ルイ・セロー「ヘンテコピープルUSA 彼らが信じる奇妙な世界」中央公論新社 村井理子訳
「どんな人間にだって、良い面と悪い面があることをあなただって理解しているはずです。人種差別主義をなぜやめようとしないんですか?」
「それは俺が人種差別主義者だからだ」 ――気のいい白人至上主義者 ジェリー・グルードル
どんな本?
宇宙人を殺したと豪語する男、税金支払いを拒否する愛国主義者、ポルノ男優のスターを目指す青年、究極のワルを気取るギャングスタ・ラッパー、人種差別主義を歌う双子の少女…。いくら自由の国アメリカとはいえ、かなり世間とズレてしまった人々の素顔に、元BBCのキャスターが迫ろうとするインタビュー集。
この本の成立過程が、ちと変わってる。
元はイギリスBBCのテレビシリーズ「Louis Theroux's Weird Weekends」(ルイ・セローの奇妙な週末)に遡る。アメリカの変わった人々に、著者のルイ・セローがキャスターとしてインタビューする、という番組だ。かつて大人数のクルーを引き連れインタビューしたルイ・セローが、番組に登場した人々の「その後」を追いかけ、今度はボロ車でノートパソコンを担ぎ単独でインタビューに挑んだのが、本書。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
原書は The Call of the Weird, by Louis Theroux, 2005。日本語版は2010年10月25日初版発行。ソフトカバー縦一段組み、9.5ポイントの見やすいサイズで43字×18行×344頁=266,256字、400字詰め原稿用紙で約666枚、小説なら普通の長編小説の分量。
ポップな表紙のわりに、意外と文章は知的でお行儀がいい。もちっと下品で無教養でくだけた文章にした方が、この本にはあってる気がする。
構成は?
プロローグ
Thor Templar : 宇宙人を殺した男
J. J. Michels : 爛熟のポルノ業界の行き着く先は?
Ike Turner : 起死回生なるか?ティナ・ターナーの元夫の最晩年
Mike Cain : 究極の愛国主義を目指して
Heyley : 誠意と偽りの狭間で――売春施設の日常
Jerry Grudl : 気のいい白人至上主義者
Mello. T : それは虚勢か現実か――ハードコア・ラッパーのライフスタイル
Oscody : カルト集団ヘブンズゲイトの生き残り
Marshall Sylver : 億万長者になる方法、教えます
April, Lamb and Lynx : 母はナチスの信奉者――白人優位を歌う美少女デュオ
エピローグ
訳者あとがき
解説――多かれ少なかれ変てこな人々 村上春樹
訳者あとがきで、本書の登場人物たちの「その後」が記されている。ちなみにアイク・ターナーの死因、日本語版のWikipedia だと「死因は公表されていない」となっているが、本書では「サンディエゴ州監察医事務所の発表によると、コカインの過剰摂取」だとか。
感想は?
いわゆる「と学会」的な本かと思ったら、微妙に違う。いや、そういう部分は充分にあるんだけど、それとは別に、著者ポール・セローの私小説的な面が相当に混じってる。
「ヘンな人」のインタビューとなれば、当然焦点は取材対象の「ヘンな人」になるだろう、と私は期待したのだが、それは微妙に裏切られた感がある。その代わりに入っているのが、著者ポール・セロー自身に関する記述だ。なぜヘンな人々に興味を持ったのか、取材前にどんな準備をしたのか、相手にどうやってコンタクトを取ったのか、そして取材中にどんな事を考えたのか、など。
つまりは相手を珍獣扱いせず、普通に人として接して、「なんとか親しくなりたい」という普通人の感覚と、「どうにかして相手の懐に入り込んで本音を引きずり出してやる」というブン屋根性の入り混じった気持ちで接していて、それを馬鹿正直に書いているのだ。加えて以前のBBC番組の取材の様子なども挿入され、ちとややこしい構造になっている。
多くの章は、取材対象の人物を探すところから始まる。この時点で相当に苦労していて、例えばポルノ俳優を目指すJ.J.マイケルズの行方を、同業者の大半が知らなかったりする。売春婦のヘイリーも別の街に移っていて、セローは彼女を探しアチコチの売春宿を渡り歩く。
そのためか、全体を通して読むと、単なるインタビュー集というより、取材旅行記といった雰囲気になった。それはそれで「ほう、ジャーナリストはこうやって取材するのか」という面白さもある反面、肝心の「ヘンな人」が主役になってない、という不満が少々残る。
こういった「煮え切らなさ」が前面に出ているのが、ギャングスタ・ラッパーのメロウ・T。薬物取引や人殺しの前科を匂わせるギャングスタ・ラッパーたち。彼らは本当にワルなのか、それともヤラセなのか。ヤラセにしては、実際に死人が出ているのは、どういうことか。ポン引きを自称するメロウ・Tにインタビューしつつ、「どうも彼の本音を引き出せてないよなあ」とポール君はボヤいている。
まあ引退してるならともかく、現役のヒール(悪役)で売ってる芸能人が「実はイイ人」なんて言われたら商売上がったりだしなあ。この辺は Wikipedia の上田馬之助の項が面白い。マスコミが彼の施設慰問を記事にしようとしたら、「悪役のイメージが壊れるからやめてくれ」と断ったそうです。うはは。
逆にそういう人の「ヘンさ」「普通さ」が充分に書かれている章もある。「気のいい白人至上主義者」のジェリー・グルードルがそれ。徹底したユダヤ陰謀論者で、狂信的なクリスチャン。「ユダヤ人を絶滅させる」と物騒な事を公言する老人でありながら、ポールがノートパソコンを喪失したと聞くと色々と世話を沸く。基本的には気のいい老人なんだが、なんでこうなっちゃうのやら。
爆笑したのが、「 爛熟のポルノ業界の行き着く先は?」。なんといっても、出てくる作品のタイトルが酷い。これは是非ご自分でご確認いただきたい。いや所詮シモネタなんだけど、「よく考えるよなあ」と感心してしまう。当時の米国のポルノ業界は過激化する一方で、その内容も無茶苦茶。毎週400本も新作が出たら、そりゃ競争は厳しくなるよなあ。向こうじゃTMAみたいなのはウケないのかしらん。まあTMAは極端だとしても、初心者向けの王道型ってのは常に一定の需要があると思うんだけど、違うんだろうか。
音楽好きとして興味深かったのが、「起死回生なるか?ティナ・ターナーの元夫の最晩年」。問題のティナの事に触れられるとナーバスになるのは当然としても、肝心のステージに関しても意外と繊細。既に50年ものキャリアを積み上げ、ブルースやソウルの世界じゃ文句なしの評価を得ている彼でさえ、ツアーの前には不安を感じて精神が不安定になるそうな。ミュージシャンにとって、ツアーってのは相当にプレッシャーのキツいものらしい。
人種差別主義者の信条がキリスト教原理主義とナチズムの混合物だったり、カルトを抜けたはずの人が相変わらずかつての生活を懐かしがってたり。読了後は、人間って奴が更にわからなくなる。
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