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2011年8月 7日 (日)

ダンカン・ワッツ「スモールワールド・ネットワーク 世界を知るための新科学的思考法」阪急コミュニケーションズ 辻竜平・友知政樹訳

 1967年、社会心理学者のスタンレー・ミルグラムは、画期的な実験をおこなった。(略)その仮説とは、この世界を知人からなる膨大なネットワークとしてみると、世界はある意味で「小さい」ということだった。すなわち、世界中のどの人へも、友人のネットワークをとおせばほんの何ステップかで到達できるのではないかというのだ。

どんな本?

 スモールワールド仮説とは、「世界中のどんな人同士も5~7人の仲介者を通して関係がある」という仮説だ。この仮説を契機として、応用数学を志す著者は、数学者・物理学者・社会学者・経済学者などが入り乱れるネットワーク科学の世界に足を踏み入れる。人間関係、すなわち社会構造とその変化を、ネットワーク科学を通して考察しつつ、誕生して間もないネットワーク科学の概要を紹介する。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Six Degrees, The Science of a Connected Age, by Duncan J. Watts, 2003。日本語版は2004年10月28日初版発行。ハードカバー縦一段組みで本文約363頁。9.5ポイント45字×19行×363頁=310,365字、400字詰め原稿用紙で約776頁。厚めの長編といったところ。

 応用数学、それも最新のネットワーク科学の本にしては、比較的読みやすい方だろう。一般向けに書かれており、数式は出さず、グラフや図解を豊富に収録している。訳者は「この本は見事な(ある意味ひどい)散文であり、こういうのが一番たちが悪い」と言っているが、日本語版は堅すぎず軟らかすぎず、内容にあった丁度いい具合になっていると思う。

構成は?

 序文
第1章 結合の時代
第2章 「新しい」科学の起源
第3章 スモールワールド現象
第4章 スモールワールドを超えて
第5章 ネットワークの探索
第6章 伝染病と不具合
第7章 意思決定と妄想と群集の狂気
第8章 閾値とカスケードと予測可能性
第9章 イノベーションと適応と回復
第10章 始まりの終わり
 訳者あとがき

 序文で著者自ら読み方を解説している。第1章と第2章は概要と理論的背景の説明。3~5章はスモールワールドとスケールフリー・ネットワークの話。第6章以降は、現実の問題、すなわち伝染病の拡散や流行・企業組織の形態などを論じる。全体的に後に行くほどビジネス書的な内容になり、読むのが楽になる。

感想は?

 私たちが日頃漠然と感じている事柄を、数学的に裏づけした内容が多い。「何を今更」と感じる人もいるだろうし、「おお、そういう事か」と膝を叩く人もいるだろう。「漠然と感じている」事柄を、「明確に文章にする」点に価値を認める人には、興奮に満ちた本だ。

 例えば、人は地元のニュースに大きな興味を示し、遠い外国のニュースには関心が薄い。これを著者は「クラインバーグのネットワーク」と称して解明していく。人は地元に知人が多く、遠い外国には知人が少ない。距離が遠ざかるほど、知人の数が減っていく。

 その直後に、スモールワールド・モデルで人を結びつける「関係の数」も分析している。本書内では「関係の数」を「次元」と記している。ミルグラムの実験を数百人の被験者に説明し…

もし依頼されたら、どんな判断基準を使って手紙を送るかと尋ねた。ほとんどの人は、次の受取人にメッセージを送るために、二つの次元しか使わないことを発見した。とりわけ抜きん出ていたのは、地理的要因と職業だった。

 本書の冒頭近辺で、ネットワークのショートカットという概念が出てくる。スモールワールド・モデルで、近所の人同士だけでなく、遠い人と直接結びつく経路の事だ。例えばオーストラリア人でアメリカ在住の著者が中国の小作人に手紙を送るケースを考え、中国出身の同僚に頼むだろう、と結論付けている。地理的要因と職業の典型的な例だ。

 スモールワールドと並んで最近良く聞くスケールフリー・ネットワークについても解説している。わかりやすいのが富の分布で、貧乏人は沢山いるが金持ちの数は少ない。上限がないという意味でスケールフリーと言っているが、現実には上限がある…世界の富は有限だからだ。これを人間関係に当てはめると、こうなる。とても沢山の知人がいる人が稀に存在する、と。まあ、ありがちですね。政治家とか芸能人とか。

 じゃ、そういう人に影響を与えれば世間は動かせるんじゃね?と思うでしょうが、そうはいかない。「意思決定の前に多くの相手の行動や意見を考慮するほど、その中の一人から受ける影響は小さくなる」。知人が多い人は、一人の人に影響されにくいわけです。

 などという抽象的な話ばかりでなく、一見関係なさそうな(だが野次馬的に面白い)エピソードが多いのも本書の特徴。冒頭ではイギリスでの電力需要のピークのエピソードが出てくる。一度に数分だが、国中の多くの配電網で同時に起こった。原因を探ると…

 その年のサッカーのチャンピオンシップを見ている最中に、こればでで最悪の需要上昇が起こったからだ。ハーフタイムのときに、サッカーファンである国民全体が、まさに同時に、紅茶を淹れるためにやかんを火にかけたのだ。

 さすがイギリス。
 もっと深刻な現象として、「沈黙のらせん」現象も怖い。

 1960年代と1970年代にかけて、西ドイツでは画期的な研究がおこなわれた。その中で政治学者エリザベス・ノエル=ノイマンは、二度の国政選挙に先立って人々が交わした政治的会話で、自分を多数派だと思っている人が自分を少数派だと思っている人を抑えて、次第に声高に主張を強めていくという一貫したパターンが見られたことを示した。(略)
 「少数派」はどんどん自分の意見を公にしなくなり、それによってますます少数派の立場が確実なものとなり、さらに意見を述べづらくなった。

 これが、「投票ブースという私的な場所でも有効に働くようである」から怖い。このブログではなるべく時事的な話題は避けてたんだけど、ちと考え直そうかなあ。とまれ、流行に疎いからって理由もあるんで、うーん。

 ただ、これと少し異なる実験も行われている。1950年代に心理学者ソロモン・アッシュは、8人のグループに一緒にスライドを見せ、線分の長さを比較させた。8人中の7人はサクラで、明らかに間違った解を答える。実験者の1/3はつられて全体に和し、正解者は「額に汗をかき動揺するなど目に見える苦悩の兆候が見られた」。ところが、「多数派のメンバーのたった一人でも正解を答えるように指示され被験者と同意見になった場合は、被験者が自信を取り戻す場面が多く見られ、間違う割合が大幅に落ち込む」。たった一人でも援軍があるってのは、大きく違うんだよなあ。

 ビジネス系のエピソードも多い。グーグルは毎日30台ものサーバを追加している、ナップスターの作者ショーン・ファニングの目的はたった一人の友人を助けることだったなど。感動的なのが911テロで1000人中700人の従業員を失ったカンター・フォッツジェラルド社。残った従業員は翌日には会社を生き延びさせようと決意したが、48時間以内に操業を開始する必要があった。ところが、「操業に必要なパスワードを知っていた社員が一人残らず亡くなっていた」。

 表紙はド派手なオレンジ色。もちっと軽薄な本かと思ったら、意外とシリアスで専門的で数学的な本だった…とは言ったものの、紹介したエピソードは社会・心理・経済系の話ばっかりじゃないか→俺。いや数学の面白い話を短い文章で伝えるのって難しいのよ。

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