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2011年7月の12件の記事

2011年7月30日 (土)

SFマガジン2011年9月号

ロボットに手を抜くことはできない。そんなことをすれば、すぐ子どもたちにはわかってしまう。  ――マイケル・ベイ・インタビュウより

 ここ1年半ほど買ってなかったSFマガジンを久しぶりに買った。随分様変わりしてる。なんたって、小説が3本しか載ってない。しかも、一作は連載(山本弘 輝きの七日間)で2作は既に紹介済みの作品(コードウェイナー・スミス アルファ・ラルファ大通り,サミュエル・R・ディレイニー 時は準宝石の螺旋のように)。どういうこっちゃ。あ、夢枕獏&寺田克也の十五夜物語もあったか。

 特集は「SFスタンダード100ガイド・PARTⅠ」として、著名な海外SFを紹介してる。「おお、これがあったか」とか思いつつ、結構読んでないのもある。銀河帝国興亡史,結晶世界,スローターハウス5,エルリック・サーガ,歌の翼に,新しい太陽の書,紅の勇者オナー・ハリントン,氷と炎の歌,犬は勘定に入れません,アメリカン・ゴッズ,彷徨える艦隊,リトル・ブラザー,時の地図,ねじまき少女…。しかし最近は「ねじまき少女」と聞くと東雲なのを思い浮かべてしまうから、もうダメかもしれない。

 レムは「ソラリスの陽のもとに」が入ってる。私は「砂漠の惑星」の方がわかりやすくて好きだなあ。映画化するにしても、砂漠の方が見栄えすると思うんだけど、あなた、どう思いますか。

 ローカスのベストセラー・リストはペーパーバックでのジョージ・R・R・マーティンの暴れっぷりが凄い。上位5冊中4冊を占めてる。「4月からテレビドラマ版の放映が始まった」って、あんなもんテレビがドラマ化するとは豪勢な。いや読んでませんけど、予算が半端ないだろうことは想像できるんで。

 冒頭の引用は「トランスフォーマー/ダークサイドムーン」の公開が迫るマイケル・ベイ監督のインタビュウより。今作は3Dらしく、その辺を「映画雑誌かいっ」というぐらい突っ込んで聞いてる。カット割りの長さがどうとか、アップにすると云々とか。第一作でも米国空軍の対応などリアリティに拘ったベイ、これでもアポロ計画には気を使った模様。いや中身はおバカなアクション作品なんだけどね。楽しみにしてます。

 「いつの間に始まったんだ?」と驚いたのが池澤春菜とCOCOのエッセイ頁。「破局のシンメトリー」を引き合いに出すとはタダモノではない。今回は恐ろしいテロのお話。これは盲点だったなあ。

 大森望の「新SF観光局」は PodCast でのコニー・ウィリスとテリー・ビッスンの対談のお話。コニー・ウィリスは「航路」での登場人物の饒舌ぶりに呆れたけど、あれ、ソープオペラのパロディかと思ったら、本人がそういう人だったのね。

 Reader's Story「地球の守護神」は車田正実あたりが描きそうな物語。このままSFバカ本の収録してもいいぐらいの爽やかな感動作。好きです、こういうの。

 巻末、もうひとつの特集がサミュエル・R・ディレイニー。噂の「ダールグレン」が国書刊行会からやっと刊行されるそうで。相変わらず国書刊行会はマニアックだなあ。

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2011年7月28日 (木)

さようなら小松左京先生

小松左京さんが死去 「日本沈没」「復活の日」

 長編と短編、双方で活躍した人だった。この人のホラー短編は怪談風味で、夏の夜の肝試しの前にやるのに適したジワジワくる怖さがあった。シリアスな面ばかりでなく、ユーモア短編も幾つかあって、いかにも関西風のコテコテな馬鹿話だった。長編で「真っ向勝負な剛速球のSF作家」という印象を持っていたので、驚きは大きかった。アイデア・ストーリーもあった。有名な「ヴォミーサ」は、今でもよく引き合いに出される。

 日本沈没を読んだのはブームが去った後だったが、緻密な社会シミューレーションに圧倒された。コンピュータのない時代に、紙と電卓で設定を創り上げた力技にねじ伏せられた。

 海外の作家だと、ハインラインに近い印象を持っている。ただ、ハインラインが主人公の視点を中心に描くのに対し、小松氏は群像劇に長けていた。「さよならジュピター」や「首都消失」も、集団として問題に挑む人々を描いていた。

 今頃は半村良氏たちと卓を囲んでいるんだろうか。時間制限なしで、じっくり楽しんで欲しい。

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2011年7月26日 (火)

松本良・奥田義久・青木豊「メタンハイドレート 21世紀の巨大ガス資源」日経サイエンス社

地質構造や地層と斜交しており海底面にほぼ平行な反射面を、一般に BSR(Bottom Simulationg Reflector) と呼びます。「反射面Y」もBSRのひとつです。BSRや自身探査法については、第4章で詳しく述べますので、ここではBSRという言葉だけを覚えてください。

どんな本?

 最近、日本のエネルギー資源として注目を集めているメタンハイドレート。そのメタンハイドレートについて、性質・生成過程・調査方法・今までの調査でわかった事柄など、主に科学・工学そして採算性など産業としての側面から解説する。科学・工学的な面が中心で、日本の将来に与える影響などの政治的な側面は控えめ。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 1997年1月18日一版一刷発行。この話題の解説書としては、既に古典だなあ。ハードカバー縦一段組みで本文244頁。9ポイント43字×16行×244頁=167,872字、400字詰め原稿用紙で約420枚。標準的な長編小説の量。

 文章そのものは日本語として普通なんだけど、内容が素人向けじゃない、というか、素人向けに書こうとしたらノってきて専門家としての地が出た、みたいな雰囲気。「ガスキック」や「フリーガス」なんて専門用語がポンポン出てくるし、数式も少しある。産業系の解説書によくあるパターンで、「これぐらい常識だよね」と著者は思ってるけど、実は相当に高度で専門的な話になってる、みたいな感じ。石油や天然ガスの探査・採掘に詳しい人じゃないと、まず読みこなせない←自分の無知を著者に責任転嫁するなよ俺

構成は?

 序文
第1章 エネルギー資源と私たちの生活
第2章 メタンハイドレートの発見
第3章 メタンハイドレートとは
第4章 メタンハイドレートの探査と掘削
第5章 メタンハイドレートの分布状況
第6章 メタンハイドレート鉱床の生成
第7章 メタンハイドレート・ガス田の現状
第8章 推定される資源量
第9章 今後の展望
 参考文献
 あとがき

 序文がよくできてる。素人は、序文だけ読めば充分。というか、以降は相応の知識がないと、特に第4章以降は難しい。知識がある人にとってどうなのか、と聞かれると、それは私には判断しかねます。

感想は?

 「石油や天然ガスの採掘について少し勉強しよう」というのが今の感想。もうひとつは、「この時点じゃ不確定な事が沢山あるんだなあ」という事。

 「第8章 推定される資源量」で一応の数字が出てるんだけど、これの幅がやたら大きい。例えば日本の南海トラフだと、1992年の試算で「ハイドレートの厚さ1mと仮定すれば0.42×1012」、「10mと仮定すれば4.2×1012」とある。仮定の段階で10倍の開きがある。また、ハイドレートの厚さがたったの1~10mというのも驚き。

 この試算も異様に仮定が多い。貯留層の容積×有効孔隙率×地層圧×水飽和率×水に含まれるメタンハイドレートの割合×…と多くの変数からなるんだけど、その大半が仮定。まあ仮定とは言っても、ロシアやアラスカでの採掘で得た数字を基にしてるんだけど。ちなみにロシアのメソヤハ・ガス田だと回収率は0.1~0.5だそうで。

 このハイドレート、実は1930年代に存在は知られていた、というのも驚き。シベリアの化学工業プラントでパイプラインの閉塞事故が起きて、原因を調べたらガスハイドレートだったとか。「ガスハイドレートは高圧で低温ほど生成しやすい」ので、「閉塞事故がロシアなど高緯度、寒冷地の工場で頻発した」そうな。

 繰り返し出てくるのが、この「高圧低温で生成される」という性質。南海トラフなど海底に埋まっているのもそのため。一般に海水は海面の温度が高く(5~15℃)、水深500mで5℃、3000mを超えると0~4℃になる。ところが地底は深いほど温度が高くなり、場所により100mあたり2~3℃から5~10℃上がる。だもんで、メタンハイドレートが生成される層はだいたい決まっているとの事。

 この高圧低温が幸いしてるのがロシアで、シベリアの永久凍土層にもメタンハイドレートが埋まってて、本書の著作時点で既に採掘が始まってる(産業化はされてないけど)。羨ましい。
 とも言ってられないのが、事故。既に幾つかトラブルが発生してる。

例えば、カナダのマッケンジー・デルタでは、ハイドレート層を掘削中に、泥水のガス化による泥水管理のトラブルや、掘削中のハイドレートの分解によりひどいガスキックが数回発生し、リグ上でも火を噴きました。また、ロシアやマッケンジー・デルタのハイドレート層の掘削では、掘りくずが高圧で噴出したり、抗生が凍結したり、ケーシングが壊れたりして、地表での暴噴に近い状態になった例も報告されています。

 なんでそんなに難しいかというと、これがメタンハイドレートの性質で。小さい容量に多くのメタンが詰まってて、常温だと解けて気化して容量が一気に増えちゃうから。ハイドレートの分子構造にもよるけど、構造-Ⅰで「水1リットル当り150リットルほど」、構造-Ⅱで「ガス/水の容量比は51対1」。

 この性質は逆に採掘にも使えて、例えば燃焼法として「生産されるメタンの一部を酸素とともに貯留層へ供給し、メタンハイドレート分解エネルギーとする方法も考えられてる」とか。他に「蒸気や熱水をメタンハイドレート層に注入し、貯蔵層の温度を上昇させて、ハイドレートを分解し、ガスを生産する」蒸気注入法・熱水注入法、「ハイドレート層下のフリーガスを採取することにより、結果として貯留層の圧力低下をもたらし、ハイドレート層の分解ガスを採取」する減圧法、「塩水を注入することによって、ハイドレートを解離させて分解ガスを採取する」塩水注入法もあるとか。

 未来の日本を豊かにしてくれる…かもしれないメタンハイドレート。しかし、その解説本を読みこなすには、従来のエネルギー源である石油・天然ガスについての知識が必要なのでした。

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2011年7月23日 (土)

小川一水「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ 上・下」ハヤカワ文庫JA

 それは、この惑星に化石燃料が存在しなかったことだ。
 付け加えるに金属資源も少なかった。鉄と油なしで現代文明を維持することは難しい。

どんな本?

 SFとライトノベルを自由に行き来する気鋭の作家・小川一水による、全10巻に渡る予定の大長編SFシリーズの開幕編。この巻では、遠未来の植民星メニー・メニー・シープを舞台に、独裁者である臨時総督ユレイン三世率いる政府と、それに屈そうとしない人々との確執を描く。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2009年9月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文は上巻約335頁+下巻約351頁=686頁に加え、下巻に著者による2頁の「一巻のためのあとがき」。9ポイント40字×17行×686頁=466,480字、400字詰め原稿用紙で約1167枚の大長編。量は多いものの、そこは小川一水、読みやすさは抜群。特に登場人物が出揃う下巻に入ってからは、物語も加速するため、一気に読める。

 長い作品だけあって登場人物も多く、ハヤカワ文庫には珍しく本文前に登場人物一覧がついている。読み終わってから気がついた。聞き慣れない名前が多いので、これはありがたい。

どんなお話?

 時代は遠未来。植民船の一隻、シェパード号が降り立った惑星メニー・メニー・シープは、地下資源に乏しい惑星だった。植民地はエネルギーをシェパード号の電気に依存し、それを握る臨時総督が世襲の独裁制を敷いている。だが、その電気も不調を理由に配電が制限され、市民の間には不満が高まっている。

 地方都市セナーセー市は、《海の一統》が実権を握る、独立独歩の機運が高い街だ。《海の一統》の長の若い息子アクリラが、医師カドムを呼び出した。漁の最中にアリクラの友人オシアンが海に落ち、重病だというのだ。

感想は?

 …え?という感じ。時空をシャッフルしながら遠大な未来史を綴る構想のようで、これはその中の一場面の模様。

 まず、「メニー・メニー・シープ」という名前が持つ雰囲気と、その環境で、ラリイ・ニーヴンの「地球からの贈り物」の舞台「マウント・ルッキンザット」を連想した。あれも間抜けな頒種船が見つけた不自由な植民星で、住民は不便を強いられ、政府は圧政を敷いている。「メニー・メニー・シープ」も、地下資源に乏しく世襲の独裁制な点が似ている。次に連想したのがコードウェイナー・スミスの「ノーストリリア」。

 その連想は、当っていた部分もあった。まだ長いシリーズの冒頭なので全貌は全く見当もつかないのだけど、仄めかされる伏線は大きな背景を感じさせる。

 物語の多くは政府に異を唱える人々の姿に筆を割いている。とはいっても単純な「圧政者に抵抗する人々の物語」ではなく、抵抗者側にも様々な立場と事情があって、一枚岩とはいかない。おまけに、メニー・メニー・シープにも大きな秘密がありそうで…

 植民星を舞台とするだけあって、エイリアンを始め異形の者も多数登場する。これがなかなかグロテスク。あの「導きの星」に出てきたスワリスの愛らしさはどこへやら。エイリアンではない筈の者たちも微妙に変で、まあこの辺は読んでのお楽しみ。読了後、全ての登場人物たちの姿を疑いたくなる。

 どうにも歯切れの悪い書評になってしまうけど、全貌が見えない上に、どんな伏線が埋まってるか見当もつかないからご勘弁願いたい。冒頭、医師カドムがオアシアンを治療する場面でも、軽く読み飛ばした冒頭の文章が、謎を示す重要な意味を持っている。ちなみにラゴスたちの仕事は、なんとなく想像がついてしまった。自慢にならないけど。

 そのラゴスたちに対するカドムの姿勢も、いったいどう解釈してよいのやら。この作家、読みやすさは抜群なクセに物語りは一筋縄じゃいかない人なんで、読む側としてはどうも警戒してしまう。従来の作品ではあまり登場人物の正邪を明確にせず、それぞれの立場と論理を述べてきた人なのに、この作品ではわかりやすく善玉と悪玉を分けている。それがどういう事なのか、妙に勘ぐってしまって素直に読めない。

 気になる人物では、チョイ役で出てくるアッシュとルッツ。ゲーム「ファイナル・ファンタジー」のビッグスとウェッジみたいな役割なのか、もう少し重要な役を担っているのか。うーん。

 地下資源で発展が阻害される、という設定もなかなか巧い。「化石燃料がなけりゃバイオ燃料で…」と思ったけど、その辺も巧く処理してる。つまりですね、化学肥料を作るには大量の電気が必要なわけで、肝心の電気が制限されてるわけです。ホント、これは困った。

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2011年7月19日 (火)

小宮英俊「紙の文化誌」丸善ライブラリー

 紙の歴史には三つの大変革がある。第一は蔡倫による製紙法の完成。第二はルイ・ロベールによる紙すき機械(抄紙機)の発明。第三は木材パルプの発明である。

どんな本?

 (財)紙の博物館の学芸部長を勤める著者による、製紙の技術史。書名には「文化誌」とあるが、内容は製紙技術の発生と発達に絞り、社会に与えた影響など社会学的な側面は控えめ。その分、原材料・添加物・各工程の作業など技術面、各製法による紙の品質など工学面は充分な濃さを備えている。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 平成四年(1992年)7月20日発行。新書で縦一段組み本文約167頁。9ポイント42字×15行×167頁=105,210字、400字詰め原稿用紙で約264枚、分量は軽い。モノクロの写真や図版を多数収録しているので、文章量は6~8割ぐらいか?文章そのものは読みやすいけど、添加物などで「ベンゼン環」や「硫酸ナトリウム」など、化学物質の名前が頻出するのがシンドかった。いや私、弱いんですよ化学。

構成は?

紙とはなんだろう?/紙が発明されるまで何に書いていたか/紙の発明/中国古代の製紙法/日本における製紙法の発達/紙の道/ヨーロッパでの製紙/ホレンダービーター/すき入れ/18世紀の製紙工場/製紙原料としてのボロ/紙すき機械の発明と発達/木材パルプの発明/化学パルプの発明/紙のつや/サイジング/塡料/漂白/塗工紙/加工紙/特殊紙と機能紙/情報用紙/再生紙/段ボール/紙の着色/合成紙/紙・パルプ産業で使われている化学薬品/日本の紙パルプ産業の発達
 あとがき
 参考文献
 世界製紙技術年表

 前半~中盤は歴史を追って製紙技術の発達を綴る。終盤では現代の様々な紙や製紙法を紹介する。4~16頁程度の短い章に区切られているので、メリハリが利いており、「本を読む」というより、「パワーポイントなどの発表用資料の原稿を読んでいる」ような感触がある。

感想は?

 博物館の学芸部長が書いたというより、企業の研究所の所長が書いた、という雰囲気がある。「文化誌」とあるから「製紙技術が社会に与えた影響」を書いた本かと思ったら、全く違った。冒頭に書いたように、製紙技術の発達を綴った本だ。技術に対する評価も工学的で、単に「可能か否か」だけでなく、「費用や生産量など事業として成立しうるか」という現実的な視点を維持している。ブルーバックスで「紙の工業史」という書名で出たとしても、全く違和感がない。

 例えば「紙すき機械の発明と発達」の項では、抄紙機の歴史として毎秒どれぐらいの量を生産できるか、という表が出てくる。かつて著者は王子製紙に勤めていたそうなんで、「昔は技術員として工場に入り浸り機械の面倒を見ていたんだろうなあ」などと想像してしまう。ちなみに1850年には毎分3~20mだったのが、1967年には900mとなり、現代では「1000m/分はザラ」だそうで。時速60kmですぜ。

 紙の始原といえばパピルス…なんだけど、いきなり「正確には紙ではない」とある。「パピルス草(和名カミカヤツリ)の髄の薄い切片を縦に並べ、その上に横に並べてナイル河の水をかけ、圧着し、乾燥させたもの」であり、「紙のように植物繊維を取り出し、水に分散させて、すきあげたものではない」。

 じゃ紙と言えるものは、というと、これは「中国で発明された」とか。「紀元前170頃から紀元頃にかけての前漢の時代の遺跡からつぎつぎと紙の断片が発見されている」のだけれど、一般には105年に蔡倫が発明した事になっている。

 今でも先進国ほど紙の消費量が多く、国家の発展ぶりを測る一つの指標になっている。その重要性は江戸時代の為政者も認識していた様で。

紙が庶民にも使われるようになったのは江戸時代である。幕藩体制のもとで多くの藩は紙を専売制としている。各藩の経済を支える役割を果たしているため、和紙の製造方法は秘密にされ、他の藩にもらすことは禁ぜられた。

 戦略物資だね。実際、クーデターなどでは放送局と並び大規模印刷所も優先度の高いな占領目標となるそうな。紙と密接な関係にあるのが印刷。グーテンベルクについても軽く触れてる。

1445年頃、ドイツのグーテンベルクが活字印刷を発明した。1455年に最初に印刷した『四十二行聖書』210部のうち、180部は紙に印刷し、30部は羊皮紙に印刷している。

 印刷って、最初から多品目少量生産だったのね。それ以前は写本なわけで、当時の「書籍」ってのは、どれぐらい高価だったんだろう。今の百倍ぐらい?
 活字印刷の普及も手伝い、紙の需要は増える。ところが、困ったのが原材料の確保。

 中国でも、アラブ世界でも、そしてヨーロッパでも紙の原料には朝や木綿のボロが使われた。
 原料としてのボロを確保することはいずこの製紙工場においても大問題であり、慢性的ボ不足に常に悩まされていた。
 ヨーロッパ各国ではボロの輸出禁止やボロ集めの布告を出している。死者の埋葬に際して、木綿の着物や麻の布地で包むことを禁じ、毛織物で包むことを命じている。

 まではいいんだけど。

 エジプトのミイラは多くの亜麻布に巻かれているので、紙の原料としてヨーロッパに輸出され使われたことがある。

 ひでえ。そんな具合なので、木材を原料にできる「木材パルプの発明」が、紙の歴史では高く評価されてるわけです。

 最終章、「日本の紙パルプ産業の発達」では、戦後の製紙t量の激減振りが凄い。昭和16年(1941年)127万トンが、敗戦の1945年には20万トンに落ち込んでる。1/6以下。総力戦ってのは悲惨だねえ。

 歴史改変物の小説を読んで思っていたのが、「私なら過去に飛ばされたら製紙事業を起こすなあ」って事。知識を伝えるより、知識を伝える道具を伝えたほうが効果は大きいんじゃないか、と思っていた。誰かそういう作品を書いてくれないかなあ。え?自分でやれって?いや、無茶言わんで下さいな。

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2011年7月18日 (月)

八杉将司「夢みる猫は、宇宙に眠る」徳間書店

「わたし、キレイ?」
「……のどか」

どんな本?

 2003年の第5回日本SF新人賞受賞作。ヒトのクローン・ナノマシン・エージェント・世界の変容といった近年のSFの定番ガジェットをふんだんに使いながらも、二十代の若者三人の微妙な友情と愛情を軸に、不思議とトボけた味を感じさせる青春SF。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2004年7月31日第一刷発行。ハードカバー縦二段組で本文約300頁。9ポイント22字×19行×2段×300頁=250,800字、400字詰め原稿用紙で約627枚。長編としては標準的な分量。最近のSFの流行のガジェットを多く使いながらも、意外とすんなり読める

 …と思ってたけど、他の人の書評を見ると、やっぱりSF的な部分で「小難しい」と感じてる人が多い模様。どうも、SFに関して私は読みやすさの評価が甘くなる傾向があるらしい。まあ、単に慣れてるってだけなんだけど。

どんなお話?

 近未来のシドニー。大手医療機器メーカー「ホープフルジャパン」の労務課で事務員をやっているキョウイチは、仕事でカウンセリングルームに来た。本人が受診するわけじゃない。受診する従業員に付き添うのが仕事だ。今日もぼんやりとカウンセリングの終了を待っていたら、突然彼女に話しかけられた。

 「わたし、キレイ?」

感想は?

 基本的なアイデアやガジェットはSF魂炸裂だし、派手なアクション・シーンもある。が、読後感はどうにも静かで穏やかだ。ジョン・ヴァーリーの短編集「残像」に、少し感じが似てる。原因は、たぶん、主人公キョウイチの微妙に「さめた」性格のせいだ。

 まず、「労務課の事務員」というのがミソ。医療機器メーカーというハイテク企業ではあるけど、要は雑用係。特別職務に情熱を持っているわけでもなく、つまりは職に就くために働き、月給取りらしい不満もそれなりに抱いている。とはいえ労務課、社内の多くの人の雑多な要望に応える仕事なだけに、そこそこ要領はいい。本人は「いい加減」と言い、「そんなに心配されるほど頼りないのか、俺って」とボヤいている。

 つまりは組織内の調整役で、対人関係はやや受身。会話も聞き役に回る事が多い。人付き合いは少ないが、話しかけやすい雰囲気らしく、そういう点で今の仕事は適材適所だろう。本人は自覚していないけど。

 そんな、いわば「草食系」な若者のキョウイチに絡んでくるのが、行動力に溢れ気まぐれで人懐っこいユン。キョウイチに突然「わたし、キレイ?」などと話しかける初登場場面でわかるように、猫の様な気まぐれっぷりでキョウイチを振り回す。となれば恋愛物になりそうなんだけど、彼女にはマークという恋人がいる。

 そのマークは優秀な臨床心理エンジニアの卵で、今は卒論で大忙し。のんびりというか達観していて、キョウイチを警戒するでもなく、友人として気持ちよく付き合っている。出来た人だ。

 物語はこの三人を軸に展開する。というか、ユンがキョウイチを振り回す物語と言っていい。その振り回し方が実にダイナミックかつ大掛かりで、人類の命運までかかってくる。

 SF的なガジェットは冒頭から全開で、いきなり「エアディスプレイ」なんてのが出てくる。アニメとかでよく出てくる、空中にPCのウインドウが浮かぶ例のアレ。単に出てくるだけじゃなくて、ちゃんと原理の説明も控えめに出てくるのが嬉しいところ。

 次いで出てくるのが「トゥイン」という名の、いわば仮想人格エージェント。これについても、それなりに突っ込んだ話が物語の邪魔にならない範囲で話題になる。この辺の匙加減はなかなか微妙。AI関係を知ってる人なら「ああ、アレね」と思うネタを、親しみやすい形で提示している。こういう、美味しいアイデアをハッタリきかせず、それとなく取り込むあたりが、この作品の持ち味かな。

 もうひとつ、魅力的なガジェットがSWSU。「装甲宇宙服」と書かれているが、つまりは「宇宙の戦士」のパワードスーツだ。格好は無骨だけど、機能は先進的。ナノマシンが実用化されてる世界なだけに、そういう機能もバッチリ。言われてみれば、そういう世界じゃ、こういう機能は必須だよなあ。

 というとやたらトンがった雰囲気を想像するだろうけど、作品の冒頭では「若い月給取りの青春物語」な雰囲気を漂わせている。いきなり「オセアニア州」などと国際情勢が大きく変貌している事を匂わせながら、特に細かい説明があるでもなし、今と変わらぬ会社勤めの愚痴が展開していく。

 チョイ役では大食いのインド人ジャーナリスト、ジェイが気に入った。やっぱりインド人はヨーグルトだよねえ。あの辺の人って、ああいう性格の人が多い気がする。誰かモデルがいるんじゃなかろか。

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2011年7月16日 (土)

エリザベス・アボット「砂糖の歴史」河出書房新社 樋口幸子訳

19世紀のある評者は、砂糖プランテーションの畑奴隷の平均余命は7年で、彼らは「酷使されて疲れきった馬」のように死んでいくと嘆いている。

どんな本?

 書名どおり砂糖の歴史を綴った本。生産・精製・流通・加工・消費と砂糖にまつわる全体を扱っている。中でも、多数の奴隷を酷使してサイトウキビを栽培する西インド諸島の砂糖プランテーションの様子と、砂糖資本が支配する社会の変転に多くの頁を割き、甜菜やアジアのサトウキビについては控えめ。消費終盤近くで、欧米、特にアメリカの菓子産業の発達に触れていて、全体的に苦味が利いた中で、ちょっとしたデザートの風味を出している。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Sugar - A bittersweet history, by Elizabeth Abbot, 2008。日本語版は2011年5月30日初版発行。A5ハードカバー縦一段組みで本文約490頁+訳者あとがき4頁+参考文献10頁。9.5ポイント46字×20行×490頁=450,800字、400字詰め原稿用紙で約1127枚の大著。学者ではなくジャーナリストが書いた本だけに、内容のわりに文章は読みやすい。ただ、量が多いのと悲惨な場面が延々と続くのとで、さすがに胸焼けがするかも。

構成は?

  序章
 第1部 西洋を征服した東洋の美味
  第1章 「砂糖」王の台頭
  第2章 砂糖の大衆化
 第2部 黒い砂糖
  第3章 アフリカ化されたサトウキビ畑
  第4章 白人が創り出した世界
  第5章 砂糖が世界を動かす
 第3部 抵抗と奴隷制廃止
  第6章 人種差別、抵抗、反乱、そして革命
  第7章 血まみれの砂糖――奴隷貿易廃止運動
  第8章 怪物退治――奴隷制と年季奉公
  第9章 キューバとルイジアナ――北アメリカ向けの砂糖
 第4章 甘くなる世界
  第10章 砂糖農園の出稼ぎ移民たち
  第11章 セントルイスへ来て、見て、食べて!
  第12章 砂糖の遺産と将来
  謝辞
  訳者あとがき
  参考文献

 比較的甘いのは第1章・第2章・第11章・第12章で、それ以外の章はひたすら苦く酸っぱい。

感想は?

 嫌な本だ。と評しても、貶めることにはなるまい。明らかに著者は読者にそういう感想を抱かせようとしている。

 というのも。この本の大半を占めるのは、西インド諸島のプランテーションで酷使される奴隷の話題だからだ。サトウキビ栽培と奴隷制について、こう書いている。

四世紀にわたって、国際的奴隷貿易は少なくとも1300万人のアフリカ人をその家庭から引き離し、200万人以上を殺した。奴隷として海外に輸送された1100万人のうち、600万人が砂糖農園に送り込まれた。これは群を抜いて多い数字である。

 というわけで、中盤は鞭打たれ酷使され強姦される奴隷のエピソードが延々と続く。「機械でも大事に長く使ったほうが得なんだから、奴隷もちったあ大事に扱ったほうがいいんじゃね?」とも思うのだが…

18世紀中頃のバイア(ブラジル東部)のある農園主は、一人の奴隷を三年半働かせれば、その購入価格と年間維持費に見合うと計算している。

 使い潰したほうが得なのね。酷い話だ。

 さて。中東や欧米の歌や詩じゃ蜂蜜がよくでてくるけど、これは砂糖がなかった頃の甘味料の代表が蜂蜜だったため。今でも中東では蜂蜜は大人気だそうで。

ウサマ・ビン・ラディンの重要な資金源は、中東一帯に展開する蜂蜜のチェーン店なのだという。さらに、ビン・ラディンとアルカイダの中間たちは蜂蜜の中に麻薬や武器、現金などを隠して輸送していた。あるアメリカ政府関係者によれば、「検査官もあの商品は調べたがらない。ベタベタして始末におえないからだ」という。

 サトウキビの面白い点は切り株から栽培できること。「最初の植え付けから成熟するまでに12ヶ月から18ヶ月かかる」が、一旦成熟すれば刈り株をのこして収穫すれば、また発芽する。ただ、「段々に砂糖の含有量が少なくなるため、しまいには新しく植えつけるほうが経済的」だとか。

 サトウキビのもう一つの製品が、ラム酒。これは糖蜜の加工品で。

「ラム」という言葉は17世紀にバルバドス島で生まれた。別名「悪魔殺し」とも呼ばれ、1650年頃に同島を訪れた旅行者は、「強烈で、地獄のような、ものすごい酒」と書いている

 日本酒でも「鬼殺し」なんてのがあるけど、強烈な酒ってのはどこでも似たような名前になるんだなあ。
 奴隷制の廃止には様々な人の努力があったけど、この本では、少なくともイギリスの奴隷廃止運動の初期の功労者はクエーカー教徒だ、としている。

 1783年に(略)奴隷貿易廃止を掲げたクエーカー教徒の団体が創設され、そして四年後、この団体は「奴隷貿易廃止促進協会」となった。協会は特定宗教との結びつきはなかったが、クエーカー教徒が優位を占め、キリスト教福音派に賛同者が多かった。

 最近読んだ「ファージング」でクエーカー教徒が重要な役を果たしてたのには、こういう背景があったとは。ところが砂糖資本も対抗して熱心にロビー活動を繰り広げ、奴隷制はすんなりとは廃止にならない。この辺は読んでて実に不愉快な気分になる。

 さて、終盤では消費面が取り上げられる。独特の味で有名なドクター・ペッパー、なんとコカ・コーラよりも歴史が古い。

1885年にはテキサス州ウェイコで、薬剤師チャールズ・アルダートンが、いかにも効能あらたかそうな響きのドクター・ペッパーを発売した。その一年後に、ジョン・スティス・ペンバートンが、頭痛と二日酔いの治療薬としてコカ・コーラを開発した。

コーラも当初は薬として売られたわけです。実際、暫く炭酸飲料を飲まないと、あの味って薬っぽく感じるから不思議。飲料と並んで代表的なお菓子といえばチョコレート。19世紀には「耐えがたいほどに苦かった」のが、ミルクを入れて甘くなったとか。有名なハーシー社は…

最も格の高い製品は、豪華な包装で、「ル・シャ・ノワール(黒猫)」や「ル・ロワ・ド・ショコラ(チョコレートの王様)」といったフランス語の名前が付けられた。

 お菓子にフランス語の名前がつくと、なんか高級に感じるのは日本人も同じ。音感のせいなんだろうか。軍事関係だとドイツ語が強そうに感じるんだよね。ルフトバッフェとか。

 砂糖プランテーションの影響は現代にも強く残っている。末尾近くでブラジルがアルコール燃料車を普及させたカラクリを解き明かしている。つまりは砂糖産業が格好の市場を見つけた、というわけ。

 食べ物関係の本は好きだけど、この本は書名のわりに甘くなかった。まあ、それでもコーヒーにはたっぷり砂糖を入れて飲むんだけどね。なんでカフェインと砂糖って、こんなに相性がいいんだろ。

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2011年7月11日 (月)

榊涼介「ガンパレード・マーチ2K 北海道独立 4」電撃文庫

「待て、待ってくれ! 俺はもう組織から……」
「抜けることは許されん」

どんな本?

 2000年9月28日発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のノベライズも、もうすぐ10年目。冊数にして29冊目(ガンパレード・オーケストラを入れると32冊目)の長期シリーズ。レーベルが「電撃文庫」ではなく実は「電撃ゲーム文庫」であるため、広報では不利な立場であるにも関わらず、安定した人気を保っている模様。もちっとファンの期待に応えてくださいメディアワークスさん。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2011年7月10日初版発行。文庫本で縦一段組み約280頁は、ほぼ前巻と同じ。職人芸ですな。8ポイント42字×17行×280頁=199920字、400字詰め原稿用紙で約500枚。相変わらず解説・あとがきはなし。きむらじゅんこ氏の挿絵も増えてきた。今作は「北海道独立」シリーズの完結編だけに、根室・釧路近辺で激しい戦闘が展開する。好きな人は GoogleMap などを参考にしながら読むと面白いかも。

 人物は5121小隊の面々が中心ではあるものの、「もうひとつの撤退戦」以降で増えた小説オリジナルの登場人物も曲者が多い。特にこの巻はシリーズ全体を通しての設定を再確認する場面も幾つかあるので、読むなら素直に「5121小隊の日常」から読み始めよう。連作短編集なので味見には最適です。

どんなお話?

 独立を宣言した北海道共和国だが、市民生活は今までと大きく変わらず、通貨も日本の紙幣が流通していた。襲来した幻獣を迎え撃つ自衛軍に対し、ロシア軍はシコルスキーの命令に従い自衛軍を撃つ部隊と、自衛軍に投降する部隊に分かれる。再び現れた白銀の巨人を迎え撃つ壬生屋に下りた指令は…

感想は?

 表紙は血染めカトラス二刀流の未央ちゃん。北海道独立シリーズは、戦場の美少女ってテーマなのか、凛々しい表情の女性陣で統一してる。

 榊さん、PSP でリプレイしたのか、原作のコアなファンを喜ばせるシーンが随所に見える。またはゲームアーカイブスで獲得した新規ファンを意識したのかな。神威が出た時点でラボ関係が絡むのは当然とはいえ、他にも維新以来のガンパレ世界の歴史や、芝村関係の話がちょろちょろと。奴が狩と料理以外で真面目な顔をするのは初めてじゃなかろか。原さんにナイフ与えちゃらめぇ。

 例えば「元気に走り回る子」とか言われてる新井木。ゲーム中で彼女に話しかけるの、ちょっと大変なんだよね。他の小隊メンバーは普通の速さで歩いてるんだけど、彼女だけは常に走ってるから、なかなか捕まえられない。まあ「交換しない?」ぐらいしか役立つコマンドを持ってないから、あまり困らないんだけど←をい

 野間集落で壊滅したシンジケートも相当に回復した模様。阿漕な恐喝も駆使して常に獲物を追う姿勢は忘れない。が、意外な刺客が。果たして地なのかつながってるのか。いろいろと謎の多い人です。にも関わらず、容赦なく新兵を徴集するあたりはさすがというか。ギャルソーン以外はちと忠誠心に問題があるが。

 北海道独立ではいつもの役目を萌に奪われた彼女も、ちゃんと登場場面が用意されてる。あの職業って相当なハードワークのせいか、豪快な人が多いって印象が強いけど、彼女ならちゃんと勤められそう。

 滝川と森の地味カップルも相変わらず。森さんのいじけ方が可愛いったらない。「ひと~つ、ふた~つ」って感じかな。滝川は良き師に恵まれたようで、早速実行に移すあたりが素直でよろしい。内容は…取材の成果だろうか。階級的に滝川は彼の下になるだろうし、将来は優れたコンビになると思うんだけど、どうなんでしょうねえ。

 小説オリジナルの人物では、私のご贔屓の桜沢レイちゃんの登場場面が多いのが嬉しい。初対面じゃあれだけいじめられたのに、今じゃちゃっかりカスタムして貰うとは、流石レイちゃんくじけない。こういう「勢いだけが取り得なのを自覚してる人」って、どうにも憎めないんだよなあ。

 災難なのが植村中佐。ついに呼び方までアレで定着した模様。拘ってそうなったんだから、本望なんだろうか。しかしその自慢が徒になったのか、ツいていたのか。やっぱりねえ、とりあえず目立つ所に撃っちゃうよねえ。

 戦闘場面では、ロシア軍との共同戦闘なのが趣を添えてる。やっぱりねえ、あの軍はこういう戦い方が似合うというか、ハマりすぎというか。Al Stewart の Roads to Moscow でもかけながらお読みくださいな(→Youtube)。

 この巻の最大の衝撃は、最後の一行。うおおお!て感じ。健康にお気をつけ下さい、榊さん。

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2011年7月 8日 (金)

下野康史「運転 アシモからジャンボジェットまで」小学館

「ほかの鉄道会社からきたベテランのかたなんですけど、ATO(自動列車運転装置)で走っていたら、お客さんに“なんだ、ここの運転手、坐ってるだけじゃないか”って言われたらしいんです。カチンときて、無線でこれからATC(自動列車制御装置)でやりますって連絡して、次の駅でピタッと見事に電車を停止位置に止めた、なんて話もあります」  ――モノレールの運転

どんな本?

 書名どおり、あらゆる乗り物や機械の運転や操作について、その道のプロにインタビューしたルポルタージュ。多くの場合はインタビューに留まらず、同乗して運転の様子を見学し、時には実際に著者自らが運転する場面もある。対象は電車・ジャンボジェット・巨大タンカーなど知られたものから、雪上車・ホバークラフト・競艇ボートなど特殊なもの、胃カメラ・馬・アシモなど運転というより操作に近いものまで多岐に渡る。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 二玄社の雑誌「NAVI」に1999年8月号から2002年6月号に連載の記事から選択・加筆したもの。2003年3月1日初版発行。ハードカバー縦一段組み、本文約218頁+あとがき3頁。9ポイント42字×23行×218頁=210,588字、400字詰め原稿用紙で約527枚だが、各記事6~8頁の扉は見出頁をとっているので、実際にはその6/7程度、つまり原稿用紙450枚程度の分量。

 雑誌の連載記事だけあって、文章は現代的で読みやすい。多くの記事では「ATO」や「ワッチ」などの専門用語が出てくるが、大抵は記事内で解説がある。ただ、車雑誌の連載記事だけあって、「ベルト駆動」や「ストラット」など、乗り物一般に使われる言葉は解説なしで出てくる。

構成は?

電車の運転(以下、「の運転」は略す)/ジャンボジェット/潜水艦/都営バス/ヘリコプター/胃カメラ/SL/キョダイタンカー/シーカヤック/軽飛行機/スキージャンプ/雪上車/ジェットフォイル/地下鉄/ヨット/産業用ラジコンヘリ/ホバークラフト/自家用ホバークラフト/馬/トロリーバス/「保津川下り」和船/モノレール/熱気球/競艇ボート/車いすレーサー/アシモ/馬運車/グライダー/都電/リニアモーターカー
あとがき

 各記事は6~8頁で独立しているので、気になった所だけ拾い読みしてもいい。大抵の記事は先頭の扉にコクピットか乗り物自身のモノクロ写真がつく。

感想は?

 「お金をもらって色んな乗り物に乗れるなんて、ズルいぞ羨ましいぞ」というのが正直な感想。ガキっぽいのはわかってるけど、やっぱり乗り物ってのはワクワクしてしまう。しかもモノによっては著者が運転までしている。なんと羨ましい。

 こう素直に言えるのも、インタビューに登場する人の多くが、その仕事を楽しんでいるのが伝わってくるため。例えばジェットフォイル(水中翼船)に登場する山城一志船長。

「きのう来るとよかったですねえ。3メートルぐらいのいい波があったんですよ。今日くらい(波高1.5~2m)だと、港を出てからほとんど操作しなくてもいいですから」

 波乗りかい。実際、憧れてその仕事につく人も多いようで、地下鉄の運転士T氏は「子供のころからの夢だった」と語る。客にとって満員電車は窮屈なもんだが、運転士には腕のみせどころだそうで、「朝は満員だったんですけどねえ……」と、取材で自慢の腕を見せられないのを残念がっている。

 やっぱり乗り物はスピードを出す時が楽しいようで、電車でも「急行の運転は別格」で「そりゃあブッ飛ばせますから(笑)」だし、潜水艦も「水中を全速で走っているときは、気持ちがいいです」。潜水艦はスピード感だけでなく、「スピード出してると、コワイくらいに舵が利きます」と、応答速度の向上が嬉しい模様。

 逆に応答性が悪い代表は巨大タンカー。

約30km/hのナビゲーション・フルで航行中、アスタンを使って急減速をかけても(全速逆回転)、完全に停船するまでは実に7~8kmを要する。目指す港にアプローチする場合でも、15km手前から少しづつ減速していくのだという。

 運転の感覚で面白そうなのが、ホバークラフト。取材対象は大分ホバーフェリー(株)。大分空港の航走路はS字型に曲がっていて、ここを抜ける際は横滑り、つまりドリフト走行で走り抜ける。その理由もラリーカーと同じで、「いちばん速くあのS字を抜けるためのライン取り」だとか。

 そのホバークラフトを自家用にしちゃったのが、ホクセイ(株)の山下三男氏。音がすさまじく「一旦エンジンがかかったら、もう隣とは話せない」。逆に静かなのがグライダー。ただ、静穏かというとそうでもなくて、アクロバット飛行をされた著者は悲鳴をあげている。落下する感覚に弱いのかしらん。

 とても「運転」とは言えそうもないモノの記事も興味深い。読みどころが多かったのが、アシモ。「そもそも“運転する”ようなモノなのだろうか」と著者も当初は疑問を呈していたけど、答えはイエス。プレイステーションのコントローラーに似た、ただし大きさは倍ぐらいの携帯コントローラーがあって、中央部の一対のジョイスティックで指令を出します。

 自律性が高いのも良し悪しで、広瀬真人エグゼクティブ・チーフエンジニアにカメラマンが肩を組んでもらうように頼んでも断られている。「荷重の変化に反応して勝手にグニャグニャ動く」そうで。時期ネタで「原発作業に使えるか」みたいな疑問があるけど、それはできない模様。「地図情報に基づいたマップを事前にインプットしておかなければならない」。平常時ならともかく、今回みたいなケースじゃ、アチコチに崩落した落下物で障害物だらけになってるはずだし。

 「ああ、都会っ子だなあ」と感じたのが、馬。「手綱を引けば曲がってくれるし、止まってくれる。横腹を足で叩けば、動いてくれる」と、一応は乗り方の基礎を身につけながらも、「それすら果たして本当にこっちの指令によるものなのか、その確証がまったくもてない」と不安を告白している。なんとなくわかる気がする。

 この手の職業人へのインタビューによくある、自分の職業への誇りが伝わってくるのもいい。冒頭の引用は、「ボタン押し係」と揶揄されたモノレール運転士が腕を見せ付けたエピソード。ちなみに「緊急時に備えた技量維持」のため、「一日に一度、ATC(自動列車制御装置)に切り替えて、必ず手動運転をする」そうです。

 以下、余談。

 80年代にインドを旅行した時の話。初めての海外旅行とあって、ガイドブックを必死に読み漁って出かけた。「地球の歩き方」に曰く、「インドではSLが現役で走っているが、勝手に撮影してはいけない。列車も国力を測る要素の一つとして、軍事機密扱いとなっている」、と脅されビビっていた。

 西方のジャイサルメールへ向かう乗換駅でホームに入ってきたのが、期待のSL.。「おお、いいモンがきた、ぜひ近くで観察しなくては、でも捕まったら困るしなあ」などと興味シンシンで機関車を見ていたら、運転席近くで男が手招きしている。「げ、俺は捕まるのか?」と恐々よっていくと、その男、運転席の近くで喜色満面でポーズを取っている。「写真を取れ」と言言いたいらしい。

 結局、数枚の写真を取らせてもらった。今思えば、彼は運転士という職業に強い誇りを抱いていたんだろう。だから、憧れの目で見ていた私にファン・サービスしてくれたわけだ。あの国だと、乗り物の運転士の社会的地位が日本とは違うんだろう。ジャイプールでも、「俺は昔ミグ17を操縦していた」と言う男に世話になった。

 どうにも人ってのは、乗り物を運転するのに喜びと誇りを感じる生きものらしい。日本の物語に登場するロボットの多くが、パイロットが乗り込んで操縦する形態なのも、そのせいなんだろうか…などと強引にまとめてみた。

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2011年7月 7日 (木)

W.G.パゴニス&ジェフリー・クルクシャンク「山・動く 湾岸戦争に学ぶ経営戦略」同文書院インターナショナル 佐々淳行監修

 この本は『山・動く(Moving Mountains)』という題名(move mountains=あらゆる努力を払う/remove mountains=奇跡を行う)でもわかるように、56万の大軍と700万トンの軍需物質、約13万両の戦闘車両を、それも28カ国の多国籍軍との共同作戦で“地球の裏側”まで運び、大勝利をおさめた後それをまた元に戻すという、考えただけでも気が遠くなるような途方もない大事業を成し遂げた一人の職業軍人の物語である。  ――監修者あとがき

どんな本?

 湾岸戦争で後方支援(ロジスティクス、兵站と呼ばれる時もある)を指揮した(当時)合衆国陸軍中将が著したビジネス書。著者の半生・湾岸戦争の後方支援業務に就くまでのいきさつ・湾岸での業務の概要・チーム編成や組織運営のノウハウなど、幅広い内容を扱っている。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Moving Mountains - Lessons in Leadership & Logistics from the Gulf War, by William G. Pagonis, 1992。日本語版は1992年11月20日第一刷発行、私が読んだのは1993年1月4日の第5冊。この短期間に5刷とはタダゴトではない。ハードカバー縦一段組みで本文約320頁、9ポイント46字×18行×320頁=264,960字、400字詰め原稿用紙で約663枚。標準的な量かな。

 文章の読みやすさは抜群。まあ軍事物と思って構えてたら、拍子抜けするほどの丁寧な仕事っぷりだった。ただ、一部、言葉の使い方に違和感がある。私は「目的」を「大雑把な方向付け」、「目標」を「具体的な数字を示した指標」と思っていたんだが、本書では逆の意味で使っている。

構成は?

 はじめに
 謝辞
第1章 取るものもとりあえず戦場へ
第2章 後方支援専門家としての基礎訓練
第3章 後方支援専門家への道のり
第4章 それは一本の電話で始まった
第5章 「砂漠の盾」
第6章 「砂漠の嵐」から「砂漠の送別」へ
第7章 リーダーシップに必要なものは何か
第8章 リーダーシップとロジスティクスについて何を学ぶか
 監修者あとがき
 用語解説

 18頁ほどの「監修者あとがき」が親切。終盤で、この本の内容を監修者なりに箇条書きで要約してある。忙しい人は、「監修者あとがき」だけ読めば、とりあえず雰囲気はつかめる。

感想は?

 湾岸戦争のロジスティクスの概要を書いた本だと思ったら、全く違った。一応カテゴリーは「軍事/外交」としたけど、実際には経営者や組織のリーダーを目指す人向けのビジネス書に近い。湾岸戦争のエピソードも沢山出てくるけど、断片的なものばかりで、体系だてて兵站を述べた本ではない。専門的な話は控えめで、むしろ組織論・人材育成論・リーダーシップ論が中心だ。

 ビジネス書としては最近話題のピーター・ドラッカーがお気に入りらしく、随所で著作を引用している。パゴニス独自の手法の一つは、高官へのブリーフィングを比較的地位の低い兵士に任せている。

こうすることによって、上層部が唱えている「所有者」意識を養うのに役立った。またやる気を起こさせるいいきっかけにもなった。若い兵士は、チェイニー国防長官に何かを説明するチャンスをもらえるかもしれないことを知っているから、私自身によるブリーフィングをもっと注意深く聞いていたはずだ。

 下世話な部分で役立つのが、引越しのノウハウ。さすが兵站の専門家。

私は、新居の部屋に運び込むさまざまな箱や木箱を色で区別する工夫をしていた。食堂のドアには黄色、地下室は青、屋根裏部屋は赤といった具合に目印をつけた。トラックから運び出される家庭用品や箱の一つひとつにも同じ色の目印をつけ、業者がどの部屋に運び込むかを一目でわかるようにしたのだ。

 意外なのが、1980年代の湾岸の米軍基地のプレゼンス。「1980年代を通じて、米国がサウジアラビアに軍事的プレゼンスをもてたのは軍事訓練使節団がやっとだった」と、当時の存在感の薄さを示している。そこに一本の電話がかかってきて、専門家としてのパゴニス(当時)少将は、チームの一員として「計画」に携わる事となる。

 全体の方向性は「受け入れ、前進、維持」という「三段階の構造」に集約され、この標語が本書では何度も繰り返し出てくる。最優先は水で、保冷車も必須。「砂漠の太陽の下で冷蔵せずに水を放置しておくと、すぐに沸騰し、飲用に適さなくなってしまう」。「気温が50度前後にまで上昇」するとかで、そりゃねえ。

 最近の米軍は必要な物資をなるべく現地または近辺で調達する方針と聞いた事があるが、それのきっかけは湾岸戦争かも。「MRE(携帯食糧)の場合は一食四ドルと補助食品のコスト、(略)マスリ(現地の業者)の『A食(新鮮な材料を調理したばかりの食事)』は、平均で一食当り約一ドル95セントだった」。なんと半額以下。そりゃイラク戦争じゃ軍事請負会社が活躍するよなあ。

 湾岸戦争では、サウジアラビアの幹線道路沿いにMWRという名のサービス・エリアまで作っている。サウジの交通事情は相当に酷く、「人口700万の国で毎年二万七千人前後が高速道路で死亡する」とか。ちなみに日本の2010年の交通事故死者数は4,914人。これは意外な効用もあったようで。

第三国出身の運転手にも大きなメリットがあった。多くはイスラム教徒で、一日五回、何をしていようと中断して祈りをささげなければならなかった。トラック・ストップは、彼らが宗教を実践する比較的快適で安全な場所となったのである。

 これが後には前線の部隊に「屋台」でハンバーガーやコーラを振舞う「移動式簡易食堂」に発展する。アメリカ人って、そんなにハンバーガーやフライドポテトがすきなのかねえ。日本人にとってのラーメンやカツ丼みたいなもんかなあ。

 湾岸戦争で意外なのが、展開より撤退の方に手間と時間がかかっている点。なんと最終的には一年以上に及んでいる。思ったよりあっさり終わったために消費した物資が少なかった事、検疫のために車両などを全て洗浄する必要があった事、現地の対米感情に配慮して「一切の痕跡を残さず全て持ち帰る」方針だったこと、などを理由に挙げている。

サウジアラビアの多くの人にとって、サダム・フセインに突きつけられた脅威のほうが、数十万の「不信心」な米兵がやって来ることより、まだましなのだ。

 というのが、(当時の)現地の対米感情だそうで。そういえば、イラクのファルージャ掃討戦じゃサウジアラビア人がうじゃうじゃ出てきたし、911の犯人の半分以上もサウジアラビア人なんだよなあ。

 ビジネス手法としては、3インチ×5インチの「伝言カード」の紹介も、この本の特徴。詳しくは読んでのお楽しみ。これ、読みながら「iPhone か iPad で実装したら面白いだろうなあ」などと考えてしまう自分が悲しい。探せば既に誰かが作ってる気がする。

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2011年7月 5日 (火)

ジョー・ウォルトン「バッキンガムの光芒 ファージングⅢ」創元推理文庫 茂木健訳

その場しのぎの安寧を得るために、本質的な自由を放棄する者は、自由にも安寧にも値しない。
  ――ベンジャミン・フランクリン(1759)
唯一われられが恐れねばならないもの、それは恐怖それ自体である。
  ――フランクリン・D・ルーズベルト(1933)

どんな本?

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」のベストSF海外編2位を獲得した歴史改変三部作、ついに完結。1960年、ドイツと単独講和を結んだイギリスは、ナチス・ドイツ同様のファッショ体制に傾倒し、ファージング・セットの独裁が続く。前作から約10年後のロンドンを舞台に、物語は完結編に相応しい盛り上がりを見せる。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Half A Crown, by Jo Walton, 2008年。日本語訳は2010年8月31日初版発行。文庫本で縦一段組み本文約462頁+訳注6頁+村上貴史氏の解説12頁。8ポイント42字×18行×462頁=349,272字、400字詰め原稿用紙で約874枚。やや長めの長編。

 これもロンドンが主な舞台。洋物はベッツィがエリザベスだったりするんで、登場人物一覧は必須。独立した長編としても読めるけど、前作・前々作の登場人物が重要な役を担うんで、素直にシリーズ開始の「英勇たちの朝」から読み始めましょう。

どんなお話?

 幸いにもオックスフォード大学への入学が決まったエルヴィラは、カーマイケル伯父と親友のベッツィに引きずられ、社交界にデビューする羽目になった。ベッツィのお母様のミセス・メイナードは快く思っていないみたいだけど。ミセス・メイナードが娘の結婚相手に、と考えているサー・アラン・ベリンハムの誘いで、ファシストのアイアンサイド団の集会の見学に誘われた。

 監視隊、俗称ゲシュタポの隊長となったカーマイケルは、信頼できるユダヤ人部下のジェイコブスン副隊長と共に、密かにユダヤ人を海外に逃亡させていた。欧州大陸で過酷さを増すユダヤ人迫害に、イギリスも追従しようとしている。各国首脳が集まる平和会議の警備計画を煮詰めていたところに、招かれざる客、ウィンザー公エドワード八世も参加するとのニュースが飛び込んで…

感想は?

 前作を読み終えて早速これに取り掛かり、気がついたら午前三時だった。このシリーズ、尻上がりに面白くなるなあ。お話が盛り上がってるのはもちろん、やっぱりヒロインの魅力が光ってる。

 前々回は若妻、前回は若手女優だったヒロイン、今回はぐっと若くなって、大学進学を控えたエルヴィラちゃん。若いだけあって未熟な部分も多い反面、体力と行動力は飛びぬけてる。ほとんど勘当されてたり家出してたりしながらも、貴族の血を引いてた今までのヒロインと違い、正真正銘の平民出身なのも新鮮。オックスフォード進学を目指すなど、知的な部分は共通してるのは嬉しいところ。ああ、ロイストン…

 シリーズ三作を通じて「もう一方」の主役を務めるカーマイケル、なんとこの巻では「ゲシュタポ」と呼ばれる監視隊の隊長に納まってる。それでも人格は変わらず、スカウトしたジェイコブスンと共にこっそり「影の監視隊」なんてものを作ってるあたり、しぶとくなったなあ。

 社会状況は悪化の一途らしく、相変わらずノーマンビーが首相を務めてる。今まで出番の少なかったノーマンビー、今作ではラスボスに相応しくネチっこく物語に絡んでくる。やっぱり悪役はこうでなくちゃ。尊大で憎たらしい悪役がいると、物語は引き立つよねえ。

 序盤で意外な人が登場するのを始め、今までシリーズに出演した人たちが再び登場して活躍するのも読みどころ。序盤から懐かしいあの方が登場して、貴重な話を聞かせてくれます。

 前々作では上流階級の家庭事情、前作ではロンドン演劇界を楽しめたように、今回の読みどころは社交界。あまり気乗りしない様子のエルヴィラちゃんではあるけど、それでもちゃっかり雰囲気は満喫している模様。もっと気楽なもんかと思ったけど、かな~りハードです。精神的にも、肉体的にも。あれだけ思い切ったことをするだけあって、彼女は昔から奔放だった模様。

 その舞踏会の場面で登場する魅力的な脇役が、レディ・マルコム。彼女が見せる長年連れ添った夫婦の機微は、高いテンションが続くこの物語の中で、心地よい落ち着いた雰囲気を醸し出す。いや結構変な人なんだけどね。

 ファシズムが猛威をふるう国際情勢が描かれていく過程で、つくづく感じるのが、落ちぶれたとはいえ未だ「連邦」として君臨している大英帝国の栄光。そう、他国にない英国の特徴が「イギリス連邦」だ、って事。カナダ・オーストラリア・ニュージーランドなど、かつての植民地が、独立した政府と軍を持ちながら、それでも女王陛下を元首としていて、イギリス人も現実はともあれ心情的には連邦内の国に親近感を抱いている。

 それとは対照的なのがアイルランド。前回は仄めかすだけに留まったアイルランドが、今作では重要な要素として絡んでくる。史実でも第二次世界大戦ではイギリスの圧力を撥ね退け中立を貫くという、肝の据わりっぷりは筋金入りのアイルランド、今作でもあの国らしく頼もしい頑固ぶりを見せてくれる。日本外務省のアイルランドの頁の二国間関係の項は必読。

 帆船小説じゃセコい裏切り者が定番のアイルランド人だけど、アレはイングランド人によるイングランド人向けの大衆娯楽小説だからそういう役になるんで、アイルランド人の立場だと違う主張があります。そこんとこ誤解なさらぬよう。いや私アイリッシュ贔屓なんで。

 尻上がりに面白くなるこのシリーズ、今作の終盤は怒涛の展開。こういう展開って、やっぱりイギリス人なんだなあ。

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2011年7月 4日 (月)

ジョー・ウォルトン「暗殺のハムレット ファージングⅡ」創元推理文庫 茂木健訳

「なあヴァイオラ、ぼくが知ってる女優のなかで、ハムレットを演じられるのは君しかいないんだ」

どんな本?

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」のベストSF海外編2位と好評を博した歴史改変三部作の第二弾。ドイツと単独講和を結び平和を謳歌する1949年のイギリスが舞台。時系列は前作「英勇たちの朝」の数週間後。「ファージング」とは、講和を主導したイギリスの保守系政治勢力の中心一族。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Ha'Penny, by Jo Walton, 2007年。日本語訳は2010年7月30日初版発行。文庫本で縦一段組み本文約450頁+訳注10頁+三橋暁氏の解説9頁。8ポイント42字×18行×450頁=340,200字、400字詰め原稿用紙で約851枚。やや長めの長編。

 前作同様イギリスはロンドンが主な舞台。翻訳物の常で同じ人物がローリアだったりミス・ギルモアだったりするほか、今回は独特の愛称もつくんで登場人物一覧は必須。シーリアがピップだったり。一応は独立した長編となっているけど、前回の事件が今作の重要な伏線になっているんで、読む人は素直に前作「英勇たちの朝」から読み始めましょう。

どんなお話?

 貴族令嬢だが家出して自らの実力で舞台女優としてのキャリアを築き上げたヴァイオラに、魅力的な役が舞い込んできた。ハムレット役だ。その頃のロンドンでは男女の配役を逆転させる芝居が流行っていた。同じ舞台のガートルートはベテラン女優のローリア・ギルモアだ。しかも、初日にはノーマンビー首相とヒトラー総統が観にくるという。

 そのギルモアの家で爆発があった。カーマイケル警部補は相棒のロイストン巡査部長と共に現場に向かう。被害者の一人はギルモア、もう一人はマシュー・キナスンと思われる…損壊が酷いので確認できないが。化学肥料と漂白剤による手製の爆弾らしい。

感想は?

 前回はミステリの形をとっていたこのシリーズ、今回はサスペンス物となる。カーマイケル警部補&ロイストン巡査部長のコンビに、知的な若い女性の組み合わせも前回と同じ。今回のヒロインは舞台女優のヴァイオラ。彼女も登場してすぐに知的な側面を覗かせる。演出家のアントニーからオファーを受けた時の会話で、舞台全般の流れまで頭の中で組み立ててしまう。

 貴族出身でありながら、それなりに生活の苦労を知っていて、女優としてのキャリアに貪欲なのも彼女の魅力。彼女が事件に巻き込まれる形で話が進む中、彼女が女優として厳しいプロ意識を維持している由が、彼女の友人の言葉から伺えるのも嬉しい。

「とにかく、あなたらしくないわ。大きな役についているときのあなたは、絶対にデートなんかしないじゃないの」

 前回の事件は暗い未来を示唆する形で終わっていた。早速その示唆が現実となった模様で、舞台からユダヤ人が追放されている。ヒロインが政治に強い興味を抱いていないのも、前回と同じ。実力がモノをいう世界で生きてきた人に相応しく、差別意識も持ち合わせていないことが初登場の台詞でわかる。

「わたしの生まれは関係ないじゃないの」むっとした。「わたしは、1936年からこの世界で食ってるのよ。単にユダヤ人と思っていなかった、というだけのこと」

 差別意識のなさと、貴族出身を揶揄されるのを嫌っていること、そして自分の力でキャリアを築き上げたのを誇りにしている事を、この短い文で表現しきっている。

 前回はイギリスの上流階級社会を舞台にして、奉公人などを含めた家庭内の社会構造を生々しく描いたこのシリーズ、今回は舞台俳優の世界を魅力的に描いている。ロンドンの演劇界とドサまわりの関係、稽古の様子、そして上演までのスケジュールなど。特にスケジュールは驚きだった。主役のオファーから初日まで2週間とは。とんでもないハード・スケジュールだ。

 スケジュールが厳しいだけに、台本などは相当に煮詰められている…と思ったらさにあらず。まあ人によるんだろうけど、この作品内の演出家アントニーは、稽古中に役者が出したアイデアも積極的に取り入れて、ダイナミックに創り上げていく。こりゃ役者も相当に頭がよくないと勤まらない。

 脇役ではパーティで少しだけ顔を出す老貴族のロード・ウラプールが気に入った。やたらクセの強い登場人物が多いこのシリーズで、彼の朴訥な枯れっぷりは心地いい。今は亡き笠智衆あたりが友情出演で演じたらハマるだろうなあ。

 登場人物一覧にデヴリンなんて名前が出てきたり、主人公の父が元アイルランド総督だったりと、今回はアイルランドが少し絡んでくる。イギリスとアイルランドの関係もややこしいんだよね。元イングランド貴族が土着化してアイルランド貴族になったり、南(アイルランド共和国)が密かにアルスター地方(北アイルランド)に共感してたり。私は少し調べて挫折しました、はい。

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