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2011年6月27日 (月)

中村融編「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」ハヤカワ文庫SF

たいていの場合、わたしが相手となにかの共通点を持っているかどうかは、その相手がこちらの本棚にどれだけしげしげ目をやるかで、およその見当がつく。  ――アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」より

どんな本?

 SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーその1。副題は[宇宙開発SF傑作選]。SFマガジン編集部編「このSFが読みたい!2011年版」のベストSF2010回海外編で6位。私はこのシリーズじゃこれが一番好きだなあ。

 「宇宙SF」ではないところがミソで、20世紀や近未来など、比較的現実に近い世界を舞台とした作品が多い。また、「もう少し宇宙開発がうまく行った」世界など、歴史改変物が多いのも特徴。前半はややヒネったマニアックな作品が多く、終盤はロケットマニアのハートを直撃するストレートな作品で感動的に幕を閉じる。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年7月25日初版発行。文庫本で縦一段組み本文約462頁+編者あとがき11頁。9ポイント40字×17行×462頁=314,160字、400字詰め原稿用紙で約786頁。テーマが宇宙開発だけに、航空宇宙関係の専門用語が頻繁に出てくる他は、我々に馴染みの深い世界を舞台にしている作品が多いので、SF短編集の割には読みやすい作品が多い。もっとも、私の好きなテーマだから、採点が甘くなっている可能性はあるけど。

収録作は?

 作者紹介などは巻末の「編者あとがき」に詳しい。ネタバレもしていないので、先に読んでも構わない…というか、作品を読み解くヒントが書かれてたりするんで、むしろ「編者あとがき」を先に読んだ方がいいかも。

主任設計者 アンディ・ダンカン / The Chief Designer, Andy Duncan / 中村融訳
 苛烈な労働収容所でつるはしを振るっていたセルゲイ・コロリョフに、転機が訪れた。ドイツのV2号の成功に刺激されたソビエト連邦政府は、GIRD-X を作ったコロリョフの手腕を必要としたのだ。
 色々と異色でありながら、ある意味では直球な作品。第二次世界大戦時から20世紀末までのソビエト連邦→ロシアの宇宙開発の歴史を、技術開発を主導したセルゲイ・コロリョフ(Wikipedia)を中心に虚実取り混ぜて描く。我々には馴染みの薄い社会主義体制下のソビエト連邦社会、弾道ミサイルとの兼ね合い、ライバルとの軋轢、同僚や宇宙飛行士との関係…。ああいう社会での技術者の立場ってにのが、なんというか身につまされ読んでて辛かった。
サターン時代 ウイリアム・バートン / In Saturn Time, William Barton / 中村融訳
 アメリカがベトナムの泥沼から早期に足を洗い、宇宙開発計画に注力した世界では、アポロ計画が継続していた。
 いきなり「アポロ21号」ですぜ。いやあ、切ないねえ。巧くいってる計画は、有権者の支持も強く、トントン拍子で話が進む。あの調子で宇宙開発が進んでいたら、今頃は…。
電送連続体 アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター / The Wire Continuum, Arthur C. Clarke & Stephen Baxter / 中村融訳
 第二次世界大戦のバトル・オブ・ブリテンで英国空軍のパイロットとして戦い抜いたヘンリー・フォーブスと、彼の妻で「電送」研究者のスーザン・マクストンを中心に、「電送」技術が変容させていく世界で、世界を変容させる者と、その最先端を切り開き続ける者の人生を描く。
 アメリカが中心になりがちな宇宙開発物で、これは珍しく英国が重要な役割を果たす。まあ、著者は二人とも英国人だしねえ。後世の伝記作家は、この二人をどう書くのかしらん。現実の私生活を知らなきゃ、最高のコンビと評されそうな気がする。
月をぼくのポケットに ジェイムズ・ラヴグローヴ / Carry The Moon in my Pocket, James Lovegrove / 中村融訳
 宇宙オタクの小学生ルークは、乱暴者で有名なバリーに呼ばれた。なんと、月の石がある、というのだ。
 ルークはのび太、バリーがジャイアン、ケヴィンはスネオ、マンディーはしずかちゃん…とか考えると、子どもの社会ってのは、どの国でもあんまし変わらないのかも。
月その6 スティーヴン・バクスター / Moon Six, Stephen Baxter / 中村融訳
 月面で相棒のスレイドとミッションに従事していたバドが、上空を周回する司令船を見上げた時、異変は起きた。陽炎のように光がちらつき、司令船もスレイドも消えてしまった。
 原因不明の異変で、月でのミッション中に平行世界に飛んでしまった男。様々な世界、様々な社会背景、様々な技術での月面探索計画はどうなるのか、というと。
献身 エリック・チョイ / Dedication, Eric Choi / 中村融訳
 有人火星探索計画の4人のクルーの一人、エンジニアリング・スペシャリストに選ばれたオレグは、マスコミ対応が苦手だ。それでも彼が興味を持つ仕事は巧く紹介できた。前世紀、火星に軟着陸した最初の宇宙機、ヴァイキング一号の回収の意義を訴えたのだ。
 有人火星探索計画ってだけでワクワクしてくるのに、ドラマもばっちり。そりゃ宇宙開発物といえば、もうこれっきゃない、ってな感じの定番ではあるものの、ソレをどう料理するかが作家の腕の見せ所。解説を読む限り、この作品は21歳で在学中に書いた物だそうで、先が楽しみだなあ。
ワイオミング生まれの宇宙飛行士 アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション / The Astronaut From Wyoming, Adam-Troy Castro & Jerry Oltion / 浅倉久志訳
 アメリカの大衆はオカルトに傾倒して宇宙から撤退し、サウジアラビアがオイル・ダラーにモノをいわせ有人月探索計画をする時代にアレグザンダー・ドライアーは生まれた。彼の外見はパルプ雑誌のエイリアンそっくりだったが、小さな町の住民達はみな彼が普通の子供だと知っていたし、煩くつきまとうマスコミや頭のイカれた連中を追い払うのに協力してくれた。
 2007年星雲賞海外短編部門受賞。オカルトが蔓延した暗い社会を舞台で、キワモノ的な外見のアレグザンダーを主人公にしながらも、この作品集の末尾を飾るのに相応しいまっすぐな人々の情熱と生き様を描いた爽やかな作品。いかにもアメリカの田舎町に育った少年らしいアレグザンダーの人物像がいい。また、彼と友人との出会いも泣かせる。
編者あとがき――宇宙開発の光と影

 やっぱりラストの「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」は、いい。扇情的な記事を欲しがるマスコミ、あっさり煽られる大衆、科学より妄想を好む風潮などを風刺しつつ(サウジアラビアの有人月探索計画の目的には唖然とした)、古きよきアメリカの田舎町と、そこで前向きに生きる「普通の」人々を対比させ、その結晶としてアレグザンダーと「語り手」にフォーカスしていく。その模様はアメリカン・グラフィティだったり、ライト・スタッフだったり。主人公が生まれ育つワイオミングは、イエローストーン国立公園がある中西部の山間部。ある意味、ライト・スタッフの登場人物たちと同じ、アメリカのワン・ストリート・タウンで育ったカントリー・ボーイなんだよなあ。

 このシリーズ中、最も編者の翻訳が多いのも、このアンソロジーの特徴。なんと7編中6編が中村氏の訳。テーマの性格上、アイデアが陳腐化しやすいために、新しい作品が中心となっているのも大きいが、中村氏のテーマへの偏向ぶりを表してもいるように思う。この調子でもっと紹介してくださいな。

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