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2011年8月の12件の記事

2011年8月31日 (水)

SFマガジン2011年10月号

 280頁。表紙をめくっていきなり鷲尾直広のイラストがカッコいい。テーマは「宇宙の戦士」のパワードスーツ。無骨なシルエット、分厚そうな装甲、そして肩からにょっきり飛び出た長い砲身。こっちを表紙にした方が売れるんでない?大判のポスターをおまけにつけるとか。

 先月に引き続き特集は「SFスタンダード100ガイドPART2」。上田早夕里氏が「ブルー・シャンペン」ってのは、何かわかるような気がする。ここ数年流行ってるクリストファー・プリースト、私は「逆転世界」が一番好きだなあ。あれ、読んでると世界が歪んで見えてくるんだよね。

 この手の特集に恒例のイチャモン、「何でコレが入ってないのよ」を幾つか。

 クリフォード・D・シマックの「都市」でしょ、キース・ロバーツの「パヴァーヌ」、オラフ・ステープルトンの「スターメイカー」、グレゴリー・ベンフォードの「夜の大海の中で」から始まるシリーズ。

 何より、グラント・キャリンの「サターン・デッドヒート」がないのがけしからん。タイトルどおり、土星にある異星人の遺物をめぐる争奪戦を描くお話で、冒険物語でもありファースト・コンタクト物でもあり、ハードSFと娯楽物語を見事に融合させた傑作小説。読了感も爽快だし、ハリウッドで映画化してくれないかなあ。ビジュアル的にも魅力的なシーンがたくさんあるし。

 え?代わりに何を外すのかって?無理です、そんなの←をい

 もうひとつの特集がミリタリーSFで、ジョン・G・ヘムリイ(ジャック・キャンベル)の短編「亀裂」と堺三保の解説「ミリタリーSF略史」。

 「亀裂」は、というと。舞台は地球型の惑星イムテプ。ヒトに似た原住民イズコプは、草原での農耕遊牧生活が中心だ。ヒトの調査員が80人ほど駐在している。突然の救難信号を受け、200名の大隊が支援に向かったが、イズコプの大群に迎撃され、生き残ったのはシン軍曹・ヨハンセン伍長など8名だけ。イズコプの攻撃の原因は?

 「ミリタリーSF略史」は、ミリタリーSFの定義が興味深い。

  1. 主人公が軍人である。
  2. 戦争が、舞台設定であると同時に、物語のテーマでもある。
  3. 戦闘の詳細な描写があり、戦術や戦略に関する専門的かつ技術的な言及がある。
  4. 舞台は未来かつ地球外のいずこかである。

 ガンダムは 1. と 4. が微妙だけど(「逆襲のシャア」なら 1. はクリアかな)、ボトムズとダグラムとマクロスは合格?

 コラムでは金子隆一がジェイムズ・P・ホーガンをとことん Dis ってる。たいした度胸だ。内容の是非はともかく、議論が盛り上がってホーガンの読者が増えると嬉しいなあ。

 橋本輝幸の「Magazine Review」、今回はF&SF誌の2011年1・2月号と3・4月号の紹介。冒頭のパット・マキューウェンの「楽しき我が生=家」が面白そう。ハウスシックがテーマで、あらゆる化学物質にアレルギーを発症する人はどんな家に住めばいいのか、というと…。この発想だけでもブッ飛び。早く翻訳して欲しいなあ。

 ローカス・ベストセラー・リストのペーパーバックは相変わらずジョージ・R・R・マーティンが大暴れで、1~4位を独占してる。

 ところで、ブルーマーズは出るんだろうか?

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2011年8月29日 (月)

ジュディス・レヴァイン「青少年に有害! 子どもの性に怯える社会」河出書房新社 藤田真利子訳

 今日のアメリカでは、子どもやティーンエイジャーが性的な喜びを知り、しかも害がないと語っている本を出版することは不可能に近い。
(略)
 『青少年に有害!』はふたつの否定から始まった。セックスは、それ自体が青少年に有害ではないということ。そして、子どもをセックスから保護するというアメリカの姿勢は、子どもを守っているどころか、害を与えていることが多いということである。

どんな本?

 現代アメリカ合衆国の公立学校の性教育を席巻している禁欲教育に対し、リベラルな立場から厳しく批判する。全体は二部からなり、第一部は偏在の禁欲教育の内容から導入のプロセス、その効果を報告する。第二部では禁欲教育に対抗してなされている市民レベルのリベラルな性教育を紹介し、性教育のあるべき姿を模索する。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Judith Levine : HARMFUL TO MINORS, 2002。日本語版は2004年6月30日初版発行。ハードカバーで縦一段組み、本文約347頁+解説17頁+原注41頁。9ポイント46字×19行×347頁=303,278字、400字詰め原稿用紙で約759枚。

 扱いにくい問題を真面目に扱ったという性質もあって、タイトルから想像するよりは敷居が高い。ニュース記事的な文章を期待したのだが、意外と堅苦しい。

構成は?

 序章 危険と喜び、子育てと子ども時代
第一部 有害な保護
 第一章 検閲――性的なメディアと性を知ることへのためらい
 第二章 人狩り――小児愛症者恐怖
 第三章 治療――「性的いたずらをする子ども」と正常という名の抑圧
 第四章 激情犯罪――法廷強姦と女性の欲望の否定
 第五章 ノーセックス教育――「純潔」から「禁欲」へ
 第六章 強制される出産――中絶の終わり
 第七章 快楽の削除
第二部 感覚とセクシュアリティ
 第八章 事実――ほんもののフィクション
 第九部 欠けているものはなにか?――ジェンダー、平等、欲望
 第十章 よいさわり方――感覚教育
 第十一章 コミュニティ――エイズの時代の危機、アイデンティティ、愛
 エピローグ 道徳性
  本書によせて ジョイスリン・M・エルダーズ
  解説 江原由美子
  原注

 第一部では現代アメリカ合衆国における性教育および児童保護の実態を、多くのエピソードに基づいて報告する。第二部ではそれに対抗して行われているリベラルな性教育を紹介し、著者なりの理想の性教育を語る。

感想は?

 アメリカってのは、いろいろと極端な国だなあ。60年代にはセックス・ドラッグ・ロックンロールとか浮かれてたし、80年代にはマドンナがスターだった。それが今や禁欲教育だもんなあ。でもって、それに対抗するのが、「マスターベーションの方法」ですぜ。

 禁欲教育とは何か。「結婚するまでセックスしちゃイカン」以外は何も教えない、というシロモノだ。実際にはグラデーションみたくなっていて、それだけのものから、性病や妊娠など性交の危険を訴えるものまで様々だ。その効果というと、キリスト教根本主義者の純潔の誓いの例だと、「誓っていない人より平均して初交年齢を18ヶ月遅らせることに性交している」。が。

禁欲オンリー教育を受けた生徒たちが一年遅れで性活動を始めるとき、その1/3は保護手段なしに性交渉をしている。コンドームについて教えられたグループがその危険を冒すのは1/10以下である。
(略)
疾病管理センターの分析官が十代のセックスの減少についてさらに詳しく調べたところ、十代でセックスする少年は少なくなったが(1991年から1997年までに15%減った)、十代セックスをする少女の割合は減少していないことがわかった。

 禁欲教育の原動力は幾つかある。そのひとつは宗教保守だ。その連中が中絶に反対するためにした事は。

1993年から1997年にかけて、中絶をする診療所で爆破と放火が50件以上起きている。1993年から1999年のあいだには、診療所の従業員や医師を含め、7人が中絶反対のテロで殺されている。
(略)
アラン・グッドマッハー研究所によると、「カトリック女性の中絶率は29%でプロテスタント女性より多く、中絶した女性の1/5は熱心なキリスト教徒か福音主義教会の信者だ」という。

 で、実際の中絶の危険は、というと。

実際は、ロー判決のあとで中絶の危険度は急激に低くなり、十万回の中絶で死亡するのは0.3人にすぎない。1990年、中絶の危険度は出産の危険度の1/11、扁桃腺摘出手術の1/2、ペニシリン・ショックの1/1000となっている。

 合法にやれば安全なのだが、少女たちは違法な中絶を選ぶ。中絶に親の通知や承諾を必要とする法が40の州で実施されているが…

妊娠中絶を選ぶまえに母親か父親に話をする少女は2/3、そして2/3以上の親が中絶を選ばせる。しかし、親に話をしない少女たちにはちゃんとした理由がある。それまでに親に暴力を振るわれた経験があり、話をすればそれ以上の暴力を振るわれることがわかっているからだ。

 悲惨。さて、こういう極端な連中に、普通の人々が何で同調しちゃったか、というと、色々な要因を挙げているんだけど。

心理学者サミュエル・ヤヌスとバーバラ・ベスの結論はこうだ。「この調査から、大人の世界が作り上げたのは、子どもの成長と経験を認めようとしない大人のための心理的検閲であることがわかります。検閲を通して選択的に認識すれば子どもの性意識について知ることを避けられますが、かといってその事実が消えるわけではないんですよ」

 典型的な「問題を解決するのではなく、問題を見えなくする」アプローチだね。他にも小児愛病者への恐怖や、児童虐待への厳しい目がある。ミーガン法の理不尽にも触れていて。

アメリカとカナダでおこなわれた数百に及ぶ研究に出てくる何千人もの対象者を分析すると、性犯罪者の13%が再逮捕されていることがわかった。全犯罪者平均では、再逮捕者は74%である。

 禁欲教育は性教育を親に任せるという方針だ。けど、「親子で性を話題にするのって、気まずいよね」と著者は言う。そうだよねえ。じゃ、どうすりゃいいのか、というと。

ジンバブエのある母親が説明している。「おばさんから子どもに話すんですよ」(略)性教育教師は、プロのおばさんなのである。

 自慰には利点がある、という主張が興味深い。元性教育教師で作家のシャロン・トムソン曰く。

「マスターベーションが教えてくれることのひとつは、あなたが感じることの大部分はあなた自身の身体のなかにあるということです。ある特定の人との関係で感じた感覚をぜんぜん考えてみようとしない少女が多すぎます。そうした感覚の大部分はすでにそこにあって、その相手なしでもそうした感覚を得ることができるのだと気づいていない。女の子は、『あら、これ[この関係]の前にもたしかあったわ』と気づくことができる」(略)それに、少女が破壊的ではあるが性的には惹かれる関係や虐待から脱出するのを助けてくれる。

 自慰を知らなきゃ快楽と愛を混同しちゃうけど、知ってりゃ区別できるよ、というわけ。

 前半は暗い話題が続いて暗澹たる気分になるけど、後半は…やっぱり暗い気分になる箇所もあったりする。同性愛者の苦悩とか。学校でも家庭でも教会でも敵に囲まれ、居場所がなくなって家出し、路上生活者になっちまうそうな。プリンスみたいなのが活躍してる裏で、こういう現実もある。アメリカって国は、よくわからん。

 この本を読みながら、聞きたくなった曲がシンディ・ローパーの「Girls Just Want To Have Fun」。「女の子だって楽しみたいのよ」みたいな内容。1983年の曲だけど、この本の内容にはピッタリ。

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2011年8月23日 (火)

「歴史群像アーカイブ7 独ソ戦」学習研究社

「キエフはソビエトであったし、ソビエトであるし、ソビエトであり続ける。撤退は許さない」  ――スターリン

どんな本?

 学研の軍事・歴史雑誌「歴史群像」の別冊ムックで、第二次世界大戦の独ソ戦の特集号。本誌掲載記事8本を集めたのに加え、8本のコラムを収録。性質上、独ソ戦全体を俯瞰するのではなく、いくつかの重要な作戦や転回点に焦点をあて、分析していく形式なので、ある程度独ソ戦の概要や有名な戦場を知っている人向け。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2009年2月25日第一刷発行。B5変形版で縦4段組という、書籍というより雑誌っぽいレイアウト。約140頁、9ポイント17字×28行×4段×140頁=266,560字、400字詰め原稿用紙で約667枚。小説なら少し長い長編の分量だが、地図や写真を多数収録しているので、実際の文字量はその6~7割だろう。

 文章そのものは軍事物のわりに読みやすい方だし、地図を見ながら読む羽目になるので、熟読するとそれなりに時間がかかる。反面、個々の記事やコラムは独立しているので、気になった部分だけを拾い読みできる。

収録記事は?

 戦争の推移に従って記事が並んでいる。テーマがテーマだけに、寄稿者が偏るのは仕方がないのかも。にしても山崎雅弘氏の活躍が目立つ。林譲治も寄稿してるとは知らなかった。いやSF作品は幾つか読んでるんだけど。

 第二次世界大戦の欧州戦線はジョン・トーランドやコーネリアス・ライアンが優れた著作を残しているものの、東部戦線の情報は少ない。また、その多くはドイツの資料を基にしたものだ。このムックは冷戦後に公開されたソビエト(ロシア)の記録を漁った記事も多く、新たな視点を提供してくれる。また、著者の多くがM.v.クレヴェルトの「補給戦」を相当に読み込んでいる様子。やっぱり、あれ、古典なのね。

記事

キエフ大包囲戦 林譲治
1941年、ドイツのソビエト侵攻、いわゆるバルバロッサ作戦。ドイツの意図は何で、それを阻んだのは何か。快進撃を続けたグデーリアンがモスクワへ直進せず、キエフ包囲に向かった理由は。よく言われるヒトラーと軍の思惑の違いなどを解説する。
モスクワ攻防戦 山崎雅弘
再びソビエト侵攻の戦略目標の不明瞭さの解説。「ヒトラーは半年で戦争が終わると考えていたので冬季用装備を怠った」という俗説を、「鉄道輸送網が事実上パンク状態に陥っていたことから、用意された冬季用装備は、輸送手段がないためポーランドの山積みになったまま放置され」ていた、と否定するなど、補給関係の話が興味深い。
独ソ開戦、極秘の図上演習 守屋純
ドイツの侵攻に対し、本当にスターリンは何の準備もしていなかったのか。ソビエトの資料を基に、新たな視点で検証を加える。その手の人には大きな議論を巻き起こしそうな記事だ。
レニングラード攻防戦 山崎雅弘
ハリソン・E・ソールズベリの「攻防900日」で有名なレニングラード攻防戦。その展開の概要をまとめると共に、政略的・戦略的な意味を解き明かす。記事中のコラム「スターリンとレニングラード」は必読。
マンシュタイン戦記 山崎雅弘
クリミア半島の一角にそびえるソビエト軍の要塞、セヴァストポリ。その攻略を命じられたマンシュタインの戦いを描く。大砲大好きな人にとってはたまらない記事。
スターリングラード攻防戦 山崎雅弘
現在はヴォルゴグラードとなったスターリングラード。ここで、ドイツ軍は歴史的な大敗を喫する。その過程をたどり、敗因を分析する。コラムでの敗因分析がとてもわかりやすい。
ツィタデレ作戦 山崎雅
1943年7月5日に始まったドイツ軍の大攻勢、ツィタデレ(城塞)作戦。クルクス大戦車戦で知られるこの作戦を、その経緯を辿ると共に、目的に遡って検証する。
 「君の言うことは、全くもって正しい。この攻勢計画のことを考えると、私自身も胃がひっくり返りそうになるのだ!」 ――ヒトラーがグデーリアンにあてた言葉
ベルリン攻防戦 山崎雅弘
崩壊に瀕した第三帝国の首都、ベルリンの防衛を命じられたゴットハルト・ハインリチ上級大将。戦線の崩壊という現実を直視しようとしない上層部に対し、彼が下した苦渋の決断を語る。

コラム

戦前の独ソ関係 山崎雅弘
一頁。開戦前の政治・軍事状況を、ドイツとソビエトを中心に解説する。
ドイツ空軍の勝利と限界 古峰文三
バトル・オブ・ブリテンでは苦杯を舐めたものの、大陸では無敵を誇ったドイツ空軍。その軍としての性質と特徴、そして敗因を解説する。敗因はともかく、その思想は極めて先進的であり、近年のNATO軍が目指したエアランド・バトルの雛形を既に完成させていたことがわかる。
ソ連空軍の敗北と再起 古峰文三純
一般には「やられ役」の印象が強いソビエト空軍。「粗野な大空軍」と評される当時のソビエト空軍の成り立ちと特徴を解説する。
東部戦線で戦った枢軸同盟軍 山崎雅弘弘
一頁。枢軸側にはドイツ軍だけでなくルーマニア・イタリア・ハンガリー軍も加わっていた。対ソ戦に参加した各国の事情と戦力を軽く解説する。ルーマニアとハンガリーの関係がなかなか…
ソ連の継戦能力を支えた援助物資 小林直樹
一頁。連合軍、特に米国がソビエトに提供した援助物資を、わかりやすい表をもとに解説。
バクラチオン作戦 樋口隆晴
1944年のソビエトの夏季攻勢、バクラチオン作戦の構想と推移を解説する。単なる力押しの印象が強いソビエト軍だけど、考える時には考えてるんだなあ。

 全編を通し、ソビエト側のジューコフの切れ者ぶりが印象深い。スターリンなどという無茶な上司を上に仰ぎつつ、的確な作戦を進言しては承認させ、キッチリ結果を出す。よくこんな優秀な人が粛清を逃れたなあ。

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2011年8月21日 (日)

月村了衛「機龍警察」ハヤカワ文庫JA

「ギャラの出所が税金であろうと裏金であろうと、契約は履行しますよ。この仕事は信用が第一ですから」

どんな本?

 アニメの脚本で活躍した著者による、近未来の日本を舞台としたハードボイルド警察SF長編。SFマガジン編集部編「このSFが読みたい! 2011年版」のベストSF2010国内編で13位にランクイン。二足歩行型軍用有人兵器「龍機兵(ドラグーン)」を擁してテロリストに対抗する警察の嫌われ者部隊、警視庁特捜部 SIPD の活躍を描く。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年3月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約346頁。9ポイント41字×18行×346頁=255,348字、400字詰め原稿用紙で約639枚。標準的な長編の分量。

 文章そのものは充分に読みやすい。ひっかかりそうな部分は三つ。

  1. まず、警察官の階級や組織について、ある程度知っていた方が楽しめる。警察庁と警視庁の違い、警部より警視の方が偉い、とか。
  2. 二つ目は銃器、それも対物ライフルや重機関銃のクラス。私はよく知らないんで読み飛ばしたけど←をい。
  3. 最後は龍機兵関係で「エンゲージ」だの「リコイル」だのといったカタカナ言葉が出てくる。これを「よくわからんがカッコイイ」と思うか、「わけわかんない」と思うかで、評価は分かれるだろう…といっても、「わけわかんない」と感じる人は、最初から手に取らないだろうけど。

どんな話?

 「不振な外国人の出入り」という通報を受け現場に向かった二人の警官は、突然出現した3体の二足歩行型軍用有人兵器・機甲兵装に虐殺された。暴走する3体は地下鉄千石駅に立てこもり、列車の乗客を人質にする。SAT が出動した現場に、3機の「龍機兵(ドラグーン)」を擁する警視庁特捜部 SIPD が割り込んでくる。

感想は?

 パトレイバーかと思ったら照柿+ワイルド7だった。「いや、それ無茶でしょ」と思うだろうけど、その無茶を巧く融合させてる。

 タイトルが「機龍警察」で、出てくるのが二足歩行型軍用有人兵器「龍機兵(ドラグーン)」とくれば、ロボット・アクション物…と思うし、実際ドラグーンは魅力的なんだけど、活躍する場面は少ない。いやちゃんと活躍するんだけど、4クールの特撮物シリーズの第一回みたいな感じで、トコトン読者をじらせる。

 このドラグーンがなかなか個性豊かで魅力的。大きさが身長2~3mで、パトレイバーというより「宇宙の戦士」のパワード・スーツに近い。テロリストや SAT も機甲兵装を持ってるんだけど、こっちは「量産型」って感じ。対するドラグーンは3体で、それぞれ仕様が違う。

 戦場が似合いそうなダーク・カーキのフィアボルグ。漆黒で筋肉質のバーゲスト。そして純白で優美なバンシー。特別仕様とか試作品とか、そういう感じ。「いや普通は試作品の兵器なんてロクなモンじゃないし」とか野暮いっちゃいけません。

 これに乗り込む連中も、クセの強い奴ばかりで、しかも警視庁から見れば臨時雇いの「外人部隊」。フィアボルグに乗るの姿俊之はヘラヘラした若白髪。バーゲストには寡黙で頑なな白人のユーリ・オズノフ。そしてバンシーは若い女性ながら陰鬱な雰囲気を漂わす「テロ対策のスペシャリスト」ライザ・ラードナー。

 警察の外人部隊といえばワイルド7が有名。ワイルド7の隊長草波も冷血な曲者だったけど、特捜部を率いる沖津警視長も相当なもの。「何を考えているかわからない」底の深さと鋭い頭脳を持ち、警察官すら呆れさせる情報網を持つ。上の三人をスカウトしたのも沖津だ。押しが強いわけではないが、人を言いくるめる話術もある。何より異様なのはその経歴で…

 経歴が異様なのは上の三人も同じで、それぞれ日本の警察とは縁のない、だが物騒な経歴を持つ。この三人の経歴が明かされていく過程もなかなかの読みどころ。もちろん、「因縁の対決」もご期待通り。

 特捜部がワイルド7と大きく違うのが、捜査班を持つ点。中盤では捜査班を率いる夏川警部補と由紀谷警部補が活躍する。どちらも警察の生え抜きで、沖津にスカウトされた敏腕。色黒で快活な脳筋の夏川と、色白で少し陰のある由紀谷。どちらも職務に忠実な警官でありながら、特捜部所属のため色々と苦労している。

 というのも、警察内での特捜部の位置づけが特異なため。「外人部隊」の起用や横紙破りが常道の沖津により、特捜部が警察内でどう見られるか。そういった組織内の軋轢が、この物語の大きな読み所となる。

 登場人物の造形が、極めて明瞭で印象深いのも、この作品の特徴。この巻では姿俊之が主役として活躍するんだけど、ユーリとライザ、そして沖津の経歴は仄めかされるだけ。長いシリーズを予定しているんだろうなあ。でないと困る。最低でも5巻ぐらいまでは続けてもらわないと。

 なんたって、肝心のドラグーンの活躍場面が少ない。いやあ、正体不明の新鋭有人二足歩行兵器といえば、いやっぱり山田正紀の機神兵団を思い出すでしょ。それぞれ個性を持った3体で、独立愚連隊的な立場も同じだし。出動場面もハッタリが効いてゾクゾクするし。って事で、次はライザちゃんとバンシーによる蹂躙戦を是非。ええ、もちろん、よこしまな期待で言ってます。

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2011年8月20日 (土)

パオロ・バチガルビ「ねじまき少女 上・下」ハヤカワ文庫SF 田中一江・金子浩訳

 タイ人は13種の笑みをもっているといわれている。アンダースンは、いま自分が見ているのはそのなかのどんな笑みなんだろうと思った。

どんな本?

 ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞のトリプル・クラウンに加えキャンベル記念賞まで獲得し、タイム誌の<今年の十冊>にも選ばれた、新鋭SF作家パオロ・バチガルビの長編SF小説。石油が枯渇した上に、遺伝子改変で生まれた疫病や害虫が生態系を破壊し、それらに耐性のある種子を握るバイオ企業が世界を牛耳っている未来を舞台に、しぶとく生き延びる人々を描く。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は The Windup Girl, by Paolo Bacigalupi, 2009。日本語版は2011年5月25日発行。私が読んだのは2011年6月30日の三刷。ハヤカワの青背としては久しぶりの大ヒットだなあ。文庫本で上巻約385頁+下巻約372頁に加え下巻には訳者の金子浩氏による6頁の訳者あとがきがつく。縦一段組みで9ポイント40字×17行×(385頁+372頁)=514,760字、400字詰め原稿用紙で約1,287枚の堂々たる長編。

 地球を舞台にしたSFにしては、読みにくい方かも。というのも、展開する世界が彼独特の異様な背景の社会だし、場所がタイという多くの読者には馴染みの薄い、だが複雑な背景を持った地域であるため。出てくる人物もタイ人の役人・マレーシアからの中国系難民・日本製の人造人間と、多様で複雑な文化と生い立ちを背負った者たちばかり。まあ、それがバチガルビの魅力でもあるのだけど。

感想は?

 メタンとタンパク質をフィーチャーしたブレードランナー。

 …なんのこっちゃ。まず、舞台となる世界が見事。原因は不明だが、石油が枯渇している。だもんで、人類は代替となるエネルギーを得なきゃいけない。この物語の舞台となるタイだと、一次エネルギーの主な供給源は二つ。一つはゴミや排泄物から生成するメタン。もう一つは、遺伝子改変されたゾウ・メゴドントの生み出す運動エネルギー。

 のっしのっしと歩く巨大ゾウがスピンドルをまわしてエネルギーを生み出し、それを変換して換気扇やベルトコンベアを動かしてるわけ。どっからそんな発想が出てくるんだか。「バイオエタノールを使えばいんじゃね?」と思うだろうけど、そこもちゃんと押さえてる。

 この世界は遺伝子改変で生み出された疫病や害虫が席巻している。だもんで、従来の農作物はすぐ病気にやられてしまう。病気に耐性のある作物の種子は、市場を寡占している数社のバイオ企業だけが供給できる。人が食べる分を作るのが精一杯で、燃料にまわす余裕はない、というわけ。

 工場など大規模で固定した所ならメゴドントでエネルギーを賄えるけど、移動体、例えばスクーターなどでは使えない。じゃどうするかというと、なんと二次エネルギーの主体はゼンマイ。そう、ネジを巻いて離すと巻き戻る、あのゼンマイ。ゼンマイをまわしてエネルギーを溜め、巻き戻す時のエネルギーでスクーターや船を動かしている。このゼンマイの改良型をめぐるゴタゴタが、物語の大きな要素のひとつとなる。

 こういったエネルギー枯渇がもたらすテクノロジーの変化っぷりがこの物語の大きな魅力のひとつで、「エレベーター」も出てくるんだけど、これをどうやって動かしているのか、というと…。いや確かに理屈はあってるんだけど、この発想はなかった。所有者の立場を考えれば、これ以上はない、というぐらい理にかなってるんだけどね。

 もうひとつの大きな魅力が、タイという国と、そこに住む人々。疫病でマレーシアなど周辺の国家が崩壊している中で、タイ王国は半鎖国政策によりギリギリの独立を維持している、という設定。あの国の歴史を考えると、この設定はなかなかの説得力。

 東南アジアはどの国も華僑・華人が浸透しているんだけど、その入り込み方が国によって違う。これを巧く体現しているのが、マレーシアからの難民で中国系の老人、ホク・セン。同じ華僑でも、マレーシアとタイでは地元文化との関わり方が違う。こういう細かい部分を、作者はどうやって知ったのやら。

 社会背景の見事さの中で、日本人として嬉しいのがティラピアのエピソードに触れている点。ほんの数行ではあるけど、よく調べてあるなあ、と感心した。

 などと激変した世界でも、人間はあまり変わらないようで、やっぱりタイ人はムエタイが好き。上巻でアクション場面を提供するのが、元ムエタイのチャンピオンで「バンコクの虎」と呼ばれる国民的英雄のジェイディー・ロジャナスクチャイ。今は環境省の白シャツ隊の隊長として、密輸や違法なエネルギー取引を取り締まっている。あの辺の国にありがちな賄賂が横行する中、彼とその部下たちは精練かつ熱心に職務に取り組む…そのせいで政敵の通産省に睨まれてるけど。明るく豪快で誇り高く家族思いな彼は、複雑で底の知れない登場人物が多いこの物語の中で、ひときわ際立っている。

 タイトルの「ねじまき少女」役を務めるのは、日本製人造人間のエミコ。優れた美貌を持ち、礼儀正しく従順に作られたエミコだが、ここタイでは不法滞在者どころかモノ扱い。毛穴が小さくすぐにオーバーヒートするため、日常生活にも冷水が欠かせない。しかも、仕様でぎこちない動作に作られているため、下手に白昼に街に出れば正体がすぐバレる。今はいかがわしい店でいかがわしい仕事に就き、なんとか生き延びている。卑屈な生き方を強いられる彼女が、なんでこの物語で主役を務めるのか、というと…。

 私がこれを読んでいたのは、ちょうど猛暑が盛んな頃。この物語も、蒸し暑いバンコクの夏を舞台に展開する。あの国の暑さというのは殺人的で、暑いだけじゃなく湿度が凄い。空気を絞れば水が出てくるんじゃないか、と思えるぐらい。そんな気候なんで、人々は結構のんびりしてる。この物語も前半はタイらしいジットリとした雰囲気で、ギシギシと歪みを溜めながら進んでいく。が、後半になると俄然スピードアップし、細かくカットを切り替えながら、カタストロフィーに突入する。

 主要な登場人物はあと二人ほど残ってるけど、私が一番気に入ったのは、後半で少し顔を出すマッド・サイテンティスト。いやあ、やっぱりSFはこういうイカれた人が出ないといけない。やる事もいう事もイカれてるんだけど、ここまで突き抜けるとむしろ爽快だから困る。

 売れ行きも好調なようだし、テッド・チャンがいきなり長編を発表したりしなけりゃ、次の星雲章は確実だろうなあ。

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2011年8月15日 (月)

ジャン=ミシェル・バロー「貧困と憎悪の海のギャングたち 現代海賊事情」清流出版 千代浦昌道訳

 1995年9月12日、午前2時20分、キプロスの貨物船アンナシエラ号はバンコックの港を離れた。船は金額にして500万ドル相当の砂糖を積んでいた。翌日、午前零時20分、ベトナムのコンソン島沖で覆面をした40人ほどの海賊に襲われ、船は奪われた。

どんな本?

 現在、ソマリア沖での活発な活動が話題になっている海賊。ソマリアのみに限らず、マラッカ海峡・アフリカ沿岸・カリブ海など各地の情報を収集し、いつ、誰が、どこで、どんな手口で、どんな目的で、どんな船を襲い、どう捌くのか。数多くの具体的な海賊被害の例を挙げ、海賊が横行する現代の海運事情を明らかにする。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Jean-Michel Barrault, "Pirates des mers d'aujoud'hui", Edition Gallimard,, 2007。日本語版は、それに日本語版補遺を加え、2011年3月10日初版第一刷発行。新書より少し幅が広い版のソフトカバーで縦一段組み本文188頁。9.5ポイント43字×15行×188頁=121,260字、400字詰め原稿用紙で約304枚。短めの長編の容量。

 文章そのものはドキュメンタリー物として標準的な読みやすさだが、一部の言葉がひっかかる。幅広短剣とか。大型ナイフか山刀かドスか、まあそれぐらいに該当する得物だろうなあ。

構成は?

1 いまや空前の海賊ブーム
2 海路は世界の大動脈
3 東南アジアのハイリスクな海
4 マラッカ海峡の罠
5 インド亜大陸…海賊しか仕事がない人びと
6 ソマリア、アデン湾…無政府状態と伝統
7 アフリカ沿岸も危険がいっぱい
8 南米、カリブ海沿岸もまた…
9 狙われるヨット
10 海の男ピーター・ブレイクの殺害
11 予防策、抑止力はあるのか
日本語版への補遺 事態はもっと悪くなった
 謝辞
 訳者あとがき

 海賊被害の具体的な描写が大半を占め、社会情勢や背景の分析は控えめ。自らもヨットを操るジャーナリストの著作に相応しく、ヨットの被害も挙げているのが大きな特徴。

感想は?

 次から次へと海賊被害の描写が連続し、海に行くのが怖くなる。一般的な襲撃パターンは、こんな感じ。

海賊たちがいちばん多く襲撃するのは真夜中である。彼らはロープがついた四爪錨を投げ、船橋から見えにくい、船尾に近いところから甲板によじ登る。それから船橋に入り込み、乗組員が警報を発しないように通信機を破壊する。船長や水夫を脅して縛り上げ、殴り、時には海中に投げ込む。満タンの石油タンカーでは舷側は数メートルを超えないから、簡単に接舷できる。したがって容易に襲われやすい。

 海賊映画のように白昼堂々と襲うわけじゃない。まあ、映画は見栄えが重要だから、昼間じゃないと困るんだけどね。
 意外だが、2004年当時はインドネシアが最も危険だった。報告では「インドネシアで93件、マラッカ海峡で37件、バングラデシュとインドで32件、ナイジェリア沖で28件、マレーシアで9件。シンガポール、アデン湾、紅海、中国南部ではそれぞれ8件」とある。東南アジアは危険地帯だ。

 インドネシアが危険な理由のひとつは、「税関の役人たち、それに軍人たちがいくつかの襲撃事件に無関係ではないのではないかと疑われている」。なんとインドネシアの将軍の年棒が$120ですぜ。そりゃ副業に手を出すよなあ。ところが、スマトラ沖の津波の後しばらくは海賊被害の報告が途絶えたとか。生き延びるのに必死で仕事どころじゃなかったのか、または救援に向かった各国の船が監視に役立ったのか。

 この辺の連中が狙うのはタグボート(曳船)とはしけ。「いちばん多いケースは、タグボートとはしけ船を両方とも奪って別の共犯者のいる船着場に連れて行き、積荷を奪って売り払ってしまう」。

 商船だと、夜に投錨している時に錨鎖をよじ登ってくるケースが多い模様。大抵は刃物で武装していて、船員や士官の私物や金、船の備品を奪う。一般に海賊は夜に仕事をするみたいだ。変わったのになると…

 その船は、接岸のため錨泊地で待機していた。武器はもたないぼろをまとった数人の海賊が、モーターボートでやってきた。連中はじつに巧みに四爪錨を船の前部に投げてひっかけ、スルスルともの凄い速さで船に乗り込んでから、甲板に用意された何本かの係船用の大索に一本のロープをつないだ。それから自分たちのボートに戻り、さきほどつないだ三、四本の大索を曳いて高速で遠ざかっていった。

 つまり、係船用大索を盗んでいったわけ。その後…

この船が接岸したとき、法規に決められた数の係船用大索は所持していなかった。すると、そこの港湾公安官が、船長に中古の大索を法外な高値で売りつけてきた。それは、前夜に盗まれた自分の船のものだった。

 港の役人もグルだった、ってオチ。
 話題のソマリア沖だと、これほどのどかじゃない。まず、経緯としては独裁者モハメド・シアド・ハーレ追放後1991年に無政府状態に陥り、貧困がはびこる。沿岸諸国が漁場を荒らし、「有害な廃棄物を海に捨てた」。ソマリアの漁民が違反者を捕まえ身代金を要求し始め、味をしめる。今じゃ海賊は母船を持ち「岸から1000キロ以上離れた遠い沖合いを巡回しながら、得物を狙っている」。

 もはや社会基盤として海賊家業が根付いている模様で…

ある海賊事業のスポンサーは、船一隻と武器の購入に一万から二万ドルを出費した。海賊たちには厳しい規律が求められる。彼らは儲けの半分を受け取る。出資者は30%を取り、15%が人質に食べ物を与えた村人たちの取り分になる(略)残りの5%は殺されたり捕らえられている海賊の家族のために取っておかれる。

 軍人恩給かい。
 アフリカだとこういう商売は根付きやすいようで、以下はザンジバルで襲われたヨット乗りが被害届けを出そうとした時の、現地の人のアドバス。

皆さんは、その海賊たちを覆えているかどうか聞かれると思う。絶対に言ってはいけない!『ノン!』と言いなさい。この街では誰がやったかはみんな知っている。だから危険なんだ。

 ヨットを荒らす泥棒や漁船を襲うコソ泥から人質目当ての大掛かりな海賊集団、単なるゴロツキ集団から役人・軍人を抱き込んだ組織的犯行まで、バラエティ豊かな海賊の実態がわかる。幸いマラッカ海峡はだいぶよくなったようだが、ソマリア沖やイラク沖、ナイジェリア沖はこれから。抜本的な対応は沿岸国の政治・経済的な安定が必要であり、今しばらく騒ぎは続く模様。

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2011年8月12日 (金)

藤田和男監修「トコトンやさしい石油の本」日刊工業新聞社B&Tブックス

天智天皇の7年(668)年、越の国から燃ゆる土と燃ゆる水を奉る  ――養老4年(720年) 日本書紀

どんな本?

 日刊工業新聞社の工業・産業系のシリーズ、B&Tブックス「今日からモノ知り」シリーズの一冊であり、「天然ガスの本」「石炭の本」と並びエネルギー三部作の一作目。一般に国際政治・経済的な内容に偏りがちなテーマだが、この三部作は科学・技術・産業面の充実が特徴で、石油の生成・油田開発の手順や技術・用途などを初心者向けに解説している。とまれテーマ的に社会的な面も外せず、終盤では石油産業の変遷や市場動向も取り扱う。

 「石炭の本」「天然ガスの本」同様、この本も多数の著者による共著だ。監修は藤田和男、編著は難波正義・島村常男・井原博之・箭内克俊、著者は森島宏・野神隆之・森裕之・大瀬戸一仁・加藤文人・島野裕文・土田邦博・藤井哲哉・前田啓彰・松澤進一・宮田和明・澁谷ゆう(しめす辺に右)・角和昌浩・西川輝彦・板野和彦・浜渦哲雄・河原一夫。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2007年3月30日初版第一刷発行。ソフトカバー縦二段組で本文約142頁。このシリーズ独特のレイアウトのため、実質的な文章量は半分ぐらい。9ポイント23字×17行×2段×142頁/2=55,522字、400字詰め原稿用紙で約139枚。小説なら長めの短編の分量。

 産業系の内容を第一人者が解説するこのシリーズ、知識と経験は豊富だが初心者向けの著作には不慣れな著者を、編集の工夫でカバーしているのが特徴。編集の工夫の詳細は「石炭の本「天然ガスの本」をご覧頂きたい。

構成は?

第1章 石油って一体なんだろう?
第2章 石油を発見するのはとっても大変
第3章 石油の採掘と技術革新
第4章 石油の流通・輸送・貯蔵
第5章 多くの用途に利用される石油
第6章 石油産業と環境問題
第7章 激変してきた石油産業の変遷
第8章 石油市場の形成と価格決定のしくみ
 石油の百年
 参考文献
 索引

 産業系の内容が充実しているこのシリーズ、これも例に漏れず石油・石炭・天然ガスの組成など科学・工学的な面が充実している。エネルギー三部作の中で、これだけ年表(石油の百年)がついている。

感想は?

 三部作の第一作のためか、天然ガスや石炭との違いにも相応の頁を割いている。この辺は他の二冊とカブるので詳細は省く。

 冒頭近くで油田の地質的な特徴を解説するイラストがわかりやすい。石油の起源は生物の死骸。それをバクテリアが分解してメタンとなり、地下深くに埋没して熱と圧力でケロジェン(油母)→原油になる。間隙の少ない泥岩層から出た原油が、砂岩やサンゴ礁起源の炭酸塩岩など孔隙率の大きい層(貯留岩)に溜まる。上から泥岩(帽岩)→貯留岩→泥岩(根源岩)となっている地層が、「へ」の字型に曲がると、成分の重さで頂上からガス→原油→水の順に分かれる。
 よって、油ガス田成立には5つの条件が必要。

1)良質な根源岩の存在と熟成
2)高い孔隙率を持つ貯留岩の存在
3)トラップまでの油の移動経路
4)トラップの形成と油・ガス集積とのタイミング
5)帽岩の存在と保存

 現代の油田開発には数千億円が必要ってのも凄い。じゃじゃ馬億万長者は最早ドラマでしかない。試掘でさえ数十億円ってんだから、新参者がおいそれと参入できる世界じゃない。

 坑井の形も興味深い。孔の壁が崩れないよう、ケーシングパイプとセメントで補強するんだが、坑井が数千メートルにも及ぶため、複数のパイプが必要になる。一番上は径の太いパイプ、次が一回り小さいパイプ…と継ぎ足していくんで、「最初の区間では36インチ(約91センチ)や26インチという大きい径の井戸から掘り始め、区間毎に井戸の径を小さくしていき、目的層到達の区間では8.5インチ以下となります」。

 「メタンハイドレート」では何の説明もなく出てきた「泥水」、てっきり普通の泥水かと思ったら、実は「でいすい」と読む専門用語で、「実際には油に化学薬品が混ぜられたものです」。掘屑を地表に持ち上げ坑井の状況や地層の情報を読みとるほか、暴墳を抑える機能もあるとか。

 昔は油田で取れるのは全体の1/3程度。随分と勿体無いと思ったら、最近は坑井を水平に掘る・スチームで加熱したり二酸化炭素などを圧入して流動性を高める・界面活性剤や微生物を圧入して油の動きを邪魔する水を改善するなどの工夫で、「50%以上の回収率を達成できそうな油田も珍しくなくなりました」。可採埋蔵量が増えてる理由の一つが、これ。

 採った油は現地のセパレータで天然ガス・油・水にわけタンカーやパイプラインで運ぶ。永久凍土のパイプラインだと「夏には表土が泥濘となって、地盤沈下が起こります」。タンカーもLNGタンカーだと断熱が重要で、外から鋼板→断熱材→ステンレス鋼板の三重構造だとか。ちなみに断熱材は、模型などでよく使われるバルサ。懐かしい。

 そのタンカー、空荷だと「タンカーが浮きすぎてスクリューが海の上に出てしまう」ので、「いくつかの専用タンクに原油のかわりに海水を入れて航海します」。この海水の廃棄に伴う外来の海洋生物の侵入って問題をどっかで聞いたような。

 原油から成分によりLPG・ガソリン・ナフサ・灯油・軽油・重油などに分けられる石油、ジェット燃料の規格は盲点だった。「大気温度は高度が高くなるにつれて100メートル毎に0.65℃ずつ低くなり(略)成層圏(高度1万メートル以上)では-50℃以下になります」。これで凍ったら詰まっちゃうんで、凍らない特性が必要だとか。当然、水が混じっちゃ駄目。かつ、「飛行中翼の先端部が空気との摩擦により、高温になるので、これをジェット燃料により冷却をしています」。ってんで、「260℃の高温下での熱安定性の規格が設けられています」。空港って、こういうのも管理してるんだろうなあ。

 コラムでは「バイオ・ディーゼル復活の影で」がトリビアとして興味深い。ディーゼルって名前の由来は開発者のドイツ人、ルドルフ・ディーゼル(1858~1913)。なんと燃料は落花生油。最初からバイオ燃料エンジンだったとか。相当に数奇な生涯の人のようで…

 ニワカ軍オタとして「おお!」と思ったのがルマイラ油田・ラトカ油田の形状。太ったウナギみたいな形でイラクとクウェートに跨るこの油田、大半がイラク側のルマイラ油田で、頭1/4ぐらいがクウェートのラトカ油田。イラン・イラク戦争で経済が疲弊したイラクをよそに、クウェートは元気に操業を続け、これがクウェート侵攻の原因のひとつになったんだよなあ。

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2011年8月10日 (水)

藤田和男監修「トコトンやさしい天然ガスの本」日刊工業新聞社B&Tブックス

LNGチェーンにかかるコストの内訳をみると、おおよそガス田開発15%、液化40%、タンカー輸送30%、受入基地15%となっており、液化プラントとLNGタンカーでチェーン全体の約70%を占めています。

どんな本?

 工業・産業系の内容が充実している日刊工業新聞社のB&Tブックス「今日からモノ知り」シリーズの一冊であり、「石油の本」「石炭の本」と並びエネルギー三部作をなす一冊。「石炭の本」と同様に、科学・技術・産業面が充実しており、天然ガスの生成と特徴と種類・ガス田の開発/加工/輸送などが前半を占める。同時に、終盤では市場動向や価格決定のしくみなど社会的・経済的な側面も解説している。

 「石炭の本」同様に、この本も多くの人が著者として参加している。監修は藤田和男、編著は井原博之・佐々木詔雄・島村常男・本村真澄、著者は猪俣誠・神田馨・木村健・工藤修・佐久間弘二・鈴木信市・関口嘉一・竹原美佳・寺崎太二郎・豊崎昌男・中島敬史・中水勝・野神隆之・林久継・福田賢・藤岡昌司・松本潤一・三樹正実。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2008年3月25日初版第一刷発行。ソフトカバーで縦二段組で本文約146頁。レイアウトの関係で文章量は実質的に半分と考えていい。9.5ポイント25字×17行×2段×146頁/2=62,050字、400字詰め原稿用紙で約156枚。なんと「石炭の本」と同じ。

 産業系の内容を第一人者が解説するこのシリーズ、知識と経験はあるが初心者向けの著作には不慣れな著者を、編集の工夫でカバーしているのが特徴。編集の工夫の詳細は「石炭の本」をご覧頂きたい。

 この手の著者だと、序盤は素人読者を意識して丁寧に解説するが、慣れた中盤以降はギアが上がって読者を置いてけぼり…ってなケースがありがちなのだが、この三部作はその辺を巧く回避している。ありがちな「基礎→応用→最新技術」という流れではなく、章ごとに視点を変えているのがひとつと、多数の著者による分担制で著者のテンションを維持しているのがひとつ。

構成は?

第1章 天然ガスっていったいなんだろう?
第2章 天然ガス資源の探鉱・評価・開発・生産
第3章 天然ガスはどうやって輸送・貯蔵するの?
第4章 現代の天然ガス利用技術
第5章 天然ガスは地球にやさしい!?
第6章 新しいガス資源とはなんだろう?
第7章 天然ガスの化学反応による高度利用
第8章 天然ガスの価格とリスク
 参考文献
 索引

 ご覧のとおり、政治・経済的な側面より、科学・技術・産業的な側面が充実しているのが、この三部作の特徴。まあ、あくまでも素人向けの入門書レベルだけど。ただ、これ以上に技術的側面を詳しく書いた本って、なかなか見つからないんだよなあ。

感想は?

 冒頭近くで、石油と天然ガスと石炭の関係を解説しているのがありがたい。

有機成因(起源)説では石油・天然ガスどちらも「ケロジェン(日本語では油母)」と呼ばれる根源物質が熱で分解されて生まれたものです。そして4000メートル以深ではほとんどガス田となります。ですから石油と天然ガスはほぼ同じ大地の母親から生まれた兄弟のようです。

 なお、起源に関しては他の所で無機成因説も解説してるけど、全体としては有機成因説に重きを置いている。
 ここでいきなり分子式が出てくる。天然ガスの主成分はメタンC1H4が95.85%で、エタンC2H6が2.67%。標準原油だとメタン48.83%エタン2.75%にプロパンC3H8が1.93%にヘブタンC7H16+が42.15%。みんな炭素と水素の化合物で、分子量が小さいのが天然ガス、大きいのが石油ってわけ。

 別の視点だと、分子量が小さい成分が多いと気体(天然ガス)になり、半々だと液体、大分子が多いと固体(ワックス)になる。実にわかりやすい。炭素と水素の割合も大事で、これには二つの意味がある。一つは燃やした時の二酸化炭素排出量で、これは炭素が少ないほど二酸化炭素排出量も少ない。そういう点で「天然ガスは優秀ですよ」と述べている。

 もうひとつは単位重さあたりの発熱量(MJ/kg)で、天然ガス54MK/kg,重油46MJ/kg,石炭21~33MJ/kg。この理由は炭素と水素の発熱量の差で、炭素が33MJ/kg、水素は143MJ/kg。水素って効率いいんだなあ。ロケットが液体水素を使う理由はこれかしらん。

 発熱量が大きい天然ガスは発電でも便利で、カスケード(滝)利用によるコンバインドサイクルは見事。まずガスを燃やしてガスタービンを回し、排気で蒸気を作って蒸気タービンを回す。これで50%の熱効率、おまけに蒸気の熱で暖房・給湯すれば「80%以上の熱効率を得ることもある」とか。

 どころか冷熱発電はもっと凄い。メタンは-162℃で液化(LNG)するんで、日本ではLNGの形でガスを輸入している。これをガスに戻す際の熱差でドライアイス(-60度)・液体酸素・液体アルゴン・液体窒素を作る。また、気体に戻すと600倍に膨張するんで、この膨張力で発電してる。規模は1000~1万キロワットと小さいけど。

 長距離輸送には一旦液化せにゃならん手間がかかるため、今までは現地生産現地消費が多かった天然ガス。国際貿易量も「パイプラインが約3/4、LNGが残り1/4」。ために市場も極東・欧州・北米に三分割され、OPECのような統一組織はできにくいとか。けど原油価格に追従する性質があって、現地消費傾向も絡み日本じゃサハリンのガス開発は大きな影響があるわけ。

 歴史的に石油は日本書紀に「天智天皇の7年(668年)、越の国から燃ゆる土と燃ゆる水をたてまつる」とあるけど、天然ガスが出てくるのはぐっと後で。

記録として現れるのは江戸時代中期以降で、「東遊記(とうゆうき)」という書物に、現在の新潟県三条市付近の天然ガス(当時は火井(かせい)と呼ばれていた)について、「越後の百姓庄右衛門の家では地下から出るガスを竹のパイプを用いて、煮炊きの燃料や部屋の明かりとして使う」と紹介されています。

 昔から煮炊きに使ってたのね。
 ガスの短所の一つは海を渡るのに液化する必要がある点。冒頭の引用のように、液化とタンカーに大きな費用がかかり、ために中小規模のガス田は採算が取れず開発できない。この解決案として研究が進んでいるのが、ガスハイドレート。-20℃ぐらいの氷にガスを閉じ込めると安定するんで、LNGに比べ比較的安く貯蔵・輸送できる。「2010年代初頭の実用化をめざしています」。

 にわか軍オタの血が騒ぐのが天然ガス自動車の普及率。アルゼンチン143万台・ブラジル132万台に次いでるのがパキスタン125万台。世界第2位の埋蔵量を誇るイラン(トップはロシアで3位はカタール)の隣だから?アフガニスタンの戦争の要因のひとつがトルクメニスタンからパキスタンへの天然ガスのパイプラインってのは、関係あるのかしらん。

 最後に恥さらしをひとつ。プロパン・ガスの原料が石油だなんて知らなかった。ああ恥ずかしい。

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2011年8月 9日 (火)

藤田和男監修「トコトンやさしい石炭の本」日刊工業新聞社B&Tブックス

オーストラリアから輸出されてる石炭の大部分は、炭鉱から積出港まで主に鉄道で運ばれています。(略)
最新鋭の貨車の一輌あたりの積載量は約90トン、一列車は約100輌の貨車で構成されており、全長は約2キロを越え、一旦踏み切りで引っかかると20分程度遮断機は上がりません。

どんな本?

 日刊工業新聞社のB&Tブックス「今日からモノ知り」シリーズの一冊で、「石油の本」「天然ガスの本」とエネルギー三部作を構成する最終巻。石炭の生成・エネルギー源としての性質・採掘・主な利用法など科学・技術・産業面が充実しているのが特徴だが、市場動向や価格決定のしくみなど社会的・経済的な側面も軽く触れている。

 なお、この本は多くの人が著者として参加している。監修は藤田和男、編著は秋元明光・島村常男・藤岡昌司・島田荘平・鷹觜利公・牧野英一郎、著者は石原紀夫・大賀光太郎・海保守・小柳伸洋・斎藤郁夫・佐藤信也・鈴木祐一郎・田中一哉・田丸和博・富田新二・浪岡直希・古川博文・牧野啓二・牧野尚夫・三田真己・宮入崇彦・森下佳代子・吉澤徳子。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2009年4月30日初版第一刷発行。ソフトカバーで縦二段組で本文約146頁だが、独特のレイアウトなので実質的な文章量はその半分と考えていい。9.5ポイント25字×17行×2段×146頁/2=62,050字、400字詰め原稿用紙で約156枚。

 産業系の内容を、その道の第一人者が素人向けに解説するこのシリーズには、大きな特徴が二つある。第一は著者で、一般に「知識と経験は豊富だが素人向けの著作には慣れていない」人が多いため、内容は充実しているが文章はやや不親切になりがち。第二の特徴は、それをカバーするため徹底して親しみやすさに配慮した編集。

 まず、全体の構成。原則として見開きの2頁で完結した記事を集めた形になっていて、読者は気になった部分だけを拾い読みできる。各記事のレイアウトも決まっていて、右頁に文章をおき、左頁に写真・表・グラフ・図解などのビジュアル要素を配置。また、右頁の下には「要点BOX」として40~60字程度の「まとめ」をつけている。Twitter の「つぶやき」みたいな感じ。更に、各章の間にはちょっとしたトリビアを紹介する短いコラムを入れ読者を惹きつける努力をしている。

 またフォントはゴチック体を使ってポップな雰囲気を出し、二段組で行長を短くして「とっつきやすさ」を増す工夫もしている。この辺は日刊工業新聞社という、新聞で培ったノウハウの賜物だろうか。

構成は?

第1章 石炭っていったいどんなものだろう
第2章 石炭の探査・採掘・輸送・貯蔵
第3章 石炭を上手に使うプロセス
第4章 石炭を利用した発電とは?
第5章 発電以外に石炭を利用する技術
第6章 環境にやさしい石炭資源の使い方
第7章 石炭をとりまく国際情勢
第8章 石炭の将来はどうなるのか
 おわりに
 参考文献
 索引

 一般にエネルギー関係の本は、価格や国際情勢など社会的な面に偏りがちなのに対し、この本は科学・技術・産業面に大きな比重を置いているのが特徴。

感想は?

 かつてダルマストーブで暖をとった世代なので、一応は石炭を見て触った経験はある。だ、既に石炭は過去のモノと思っていたが、意外と使われている、どころか今でも新技術の開発が進められているのが驚き。

 主な需要は発電で、2006年度で日本の電力の24.5%を担っている。これもダルマストーブや蒸気機関車の印象とは大きく違う。あの石ころのまま燃やすのではなく、ミルで挽いて50ミクロン(0.05mm)の粉にして燃やす。まあ、その後、熱した蒸気でタービンを回すのは蒸気機関車と同じだけど。

 この蒸気温度と圧力が1950年代は450℃40気圧なのが、今じゃ620℃310気圧、しかも2020年の実現を目指し蒸気温度700℃のユニットの開発がスタートしている。この蒸気温度、上がるほど発電効率がよくなり、二酸化炭素排出量が減るという面白い性質がある。

 資源が豊富で比較的価格も安定している反面、石油に取って代わられたのには理由がある。個体なのでパイプラインが使えない。貯蔵も広い面積が必要で、自然発火の危険や風で粉塵が舞うため散水の必要があり、燃やすとSOx(硫黄酸化物)やNOx(窒素酸化物)が出る。

 自然発火は炭鉱でも問題で、換気が重要な問題になる。これは粉塵に加えメタンガスが坑道に出てくるため。「メタンって天然ガスでしょ?勿体無くね?」と思ったら、ちゃんと後にCBM(Coal Bed Methane)を採掘する技術が出てた。普通の油井とかのボーリングは垂直に真っ直ぐなんだけど、この場合は炭鉱層で穴が90度まがり水平に掘り進む。従来のボーリング機械は軸ごと回るのに対し、これはビット(刃先)だけが回る。

 炭田の探索方法はまさしく山師で、地図を見て「川沿いや沢あるいは道路沿いなどの露頭が見つかりそうな地表を歩いて探します」「沢などを調査していて、石炭のかけらを見つけた場合には、その周辺あるいは沢の上流部で石炭層が見つかる可能性があります」。

 「確かボッシュが石炭から合成石油を作ってたよなあ」と思ってたら、今でもちゃんとそのアイデアは生き延びている模様。CTL(Coal To Loquid)として、「例えば南アフリカのサソール社のセクンダ工場では石炭から1日16万バレルの合成油を製造しています」。日本じゃ石炭をガス化した発電技術も開発してて、既に試験運転中。

 時代遅れに思われていた石炭、実は発電や製鉄で重要な役割を担っているのでありました。にしても2007年あたりから価格がハネ上がってるんだよなあ。

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2011年8月 8日 (月)

小川一水「天冥の標Ⅱ 救世群」ハヤカワ文庫JA

密林の諸族の間では勇猛さが尊ばれるから、ジョブはコテカをつける大人になってからというもの、一度も泣いたことがなかった。もし男が泣いたりすればたちまち野次馬が集まって、嘲笑される。もちろん実際に体験したことはないが、そうなるに決まっていた。
 ところが、今こうして泣きわめいていても誰もやってこず、問いかけてくれる男も女もいない。それがますます寂寥感を煽り、ジョブはさらに長々と声をあげて泣き続けるのだった。

どんな本?

 小川一水がなんと10巻構想で送る大河SF物語の第2巻。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」でも国内編の10位にランクイン。ちなみに17位にも続きの「アウレーリア一統」が入っている。

 前巻の「メニー・メニー・シープ」が遠未来の植民星を舞台にしたエイリアン・テイスト満開の作品だったのに対し、今作はガラリと変わって現代の地球を舞台にした医療サスペンス作品であり、小川一水が最も得意とする「お仕事SF」だ。「あまり現実離れした話はアレだけど、災害物なら…」という方にお勧めの作品。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年3月15日書き下ろしで初版発行。文庫本縦一段組みで約440頁。9ポイント40字×17行×440頁=299,200字、400字詰め原稿用紙で約748枚。やや長めの長編。今回は登場人物が少ないせいか、冒頭の登場人物一覧はなし。前のような群像劇って程でもなく、主要人物は数人の上に、馴染みやすい日本人が大半なんで、特に混乱もしなかったが。

 加えて舞台が現代でもあり、文章の読みやすさは抜群。改めて頁をめくると、会話の部分が多く、リズミカルに読める。ただ、医療物なだけに、「鼻咽喉」だの「セフェム剤」だのといった医療用語が時折出てくるけど、大半は「なんかソレっぽい雰囲気だなあ」ぐらいに思っておけば充分。ウイルスと細菌の違いなど、本筋に関わって理解する必要のある所は、ちゃんと説明が出てくるので心配無用。

どんなお話?

 熱帯雨林に囲まれた峻険な山岳地帯で孤立して生活していたニハイ族。密かに天空の霊を崇めていた彼らは、疫病に席巻され滅びた。ただ一人生き延びた青年ジョブは、河に流され、海で漂流していたところを、航行中の船に拾われる。そして、世界は未知の感染病に席巻されていく。

感想は?

 お話の大筋は、未知の感染病による大規模災害と、それに立ち向かう医療チームを中心とした人々の活躍を描いている。この疫病のタチの悪さは相当なもので、今までの紹介でお分かりのように、まず致死率が異様に高い。しかも、感染力も強い。死に方も酷いもので、体中に水泡ができ、脇の下にも大きな塊ができる。この「脇の下の塊」が怖い。

 これに立ち向かう医療チームは、児玉圭吾と矢来華奈子のコンビ。というとエリートっぽく聞こえるが、とんでもない。児玉圭吾はヤクザで組織に馴染めない感染医療の専門家。素行は最悪で女癖が悪い31歳。今日もバーで元患者の女と飲んでいた所を、いきなり呼び出される。

 彼とコンビを組む矢来華奈子も黙っていればスラリとした長身のいい女なのに、やたら強引で押しが強い。ゴリ押しだけならまだしも、弁が立つからタチが悪い。見た目は朝倉涼子で中身は涼宮ハルヒみたいな感じかな。登場していきなり圭吾をパトカーで拉致してパラオに連行する。行動力に溢れているのが二人の共通点で、昔は青年海外協力隊員として世界各地を飛び回った。

 序盤はこの二人が疾病の発生した孤島で奮闘する場面を描く。この描写がいかにも小川一水らしく、続々と到着する各国のチームや現地の大使館など、それぞれの思惑を抱えた様々な組織の綱引きの様子が見事。

 この作品の最大の特徴は、被害者でもある感染者の視点がたっぷりと盛り込まれている点。突然何の予兆もなしに感染し、有無を言わさず隔離される。たまたま感染者の近くにいた、というだけで、いきなり今までの生活を捨てて出頭する気になりますか、あなた。私は無理です←をい。それで陰性ならすぐに解放されるけど、陽性と出たら…

 ところが逆の立場、つまり未感染の者からすれば、「機動隊でも自衛隊でも動員してさっさと隔離しろよ」という気持ちになるから人間ってのは勝手なモンで。こういった「社会の要請」と「感染者の気持ち」の板ばさみになるのが、先の二人。しかも、この疫病はタチが悪くて…

 小川一水の作品にしては珍しく?可憐なヒロインがいるのも、この作品の特徴かも。普通に要領よく生きてきた高校生が、突然運命の急転に巻き込まれ、矢面に立たされていく。それまでの学級の様子が身につまされるのはSF者の性というか。ああ胸が痛い。今思えば、この辺はジェイムズ・ティプトリーJrの名作に対抗してるなあ。

 と、こういった「ホットゾーン」ばりの医療サスペンスの魅力に加え、大河シリーズ物の伏線も随所に張ってあるところが憎い。この巻でも、先の「メニー・メニー・シープ」に出てきた設定の一部が解き明かされる。まだまだ謎の多いこのシリーズ、この巻でも多くの謎が提示される。果たしてこの後、物語はどうなるんだか。いや既にⅣまで出てるんだけどね。

 以下、余談。

 闇雲に本を読んでるつもりでも、妙な共時性というか、意図せず近似テーマにひょっこり出会って驚くことがある。最近読んだ三冊が「世界一高い木」→「スモールワールド」→「救世群」。

 まず、「世界一高い木」の作者はリチャード・プレストン。彼の代表作がエボラ出血熱のパンデミックをテーマにした「ホットゾーン」。次に読んだ「スモールワールド」も、人間関係のネットワークを扱っていて、その一つとして疾病感染の様子を扱っていた。当然、エピソードとして「ホットゾーン」が出てくる。そして、この「救世群」は、モロにパンデミックがテーマ。

 別に意図したわけじゃないんだけど、こういう事って、あるもんなんだなあ。ちなみに次回は「トコトンやさしい石炭の本」「トコトンやさしい天然ガスの本」の予定。前に読んだ「メタン・ハイドレート」で「俺ってエネルギー採掘について何も知らないんだなあ」と思い知らされたんで、そのリベンジのつもり。

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2011年8月 7日 (日)

ダンカン・ワッツ「スモールワールド・ネットワーク 世界を知るための新科学的思考法」阪急コミュニケーションズ 辻竜平・友知政樹訳

 1967年、社会心理学者のスタンレー・ミルグラムは、画期的な実験をおこなった。(略)その仮説とは、この世界を知人からなる膨大なネットワークとしてみると、世界はある意味で「小さい」ということだった。すなわち、世界中のどの人へも、友人のネットワークをとおせばほんの何ステップかで到達できるのではないかというのだ。

どんな本?

 スモールワールド仮説とは、「世界中のどんな人同士も5~7人の仲介者を通して関係がある」という仮説だ。この仮説を契機として、応用数学を志す著者は、数学者・物理学者・社会学者・経済学者などが入り乱れるネットワーク科学の世界に足を踏み入れる。人間関係、すなわち社会構造とその変化を、ネットワーク科学を通して考察しつつ、誕生して間もないネットワーク科学の概要を紹介する。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Six Degrees, The Science of a Connected Age, by Duncan J. Watts, 2003。日本語版は2004年10月28日初版発行。ハードカバー縦一段組みで本文約363頁。9.5ポイント45字×19行×363頁=310,365字、400字詰め原稿用紙で約776頁。厚めの長編といったところ。

 応用数学、それも最新のネットワーク科学の本にしては、比較的読みやすい方だろう。一般向けに書かれており、数式は出さず、グラフや図解を豊富に収録している。訳者は「この本は見事な(ある意味ひどい)散文であり、こういうのが一番たちが悪い」と言っているが、日本語版は堅すぎず軟らかすぎず、内容にあった丁度いい具合になっていると思う。

構成は?

 序文
第1章 結合の時代
第2章 「新しい」科学の起源
第3章 スモールワールド現象
第4章 スモールワールドを超えて
第5章 ネットワークの探索
第6章 伝染病と不具合
第7章 意思決定と妄想と群集の狂気
第8章 閾値とカスケードと予測可能性
第9章 イノベーションと適応と回復
第10章 始まりの終わり
 訳者あとがき

 序文で著者自ら読み方を解説している。第1章と第2章は概要と理論的背景の説明。3~5章はスモールワールドとスケールフリー・ネットワークの話。第6章以降は、現実の問題、すなわち伝染病の拡散や流行・企業組織の形態などを論じる。全体的に後に行くほどビジネス書的な内容になり、読むのが楽になる。

感想は?

 私たちが日頃漠然と感じている事柄を、数学的に裏づけした内容が多い。「何を今更」と感じる人もいるだろうし、「おお、そういう事か」と膝を叩く人もいるだろう。「漠然と感じている」事柄を、「明確に文章にする」点に価値を認める人には、興奮に満ちた本だ。

 例えば、人は地元のニュースに大きな興味を示し、遠い外国のニュースには関心が薄い。これを著者は「クラインバーグのネットワーク」と称して解明していく。人は地元に知人が多く、遠い外国には知人が少ない。距離が遠ざかるほど、知人の数が減っていく。

 その直後に、スモールワールド・モデルで人を結びつける「関係の数」も分析している。本書内では「関係の数」を「次元」と記している。ミルグラムの実験を数百人の被験者に説明し…

もし依頼されたら、どんな判断基準を使って手紙を送るかと尋ねた。ほとんどの人は、次の受取人にメッセージを送るために、二つの次元しか使わないことを発見した。とりわけ抜きん出ていたのは、地理的要因と職業だった。

 本書の冒頭近辺で、ネットワークのショートカットという概念が出てくる。スモールワールド・モデルで、近所の人同士だけでなく、遠い人と直接結びつく経路の事だ。例えばオーストラリア人でアメリカ在住の著者が中国の小作人に手紙を送るケースを考え、中国出身の同僚に頼むだろう、と結論付けている。地理的要因と職業の典型的な例だ。

 スモールワールドと並んで最近良く聞くスケールフリー・ネットワークについても解説している。わかりやすいのが富の分布で、貧乏人は沢山いるが金持ちの数は少ない。上限がないという意味でスケールフリーと言っているが、現実には上限がある…世界の富は有限だからだ。これを人間関係に当てはめると、こうなる。とても沢山の知人がいる人が稀に存在する、と。まあ、ありがちですね。政治家とか芸能人とか。

 じゃ、そういう人に影響を与えれば世間は動かせるんじゃね?と思うでしょうが、そうはいかない。「意思決定の前に多くの相手の行動や意見を考慮するほど、その中の一人から受ける影響は小さくなる」。知人が多い人は、一人の人に影響されにくいわけです。

 などという抽象的な話ばかりでなく、一見関係なさそうな(だが野次馬的に面白い)エピソードが多いのも本書の特徴。冒頭ではイギリスでの電力需要のピークのエピソードが出てくる。一度に数分だが、国中の多くの配電網で同時に起こった。原因を探ると…

 その年のサッカーのチャンピオンシップを見ている最中に、こればでで最悪の需要上昇が起こったからだ。ハーフタイムのときに、サッカーファンである国民全体が、まさに同時に、紅茶を淹れるためにやかんを火にかけたのだ。

 さすがイギリス。
 もっと深刻な現象として、「沈黙のらせん」現象も怖い。

 1960年代と1970年代にかけて、西ドイツでは画期的な研究がおこなわれた。その中で政治学者エリザベス・ノエル=ノイマンは、二度の国政選挙に先立って人々が交わした政治的会話で、自分を多数派だと思っている人が自分を少数派だと思っている人を抑えて、次第に声高に主張を強めていくという一貫したパターンが見られたことを示した。(略)
 「少数派」はどんどん自分の意見を公にしなくなり、それによってますます少数派の立場が確実なものとなり、さらに意見を述べづらくなった。

 これが、「投票ブースという私的な場所でも有効に働くようである」から怖い。このブログではなるべく時事的な話題は避けてたんだけど、ちと考え直そうかなあ。とまれ、流行に疎いからって理由もあるんで、うーん。

 ただ、これと少し異なる実験も行われている。1950年代に心理学者ソロモン・アッシュは、8人のグループに一緒にスライドを見せ、線分の長さを比較させた。8人中の7人はサクラで、明らかに間違った解を答える。実験者の1/3はつられて全体に和し、正解者は「額に汗をかき動揺するなど目に見える苦悩の兆候が見られた」。ところが、「多数派のメンバーのたった一人でも正解を答えるように指示され被験者と同意見になった場合は、被験者が自信を取り戻す場面が多く見られ、間違う割合が大幅に落ち込む」。たった一人でも援軍があるってのは、大きく違うんだよなあ。

 ビジネス系のエピソードも多い。グーグルは毎日30台ものサーバを追加している、ナップスターの作者ショーン・ファニングの目的はたった一人の友人を助けることだったなど。感動的なのが911テロで1000人中700人の従業員を失ったカンター・フォッツジェラルド社。残った従業員は翌日には会社を生き延びさせようと決意したが、48時間以内に操業を開始する必要があった。ところが、「操業に必要なパスワードを知っていた社員が一人残らず亡くなっていた」。

 表紙はド派手なオレンジ色。もちっと軽薄な本かと思ったら、意外とシリアスで専門的で数学的な本だった…とは言ったものの、紹介したエピソードは社会・心理・経済系の話ばっかりじゃないか→俺。いや数学の面白い話を短い文章で伝えるのって難しいのよ。

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2011年8月 1日 (月)

リチャード・プレストン「世界一高い木」日経BP社 渡会圭子訳

 「私ならアドベンチャーを最初には勧めないわ」マリーが自分の用具をガレージに片付けながら言った。「あの木に初めて登ったとき、けっこう恐ろしい思いをしたの」。
 アドベンチャーの何が恐ろしかったのか。私は彼女に尋ねた。
 「中で迷子になったのよ」。

どんな本?

 ツリー・クライミングのドキュメンタリー。アメリカ西海岸北部に生えるセコイアは、時として樹高100mを超え、その樹冠部は前人未到の秘境だ。そんなセコイアに魅せられ、森の奥深くに分け入って最も高い木を探し、そしてその頂上を目指して登るツリー・クライマーも、面白い奴ばかり。

 ベストセラー「ホットゾーン」で有名な作家リチャード・プレストンが描く、想像を絶する温帯雨林の樹冠部という異郷と、そこを目指す木登りに喜びを見出した者たちの物語。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は The Wild Trees: A Story of Passion And Daring, Richard Preston, 2007年。日本語版は2008年7月28日第一刷。ハードカバー縦一段組みで本文約380頁。9.5ポイント44字×17頁×380頁=284,240字、400字詰め原稿用紙で約711枚。長めの長編ぐらい。

 一応は科学/技術に分類したけど、堅苦しい本ではない。変な奴らの秘境探検物と思っていい。頁の半分近くがツリー・クライマーの生き様に割かれ、残りはツリー・クライミングの様子とセコイアの森に秘められた驚異の世界を綴る。

構成は?

 著者の覚え書き
第1部 真上のエデン
第2部 テルペリオン倒れる
第3部 迷宮への入り口
第4部 ゼウスでのプロポーズ
第5部 樹冠の奥深くへ
 ツリークライミングについての注意書き
 謝辞
 訳者あとがき
 用語解説

 テーマは3つ。1.ツリー・クライミング、2.ツリー・クライマー、3.樹上の世界。なお、ツリー・クライミングに関して、著者は「公認された指導者から十分なトレーニングを受けることなしに、木に登ろうとしてはいけない」と警告している。

感想は?

 「ちょっと変わったモノに魅せられた人たちの話」かと思ったらとんでもない。実は秘境冒険物語だった。

 ツリー・クライミングったって、要は木登り。私も幼い頃は桜や柿に登ったけど、この本に出てくるセコイアは桁が違う。常緑の針葉樹で大きいものの樹齢は推定二千年から三千年、幹の基部の直径は9mを超え、樹高は100mを超え、「建物の35階から38階の高さ」だ。地上から30~40mぐらいは枝がなく幹だけなので、登ろうにも手がかりがない。樹齢を測ろうにも「老いたセコイアは中が空洞になっているらしいので、ドリルで穴を空けても樹齢はわからないだろう」。

 岩登りに似てるけど、ツリー・クライマーは木を傷つけるのを嫌う。だからハーケンを打ち込むなんてとんでもない、スパイクのついた靴すら嫌う。じゃどうやって登るかというと、ボウガンでロープを上部の枝に引っ掛け、そのロープを伝って登るのですね。Natuional Geographic動画があるので、出来ればご覧頂きたい。Firefox5.0じゃ動画が見れなかったけど、Internet Explorer8 で見れた。

 そのセコイア、地上近くの幹には枝がないけど、上部には多くの枝が絡まりあい、ひとつの別世界が広がっている。熱帯雨林の樹冠部の生物相が豊かなのは一部で有名だが、温帯雨林の樹冠も相当なもの。じゃなんで注目されなかったのかというと、誰もそこに行かなかったから。そりゃそうだ、だって登りようがない。熱帯雨林の樹冠探索の話も面白い。

『おかしな話だな。人類は月の石を持って帰れるのに、木の上を調査することはできないんだ』
『ヘリコプターは?』『うるさいし、金がかかるし、危ないよ』『じゃあ、何がある?』『飛行船は?』

 ということで、小型の熱飛行船を作りましたとさ。
 温帯雨林のセコイアの樹冠部はというと、冒頭の引用にあるように、枝がうっそうとおいしげり、シダの森になっている。特定されているだけで55種のダニがいる。土もあり、ハックルベリーが生っている。ミミズだっている。どうやってたどりついたのやら。池もあり、水生のプランクトンであるカイアシもいる。どころか、なんと両生類のハイカイキノボリサンショウウオまでいる。ここに生えるコケ、コガネカブトゴケも凄い。

菌がある種のシアノバクテリアと組み合わされてできている。シアノバクテリアはエネルギーを得るため日光を集める(植物と同じ)。そして空気から直接、窒素を抽出し、自らに取り込むことができるのだ。

 すんません、コケなめてました。ハーバーとボッシュが苦労して固定した窒素を、なんとコケが作るとは。その量はというと、適切な環境なら「1ヘクタールあたり17kg」で、「毎年肥料を一袋、森の小さな区画にまくのと同じ」。ただし「子どもの手のひらぐらいのカブトゴケでも、そこまで育つのに10年ぐらいかかる」。

 という研究をしたのが、マリー・アントワーヌ。彼女も木に登るが、この本の主人公は彼女のパートナー、スティーヴ・シレット。木登り好きのくせに高所恐怖症の気がある。この二人の凝りっぷりは見事で、なんと結婚式も木の上で挙げている。「問題はセコイアに登れる聖職者を見つけることだった」。そりゃそうだろうなあ。結婚式の衣装もマニアックで…

 ツリー・クライミングは新しいスポーツ(?)なだけに、道具もクライマーが自ら設計・開発し、日々進歩している。この道具の致命的な欠陥をマリーが発見するくだりも大笑いした。なぜ今まで見つからなかったのかというと、それはクライマーが男ばかりだったから。

 著者のリチャード・プレストンもツリー・クライミングにミ魅せられた一人。彼がスティーヴと知り合い、スティーヴが使っている道具を eBay で集め始める。ところが…。このオチには爆笑した。

 ラリイ・ニーヴンのインテグラル・ツリーもかくやと思われる温帯雨林の樹冠部の異世界。原題の Wild Tree とは、「人が登ったり調査したことのない木」であり、まさしく前人未到の秘境。ありがちな「自然を大切に」って本だと思ったら、実は知られざるロスト・ワールドを紹介する本だった。

 ところで、本書のもう一人の重要人物マイケル・テイラーの親父さんの名前にはビックリした。なんとジェイムズ氏。

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