「歴史群像アーカイブ7 独ソ戦」学習研究社
「キエフはソビエトであったし、ソビエトであるし、ソビエトであり続ける。撤退は許さない」 ――スターリン
どんな本?
学研の軍事・歴史雑誌「歴史群像」の別冊ムックで、第二次世界大戦の独ソ戦の特集号。本誌掲載記事8本を集めたのに加え、8本のコラムを収録。性質上、独ソ戦全体を俯瞰するのではなく、いくつかの重要な作戦や転回点に焦点をあて、分析していく形式なので、ある程度独ソ戦の概要や有名な戦場を知っている人向け。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2009年2月25日第一刷発行。B5変形版で縦4段組という、書籍というより雑誌っぽいレイアウト。約140頁、9ポイント17字×28行×4段×140頁=266,560字、400字詰め原稿用紙で約667枚。小説なら少し長い長編の分量だが、地図や写真を多数収録しているので、実際の文字量はその6~7割だろう。
文章そのものは軍事物のわりに読みやすい方だし、地図を見ながら読む羽目になるので、熟読するとそれなりに時間がかかる。反面、個々の記事やコラムは独立しているので、気になった部分だけを拾い読みできる。
収録記事は?
戦争の推移に従って記事が並んでいる。テーマがテーマだけに、寄稿者が偏るのは仕方がないのかも。にしても山崎雅弘氏の活躍が目立つ。林譲治も寄稿してるとは知らなかった。いやSF作品は幾つか読んでるんだけど。
第二次世界大戦の欧州戦線はジョン・トーランドやコーネリアス・ライアンが優れた著作を残しているものの、東部戦線の情報は少ない。また、その多くはドイツの資料を基にしたものだ。このムックは冷戦後に公開されたソビエト(ロシア)の記録を漁った記事も多く、新たな視点を提供してくれる。また、著者の多くがM.v.クレヴェルトの「補給戦」を相当に読み込んでいる様子。やっぱり、あれ、古典なのね。
記事
- キエフ大包囲戦 林譲治
- 1941年、ドイツのソビエト侵攻、いわゆるバルバロッサ作戦。ドイツの意図は何で、それを阻んだのは何か。快進撃を続けたグデーリアンがモスクワへ直進せず、キエフ包囲に向かった理由は。よく言われるヒトラーと軍の思惑の違いなどを解説する。
- モスクワ攻防戦 山崎雅弘
- 再びソビエト侵攻の戦略目標の不明瞭さの解説。「ヒトラーは半年で戦争が終わると考えていたので冬季用装備を怠った」という俗説を、「鉄道輸送網が事実上パンク状態に陥っていたことから、用意された冬季用装備は、輸送手段がないためポーランドの山積みになったまま放置され」ていた、と否定するなど、補給関係の話が興味深い。
- 独ソ開戦、極秘の図上演習 守屋純
- ドイツの侵攻に対し、本当にスターリンは何の準備もしていなかったのか。ソビエトの資料を基に、新たな視点で検証を加える。その手の人には大きな議論を巻き起こしそうな記事だ。
- レニングラード攻防戦 山崎雅弘
- ハリソン・E・ソールズベリの「攻防900日」で有名なレニングラード攻防戦。その展開の概要をまとめると共に、政略的・戦略的な意味を解き明かす。記事中のコラム「スターリンとレニングラード」は必読。
- マンシュタイン戦記 山崎雅弘
- クリミア半島の一角にそびえるソビエト軍の要塞、セヴァストポリ。その攻略を命じられたマンシュタインの戦いを描く。大砲大好きな人にとってはたまらない記事。
- スターリングラード攻防戦 山崎雅弘
- 現在はヴォルゴグラードとなったスターリングラード。ここで、ドイツ軍は歴史的な大敗を喫する。その過程をたどり、敗因を分析する。コラムでの敗因分析がとてもわかりやすい。
- ツィタデレ作戦 山崎雅
- 1943年7月5日に始まったドイツ軍の大攻勢、ツィタデレ(城塞)作戦。クルクス大戦車戦で知られるこの作戦を、その経緯を辿ると共に、目的に遡って検証する。
「君の言うことは、全くもって正しい。この攻勢計画のことを考えると、私自身も胃がひっくり返りそうになるのだ!」 ――ヒトラーがグデーリアンにあてた言葉
- ベルリン攻防戦 山崎雅弘
- 崩壊に瀕した第三帝国の首都、ベルリンの防衛を命じられたゴットハルト・ハインリチ上級大将。戦線の崩壊という現実を直視しようとしない上層部に対し、彼が下した苦渋の決断を語る。
コラム
- 戦前の独ソ関係 山崎雅弘
- 一頁。開戦前の政治・軍事状況を、ドイツとソビエトを中心に解説する。
- ドイツ空軍の勝利と限界 古峰文三
- バトル・オブ・ブリテンでは苦杯を舐めたものの、大陸では無敵を誇ったドイツ空軍。その軍としての性質と特徴、そして敗因を解説する。敗因はともかく、その思想は極めて先進的であり、近年のNATO軍が目指したエアランド・バトルの雛形を既に完成させていたことがわかる。
- ソ連空軍の敗北と再起 古峰文三純
- 一般には「やられ役」の印象が強いソビエト空軍。「粗野な大空軍」と評される当時のソビエト空軍の成り立ちと特徴を解説する。
- 東部戦線で戦った枢軸同盟軍 山崎雅弘弘
- 一頁。枢軸側にはドイツ軍だけでなくルーマニア・イタリア・ハンガリー軍も加わっていた。対ソ戦に参加した各国の事情と戦力を軽く解説する。ルーマニアとハンガリーの関係がなかなか…
- ソ連の継戦能力を支えた援助物資 小林直樹
- 一頁。連合軍、特に米国がソビエトに提供した援助物資を、わかりやすい表をもとに解説。
- バクラチオン作戦 樋口隆晴
- 1944年のソビエトの夏季攻勢、バクラチオン作戦の構想と推移を解説する。単なる力押しの印象が強いソビエト軍だけど、考える時には考えてるんだなあ。
全編を通し、ソビエト側のジューコフの切れ者ぶりが印象深い。スターリンなどという無茶な上司を上に仰ぎつつ、的確な作戦を進言しては承認させ、キッチリ結果を出す。よくこんな優秀な人が粛清を逃れたなあ。
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