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2011年9月 5日 (月)

高橋克彦「竜の柩 新・竜の柩 霊の柩」祥伝社

「死ぬのはヤツらだ」

どんな本?

 ミステリや歴史小説での実績を誇り、直木賞受賞作家でもある著者による、人気オカルト長編シリーズ。人類の歴史に陰に潜む「龍」の謎を追う、博覧強記のTVディレクター九鬼虹人と愉快な仲間たちが繰り広げる壮大な物語。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 今は祥伝社文庫に「竜の柩」として6巻にまとまっている。

  1. 竜の柩:発表は1989年。私が読んだのは祥伝社 NON NOVEL。1993年8月31日初版第一刷発行。新書縦二段組548頁。25字×19行×2段×548頁=520600字、400字詰め原稿用紙で約1,302枚。
  2. 新・竜の柩:祥伝社 ハードカバー上下巻。1992年6月30日初版第一刷発行。9.5ポイント縦一段組み43字×20行×(319頁+283頁)=517,720字、400字詰め原稿用紙で約1,295枚。
  3. 霊の柩:祥伝社 ハードカバー。2000年2月20日初版第一刷発行。9ポイント縦一段組611頁。45字×20行×611頁=549,900字、400字詰め原稿用紙で約1,375枚。

 全部合わせて原稿用紙約3,972枚、4000枚近い。文章は人気作家だけあって抜群の読みやすさ。一部、テーマの謎解きに関わる部分の薀蓄がズボラな読者には煩雑かも。そこが美味しい部分でもあるんだけど。それと、「首を振った」という言葉を、著者は承諾や肯定を示す動作として使ってるんだが、つまり「首を(縦に)振った」って意味なのね。

どんな話?

 歴史番組を得意とするTV番組制作会社アクト・ナインのディレクター、九鬼虹人。時間をかけた丁寧な作りの番組は品質がよい上に視聴率も稼ぐ。親しい富豪の宗像から、彼に依頼が入る。「安東水軍の本拠地があったとされる十三湖近辺の土地を買いあさっている者がいる、現地に行きその正体を調べてくれ」と。津軽王国や義経北行伝説の残る土地へ、九鬼はクルーを率いて向かう。

感想は?

 困った。色々と。

 伝奇小説だ。だけなら、問題なく「娯楽大作」と言える。ところが、著者はカバーで「私は真性です」と言っている。「コレはネタじゃないよ」と宣言しているのだ。困った。私はバリバリの懐疑派なんだ。けど、最初の「竜の柩」を半ばまで読んだ時には、急いで「新・竜の柩」と「霊の柩」を入手し、熱中して読み続けた。要は、面白かったのだ。

 と、いうことで。懐疑派の諸氏には、ネタという事にして読むことを薦める。真性だと思うと、色々と突っ込み所があって素直に楽しめない。ネタと思い込み、かつ波長が合えば、楽しめる。

 文庫は6巻構成だ。これは正解だろう。「竜の柩」と「霊の柩」は、それぞれ前半と後半で全く雰囲気の違う物語になってる。とすると(今のところは)5部構成、という事になる。

 冒頭の一部は、九鬼たちが龍の謎を追い、津軽から始まる旅の物語だ。ネタ元は「東日流外三郡誌」と「竹内文書」、それに「古事記」。「え?偽書でしょ?」と思ってナメちゃいけません。ちゃんと、「うん、偽書だよ」という姿勢で書いてます。雰囲気はMMRに近い。取材の過程で出会うモノゴトに対し、九鬼が「…ということなんだ」と解釈をし、クルーが「なんだってー!」と納得するパターン。

 そのモノゴトというのが、小さく寂れた神社だったりするのが、第一部の味。神社の由来や奉られている神の系譜について九鬼が、いわゆる正史の部分と九鬼の推理を混ぜて薀蓄をたれる。日本に住んでいれば、近所に神社の一つや二つはあるだろう。「これだけ小さい神社にも、そんな由来があったとは…」と感心し、「んじゃ、近所のあの神社の由来は…」などと好奇心をそそられる。

 第二部では、一気にユーラシア横断の旅となる。といっても、立ち寄るのはインドとパキスタンとトルコ。ここでもインドのヒンディーの神々について、九鬼の薀蓄が炸裂する。エンディングには唖然呆然。そういえば、高名なダマスカス鋼の原産地はインドだったはず。

 第三部(新・竜の柩)は、第二部の驚愕のエンディングから素直に続く、異郷での冒険物語。この辺から主役が九鬼の一人舞台から、愉快な仲間たちにもスポットがあたるようになってくる。なんといっても東と純のドツキ漫才がいい。腹時計で時間を測る楽天家で脳筋の東、実は空手の達人のクセに代えのパンツの心配をする純。

 第四部(霊の柩前半)は、著者が好きな舞台らしく、ノリノリで楽しみながら書いているのがよくわかる。オヤヂ臭い説教まで飛び出してくるのには笑った。「アシモフ自伝」と同じ細かい拘りがあって、これが舞台の空気を巧く伝えている。意外なゲストの登場も楽しい。つまりメイド喫茶はカフェのリバイバルなのね。

 第五部(霊の柩後半)も、マニアックな舞台。そりゃあの土地じゃこのネタだよね、と納得。なんだけど、問題は脳筋の東。ここでは彼が大暴れして、爆笑の連続。あんなモン相手に物怖じしないというかブレないというか。いや確かに適切な対応なんだろうけど、適応力ありすぎ。

 とまれ、色々と突っ込みたい部分もあるのは確か。いや本ネタに関わる部分じゃなく、この作家の芸風の問題で。とりあえずは二つ。

 まずは、濃厚な昭和臭。ギャグ(なのか決め台詞なのか)のセンスが、どうにも。「死ぬのはヤツらだ」って、今の人がどれだけ分かることやら。煙草のポイ捨ても気になる所。当時はそれがハードボイルドだったんだけど、今の時代じゃ…ってのもあるし、たかが20年かそこらでこれだけ倫理観が違っちゃうとすると、この大仰なネタじゃどうなることやら…というのもあって。

 次に、メカへの無頓着っぷり。神話の由来や文字には徹底して拘っている反面、「マシンガン」はないでしょう、と。状況的に射程距離より携行性を重視して短機関銃だろうけど、なら UZI とか M3 とか具体名を書いて欲しかった。「ヘリコプター」ってのも、ちと。思わず航続距離を調べちゃったよ。あの状況だと直線距離で片道500km以上、CH-47 なら航続距離2,060kmで大丈夫だねえ、とか。南波は、この辺に拘りがあるはずだし、こういう細かい部分の描写が迫真性を作り上げるわけで、神話などの部分との解像度が違いすぎるのが、どうにも「作り物」感を読者に与えてしまう。まあ、だからこそネタと割り切って楽しめた、ってのもあるけど。

 今のところは「霊の柩」が最新刊なんだけど、かなりの謎が放置されている。書き進めるうちに作者が面倒くさくなっちゃったのか、実は続きがあるのか。人間関係の部分もそうだし、連中がこっちに来た目的とか。中でも、最大の謎はタイトル。なんで「竜の柩」で、「龍の柩」じゃないんだろう?これだけ字に拘ってる作者なんだから、何か意味があると思うんだが。

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