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2011年7月 7日 (木)

W.G.パゴニス&ジェフリー・クルクシャンク「山・動く 湾岸戦争に学ぶ経営戦略」同文書院インターナショナル 佐々淳行監修

 この本は『山・動く(Moving Mountains)』という題名(move mountains=あらゆる努力を払う/remove mountains=奇跡を行う)でもわかるように、56万の大軍と700万トンの軍需物質、約13万両の戦闘車両を、それも28カ国の多国籍軍との共同作戦で“地球の裏側”まで運び、大勝利をおさめた後それをまた元に戻すという、考えただけでも気が遠くなるような途方もない大事業を成し遂げた一人の職業軍人の物語である。  ――監修者あとがき

どんな本?

 湾岸戦争で後方支援(ロジスティクス、兵站と呼ばれる時もある)を指揮した(当時)合衆国陸軍中将が著したビジネス書。著者の半生・湾岸戦争の後方支援業務に就くまでのいきさつ・湾岸での業務の概要・チーム編成や組織運営のノウハウなど、幅広い内容を扱っている。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Moving Mountains - Lessons in Leadership & Logistics from the Gulf War, by William G. Pagonis, 1992。日本語版は1992年11月20日第一刷発行、私が読んだのは1993年1月4日の第5冊。この短期間に5刷とはタダゴトではない。ハードカバー縦一段組みで本文約320頁、9ポイント46字×18行×320頁=264,960字、400字詰め原稿用紙で約663枚。標準的な量かな。

 文章の読みやすさは抜群。まあ軍事物と思って構えてたら、拍子抜けするほどの丁寧な仕事っぷりだった。ただ、一部、言葉の使い方に違和感がある。私は「目的」を「大雑把な方向付け」、「目標」を「具体的な数字を示した指標」と思っていたんだが、本書では逆の意味で使っている。

構成は?

 はじめに
 謝辞
第1章 取るものもとりあえず戦場へ
第2章 後方支援専門家としての基礎訓練
第3章 後方支援専門家への道のり
第4章 それは一本の電話で始まった
第5章 「砂漠の盾」
第6章 「砂漠の嵐」から「砂漠の送別」へ
第7章 リーダーシップに必要なものは何か
第8章 リーダーシップとロジスティクスについて何を学ぶか
 監修者あとがき
 用語解説

 18頁ほどの「監修者あとがき」が親切。終盤で、この本の内容を監修者なりに箇条書きで要約してある。忙しい人は、「監修者あとがき」だけ読めば、とりあえず雰囲気はつかめる。

感想は?

 湾岸戦争のロジスティクスの概要を書いた本だと思ったら、全く違った。一応カテゴリーは「軍事/外交」としたけど、実際には経営者や組織のリーダーを目指す人向けのビジネス書に近い。湾岸戦争のエピソードも沢山出てくるけど、断片的なものばかりで、体系だてて兵站を述べた本ではない。専門的な話は控えめで、むしろ組織論・人材育成論・リーダーシップ論が中心だ。

 ビジネス書としては最近話題のピーター・ドラッカーがお気に入りらしく、随所で著作を引用している。パゴニス独自の手法の一つは、高官へのブリーフィングを比較的地位の低い兵士に任せている。

こうすることによって、上層部が唱えている「所有者」意識を養うのに役立った。またやる気を起こさせるいいきっかけにもなった。若い兵士は、チェイニー国防長官に何かを説明するチャンスをもらえるかもしれないことを知っているから、私自身によるブリーフィングをもっと注意深く聞いていたはずだ。

 下世話な部分で役立つのが、引越しのノウハウ。さすが兵站の専門家。

私は、新居の部屋に運び込むさまざまな箱や木箱を色で区別する工夫をしていた。食堂のドアには黄色、地下室は青、屋根裏部屋は赤といった具合に目印をつけた。トラックから運び出される家庭用品や箱の一つひとつにも同じ色の目印をつけ、業者がどの部屋に運び込むかを一目でわかるようにしたのだ。

 意外なのが、1980年代の湾岸の米軍基地のプレゼンス。「1980年代を通じて、米国がサウジアラビアに軍事的プレゼンスをもてたのは軍事訓練使節団がやっとだった」と、当時の存在感の薄さを示している。そこに一本の電話がかかってきて、専門家としてのパゴニス(当時)少将は、チームの一員として「計画」に携わる事となる。

 全体の方向性は「受け入れ、前進、維持」という「三段階の構造」に集約され、この標語が本書では何度も繰り返し出てくる。最優先は水で、保冷車も必須。「砂漠の太陽の下で冷蔵せずに水を放置しておくと、すぐに沸騰し、飲用に適さなくなってしまう」。「気温が50度前後にまで上昇」するとかで、そりゃねえ。

 最近の米軍は必要な物資をなるべく現地または近辺で調達する方針と聞いた事があるが、それのきっかけは湾岸戦争かも。「MRE(携帯食糧)の場合は一食四ドルと補助食品のコスト、(略)マスリ(現地の業者)の『A食(新鮮な材料を調理したばかりの食事)』は、平均で一食当り約一ドル95セントだった」。なんと半額以下。そりゃイラク戦争じゃ軍事請負会社が活躍するよなあ。

 湾岸戦争では、サウジアラビアの幹線道路沿いにMWRという名のサービス・エリアまで作っている。サウジの交通事情は相当に酷く、「人口700万の国で毎年二万七千人前後が高速道路で死亡する」とか。ちなみに日本の2010年の交通事故死者数は4,914人。これは意外な効用もあったようで。

第三国出身の運転手にも大きなメリットがあった。多くはイスラム教徒で、一日五回、何をしていようと中断して祈りをささげなければならなかった。トラック・ストップは、彼らが宗教を実践する比較的快適で安全な場所となったのである。

 これが後には前線の部隊に「屋台」でハンバーガーやコーラを振舞う「移動式簡易食堂」に発展する。アメリカ人って、そんなにハンバーガーやフライドポテトがすきなのかねえ。日本人にとってのラーメンやカツ丼みたいなもんかなあ。

 湾岸戦争で意外なのが、展開より撤退の方に手間と時間がかかっている点。なんと最終的には一年以上に及んでいる。思ったよりあっさり終わったために消費した物資が少なかった事、検疫のために車両などを全て洗浄する必要があった事、現地の対米感情に配慮して「一切の痕跡を残さず全て持ち帰る」方針だったこと、などを理由に挙げている。

サウジアラビアの多くの人にとって、サダム・フセインに突きつけられた脅威のほうが、数十万の「不信心」な米兵がやって来ることより、まだましなのだ。

 というのが、(当時の)現地の対米感情だそうで。そういえば、イラクのファルージャ掃討戦じゃサウジアラビア人がうじゃうじゃ出てきたし、911の犯人の半分以上もサウジアラビア人なんだよなあ。

 ビジネス手法としては、3インチ×5インチの「伝言カード」の紹介も、この本の特徴。詳しくは読んでのお楽しみ。これ、読みながら「iPhone か iPad で実装したら面白いだろうなあ」などと考えてしまう自分が悲しい。探せば既に誰かが作ってる気がする。

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