そうだけど。
  2. プラズマ飛行船:もっと熱してプラズマにしちゃえば浮力を稼げるよね。燃費に加え構造材も調達できないけどさ。
  3. 真空飛行船:いっそエンベロープ内を真空にすりゃヘリウム不要になる。エンベロープは炭素素材とかの硬い素材にする。この場合、圧力の加わり方は従来と逆で、むしろ潜水艦同様に外から中にかかる形になる。けど素材が今は見つかりそうにないなあ。

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2011年10月21日 (金)

グレッグ・イーガン「プランク・ダイヴ」ハヤカワ文庫SF 山岸真編訳

 「仮想ブラックホールがバリオン崩壊の触媒となるような、クォーク=グルーオンプラズマのコヒーレント状態を作り出すことができる。実質的に、全静止質量を光子に変換し、理論的最高効率を達成するような噴射流を得られる」  ――「グローリー」より

【どんな本?】

 帯の煽り文句「SF最先端の、その先へ!」は嘘じゃない。SFのエキスをトコトン濃縮して還元しない、21世紀初頭のSFのエッジを切り開く、グレッグ・イーガンの日本オリジナル短編集。なお収録作7作中、6作は雑誌「SFマガジン」で紹介済みで、巻末の「伝播」はこの短編集が初出。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年9月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約385頁+訳・編者あとがき10頁+大野万紀の解説11頁=約406頁。9ポイント40字×17行×406頁=276,080字、400字詰め原稿用紙で約691枚。普通の長編よりやや多め、かな。

 断言する。はっきり言って、読みにくい。冒頭の引用が、そのサンプル。ただでさえ難解なイーガン作品の中でも、この作品集はとりわけ濃い作品を集めた感がある。特に「グローリー」以降の後半は舞台が宇宙になり、物理学&数学に加えSFガジェットがひしめき合ってるので、更に難易度がハネ上がる。普通のSF小説の倍~4倍の時間は覚悟が必要。ナミのSFじゃ満足できないSF廃人向けの作品集であり、ある程度SFを読みなれてない人は、他の作品で経験を積んでから挑戦しよう。

【収録作は?】

Crystal Nights / クリスタルの夜
 ハイテク企業で成功したダニエルは、AI研究者のジュリーをスカウトした。ダニエルは彼女に最新のチップを見せる。総光素子で、桁違いの性能を見せる。しかも並列処理ではない。そんな化け物チップで彼が実現しようとしているのは、「真のAI」を生み出すことだった。
 「いやプロセサの実効速度は知性のレベルに関係ないじゃん」と突っ込みたいあなた、すぐに解が示されるのでご安心を。なぜ高速なプロセサが必要なのかも納得できます。
The Extra / エキストラ
 富豪のダニエル・グレイは悪趣味だ。所有している臓器提供用の自分のクローン、エキストラを、パーティーに招いた客の前で行進させるのだ。
 臓器提供用の人クローンにまつわる倫理的問題を検証した問題作。ただし、ここに出てくるクローンは、脳を処理され、知性を持たない。訴訟のネタが笑える。
Dark Integers / 暗黒整数
 異なる数学体系を持つ世界との接触を描いた「ルミナス」の続編。なんとか問題を解決し、秘密を四人+一人に閉じ込めたブルーノたちだったが、「向こう」のサムから緊急通信が入った。こちらの世界が、向こうの世界を侵略しはじめた、というのだ。
 命題の真偽値の違いで世界が対立する、というアイデアはそのままに、こんどは数学の命題と物理との関わりがテーマとなる。きっとこれを読んだプログラマの何人かは DarkInteger クラスを実装するに違いない。
Glory / グローリー
 調査員のジョーンとアンは、ヌーダー人の星を訪れた。かつて同じ星で栄えたニア人の遺跡を調査するためだ。ヌーダー人は11の国に分かれているようだが、中でもティラとガハーの二大国が多くの遺跡を領有し、また軍事的に対立していた。
 出だしからイーガン節炸裂。今までいろんな宇宙船の設計を読んだけど、これは中でも極小で過激。本編とは直接関係ない部分なのに、なんでここまで惜しげもなくアイデアを詰め込むのやら。
Wang's Carpets / ワンの絨毯
 長編「ディアスポラ」の一部として吸収された作品。カーター・ツィマーマン・ポリスは、ヴェガ星系の惑星オルフェウスの海で、ついに生物らしき存在を発見した。人類が初めて発見した異星生物だ。絨毯のように平たい形で海をたゆたい、数百メートルの広さに成長し、数十の断片に分裂して生殖する。
 となれば、当然、この作品のメインテーマは「異星生物」の正体。これがまた、実に想像を絶する存在で…。ネタのあたりはイーガンに相応しく難解極まりないので、じっくり腰を落ち着けて読もう。
 ところでキャサリンがサミュエルなのは、やっぱりディレーニーなんだろうか。
The Planck Dive / プランク・ダイヴ
 カルタン・ポリスは、チームをブラックホールに送り込むプランク・ダイヴ計画を控えていた。そこに、地球のアテナ・ポリスから二人の客人が訪れる。地球にも計画の詳細は送るので、わざわざ訪ねる必要はない筈なのだが…
 「ワンの絨毯」も相当に難解だったが、これは更に過激。ブラック・ホールの事象の地平線に近づくにつれ、中の人から世界はどう見えるのか、という描写が圧巻。いやほとんど何言ってるかわかんなかったけど←をい。乱入者のプロスペロとコーデリアの対比が、いかにもこの作品の作者イーガンに相応しい視点で見事。
Induction / 伝播
 21世紀の終わり、各国が様々な計画を立てる中、中国の計画は独特のものだった。月の基地から、カタパルトで<蘭の種子>を、光速の20%の速度で打ち出し、人類初の恒星間航行を達成しようというのだ。
 カタパルトの発想がすごい。ドイツのV-3なんてもんじゃない。地上と違い月は真空なので、空気抵抗を気にしなくていいから、まあ確かに理屈はあってるんだが。それで何を飛ばすのか、というと…

 いやあ、滅多に「読みにくい」なんて評価を下さない私だけど、イーガンとチャールズ・ストロス、そして初期のスティーヴン・バクスターは遠慮なく 「読みにくい」と断言できるから気持ちいい。なんたって、「読みにくい」が悪口にならない芸風なんだもの。これぐらいハッキリと「一見さんお断り」だと、 いっそ爽やかだ。

 この中で一番気に入ったのは、「ワンの絨毯」。やっぱり、ファースト・コンタクト物は感激してしまう。まあアレを人類と言っていいのか、という問題はあるにせよ。絨毯の正体も、わかるとゾクゾクしてくる。欲しいよね、一家にひとつ。まあ、あったところで用途は下世話な目的なんだけどw

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2011年10月20日 (木)

森達也「悪役レスラーは笑う [卑劣なジャップ]グレート東郷」岩波新書

「例えばプロレスでは古典的な技の代名詞であるヘッドロック、あれは絶対に左脇に相手の頭を抱えるんです。注意しながらテレビを見てください。右脇に抱えるレスラーは存在しません。つまり右サイドのヘッドロックは、プロレスの型として存在しないのです」  ――斉藤文彦

【どんな本?】

 1950年代~60年代、アメリカのプロレス界で「卑劣なジャップ」を演じて大活躍し、日本でも力道山と共にプロレス業界の立ち上げに大きな影響を残したレスラー、グレート東郷。だが、彼の素顔はほとんど知られていない。当時の彼を知る者のインタビューを通してプロレスの歴史をたどり、娯楽としてのプロレスが映し出す庶民の素朴なナショナリズムを浮き彫りにする。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年11月18日第1刷発行。新書で縦一段組み約244頁。9ポイント42字×16行×244頁=163,968字、400字詰め原稿用紙で約410枚。小説なら標準的な分量。

 文章そのものはエッセイ並みのよみやすさ。ただ、出てくるレスラーが力道山やバーン・ガニアなど懐かしい顔ぶれなので、若い人にはピンとこないかも。また、今と違い当時はプロレス団体が少なく、演出重視のレスラーとストロング・スタイルのレスラーが同じリングで戦う、カオスな状況であった由をご了解いただきたい。

 あ、それと。「プロレスなんて八百長じゃね?」などと言う人には向きません。まあ、そういう人は興味を持たないだろうけど、一応念のため。

【構成は?】

 プロローグ――ある<記憶>をめぐって
第1章 虚と実の伝説
第2章 伝説に隠された<謎>
第3章 笑う悪役レスラー
 あとがき
 主要参考文献

 基本的にグレート東郷の時系列ではなく、著者視点で調査の時系列に沿って話は進むので、話はアチコチに飛ぶ。当時のプロレスの様子を懐かしみながら楽しむエッセイの感覚で読むといい。

【感想は?】

 当時は鷹揚な時代だったんだなあ。

 今でこそ「プロレスには演出がある」由は多くの人が了解してるけど、当時は「プロレスは八百長か否か」が熱く語られた時代。いや少し考えりゃ、ミル・マスカラスやデストロイヤーなど覆面の外人レスラーが覆面したままでビザを取れるはずもなく、ちゃんと正規の手続きを経て来日してるに決まってるんだけど。

 米国でのグレート東郷というレスラーの演出も、アメリカのナショナリズム剥き出し。裸足に下駄履き、ニタニタ笑いながら敵の目に塩を投げて目潰しにする。やられれば土下座して許しを請い、相手が油断した所で凶器攻撃。アメリカ庶民が持つ「リメンバー・パールハーバー」感覚を「これでもか」と刺激する挑発ぶり。今なら煩い方々に睨まれること間違いなし。

 これで大人気を博した(つまり徹底的に憎まれた)というから、時代だよなあ。今でも残ってるかもしれないけど。どれぐらい憎まれたか、というと。

 東郷の腹と背中には、抉られたような大きな傷が四箇所ずつある。小さな傷は百箇所以上もあり、その半分はレスラーとの乱闘よりもむしろ、観客の襲撃によるものだという。「流した血は、ドラムカンで四杯はあるんじゃなかろうか」(桜井康雄「プロレス悪役列伝」週刊大衆1982年6月14日号)

 とはいえ日本も似たようなもんで、「狂乱の貴公子」リック・フレアーなんて可愛いもんで、「黒い魔人」ボボ・ブラジル(今 Wikipedia を見たら、なんとアメリカ人w)とか「アラビアの怪人」ザ・シーク、「インドの狂虎」タイガー・ジェット・シンとか、当時の日本人が、他国をどう見ていたかが、よくわかる。

 話を東郷に戻す。「悪役レスラーもリングを降りれば紳士」な話が最近は多いが、グレート東郷に関し日本のプロレス関係者の評判はすこぶる悪い。「金に汚い」「人としての品性に欠ける」「嫌いだ」…。見事に悪評ばかり。

 唯一の例外が、力道山。他の者には「先生」と呼ばせた尊大な力道山が、東郷にだけは「リキさん」という親しげな呼びかけを許す。プライベートにみならず、リングでもタッグを組む。ベビーフェイスの力道山と悪役グレート東郷のタッグじゃ無茶ありすぎだろうに、それで興行しちゃうんだから意味がわからない。ビジネスとしても、東郷は外人レスラーとのパイプ役を果たしていたため、尊重する必要はあっただろう、という推測も…

 力道山の死後、日本のプロレス界は徹底した東郷外しに出る。つまり、力道山以外のすべての関係者に嫌われていたわけだ。これはビジネスの問題では説明がつかない。

 などと謎を膨らませつつ、大きな爆弾が落ちるのが、終末近くのグレート草津とのインタビュー。焼酎のワイン割りなんぞという凄まじいシロモノを飲みながらのインタビューで、酔いに任せて草津氏しゃべるしゃべる。東郷に限らず、爆弾発言の連続。これを引き出した著者の力量も見事。ここで謎に包まれた東郷の正体が明らかになるか…

 ベビーフェイスとヒールが明確だった時代。わかりやすかった当時のプロレスを懐かしみながら、気楽に読もう。

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2011年10月18日 (火)

PCが壊れた

PCが壊れたので、暫く更新はお休み。
今週末にケリつけて、来週頭には更新を再開する予定。

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2011年10月15日 (土)

三島由紀夫「美しい星」新潮文庫

 その瞬間に彼は確信した。彼は決して地球人ではなく、先程の円盤に乗って、火星からこの地球の危機を救うために派遣された者なのだと。さっき円盤を見たときの至福の感情の中で、今まで重一郎であった者と、円盤の搭乗者との間に、何らかの入れかわりが起こったのだと。

【どんな本?】

 現代日本文学でも独特の地位を占める三島由紀夫の作品の中でも、特異な位置にある長編小説。敢えて「空飛ぶ円盤」や「異星人」など当時はキワモノとして扱われていたSF的な要素を中心に据え、東西冷戦下で核の脅威に怯える時代を背景に、超越した視点から「人類のあるべき姿」を模索する一家を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Wikipedia によれば「作者37歳の作品。1962年(昭和37年)、文芸誌「新潮」に連載され、同年10月に新潮社より刊行」。1967年新潮文庫で文庫化。私が読んだのは2006年5月25日の46刷。文庫本縦一段組みで本文約357頁。9ポイント38字×16行×217,056字、400字詰め原稿用紙で約543枚。標準的な長さの長編。

 62年の作品の割りに、意外と文章は読みやすい。三島由紀夫は「仮面の告白」ぐらいしか読んだ経験がない私は、もっと修飾語過多の耽美的な文章を予想していたのだが、この作品に限れば控えめ。セーターがスウェータアだったり、オート三輪が出てきたりと、時代を感じさせる部分はあるものの、全般的には驚くほど現代的な文章。

【どんな話?】

 52歳の大杉重一郎は、突然「自分は火星人である」という認識に目覚めた。最初は笑っていた家族も、やがてそれぞれが別々の星から来た者であると悟った。妻の伊余子は木星人、長男の雄一は水星人、長女の暁子は金星人だ。世知に富む重一郎は、家族を守るため、自分たちの秘密を守り、「普通に生活せよ」という方針を立てた。

【感想は?】

 まず連想したのが、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの短編二つ。「ビームしておくれ、ふるさとへ」(ハヤカワ文庫SF「故郷から10000光年に収録」)と、「たおやかな狂える手に」(ハヤカワ文庫SF「星ぼしの荒野から」収録)。どちらも「自分は異物だ」という認識を拭えない者のお話。

 だた、上の両者が、異物である由を単独で認識しているのに対し、「美しい星」の一家は四人である点が、大きく違う。その為か、ティプトリーJr の作品の主人公が孤独と劣等感を感じているのに対し、この一家はむしろ優越感を感じている。「私たちは愚劣な地球人とは違うのだ」という、ちと鼻持ちならない感覚。

 そういう高みから見下ろす視点の者たちだけに、やたら言う事はデカい。ソ連の核実験で緊張した東西関係を憂慮し、新聞を読んでは演説を始める。

「フルシチョフとケネディは、早速会って、一緒に簡単な朝飯でも喰べるべきだ。御馳走はいかん。御馳走は頭の働きを鈍くする」

 「御馳走はいかん」って、なんじゃそりゃ。つかオッサン、演説する前に働けよ。そう、重一郎は(今のところ)無職という設定になっている。事業家の倅で芸術家肌。ありがちなボンボンだね。そのくせ世界に目的や統一感を求め、人々が勝手気ままに生きている事に不満を抱く。

 東京へ遊びに出かけるたびに、つぎつぎと新築される巨大なビルの、昼間から蛍光燈をともしている窓々が、重一郎に恐怖を与えた。人々は声高に喋りながら、確実にそれらの窓ごとに働いていた。何の目的もなしに!

 いや、アンタが分からないだけで、皆さんそれぞれ目的を持って働いてるんだって。その目的は生活費かもしれんが。
 この重一郎が火星人である自覚に目覚めたきっかけが、円盤の目撃体験。つまり、この小説は、UFO信者の内面を記した作品、とも読めるわけ。

 そういう視点で読んでいくと、「なんで人はUFOを信じてしまうのか」「あの人たちは何を考えているのか」を読み解く、貴重な資料にもなっている。ビリーバーとの会話が無意味である由を、嫌というほど実感できるだろう。彼らにとっては、「自分は世界の真実を知っている特別な存在なのだ」という優越感を支える、重要な根拠なのだから。

 一家の四人がそれぞれ出自が違うって時点で、設定が無茶なのは明らかだ。敢えて無茶な設定にする事で、「つまり彼らはビリーバーなんだよ」と読者に提示してる、と解釈したんだが、この解釈に同意する人は少ないだろうなあ。

 UFO信者という現代的なテーマを扱っているためか、悪役の造形もクッキリして分かりやすい。序盤で登場する村木屋のおかみとか、酷いなんてもんじゃない。

「なるたけ高く悪いものをつかませるんだよ。あの家じゃ誰もわかりゃしないんだから」

 と、見事に嫉妬と羨望に凝り固まったオバハンに作られている。これは地の文の描写で、一家視点ではないのだけれど、「ビリーバーが見る世界はこんな感じだよ」と言いたいのかなあ、と思ったんだが、さすがにこれは無茶か。

 この悪役の酷さは、終盤に登場する三人組も同様。彼らがデパートで買い物するシーンも、「ええ年こいた野郎が何やってんだか」と言いたくなる。このズッコケ三人組が重一郎と対決するシーンでは、リアスで重厚な議論が盛り上がった所で、イカれきった茶々を入れる。この茶々の意味、「連中の偉そうな理屈の正体は、こんなもんですぜ」という作者のメッセージと解釈したのは、きっと私だけだろう。奥野健男氏の解説とは真っ向から対立してるし。

 さて、「自分はエイリアンだ」などと夢見がちなこの一家だが、それでも現実は一家の世界に容赦なく侵入してくる。実も蓋もない現実に対し、高所から見下ろす一家は、異星人であるという設定とどう折り合いをつけ、どう対応するのか。終盤は、解散の危機を迎えたカルト教団の内情を思わせる、ピリピリした緊張感がある。

 一見SF的なテーマだが、むしろビリーバーの正体を戯画化した作品、と考えたほうが分かりやすいかも。著者がどっち側かは気になるところだけど、それは、まあ、昭和史のロマンってことで。しかし、この原稿を受け取った新潮の編集者は、戸惑っただろうなあ。

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2011年10月13日 (木)

スティーヴン・ロジャー・フィッシャー「文字の歴史 ヒエログリフから未来の世界文字まで」研究社 鈴木晶訳

完全な文字とは、次に挙げる三つの基準を満たすものである。

  • 意思の伝達を目的としている。
  • 紙など耐久性のある表面、あるいはPCモニターなど電子機器の表面に書かれた、人工的な書記記号の集合体である。
  • 慣習的に、分節言語(有意味な音声の系統的配列)と関係のある記号、あるいは意思の伝達がなされるようなコンピュータ・プログラミング関係の記号を使っている。

【どんな本?】

 結び目文字からヒエログリフ、楔型文字からアルファベット、そして漢字からマヤ文字まで、世界中の文字は、どこでどのように生まれ、どう流浪・変化し、どう使われてきたのか。なぜラテン文字は大文字と小文字があるのか。文字にはどんな種類があって、どう使い分けているのか。そして、今後、文字はどう変化していくのか。豊富なサンプルの図版や系譜図を元に、文字の歴史をひもとく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A History og Writing, 2001, Steven Roger Fischer。日本語訳は2005年10月21日初版第一刷発行。ハードカバー縦で一段組み本文約414頁。9ポイント45字×18行×414頁=335,340字、400字詰め原稿用紙で約839枚。長めの長編の分量。

 正直言って、文章は硬い。教科書として、読みやすさより正確さを優先した文章だ。また、「膠着語」や「声門音」など、言語学の用語が頻繁に出てくる。言語学の基礎が分かってないと、つらいだろう。というか、つらかった。未知の単語でも字面をみればある程度の意味が推測できるのは、日本語の長所かも。

【構成は?】

 はじめに
第一章 刻み目から書字版へ
第二章 話をする図像
第三章 スピーキング・システム
第四章 アルファからオメガまで
第五章 東アジアにおける文字の「再創造」
第六章 アメリカ大陸
第七章 羊皮紙のキーボード
第八章 未来のシナリオ
 訳者あとがき
 引用文献
 精選参考文献
 索引

 第一章から第四章までは、主に地中海沿岸を中心として、文字の発生からセム系のアルファベットの歴史を、時代を追って記述する。第五章は中国・朝鮮・日本を中心に扱い、第六章は南北アメリカ大陸の文字を追う。第七章は文字というより書体/字体の歴史に近い。

【感想は?】

 お腹いっぱい。歯ごたえあります。

 随所で文字の系統図が出てくるのでわかるのだけど、今あるアルファベット、ラテン文字からアラビア文字までのルーツは、原始西セム文字。で、更にルーツを辿ると、エジプトのヒエログリフにたどり着く。ナポレオンの時代にエジプト学が盛んになったのも、自分たちの文明のルーツがエジプトにある由を本能的に悟っていたからかも。

 「え?アラビア語が右から左に書くけど、ラテン系は左から右だよね?」と疑問を持つ人もいるだろうけど、実はこういう書法は意外と柔軟に変わっていくものらしい。

 そのエジプトのヒエログリフ、表音記号は子音だけを書いたそうな。kwsk("詳しく"を意味する2ちゃんねるの俗語)みたいな雰囲気?そのヒエログリフからして、右から左・左から右・上から下と、書法は自由で…

記号はつねに、各行の始まる位置に、「正面を向けている」。右から左に読まなければならないなら、たとえば、鳥の嘴は右を向いている。(略)右から左へ読むのが、「標準の」方向だった。

 表語文字と表音文字や決定語が混在していたヒエログリフがカナンの地を流離い変形し流れ流れてギリシャにたどり着く。ここで起きた大きな変化が、「母音音素を系統的に、一貫して表した」。これはギリシア語の性質によるもので。

フェニキア語の単語はすべて子音ではじまるが、ギリシャ語の単語の多くは母音ではじまる。

 ということで、母音を表す文字が必要なわけ。当然といっちゃ当然だけど、文字は「話し言葉」に応じて変化していくわけです。

 欧州の文字は結構古いのが今まで生き延びてて、例えばルーン文字は「スウェーデンのいくつかの地域では、20世紀の初めまで、まだルーン文字が書かれていた」。どころか、今は北欧メタルの人が愛好してるらしい。

 民族系音楽としちゃ少し前にケルト系が流行ったけど、古アイルランドのオガ文字も凄い。縦に長い棒をひいて、それに交差させる短い横棒をひく。これだけ。横棒の数・角度・左右への出っ張りなどで、文字を形成する。洋服に書かれてたら、模様と区別がつかない。

 さて、我々に馴染み深い漢字。中国政府の見解は「単独発生」、つまりメソポタミアで発生した文字とは関係ないよ、という見解だが、著者は「文字というアイディアは借用したと考えるのが自然」という立場。また、漢字は表意文字と言われるけど、これにも疑問を呈し、「むしろ表語文字と言うべき」と主張している。

 中国文字は主として音節文字であるが、ほとんどの文字が表意要素(意味識別符)をもっているので、音節表記システムであるとはいえない。このため中国文字は「形態素・音節文字」と呼ばれているが、文字の世界でもユニークな位置を占める中国文字の表記システムを定義するのに、この呼び方がいちばんふさわしいだろう。

 その漢字の数、どれぐらいあるかというと。

1716年にできた清王朝の「康煕字典」は、今でも中国古典文学の基準となる権威ある字書だが、四万七千を超す漢字を擁している。最も新しい中国の辞書(1986~90年)はには、六万もの漢字が載っている。歴史上存在した漢字の数は、書体の違いなどは無視しても、八万字にのぼると推定されている。

 はい、16bit じゃ全然足りませんです。どうでもいいけど康煕字典が変換一発で出てきたのは感動。やっぱ日本語入力システムを作ってる人には馴染み深い名詞なのね。同様にインドも凄い。

 本書「文字の歴史」が五巻からなるとしたら、インド系の文字だけで三巻は占めるだろう。(略)あるインド人によれば、「今日インドでは新しい文字が三ヶ月に一度の割で創作されている」という。

 アップル社はよくもまあ、MacOS ヒンディー版なんて作ったなあ。
 悲惨なのがマヤ文字。「16世紀、スペインの侵攻に続いてマヤの書物が大々的に破壊されたため、現在は奇跡的に焚書を逃れた四冊の絵文書しか残っていない」。

アメリカのマヤ学の権威マイケル・コウ博士はこう嘆く。「エジプトのアレクサンドリア図書館消失でさえ、一つの文明の遺産をこれほど跡形なく消し去りはしなかった」

 さて、今は口語で書くのが主体だけど、少し前まで文章は文語で書いてた。これは一般に書き言葉が保守的で変化しにくいのに対し、話し言葉は変化しやすいためだそうで。

 教養ある人の特徴は、たいていの場合、その人が「いかに書きことばに近いことばで話すか」である。

 雰囲気わかるけど、今は奇妙な例外が出来ちゃってるんだよね。「だお」なんて語尾で話したら馬鹿みたいだお。あれ、今後どういう変化を日本語にもたらすか(またはもたらさないか)、なかなか面白い研究材料だと思う。

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2011年10月10日 (月)

フェリクス・J・パルマ「時の地図 上・下」ハヤカワ文庫NV 宮崎真紀訳

三次元空間の旅には飽き飽き?
ついに時の流れに乗って、四次元空間を旅することができるようになりました。
私たちの提供するツアーに参加して、西暦2000年に行ってみませんか?

【どんな本?】

 スペインの新人作家を対象とした2008年セビリア学芸協会文学賞を受賞し、SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2011年版」でも、白背のNVレーベル・見慣れぬスペイン作家という二重のハンデを乗り越え第三位を獲得したダークホース。1896年のロンドンを舞台に、SFの父H.G.ウェルスへのオマージュと、二重三重の仕掛け、そして時を越えた冒険とロマンスをたっぷり詰め込んだ、波乱万丈の娯楽長編小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は El mapa del tiempo, by Fe'lix J. Palma, 2008。日本語訳は2010年10月15日発行。文庫本で上下巻、縦一段組みで約404頁+396頁=800頁。9ポイント40字×17行×(404頁+396頁)=544,000字、400字詰め原稿用紙で約1360枚の大作。

 訳文は(恐らく意図的に)大時代な雰囲気をかすかに残しながらも、現代日本語としての読みやすさを充分に配慮した親切設計。

【どんな話?】

 1986年のロンドン。富豪の息子アンドリュー・ハリントンは、自らの無為な人生を終わらせようと決意した。彼の人生を決定付けた、貧民の巣窟ミラーズ・コートで。そこは、彼が出会ったただ一人の愛する女性、娼婦メアリー・ケリーを失った場所だ。

 事態を察した御者のハロルドは心配したものの、アンドリューのいとこチャールズ・ウィンズローの馬車が同じ場所に急行するのを見て、胸をなでおろした。御者ごときが主人の人生に介入するのは無理でも、チャールズ坊ちゃんが間に合ってくれれば…

【感想は?】

 サービス満点。作者の語りにトコトン翻弄された。

 全体は三部からなり、それぞれが緩く関連した連作の形をなしている。そして、全ての部で、H.G.ウェルズが重要な役割を演じる。そう、この作品は、ウェルズの名作「タイム・マシン」へのオマージュだ。

 第一部で主人公を務めるのが、富豪の息子の若者、アンドリュー・ハリントン。運命の恋人を殺人事件で失った彼が、失意のどん底で見つけたかすかな希望。それは、タイム・トラベルだった…

 とくれば、どうウェルズが絡むのか、読者の多くは見当がつくと思うけど、一筋縄ではいかないのが、この小説。

 なにせ、冒頭からして、「語り手」が活動写真の弁士よろしくベラベラしゃべり始める。「いまどき語り手が読者に語りかけるとは、なんと大時代な、これはスペイン文学の伝統なのか、この時代の雰囲気を出すためなのか」などと余計な事を考えつつ読み進むと…

 こういう大時代な仕掛けが生きるのも、この作品の舞台あってこそ。19世紀末のイギリス、大英帝国は世界の海を支配して上り調子。蒸気機関が実用化されて科学の世紀が幕を開け、ロンドンはイケイケ気分。文化はやたらと気取ったヴィクトリア朝ながら、ほんの少しづつ女性解放の気配が漂い始めている。

 ヴィクトリア朝の雰囲気で笑ったのが、アンドリューの父ウィリアムの商売。今じゃ考えられない皮肉な顛末が待ってる。当時の雰囲気を伝えるには、格好の素材。よくもまあ、こんなエピソードを持ってきたもんだ。

 通信や出版が活性化し始めた時代でもあり、実在の人物やモノが随所に顔を出すのも、この手の小説の楽しいところ。H.G.ウェルズは当然として、殺人鬼の切り裂きジャックやエレファント・マンも重要な役割を果たす。

 そのウェルズの生涯を綴っているのも、この作品の楽しみの一つ。なかなか苦労した人のようで、幼年期~青年期は絶望と希望を行ったりきたり。その絶望をもたらすのが肉親だからたまったもんじゃない。ちょっとした挿話として語られてるけど、ここは読んでて実に引き込まれた。ウェルズがヴェルヌをライバルとして多分に意識しながらも、信念を持って独自の路線を築き上げた様子は、どちらかというとヴェルヌ派の私も素直に頷いてしまう。

 逆に息苦しかったのが、第二部。主人公は貴族の娘クレア。彼女と「英雄」のロマンスが第二部のテーマ。第一部で見事な背負い投げを食らったばかりの読者なら、「この作家、油断できんぞ、どんな仕掛けが用意してあることやら」と気負って読み始めるものの…

 いやあ、「英雄」の立場になる事を考えると、これはどうしたものやら。喫茶室ABCのシーンは、爆笑の連続。まあ出会いがアレだからスンナリと行くわきゃないとは思うものの、これは酷い。微笑ましい若者カップルに付き合うウェルズおじさんも、まあ、あれだ。

 「SF」なんて言葉はなく、「科学ロマンス」と呼ばれていた時代。まさしく「科学ロマンス」の名に相応しい、ガジェットと仕掛けと冒険と恋、そして想像力溢れる娯楽作でありました。

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2011年10月 6日 (木)

遠藤秀紀「解剖男」講談社現代新書

 気管壁の内のりはいつ見ても美しい。白紙から設計できるはずの人造の機械なら、無限の美しさを追い求めることができるだろうに、むしろ真に美しいのは、先祖の体のつくりから少しも逃れることのできない進化の産物の方だ。

【どんな本?】

 著者は京都大学霊長類研究所教授。主なテーマは二つ。

  1. 著者が提唱する「遺体科学」の紹介。主に哺乳類を対象として、哺乳類の骨格や解剖によって知ることの出来る、動物の「系統と適応」を解説すると共に、研究の現場の模様を紹介する。
  2. 現物の保存をおろそかにし、ビジネスに直結しない研究をおきざりにしている、現代の科学研究体制・政策を批判し、理想の体制を提案する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2006年2月20日第一刷発行。新書で縦一段組み、本文約207」頁。9.5ポイント40字×16行×207頁=132,480字、400字詰め原稿用紙で約332枚。小説なら短めの長編の分量。モノクロ写真も多く収録しているので、実際の文章量はこれの7~8割程度かな?

 学者の著作のわりに、文章は気さくで親しみやすい。どころか、冒頭の引用でわかるように、詩的ですらある。前提知識も小学校の理科がわかっている程度で充分。数式や化学式も全く出てこないし、科学解説書としては極めてとっつきやすい部類だろう。ただ、テーマがテーマなだけに、動物の遺体・骨や内臓などの写真が豊富に出てくるので、グロ耐性がない人には辛いかも。

 あと、出来れば堅い煎餅を用意しておこう。理由は終盤でわかります。

【構成は?】

 まえがき
第一章 時々刻々遺体あり
第二章 遺体、未来を歩む
第三章 硬い遺体
第四章 軟らかい遺体
第五章 遺体科学のスタートライン
 あとがき
 参考文献

 第一章でいきなり「通勤電車の中で私が熱中するのは動物の解剖だ」などと物騒な出だし。書名も有名なアレのもじりだし、「読者の興味を惹きつけよう」というサービス精神がうかがえる。

【感想は?】

 新書だけあって、読みやすさは抜群。先に挙げたように、テーマは二つ。解剖科学の紹介と、現代の研究体制への批判。私は後者の部分はほとんど読み飛ばしてしまった。すんません。

 まず、解剖科学の現場が面白い。冒頭近くで早速、正月早々から2トンを超えるシロサイの遺体を上野動物園に引き取りに行くシーンが展開する。「寒い時期で良かったね、蛆がわかないし」などと自分を慰めつつ、ユニック(クレーン車)やフォークリフトの使い方を考え、ブルーシートを手配する。「研究」という高尚な言葉とは裏腹に、なんとも下世話なことよ。

 冒頭の引用は、そのサの解剖の様子。なんだかアブない人みたいだが、半分は演出なんだろうなあ。

 遺体科学というか解剖のトピックとして興味を惹くのが、渋谷で有名な忠犬ハチ公の所見。ちゃんと国立科学博物館に剥製が保存されているとか。心臓にはフィラリアが寄生し、胃には焼き鳥の串があったとか。苦労したんだなあ。

 科学的な面では、自分の無知を思い知らされた。まず、キリンの歯。なんと、前歯がないく、奥歯だけ。シカ科とウシ科もないのね。その代わり、奥歯(臼歯)は立派なもの。逆に肉食のライオンは奥歯まで尖ってる。

 食うものと食われるものの違いは、イノシシの目の位置で説明している。イノシシの目は側面についてるんで、視野が広い。これは敵を探すための構造だそうで。言われてみれば、馬は横でトラは正面だなあ。

 次にコウモリの翼(の骨格)。なんと、あれ、指なんだとか。水かきが肥大化した感じ?指といえば、奇蹄類のウマ。あれ、中指なのね。常に爪先立ちなわけです。ちなみに偶蹄類のシカ・ウシ・ヤギ・キリンは中指と薬指。常に爪先立ちしてる。どうりで脚が綺麗なわけだ←違う

 ヒトもキリンも首の骨の数は7本で同じ、というのも驚き。どうも生物ってのは、生存に不可欠な部分の基本デザインは大きく変わらないらしい。逆に種により大きく違うのは尾。ケナガクモザルの尾椎の数は30個以上。どうでもいいが、家事やってると尻尾が欲しくなるのは私だけだろうか。

 内臓の話だと、まずゾウの祖先の生態を探る話が出てくる。なんと、腎臓が三つの「部屋」に分かれているそうな。同じように腎臓が分かれているのは、ホッキョクグマとクジラ。そのホッキョクグマ、映像で見ると氷の上を歩くシーンが多いけど、実は海を泳いで生活しているとか。とすると、腎臓が分かれているのは海にいる動物で、ならゾウの祖先は…

 やはり内臓の話では、ガンジスカワイルカの気管から祖先を探る話が面白い。これ、キッカケは、なんと雪男。雪男探索が空振りに終わったので急遽テーマをカワイルカに変更し、気管の特徴から興味深い祖先を洗い出す。まさしく瓢箪から駒の大発見。

 終盤近くのラクダのコブの話もびっくり。「あまり労働をさせなければ十ヶ月は水を飲まずに生きていられる」のも凄いが、その秘訣も凄い。あのコブが脂肪なのは有名だけど、その使い方が見事。脂肪を代謝すると、水と二酸化炭素にかわる。この水を回収するわけです。すげえ。人類が宇宙に適応するには、背中にコブを背負えばいい?

 巻末近く、ウシの胃の話も感激。どうやって植物を消化するのかというと…。伊達や酔狂で大きい体してるわけじゃないのね。

 …と、扇情的な書名のわりに、実は初心者にもわかりやすい生物学の解説書なのでありました。

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2011年10月 4日 (火)

SFマガジン2011年11月号

 280頁の標準サイズ。先月に続き、今月も赤い表紙。3回続けて懐古的な特集の上に、今回はついに海外SF小説の収録がゼロになった。いいのか?

 特集は「日本SF第一世代回顧」として、星新一・小松左京・光瀬龍・眉村卓・筒井康隆・平井和正・豊田有恒・福島正実・矢野徹・今日泊亜蘭・広瀬正・野田昌宏・石原藤夫・半村良を取り上げ、代表作と全著作リストを収録。矢野徹は「折紙宇宙船の伝説」を紹介してるのが嬉しい。幻想的でエロティックな名作ですぜ。

 眉村卓が「当時SFは際物扱いされた」なんて書いてて、「そうだったんだよなあ、昔はガキの読み物扱いだったんだよなあ」などと想いふけってしまう。いつから「ナニやら小難しいシロモノ」に出世したんだろう?驚いたのが1960年の空想科学小説コンテストの盛況ぶり。なんと応募総数580余編。SF作家クラブ設立の様子が楽しい。「宇宙人はダメ、馬はダメ」はともかく、「星新一より背が高くてはダメ、小松左京より重くてはダメ、筒井康隆よりハンサムはダメ」ってw

 巻頭カラーで籘真千歳「スワロウテイル/幼形成熟の終わり」と月村了衛「機龍警察 自爆条項」の告知。自爆条項は、ライザちゃんが大活躍する模様。彼女の元に旧い仲間がやってきて…って話。これは期待してしまう。

 東茅子の Magazine Review はアナログ誌2011.4-2011.7/8。リチャード・L・ラベットの「ジャックと豆の木」が面白そう。軌道エレベーターを自力で登る男のお話。高い所に登りたがる奴ってのはいるもので、ビルや木に登る奴がいるんだから、いるよね、きっと、そういう奴も。

 貴重な小説では、梶尾真治の怨讐星域がまだ続いてた。今回の「自由教会にて」は、これだけ抜き出してもでも短編として充分に成立している。自由教会に若い男がやってきた。観光客や老人はよく来るのだが、若い男は珍しい。彼が聖職者に語る話は…

 友成純一の人間廃業宣言は、韓国プチョン・ファンタ10日間の報告。でも肝心の映画の報告より、韓国のホテル事情や世界経済の話の方が面白いってのはどうよw 日本と韓国のポルノの比較とか、興深いよねえ。今後もこの調子で横道に逸れまくって下さい。

 大森望の新SF観光局は、「さよならジュピター」製作時のブレイン・ストーミングの様子で爆笑。「もうこなくていい」って、横田順彌を呼んだ時点でこういう展開になるのは予想できただろうにw

 若島正の「乱視読者の小説千一夜」、そうだよねえ。やっぱり、本は旅行の必携品だよねえ。長期に渡る時は、硬軟長短取り混ぜ数冊は持って行くよねえ。

 金子隆一のコラムは有人恒星間飛行と放浪惑星の話。彗星の巣とも言われるオールト雲が、太陽系外縁に広く広がっていて、これを飛び石のように伝えば他の恒星系へ行けるんじゃないか、みたいな話は一部のSFマニアに知られてるけど、これが案外とイケるんじゃないか、というお話。

 意外とエキサイティングだったのが、八代嘉美によるジェイムズ・ティプトリー・ジュニア論。「男たちの知らない女の創生――細胞生物学をティプトリー的に読み解くと。これ、ES細胞やiPS細胞などの最新細胞生物学を、たったの7頁という短い頁数で、素人にも分かりやすく懇切丁寧に解説してくれてる。

 次回はやっと新しい海外SF短編が中心となる模様。アリステア・レナルズというとサイコロみたいな本を想像しちゃうけど、大丈夫でしょう、きっと。

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2011年10月 3日 (月)

ロバート・B・チャルディーニ「影響力の武器 なぜ、人は動かされるのか」誠信書房 社会行動研究会訳

 この際、正直に打ち明けてしまうことにします。私はこれまで、実にだまされやすい人間でした。ずっと昔まで記憶をたどってみても、私は、販売員、基金集めの人、その他さまざまな説得上手な人の売り込み口上のいいカモでした。

【どんな本?】

 人を説得するコツは何か。優れたセールスマンは、どんな技を使っているのか。急激に信者を増やしたカルトの手口は。我々を取り巻く企業広告やペテン師が使う技法と、その原理を明らかにすると共に、それらの小細工に対し、我々にできる防衛方法を伝授する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Influence : Science and Practice, 2nd Edition by Robert B. Chaldini 1988。日本語訳は1991年9月1日第1刷発行。私が読んだのは1992年3月5日発行の3刷。ハードカバー縦一段組みで本文約334頁。9.5ポイント50字×20行×334頁=334,000字、400字詰め原稿用紙で約835枚。小説なら長めの長編の分量。

 翻訳は社会行動研究会となっているが、奥付に各翻訳者の名前と肩書き、担当部分を掲載している。ありがちな身元を隠すための集団名ではなく、実際に存在する研究会なんだろう。構成から判断すると、教科書として書かれた模様。その割りに、文章は平易で読みやすい。一部、「録音笑い」など苦しい単語も出てくるけど。

 録音笑い:TVのコメディ番組などで、「ここ笑うとこ」と視聴者に示すために流す、録音された笑い声。

【構成は?】

 まえがき
 日本の読者の皆様へ
 謝辞
第1章 影響力の武器
第2章 返報性……昔からある「ギブ・アンド・テークだが…」
第3章 コミットメントと一貫性……心に住む小鬼
第4章 社会的証明……真実は私たちに
第5章 好意……優しい泥棒
第6章 権威……導かれる服従
第7章 希少性……わずかなものについての法則
第8章 手っ取り早い影響力……自動化された時代の原始的な承諾
 訳者あとがき
 文献

 原則として、各章は一つの技法とその原理を解説する。各章の末尾に「防衛法」「まとめ」「設問」を置く、典型的な教科書の構成。

感想は?

 先に「文章は平易で読みやすい」と書いたが、実は読み通すのに時間がかかった。難渋したからじゃない。理解するのは簡単なのだが、心当たるフシがありすぎて、「ぐおおお!」などとのたうちまわっていたのだ。いやあ、部屋の中で読んでよかった。

 書かれている事の多くは、へヴィなネットユーザなら一度は聞いたことがある類の事が多い。というより、多くのビジネス書のネタ本となった原典となった本なんだろう。それだけに、平易ではあるが、濃い本でもある。

 例えば第1章では、「人に何かを頼む時は理由を添えた方がいいよ」などと書いてある。これ、近所の人に騒音などのクレームを言う際の常道なんだよね。オバサンがこの辺をよく弁えてる。

 第2章ではハレー・クリシュナ教団の例をひいて、人の持つ「返報性」の強さを利用した手口を紹介してる。返報性とは、「人から何かをされたら、何かを返さなければいけない」という、人間が持つ性質のこと。「借りは返さなきゃいけない」みたいな強迫観念が、我々にはある。まあ、普通はコレ、社会を円滑に運営する必須要素なんだけど…

 クリシュナの連中は、通行人に花をプレゼントと称して押し付け、返しても受け取らない。その上で、募金箱を突き出す。なんか、日本でも駅前で似た手口を使ってる連中がいるよねえ。

 第3章も、分かりやすいエピソードで始まってる。

 二人のカナダの心理学者が、競馬場にいる人々について興味ある事実を見出しました。馬券を買った直後では、買う直前より、自分が賭けた馬の勝つ可能性を高く見積もるようになっていたのです。

 つまり、既に自分が行った判断や行動に囚われ、「ソレは適切な行動だったんだ」と思い込もうとする、そういう傾向が人にはある、というわけ。あるある。私が Macintosh を好きになったキッカケも、仕事で使わざるを得ない立場になったからだし。いや実際優れたマシンなんだけどね←囚われてます

 巧いのが玩具メーカーの手口。クリスマスには馬鹿売れするけど、それ以降は売り上げが落ち込む。それをどうやって回避するかというと。

  1. クリスマスには敢えて売れ筋商品(仮にガンダムとする)を少ししか出荷せず、品切れにする。
  2. 店頭では子供が泣く。親は代用品(仮にザクとする)を子供に与えるが「次はガンダムを必ず買ってあげるから」と子供に約束する。
  3. 売り上げが落ち込む時期に、ガンダムの広告を流す。子供はガンダムを欲しがり、親は約束を果たすため玩具屋へ足を運ぶ。

 朝鮮戦争で中国が捕虜にした米国兵を「説得」する手口も鮮やか。まずは騙しすかして、共産主義を賛美する文章を書かせる。単に書き写させるだけでもいい。そして、以降は、「君は以前にこう書いたじゃないか」と迫り、更なる協力を求めるわけ。少しでも譲ったらあとはズルズル、という典型。

 逆にこれを巧く使うケースもあって、禁煙宣言がそれ。一旦周囲に宣言しちゃうと、見栄が防壁となって禁煙が続く。よく漫画なんかで「禁煙」と墨で半紙に書いて床の間に貼る絵があるけど、あれ、実際に効果があるそうな。

 シゴキの連鎖や、過酷な入会儀式にも、ちゃんと原因があるそうで。

 私は、1959年に発表された、社会心理学者以外にはあまり知られていない研究の中にその答えがあると思います。エリオット・アロンソンとジャドソン・ミルズという二人の若い研究者は、「何かを得るために大変な困難や苦痛を経験した人は、同じものを最小の努力で得た人に比べて、自分が得たものに対して価値をおくようになる」という自分たちの見解を…

 あるある。タダで知らない人から貰ったモノより、自腹切って買ったモノの方を大事にするんだよね、人って。

 第4章では、人の付和雷同する傾向を語っている。1964年3月、ニューヨークのクイーンズで、一人の女性が殺された。彼女は35分の間、路上で助けを求め叫んだが、誰も警察に通報しなかった。「もう誰かが通報しただろう」的な感覚があった、というわけ。

 で、これに対する自衛策は、というと。「誰でもいい、一人を特定して助けを求めろ、他の人にも具体的な指示を出せ」だそうで。「そこの女性は警察を呼んでくれ、青年は車を出してくれ」などなど。一旦、何人かが救助を始めれば、後は群集が自動的に救助に動き始めるとか。

 さて、先に出た録音笑い、元祖はパリだそうで。

パリのオペラハウスの常連サウトンとボーチェが1820年に始めたと言われています。彼らは単なるオペラの常連というばかりでなく、拍手喝采が売り物のビジネスマンだったのです。

 サクラ商売、真面目にビジネスしていたようで、なんと料金表を新聞に掲載までしている。こういう人が付和雷同する傾向の利用、最近は某TV局が槍玉にあげられてるんで、皆さんご存知だろうけど、こうやって明文化されると、整理がつくんだよね、自分の中で。

 …などと付箋をつけながら読んでたら、付箋だらけになってしまった。いやホント、「あるある」的な面白さがギッシリで、かつ防衛法まで教えてくれる。若いうちに読みたかったなあ。でもやっぱり、「限定品」って言葉には弱い私。

 以下、余談。

 著者はサクラを「悪しきモノ」として捉えてるけど、私は少し意見が違う。今はそうでもないけど、昔はよく言われてたんだ。「ディズニーランドは浦安よりカルフォルニアの方が断然面白い、観客のノリがいいから」、と。ああいうアトラクションやコンサートは、客のノリの良し悪しが楽しさに大きく影響する部分がある。

 客は楽しみたいからお金を払って行くわけで、同じお金を払うなら、出来るだけ楽しい気分を味わいたい。なら、客を楽しませるためにサクラを仕込むのも、商売の手法として認めていいんじゃないか、と思うんだけど、それ認めちゃうと、「じゃデンスケ賭博のサクラはどうなのよ」となるわけで、線引きが難しいなあ。「客が既に支払いを済ませているか否か」で分ける?

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