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2011年8月12日 (金)

藤田和男監修「トコトンやさしい石油の本」日刊工業新聞社B&Tブックス

天智天皇の7年(668)年、越の国から燃ゆる土と燃ゆる水を奉る  ――養老4年(720年) 日本書紀

どんな本?

 日刊工業新聞社の工業・産業系のシリーズ、B&Tブックス「今日からモノ知り」シリーズの一冊であり、「天然ガスの本」「石炭の本」と並びエネルギー三部作の一作目。一般に国際政治・経済的な内容に偏りがちなテーマだが、この三部作は科学・技術・産業面の充実が特徴で、石油の生成・油田開発の手順や技術・用途などを初心者向けに解説している。とまれテーマ的に社会的な面も外せず、終盤では石油産業の変遷や市場動向も取り扱う。

 「石炭の本」「天然ガスの本」同様、この本も多数の著者による共著だ。監修は藤田和男、編著は難波正義・島村常男・井原博之・箭内克俊、著者は森島宏・野神隆之・森裕之・大瀬戸一仁・加藤文人・島野裕文・土田邦博・藤井哲哉・前田啓彰・松澤進一・宮田和明・澁谷ゆう(しめす辺に右)・角和昌浩・西川輝彦・板野和彦・浜渦哲雄・河原一夫。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2007年3月30日初版第一刷発行。ソフトカバー縦二段組で本文約142頁。このシリーズ独特のレイアウトのため、実質的な文章量は半分ぐらい。9ポイント23字×17行×2段×142頁/2=55,522字、400字詰め原稿用紙で約139枚。小説なら長めの短編の分量。

 産業系の内容を第一人者が解説するこのシリーズ、知識と経験は豊富だが初心者向けの著作には不慣れな著者を、編集の工夫でカバーしているのが特徴。編集の工夫の詳細は「石炭の本「天然ガスの本」をご覧頂きたい。

構成は?

第1章 石油って一体なんだろう?
第2章 石油を発見するのはとっても大変
第3章 石油の採掘と技術革新
第4章 石油の流通・輸送・貯蔵
第5章 多くの用途に利用される石油
第6章 石油産業と環境問題
第7章 激変してきた石油産業の変遷
第8章 石油市場の形成と価格決定のしくみ
 石油の百年
 参考文献
 索引

 産業系の内容が充実しているこのシリーズ、これも例に漏れず石油・石炭・天然ガスの組成など科学・工学的な面が充実している。エネルギー三部作の中で、これだけ年表(石油の百年)がついている。

感想は?

 三部作の第一作のためか、天然ガスや石炭との違いにも相応の頁を割いている。この辺は他の二冊とカブるので詳細は省く。

 冒頭近くで油田の地質的な特徴を解説するイラストがわかりやすい。石油の起源は生物の死骸。それをバクテリアが分解してメタンとなり、地下深くに埋没して熱と圧力でケロジェン(油母)→原油になる。間隙の少ない泥岩層から出た原油が、砂岩やサンゴ礁起源の炭酸塩岩など孔隙率の大きい層(貯留岩)に溜まる。上から泥岩(帽岩)→貯留岩→泥岩(根源岩)となっている地層が、「へ」の字型に曲がると、成分の重さで頂上からガス→原油→水の順に分かれる。
 よって、油ガス田成立には5つの条件が必要。

1)良質な根源岩の存在と熟成
2)高い孔隙率を持つ貯留岩の存在
3)トラップまでの油の移動経路
4)トラップの形成と油・ガス集積とのタイミング
5)帽岩の存在と保存

 現代の油田開発には数千億円が必要ってのも凄い。じゃじゃ馬億万長者は最早ドラマでしかない。試掘でさえ数十億円ってんだから、新参者がおいそれと参入できる世界じゃない。

 坑井の形も興味深い。孔の壁が崩れないよう、ケーシングパイプとセメントで補強するんだが、坑井が数千メートルにも及ぶため、複数のパイプが必要になる。一番上は径の太いパイプ、次が一回り小さいパイプ…と継ぎ足していくんで、「最初の区間では36インチ(約91センチ)や26インチという大きい径の井戸から掘り始め、区間毎に井戸の径を小さくしていき、目的層到達の区間では8.5インチ以下となります」。

 「メタンハイドレート」では何の説明もなく出てきた「泥水」、てっきり普通の泥水かと思ったら、実は「でいすい」と読む専門用語で、「実際には油に化学薬品が混ぜられたものです」。掘屑を地表に持ち上げ坑井の状況や地層の情報を読みとるほか、暴墳を抑える機能もあるとか。

 昔は油田で取れるのは全体の1/3程度。随分と勿体無いと思ったら、最近は坑井を水平に掘る・スチームで加熱したり二酸化炭素などを圧入して流動性を高める・界面活性剤や微生物を圧入して油の動きを邪魔する水を改善するなどの工夫で、「50%以上の回収率を達成できそうな油田も珍しくなくなりました」。可採埋蔵量が増えてる理由の一つが、これ。

 採った油は現地のセパレータで天然ガス・油・水にわけタンカーやパイプラインで運ぶ。永久凍土のパイプラインだと「夏には表土が泥濘となって、地盤沈下が起こります」。タンカーもLNGタンカーだと断熱が重要で、外から鋼板→断熱材→ステンレス鋼板の三重構造だとか。ちなみに断熱材は、模型などでよく使われるバルサ。懐かしい。

 そのタンカー、空荷だと「タンカーが浮きすぎてスクリューが海の上に出てしまう」ので、「いくつかの専用タンクに原油のかわりに海水を入れて航海します」。この海水の廃棄に伴う外来の海洋生物の侵入って問題をどっかで聞いたような。

 原油から成分によりLPG・ガソリン・ナフサ・灯油・軽油・重油などに分けられる石油、ジェット燃料の規格は盲点だった。「大気温度は高度が高くなるにつれて100メートル毎に0.65℃ずつ低くなり(略)成層圏(高度1万メートル以上)では-50℃以下になります」。これで凍ったら詰まっちゃうんで、凍らない特性が必要だとか。当然、水が混じっちゃ駄目。かつ、「飛行中翼の先端部が空気との摩擦により、高温になるので、これをジェット燃料により冷却をしています」。ってんで、「260℃の高温下での熱安定性の規格が設けられています」。空港って、こういうのも管理してるんだろうなあ。

 コラムでは「バイオ・ディーゼル復活の影で」がトリビアとして興味深い。ディーゼルって名前の由来は開発者のドイツ人、ルドルフ・ディーゼル(1858~1913)。なんと燃料は落花生油。最初からバイオ燃料エンジンだったとか。相当に数奇な生涯の人のようで…

 ニワカ軍オタとして「おお!」と思ったのがルマイラ油田・ラトカ油田の形状。太ったウナギみたいな形でイラクとクウェートに跨るこの油田、大半がイラク側のルマイラ油田で、頭1/4ぐらいがクウェートのラトカ油田。イラン・イラク戦争で経済が疲弊したイラクをよそに、クウェートは元気に操業を続け、これがクウェート侵攻の原因のひとつになったんだよなあ。

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