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2011年9月29日 (木)

ティム・オブライエン「世界のすべての七月」文春文庫 村上春樹訳

「恋に落ちる。結婚する。それから二番目の男と恋に落ちる。でも一番目の男との恋を終わられておくのを忘れていた」  1969年度卒業生

【どんな本?】

 激動の60年代やベトナム戦争の頃に青春を送った世代に目を据えて書き続けている現代アメリカの作家、ティム・オブライエンによる、連作形式の長編小説。政治闘争でゆれる大学のキャンパスで過ごしたルームメイトたちが、30周年記念の同窓会で、それぞれのわだかまりを抱えたまま再会する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は July, July by Tim O'Brien, 2002。日本語版は2009年6月10日第一刷。文庫本縦一段組みで本文537頁の大ボリュームに加え、訳者村上春樹による12頁の解説つき。9ポイント39字×18行×537頁=376,974字、400字詰め原稿用紙で約943枚。

 文章はいつもの村上節で、読みやすさは文句なし。その上で、敢えて普通の翻訳家には要求しない無茶な要求をしてみる。村上氏の文体はクールで垢抜けてるんだけど、お話によってはもちっと下品で頭悪い文体にならないかなあ。あと、冒頭は人物の性別で少し混乱するかも。ジャンやスプークが女性とは思わなかった。

【どんな話?】

 1969年にミネソタ州のダートン・ホール大学を卒業した面々が、卒業30周年記念の同窓会に集まった。大当たりを引き当てたエイミー、二人の夫と暮らす派手な行動派のスプーク、そんなスプークにゾッコンなデブのマーヴ。ベトナムで片足を失ったデイヴィッドは元妻のマーラに未練タラタラ、女性牧師のポーレットは窃盗で捕まり、徴兵を忌避してカナダに亡命したビリーは駆け落ちを裏切ったドロシーに嫌味を言いたくてしょうがない。

 それぞれが家庭をもち、または離婚し、忍び寄る老いを自覚しながら、過去の傷にとらわれている。かつてのルームメイトたちは、どんな人生を辿り、再会はどんな変化をたらすのか。

【感想は?】

 同窓会というから、数時間飲み食いして終わりかと思ったら、とんでもない。大学に泊り込み、二夜続けて明け方の三時四時まで飲めや歌えやのドンチャン騒ぎ、隅でヤク決めてラリってる奴もいれば二人でしけこんでよろしくやってる奴もいる。そんだけ馬鹿やりながら「あたしらもう歳だねえ」とか、50過ぎのええ歳こいていい加減にしろオッサンオバハン。

 とまあ、この小説の登場人物はみんな50過ぎのオッサンオバハンなんだが、どいつもこいつもええ歳こいてグダグダ悩みふらつき愚痴をこぼす、実に頼りにならないしょうもない奴ばっかり。私も昔は歳とりゃ人間って少しは成熟するのかと思ってたけど、我が身を振り返ると…いや、やめよう。まあ、そんなわけで、青少年にはあまりお勧めできない←をい。

 全体の構成は、同窓会の群像シーンと、各人物にスポットをあてる短編が、交互に描かれる形式。そんなわけで、後になるほど、各人物の造形が明確になり、物語は面白くなっていく。

 中でも最も面白かったのが、天性の女王スプークを描いた「二人の夫と暮らすのは」と、そんなスプークに30年以上も恋焦がれているデブのマーヴが主人公の「痩せすぎている」。全般的に暗くじくじくしたトーンの話が多いなかで、この二つはコミカルでテンポがいい。

 スプークが主役の「二人の夫と暮らすのは」、タイトルどおりスプークが二人の夫と結婚している、というお話。社交的で活動的、恋多き女で断るのが苦手。自分が魅力的なのを充分承知していて、欲望に忠実。つまりは我侭なトラブル・メーカーなんだが、実はこの小説に登場する女性の中じゃ、私は彼女が一番気に入った。なんというか、「スプークじゃしょうがない」って気分になっちゃうんだ。会話のテンポがいいからかなあ。

 そんなスプークに思い焦がれて30年のデブ男マーヴが主役を勤めるのが、「痩せすぎている」。笑っていいのか泣いていいのか、とにかく胸にこたえる一遍。

 長年デブだデブだとからかわれ続け、そんな自分を受け入れ道化を演じてきたマーヴ。一念発起してダイエットに挑戦し、見事に成功を収める。「あれ?俺って実は結構イケてるんじゃね?」と思い上がったマーヴ、稼業のモップ・箒工場も順調だし、「うおっしゃ、これからはリア充のマーヴでいくぜい」とばかりにガールハントに精を出す。慣れないドンファンを気取ったマーヴ君、その顛末は…。ああ、切ない。

 そんなティムの筆が生きてるなあ、と思うのが、登場人物がピンチに陥った時の描写。以下はエリーが大きなトラブルを抱える「ルーン・ポイント」からの抜粋。

駅の裏手の駐車場に、自分の車が、一週間前に停めたままのかっこうで置かれているのを見て、彼女は驚いた。自分でもよくわからないままに、彼女は予測していたのだ。世界中のどうでもいいようなディテールが、あちこちでがらりと様変わりしてしまっていることを。でも車は、何事もなかったみたいに、ちゃんとそこにあった。

 自分の人生が大きく変わっちゃったのに、世界は何事もなかったかのように続いている。この不条理感、やりきれない想い。当たり前と言えば当たり前なんだけど、なんか納得いかないんだよね、そういう時は。

 ちと古典的な面白さがあったのが、「聞くこと、聞こえること」。女性牧師のポーレットが窃盗で捕まった顛末を描く短編。いやはや、夫婦ってやつは。

 そんな「聞くこと、聞こえること」の夫婦像と対照的なのが、デイヴィッドとマーラ。お互いに相手のことを気にかけながら、胸にあるわだかまりを消せないでいる。そのわだかまりを、あまりに真っ正直にぶつけ合い、そして受け止めきれずに倒れていく。

 体の衰えを自覚しながらも、ええ歳こいて落ち着ききれないオッサンオバハンの群像劇。まああ、人間、歳とったからって、感情が消えるわけじゃないんだよなあ。

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