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2011年8月15日 (月)

ジャン=ミシェル・バロー「貧困と憎悪の海のギャングたち 現代海賊事情」清流出版 千代浦昌道訳

 1995年9月12日、午前2時20分、キプロスの貨物船アンナシエラ号はバンコックの港を離れた。船は金額にして500万ドル相当の砂糖を積んでいた。翌日、午前零時20分、ベトナムのコンソン島沖で覆面をした40人ほどの海賊に襲われ、船は奪われた。

どんな本?

 現在、ソマリア沖での活発な活動が話題になっている海賊。ソマリアのみに限らず、マラッカ海峡・アフリカ沿岸・カリブ海など各地の情報を収集し、いつ、誰が、どこで、どんな手口で、どんな目的で、どんな船を襲い、どう捌くのか。数多くの具体的な海賊被害の例を挙げ、海賊が横行する現代の海運事情を明らかにする。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Jean-Michel Barrault, "Pirates des mers d'aujoud'hui", Edition Gallimard,, 2007。日本語版は、それに日本語版補遺を加え、2011年3月10日初版第一刷発行。新書より少し幅が広い版のソフトカバーで縦一段組み本文188頁。9.5ポイント43字×15行×188頁=121,260字、400字詰め原稿用紙で約304枚。短めの長編の容量。

 文章そのものはドキュメンタリー物として標準的な読みやすさだが、一部の言葉がひっかかる。幅広短剣とか。大型ナイフか山刀かドスか、まあそれぐらいに該当する得物だろうなあ。

構成は?

1 いまや空前の海賊ブーム
2 海路は世界の大動脈
3 東南アジアのハイリスクな海
4 マラッカ海峡の罠
5 インド亜大陸…海賊しか仕事がない人びと
6 ソマリア、アデン湾…無政府状態と伝統
7 アフリカ沿岸も危険がいっぱい
8 南米、カリブ海沿岸もまた…
9 狙われるヨット
10 海の男ピーター・ブレイクの殺害
11 予防策、抑止力はあるのか
日本語版への補遺 事態はもっと悪くなった
 謝辞
 訳者あとがき

 海賊被害の具体的な描写が大半を占め、社会情勢や背景の分析は控えめ。自らもヨットを操るジャーナリストの著作に相応しく、ヨットの被害も挙げているのが大きな特徴。

感想は?

 次から次へと海賊被害の描写が連続し、海に行くのが怖くなる。一般的な襲撃パターンは、こんな感じ。

海賊たちがいちばん多く襲撃するのは真夜中である。彼らはロープがついた四爪錨を投げ、船橋から見えにくい、船尾に近いところから甲板によじ登る。それから船橋に入り込み、乗組員が警報を発しないように通信機を破壊する。船長や水夫を脅して縛り上げ、殴り、時には海中に投げ込む。満タンの石油タンカーでは舷側は数メートルを超えないから、簡単に接舷できる。したがって容易に襲われやすい。

 海賊映画のように白昼堂々と襲うわけじゃない。まあ、映画は見栄えが重要だから、昼間じゃないと困るんだけどね。
 意外だが、2004年当時はインドネシアが最も危険だった。報告では「インドネシアで93件、マラッカ海峡で37件、バングラデシュとインドで32件、ナイジェリア沖で28件、マレーシアで9件。シンガポール、アデン湾、紅海、中国南部ではそれぞれ8件」とある。東南アジアは危険地帯だ。

 インドネシアが危険な理由のひとつは、「税関の役人たち、それに軍人たちがいくつかの襲撃事件に無関係ではないのではないかと疑われている」。なんとインドネシアの将軍の年棒が$120ですぜ。そりゃ副業に手を出すよなあ。ところが、スマトラ沖の津波の後しばらくは海賊被害の報告が途絶えたとか。生き延びるのに必死で仕事どころじゃなかったのか、または救援に向かった各国の船が監視に役立ったのか。

 この辺の連中が狙うのはタグボート(曳船)とはしけ。「いちばん多いケースは、タグボートとはしけ船を両方とも奪って別の共犯者のいる船着場に連れて行き、積荷を奪って売り払ってしまう」。

 商船だと、夜に投錨している時に錨鎖をよじ登ってくるケースが多い模様。大抵は刃物で武装していて、船員や士官の私物や金、船の備品を奪う。一般に海賊は夜に仕事をするみたいだ。変わったのになると…

 その船は、接岸のため錨泊地で待機していた。武器はもたないぼろをまとった数人の海賊が、モーターボートでやってきた。連中はじつに巧みに四爪錨を船の前部に投げてひっかけ、スルスルともの凄い速さで船に乗り込んでから、甲板に用意された何本かの係船用の大索に一本のロープをつないだ。それから自分たちのボートに戻り、さきほどつないだ三、四本の大索を曳いて高速で遠ざかっていった。

 つまり、係船用大索を盗んでいったわけ。その後…

この船が接岸したとき、法規に決められた数の係船用大索は所持していなかった。すると、そこの港湾公安官が、船長に中古の大索を法外な高値で売りつけてきた。それは、前夜に盗まれた自分の船のものだった。

 港の役人もグルだった、ってオチ。
 話題のソマリア沖だと、これほどのどかじゃない。まず、経緯としては独裁者モハメド・シアド・ハーレ追放後1991年に無政府状態に陥り、貧困がはびこる。沿岸諸国が漁場を荒らし、「有害な廃棄物を海に捨てた」。ソマリアの漁民が違反者を捕まえ身代金を要求し始め、味をしめる。今じゃ海賊は母船を持ち「岸から1000キロ以上離れた遠い沖合いを巡回しながら、得物を狙っている」。

 もはや社会基盤として海賊家業が根付いている模様で…

ある海賊事業のスポンサーは、船一隻と武器の購入に一万から二万ドルを出費した。海賊たちには厳しい規律が求められる。彼らは儲けの半分を受け取る。出資者は30%を取り、15%が人質に食べ物を与えた村人たちの取り分になる(略)残りの5%は殺されたり捕らえられている海賊の家族のために取っておかれる。

 軍人恩給かい。
 アフリカだとこういう商売は根付きやすいようで、以下はザンジバルで襲われたヨット乗りが被害届けを出そうとした時の、現地の人のアドバス。

皆さんは、その海賊たちを覆えているかどうか聞かれると思う。絶対に言ってはいけない!『ノン!』と言いなさい。この街では誰がやったかはみんな知っている。だから危険なんだ。

 ヨットを荒らす泥棒や漁船を襲うコソ泥から人質目当ての大掛かりな海賊集団、単なるゴロツキ集団から役人・軍人を抱き込んだ組織的犯行まで、バラエティ豊かな海賊の実態がわかる。幸いマラッカ海峡はだいぶよくなったようだが、ソマリア沖やイラク沖、ナイジェリア沖はこれから。抜本的な対応は沿岸国の政治・経済的な安定が必要であり、今しばらく騒ぎは続く模様。

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