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2011年8月 8日 (月)

小川一水「天冥の標Ⅱ 救世群」ハヤカワ文庫JA

密林の諸族の間では勇猛さが尊ばれるから、ジョブはコテカをつける大人になってからというもの、一度も泣いたことがなかった。もし男が泣いたりすればたちまち野次馬が集まって、嘲笑される。もちろん実際に体験したことはないが、そうなるに決まっていた。
 ところが、今こうして泣きわめいていても誰もやってこず、問いかけてくれる男も女もいない。それがますます寂寥感を煽り、ジョブはさらに長々と声をあげて泣き続けるのだった。

どんな本?

 小川一水がなんと10巻構想で送る大河SF物語の第2巻。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」でも国内編の10位にランクイン。ちなみに17位にも続きの「アウレーリア一統」が入っている。

 前巻の「メニー・メニー・シープ」が遠未来の植民星を舞台にしたエイリアン・テイスト満開の作品だったのに対し、今作はガラリと変わって現代の地球を舞台にした医療サスペンス作品であり、小川一水が最も得意とする「お仕事SF」だ。「あまり現実離れした話はアレだけど、災害物なら…」という方にお勧めの作品。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年3月15日書き下ろしで初版発行。文庫本縦一段組みで約440頁。9ポイント40字×17行×440頁=299,200字、400字詰め原稿用紙で約748枚。やや長めの長編。今回は登場人物が少ないせいか、冒頭の登場人物一覧はなし。前のような群像劇って程でもなく、主要人物は数人の上に、馴染みやすい日本人が大半なんで、特に混乱もしなかったが。

 加えて舞台が現代でもあり、文章の読みやすさは抜群。改めて頁をめくると、会話の部分が多く、リズミカルに読める。ただ、医療物なだけに、「鼻咽喉」だの「セフェム剤」だのといった医療用語が時折出てくるけど、大半は「なんかソレっぽい雰囲気だなあ」ぐらいに思っておけば充分。ウイルスと細菌の違いなど、本筋に関わって理解する必要のある所は、ちゃんと説明が出てくるので心配無用。

どんなお話?

 熱帯雨林に囲まれた峻険な山岳地帯で孤立して生活していたニハイ族。密かに天空の霊を崇めていた彼らは、疫病に席巻され滅びた。ただ一人生き延びた青年ジョブは、河に流され、海で漂流していたところを、航行中の船に拾われる。そして、世界は未知の感染病に席巻されていく。

感想は?

 お話の大筋は、未知の感染病による大規模災害と、それに立ち向かう医療チームを中心とした人々の活躍を描いている。この疫病のタチの悪さは相当なもので、今までの紹介でお分かりのように、まず致死率が異様に高い。しかも、感染力も強い。死に方も酷いもので、体中に水泡ができ、脇の下にも大きな塊ができる。この「脇の下の塊」が怖い。

 これに立ち向かう医療チームは、児玉圭吾と矢来華奈子のコンビ。というとエリートっぽく聞こえるが、とんでもない。児玉圭吾はヤクザで組織に馴染めない感染医療の専門家。素行は最悪で女癖が悪い31歳。今日もバーで元患者の女と飲んでいた所を、いきなり呼び出される。

 彼とコンビを組む矢来華奈子も黙っていればスラリとした長身のいい女なのに、やたら強引で押しが強い。ゴリ押しだけならまだしも、弁が立つからタチが悪い。見た目は朝倉涼子で中身は涼宮ハルヒみたいな感じかな。登場していきなり圭吾をパトカーで拉致してパラオに連行する。行動力に溢れているのが二人の共通点で、昔は青年海外協力隊員として世界各地を飛び回った。

 序盤はこの二人が疾病の発生した孤島で奮闘する場面を描く。この描写がいかにも小川一水らしく、続々と到着する各国のチームや現地の大使館など、それぞれの思惑を抱えた様々な組織の綱引きの様子が見事。

 この作品の最大の特徴は、被害者でもある感染者の視点がたっぷりと盛り込まれている点。突然何の予兆もなしに感染し、有無を言わさず隔離される。たまたま感染者の近くにいた、というだけで、いきなり今までの生活を捨てて出頭する気になりますか、あなた。私は無理です←をい。それで陰性ならすぐに解放されるけど、陽性と出たら…

 ところが逆の立場、つまり未感染の者からすれば、「機動隊でも自衛隊でも動員してさっさと隔離しろよ」という気持ちになるから人間ってのは勝手なモンで。こういった「社会の要請」と「感染者の気持ち」の板ばさみになるのが、先の二人。しかも、この疫病はタチが悪くて…

 小川一水の作品にしては珍しく?可憐なヒロインがいるのも、この作品の特徴かも。普通に要領よく生きてきた高校生が、突然運命の急転に巻き込まれ、矢面に立たされていく。それまでの学級の様子が身につまされるのはSF者の性というか。ああ胸が痛い。今思えば、この辺はジェイムズ・ティプトリーJrの名作に対抗してるなあ。

 と、こういった「ホットゾーン」ばりの医療サスペンスの魅力に加え、大河シリーズ物の伏線も随所に張ってあるところが憎い。この巻でも、先の「メニー・メニー・シープ」に出てきた設定の一部が解き明かされる。まだまだ謎の多いこのシリーズ、この巻でも多くの謎が提示される。果たしてこの後、物語はどうなるんだか。いや既にⅣまで出てるんだけどね。

 以下、余談。

 闇雲に本を読んでるつもりでも、妙な共時性というか、意図せず近似テーマにひょっこり出会って驚くことがある。最近読んだ三冊が「世界一高い木」→「スモールワールド」→「救世群」。

 まず、「世界一高い木」の作者はリチャード・プレストン。彼の代表作がエボラ出血熱のパンデミックをテーマにした「ホットゾーン」。次に読んだ「スモールワールド」も、人間関係のネットワークを扱っていて、その一つとして疾病感染の様子を扱っていた。当然、エピソードとして「ホットゾーン」が出てくる。そして、この「救世群」は、モロにパンデミックがテーマ。

 別に意図したわけじゃないんだけど、こういう事って、あるもんなんだなあ。ちなみに次回は「トコトンやさしい石炭の本」「トコトンやさしい天然ガスの本」の予定。前に読んだ「メタン・ハイドレート」で「俺ってエネルギー採掘について何も知らないんだなあ」と思い知らされたんで、そのリベンジのつもり。

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