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2011年9月 8日 (木)

遠藤欽作・帆足孝治「コンコルド狂想曲 米、欧、ソ三つどもえの夢の跡 -超音速旅客機に明日はあるか-」イカロス出版

 英仏両国の5万人以上が直接・間接に関わりをもつことになったコンコルド計画は、大西洋横断飛行時間を3時間半に短縮したのみならず、世界中のどこへでも12時間以内で飛んでいけるスピードを持っていた。

どんな本?

 イギリスとフランスが威信をかけて開発に挑んだ SST(Super Sonic Transport, 超音速旅客機)、コンコルド。その開発には両国の政治的な綱引きから規格の不統一、開発費の高騰や騒音など多数の難関と共に、航空王国を自負する米国の US/SST とソ連の英雄ツポレフが率いる Tu-144 がライバルとして立ちはだかった。

 残念ながら引退してしまったコンコルドを軸に、第二次世界大戦後の英・仏・米・ソによる、航空機開発の歴史を辿る。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2008年8月29日第一刷発行。ハードカバー縦一段組み341頁。10.5ポイントの年寄りに優しいサイズで41字×15行×341頁=209,715字、400字詰め原稿用紙で約525枚、標準的な長編小説の分量。

 ジャーナリストの著作だけあって文章は読みやすい。ただ、テーマがテーマなので「後縁フラップ」や「カナード」などの専門用語は出てくる。「ターボジェット」と「ターボフラップ」の違い、バイパス比等も知っていると楽しみが増す(Wikipedia のジェッドエンジン参照)。アメリカの部分ではヤード・ポンド法で記述してあるのが、素人にはちと不親切かも。この世界の常識なのかな。

構成は?

 まえがき
序章
第一章 コンコルド出現前夜
第二章 欧州のプライドをかけたSST「コンコルド」
第三章 ソ連製SST、Tu-144 とコンコルド就航
第四章 ジャンボジェットかSSTか 出遅れたアメリカ
第五章 パンナムとTWAが後押しした US/SST
第六章 ボーイング2707への一本化と航空天国の挫折
第七章 コンコルドの終焉と次世代SSTの可能性
 あとがき

お話は基本的に時系列順に進む。書名ではコンコルドのみに焦点を当てているように見えるが、実際は第三章はソ連、第四章~第六章はアメリカの航空業界に焦点を当てている。

感想は?

 書名からコンコルドが主役の物語かと思ったが、後半はアメリカが主役になっていた。この世界でのアメリカの存在感の大きさがよく分かる。開発費高騰による航空機産業のリスキーさ、世界中に(元)植民地を抱える欧州の事情、そして、直接は書かれていないが、太平洋路線の長距離航行が中心となる日本の市場の特異性も伝わってくる。

 世界初の実用ジェット旅客機は英国のデハビランド・コメット。1949年7月27日に就航したはいいが、1954年1月10日に「エルバ島上空高度1130mで突然消息を絶った」。3ヶ月の飛行停止の後、飛行を再開するも再び事故発生。その原因は、有名な金属疲労。

 高空では与圧するので内から外に圧力がかかるが、低空では外気圧と同じになる。機体は膨張と収縮を繰り返し、ついには亀裂に至る。原因を解明し改良したコメット4型を1958年に送り出すも、市場はボーイング707とダグラスDC-8に攫われていた。
 ってんで巻き返しを図る英国、ライバルのフランスと組んでSST開発に乗り出す。意外なのは、その滑り出し。

 最初は、両国がお互いに似たような飛行機を作ろうとしているのだから、それぞれが開発資金の調達に苦労するよりも、できる部分を協力し合いながらやったらどうだろう、といった程度の思い付きから始まったのである。たとえば双方が同じ計器や空調システムを使用するだけでも大きなコスト節約になる。

 一つの機体を開発するという大げさな目標ではなく、統一規格を制定して部品やシステムの互換性を高めよう、程度の小さな話が、膨れ上がってコンコルドになったわけ。これにイギリスのEEC(現在のEU)加盟が絡み、両国の話し合いは進んでいく。

 コスト節約が目的だったのに、開発費は…。当初1億5千万ポンドの予定が、1972年には10億7千万ポンド。ポンド下落とインフレなど経済的な背景のほか、要求仕様や新装置増設に比例して増える機体重量がエンジンを大型化させ、それが燃料タンクを大きくして…といった技術的な問題も関係してくる。典型的なデスマーチ。ああ、胸が痛い。

 そこに突然登場したのがソ連の Tu-144。初飛行は1968年12月31日。なんと機内は抑圧されておらず、「このため4人の乗組員は与圧スーツを着用していた」。「これでやっと30年の苦労が実った。我々はついに世界の一番乗りを果たしたのだ」とつぶやいたのは多発の輸送機・爆撃機の設計を得意とするアンドレイ・ツポレフ老。

 有名なB-29のデッドコピーTu-4のエピソードも出てくるのには笑った。貴重な Tu-144 の写真も収録されてて、たしかにカナードを除けばコンコルドにそっくり。パリのエア・ショーでアエロフロートのパリ支店長が自らコンコルドのタイヤ屑を拾ういじましさすら漂うスパイ活動などのエピソードも楽しい。
 1977年のエア・ショーで話題を攫った Tu-144、しかし「翌1978年6月10日には早くも運行を停止」。燃費が異様に悪い上に連発するトラブルが寿命を縮めた。

 満を持して登場するアメリカは、テスト飛行一万時間を課し、北米大陸上での超音速飛行禁止などの嫌がらせを始める。コンコルド導入を決めかけていたパンナムに対し、幻の US/SST をちらつかせて牽制する。などの暗い話が中心だが、ボーイング747の成功物語は楽しい。

 実際、ボーイングでは、747の生産が始まった後になっても、将来床下の巨大なカーゴルームが埋まるほどの貨物需要が出てくるとは確信がもてず、レントン工場に設置されたモックアップを使って、床下にソファーやカウンターを置いて、豪華なラウンジやサロンを設けるなど、余剰スペースのより有効な使い道を研究していたほどである。

 意外と謙虚。

 747は、最新型の747-400、747-8を含めてこれまで1520機以上が売れている。100機売れれば上々と考えていた当時のボーイングにとってはとんでもない誤算である。

 「プログラミング言語C」も似たような経過を辿ったんだよなあ。
 軍用機の話も「SR-71の存在は配備後に公開された」、「1964年にはB52の性能は限界に近づいていると考えられた」など、興味深い。今 Wikipedia のB52の項を調べたら、「1962年に最終号機を納入し終えてから半世紀近くなるが未だに就役を続けており2045年までの運用を予定している」って、どんだけ長命なんだよB52。

 米国政府がハッタリかまして開発を推進した US/SST、ボーイングの可変翼2707案を採用したはいいが技術的な問題は開発費を膨れ上がらせ、折からの環境問題への関心の高まりや原油高も相まって1971年3月24日に「上院は US/SST プログラムの中止を正式に決定」。先頭に立って中止を訴えたのがウィスコンシン州選出の民主党上院議員、かの有名なウィリアム・プロキシマイアー。そう、あのNASAの天敵プロキシマイアー議員。ロッキードのおとなしいダブル・デルタ案だったら US/SST は実現してたのかなあ。

 結局、2003年10月24日のブリティッシュ・エアウェイズの旅客便を最後としてコンコルドは引退する。今後の展望として、著者は、コンコルドにはチャーター便の利用が多かった点を根拠として、「旅客層は多くはないが確実に存在する」と分析している。その上で、10人~12人乗り程度のビジネス・ジェットが有望だろう、と述べている。いい線ついてると思う。

 航続距離の問題で、太平洋路線が中心の日本には馴染みの薄かったコンコルド。F-22などはアフターバーナーを使わないスーパークルーズを実現しているし、技術的には超音速飛行のハードルは下がっているはずなんだけど、商売となるとモトが取れないと実現しない。それでもガルフ・ストリームなどで研究・開発は続いている模様。何か突破口となるモノが出てきて欲しいなあ。

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