小川一水「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ 上・下」ハヤカワ文庫JA
それは、この惑星に化石燃料が存在しなかったことだ。
付け加えるに金属資源も少なかった。鉄と油なしで現代文明を維持することは難しい。
どんな本?
SFとライトノベルを自由に行き来する気鋭の作家・小川一水による、全10巻に渡る予定の大長編SFシリーズの開幕編。この巻では、遠未来の植民星メニー・メニー・シープを舞台に、独裁者である臨時総督ユレイン三世率いる政府と、それに屈そうとしない人々との確執を描く。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2009年9月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文は上巻約335頁+下巻約351頁=686頁に加え、下巻に著者による2頁の「一巻のためのあとがき」。9ポイント40字×17行×686頁=466,480字、400字詰め原稿用紙で約1167枚の大長編。量は多いものの、そこは小川一水、読みやすさは抜群。特に登場人物が出揃う下巻に入ってからは、物語も加速するため、一気に読める。
長い作品だけあって登場人物も多く、ハヤカワ文庫には珍しく本文前に登場人物一覧がついている。読み終わってから気がついた。聞き慣れない名前が多いので、これはありがたい。
どんなお話?
時代は遠未来。植民船の一隻、シェパード号が降り立った惑星メニー・メニー・シープは、地下資源に乏しい惑星だった。植民地はエネルギーをシェパード号の電気に依存し、それを握る臨時総督が世襲の独裁制を敷いている。だが、その電気も不調を理由に配電が制限され、市民の間には不満が高まっている。
地方都市セナーセー市は、《海の一統》が実権を握る、独立独歩の機運が高い街だ。《海の一統》の長の若い息子アクリラが、医師カドムを呼び出した。漁の最中にアリクラの友人オシアンが海に落ち、重病だというのだ。
感想は?
…え?という感じ。時空をシャッフルしながら遠大な未来史を綴る構想のようで、これはその中の一場面の模様。
まず、「メニー・メニー・シープ」という名前が持つ雰囲気と、その環境で、ラリイ・ニーヴンの「地球からの贈り物」の舞台「マウント・ルッキンザット」を連想した。あれも間抜けな頒種船が見つけた不自由な植民星で、住民は不便を強いられ、政府は圧政を敷いている。「メニー・メニー・シープ」も、地下資源に乏しく世襲の独裁制な点が似ている。次に連想したのがコードウェイナー・スミスの「ノーストリリア」。
その連想は、当っていた部分もあった。まだ長いシリーズの冒頭なので全貌は全く見当もつかないのだけど、仄めかされる伏線は大きな背景を感じさせる。
物語の多くは政府に異を唱える人々の姿に筆を割いている。とはいっても単純な「圧政者に抵抗する人々の物語」ではなく、抵抗者側にも様々な立場と事情があって、一枚岩とはいかない。おまけに、メニー・メニー・シープにも大きな秘密がありそうで…
植民星を舞台とするだけあって、エイリアンを始め異形の者も多数登場する。これがなかなかグロテスク。あの「導きの星」に出てきたスワリスの愛らしさはどこへやら。エイリアンではない筈の者たちも微妙に変で、まあこの辺は読んでのお楽しみ。読了後、全ての登場人物たちの姿を疑いたくなる。
どうにも歯切れの悪い書評になってしまうけど、全貌が見えない上に、どんな伏線が埋まってるか見当もつかないからご勘弁願いたい。冒頭、医師カドムがオアシアンを治療する場面でも、軽く読み飛ばした冒頭の文章が、謎を示す重要な意味を持っている。ちなみにラゴスたちの仕事は、なんとなく想像がついてしまった。自慢にならないけど。
そのラゴスたちに対するカドムの姿勢も、いったいどう解釈してよいのやら。この作家、読みやすさは抜群なクセに物語りは一筋縄じゃいかない人なんで、読む側としてはどうも警戒してしまう。従来の作品ではあまり登場人物の正邪を明確にせず、それぞれの立場と論理を述べてきた人なのに、この作品ではわかりやすく善玉と悪玉を分けている。それがどういう事なのか、妙に勘ぐってしまって素直に読めない。
気になる人物では、チョイ役で出てくるアッシュとルッツ。ゲーム「ファイナル・ファンタジー」のビッグスとウェッジみたいな役割なのか、もう少し重要な役を担っているのか。うーん。
地下資源で発展が阻害される、という設定もなかなか巧い。「化石燃料がなけりゃバイオ燃料で…」と思ったけど、その辺も巧く処理してる。つまりですね、化学肥料を作るには大量の電気が必要なわけで、肝心の電気が制限されてるわけです。ホント、これは困った。
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