八杉将司「夢みる猫は、宇宙に眠る」徳間書店
「わたし、キレイ?」
「……のどか」
どんな本?
2003年の第5回日本SF新人賞受賞作。ヒトのクローン・ナノマシン・エージェント・世界の変容といった近年のSFの定番ガジェットをふんだんに使いながらも、二十代の若者三人の微妙な友情と愛情を軸に、不思議とトボけた味を感じさせる青春SF。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2004年7月31日第一刷発行。ハードカバー縦二段組で本文約300頁。9ポイント22字×19行×2段×300頁=250,800字、400字詰め原稿用紙で約627枚。長編としては標準的な分量。最近のSFの流行のガジェットを多く使いながらも、意外とすんなり読める
…と思ってたけど、他の人の書評を見ると、やっぱりSF的な部分で「小難しい」と感じてる人が多い模様。どうも、SFに関して私は読みやすさの評価が甘くなる傾向があるらしい。まあ、単に慣れてるってだけなんだけど。
どんなお話?
近未来のシドニー。大手医療機器メーカー「ホープフルジャパン」の労務課で事務員をやっているキョウイチは、仕事でカウンセリングルームに来た。本人が受診するわけじゃない。受診する従業員に付き添うのが仕事だ。今日もぼんやりとカウンセリングの終了を待っていたら、突然彼女に話しかけられた。
「わたし、キレイ?」
感想は?
基本的なアイデアやガジェットはSF魂炸裂だし、派手なアクション・シーンもある。が、読後感はどうにも静かで穏やかだ。ジョン・ヴァーリーの短編集「残像」に、少し感じが似てる。原因は、たぶん、主人公キョウイチの微妙に「さめた」性格のせいだ。
まず、「労務課の事務員」というのがミソ。医療機器メーカーというハイテク企業ではあるけど、要は雑用係。特別職務に情熱を持っているわけでもなく、つまりは職に就くために働き、月給取りらしい不満もそれなりに抱いている。とはいえ労務課、社内の多くの人の雑多な要望に応える仕事なだけに、そこそこ要領はいい。本人は「いい加減」と言い、「そんなに心配されるほど頼りないのか、俺って」とボヤいている。
つまりは組織内の調整役で、対人関係はやや受身。会話も聞き役に回る事が多い。人付き合いは少ないが、話しかけやすい雰囲気らしく、そういう点で今の仕事は適材適所だろう。本人は自覚していないけど。
そんな、いわば「草食系」な若者のキョウイチに絡んでくるのが、行動力に溢れ気まぐれで人懐っこいユン。キョウイチに突然「わたし、キレイ?」などと話しかける初登場場面でわかるように、猫の様な気まぐれっぷりでキョウイチを振り回す。となれば恋愛物になりそうなんだけど、彼女にはマークという恋人がいる。
そのマークは優秀な臨床心理エンジニアの卵で、今は卒論で大忙し。のんびりというか達観していて、キョウイチを警戒するでもなく、友人として気持ちよく付き合っている。出来た人だ。
物語はこの三人を軸に展開する。というか、ユンがキョウイチを振り回す物語と言っていい。その振り回し方が実にダイナミックかつ大掛かりで、人類の命運までかかってくる。
SF的なガジェットは冒頭から全開で、いきなり「エアディスプレイ」なんてのが出てくる。アニメとかでよく出てくる、空中にPCのウインドウが浮かぶ例のアレ。単に出てくるだけじゃなくて、ちゃんと原理の説明も控えめに出てくるのが嬉しいところ。
次いで出てくるのが「トゥイン」という名の、いわば仮想人格エージェント。これについても、それなりに突っ込んだ話が物語の邪魔にならない範囲で話題になる。この辺の匙加減はなかなか微妙。AI関係を知ってる人なら「ああ、アレね」と思うネタを、親しみやすい形で提示している。こういう、美味しいアイデアをハッタリきかせず、それとなく取り込むあたりが、この作品の持ち味かな。
もうひとつ、魅力的なガジェットがSWSU。「装甲宇宙服」と書かれているが、つまりは「宇宙の戦士」のパワードスーツだ。格好は無骨だけど、機能は先進的。ナノマシンが実用化されてる世界なだけに、そういう機能もバッチリ。言われてみれば、そういう世界じゃ、こういう機能は必須だよなあ。
というとやたらトンがった雰囲気を想像するだろうけど、作品の冒頭では「若い月給取りの青春物語」な雰囲気を漂わせている。いきなり「オセアニア州」などと国際情勢が大きく変貌している事を匂わせながら、特に細かい説明があるでもなし、今と変わらぬ会社勤めの愚痴が展開していく。
チョイ役では大食いのインド人ジャーナリスト、ジェイが気に入った。やっぱりインド人はヨーグルトだよねえ。あの辺の人って、ああいう性格の人が多い気がする。誰かモデルがいるんじゃなかろか。
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