ジュディス・レヴァイン「青少年に有害! 子どもの性に怯える社会」河出書房新社 藤田真利子訳
今日のアメリカでは、子どもやティーンエイジャーが性的な喜びを知り、しかも害がないと語っている本を出版することは不可能に近い。
(略)
『青少年に有害!』はふたつの否定から始まった。セックスは、それ自体が青少年に有害ではないということ。そして、子どもをセックスから保護するというアメリカの姿勢は、子どもを守っているどころか、害を与えていることが多いということである。
どんな本?
現代アメリカ合衆国の公立学校の性教育を席巻している禁欲教育に対し、リベラルな立場から厳しく批判する。全体は二部からなり、第一部は偏在の禁欲教育の内容から導入のプロセス、その効果を報告する。第二部では禁欲教育に対抗してなされている市民レベルのリベラルな性教育を紹介し、性教育のあるべき姿を模索する。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
原書は Judith Levine : HARMFUL TO MINORS, 2002。日本語版は2004年6月30日初版発行。ハードカバーで縦一段組み、本文約347頁+解説17頁+原注41頁。9ポイント46字×19行×347頁=303,278字、400字詰め原稿用紙で約759枚。
扱いにくい問題を真面目に扱ったという性質もあって、タイトルから想像するよりは敷居が高い。ニュース記事的な文章を期待したのだが、意外と堅苦しい。
構成は?
序章 危険と喜び、子育てと子ども時代
第一部 有害な保護
第一章 検閲――性的なメディアと性を知ることへのためらい
第二章 人狩り――小児愛症者恐怖
第三章 治療――「性的いたずらをする子ども」と正常という名の抑圧
第四章 激情犯罪――法廷強姦と女性の欲望の否定
第五章 ノーセックス教育――「純潔」から「禁欲」へ
第六章 強制される出産――中絶の終わり
第七章 快楽の削除
第二部 感覚とセクシュアリティ
第八章 事実――ほんもののフィクション
第九部 欠けているものはなにか?――ジェンダー、平等、欲望
第十章 よいさわり方――感覚教育
第十一章 コミュニティ――エイズの時代の危機、アイデンティティ、愛
エピローグ 道徳性
本書によせて ジョイスリン・M・エルダーズ
解説 江原由美子
原注
第一部では現代アメリカ合衆国における性教育および児童保護の実態を、多くのエピソードに基づいて報告する。第二部ではそれに対抗して行われているリベラルな性教育を紹介し、著者なりの理想の性教育を語る。
感想は?
アメリカってのは、いろいろと極端な国だなあ。60年代にはセックス・ドラッグ・ロックンロールとか浮かれてたし、80年代にはマドンナがスターだった。それが今や禁欲教育だもんなあ。でもって、それに対抗するのが、「マスターベーションの方法」ですぜ。
禁欲教育とは何か。「結婚するまでセックスしちゃイカン」以外は何も教えない、というシロモノだ。実際にはグラデーションみたくなっていて、それだけのものから、性病や妊娠など性交の危険を訴えるものまで様々だ。その効果というと、キリスト教根本主義者の純潔の誓いの例だと、「誓っていない人より平均して初交年齢を18ヶ月遅らせることに成功している」。が。
禁欲オンリー教育を受けた生徒たちが一年遅れで性活動を始めるとき、その1/3は保護手段なしに性交渉をしている。コンドームについて教えられたグループがその危険を冒すのは1/10以下である。
(略)
疾病管理センターの分析官が十代のセックスの減少についてさらに詳しく調べたところ、十代でセックスする少年は少なくなったが(1991年から1997年までに15%減った)、十代セックスをする少女の割合は減少していないことがわかった。
禁欲教育の原動力は幾つかある。そのひとつは宗教保守だ。その連中が中絶に反対するためにした事は。
1993年から1997年にかけて、中絶をする診療所で爆破と放火が50件以上起きている。1993年から1999年のあいだには、診療所の従業員や医師を含め、7人が中絶反対のテロで殺されている。
(略)
アラン・グッドマッハー研究所によると、「カトリック女性の中絶率は29%でプロテスタント女性より多く、中絶した女性の1/5は熱心なキリスト教徒か福音主義教会の信者だ」という。
で、実際の中絶の危険は、というと。
実際は、ロー判決のあとで中絶の危険度は急激に低くなり、十万回の中絶で死亡するのは0.3人にすぎない。1990年、中絶の危険度は出産の危険度の1/11、扁桃腺摘出手術の1/2、ペニシリン・ショックの1/1000となっている。
合法にやれば安全なのだが、少女たちは違法な中絶を選ぶ。中絶に親の通知や承諾を必要とする法が40の州で実施されているが…
妊娠中絶を選ぶまえに母親か父親に話をする少女は2/3、そして2/3以上の親が中絶を選ばせる。しかし、親に話をしない少女たちにはちゃんとした理由がある。それまでに親に暴力を振るわれた経験があり、話をすればそれ以上の暴力を振るわれることがわかっているからだ。
悲惨。さて、こういう極端な連中に、普通の人々が何で同調しちゃったか、というと、色々な要因を挙げているんだけど。
心理学者サミュエル・ヤヌスとバーバラ・ベスの結論はこうだ。「この調査から、大人の世界が作り上げたのは、子どもの成長と経験を認めようとしない大人のための心理的検閲であることがわかります。検閲を通して選択的に認識すれば子どもの性意識について知ることを避けられますが、かといってその事実が消えるわけではないんですよ」
典型的な「問題を解決するのではなく、問題を見えなくする」アプローチだね。他にも小児愛病者への恐怖や、児童虐待への厳しい目がある。ミーガン法の理不尽にも触れていて。
アメリカとカナダでおこなわれた数百に及ぶ研究に出てくる何千人もの対象者を分析すると、性犯罪者の13%が再逮捕されていることがわかった。全犯罪者平均では、再逮捕者は74%である。
禁欲教育は性教育を親に任せるという方針だ。けど、「親子で性を話題にするのって、気まずいよね」と著者は言う。そうだよねえ。じゃ、どうすりゃいいのか、というと。
ジンバブエのある母親が説明している。「おばさんから子どもに話すんですよ」(略)性教育教師は、プロのおばさんなのである。
自慰には利点がある、という主張が興味深い。元性教育教師で作家のシャロン・トムソン曰く。
「マスターベーションが教えてくれることのひとつは、あなたが感じることの大部分はあなた自身の身体のなかにあるということです。ある特定の人との関係で感じた感覚をぜんぜん考えてみようとしない少女が多すぎます。そうした感覚の大部分はすでにそこにあって、その相手なしでもそうした感覚を得ることができるのだと気づいていない。女の子は、『あら、これ[この関係]の前にもたしかあったわ』と気づくことができる」(略)それに、少女が破壊的ではあるが性的には惹かれる関係や虐待から脱出するのを助けてくれる。
自慰を知らなきゃ快楽と愛を混同しちゃうけど、知ってりゃ区別できるよ、というわけ。
前半は暗い話題が続いて暗澹たる気分になるけど、後半は…やっぱり暗い気分になる箇所もあったりする。同性愛者の苦悩とか。学校でも家庭でも教会でも敵に囲まれ、居場所がなくなって家出し、路上生活者になっちまうそうな。プリンスみたいなのが活躍してる裏で、こういう現実もある。アメリカって国は、よくわからん。
この本を読みながら、聞きたくなった曲がシンディ・ローパーの「Girls Just Want To Have Fun」。「女の子だって楽しみたいのよ」みたいな内容。1983年の曲だけど、この本の内容にはピッタリ。
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