大森望編「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」ハヤカワ文庫SF
まったく新しい世界観が、ジョナサンの頭に浮かんだ。意思の力によって平行時間線へと旅することがいかにして可能になったのか、それで説明がつく。同時に、洗濯機の中でどうしていつも靴下の片方だけが行方不明になるのかという理由も…… イアン・ワトスン&ロベルト・クアリア「彼らの生涯の最愛の時」より
どんな本?
SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーその2。副題は[時間SF傑作選]。時間をテーマにした英米SF短編集。過去や未来への旅だったり、時間の流れが混乱した世界だったり、時間のループだったり、バリエーションは様々。エンディングで書名にもなっている「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」のせいか、センス・オブ・ワンダーというより、人情の機微に触れるしっとりした作品が多い。また、古典的名作が収録されているのもおじさんには嬉しい所。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2010年9月25日初版発行。文庫本で縦一段組み458頁+編者あとがき15頁。9ポイント40字×17行×458頁=311440字、400字詰め原稿用紙で約779枚。一般に翻訳物は敷居が高い上に、SF短編集は舞台背景やガジェットを理解するのがシンドかったりするのだが、この本は案外と素直な作品が中心になってる…スローガラスなんて魅力的なシロモノもあるけど。とまれ、テーマがテーマだけに、時制の混乱は結構あります。
収録作は?
各作品の前に編者による1頁の解説に加え、末尾の「編者あとがき」で作家の紹介もしている。
- 商人と錬金術師の門 テッド・チャン / The Merchant And The Alchemist's Gate, Ted Chiang / 大森望訳
- 教主の前に出でた商人、フワード・イブン・アッバスは、自らの体験を語る。その日、手土産を探して市場を見回っていた彼は、珍しい細工物を揃えた店を見つけ、中に招かれた。
人気沸騰中でありながら極端に寡作な作家、テッド・チャンを堪能できる短編。アラビアン・ナイトに相応しく劇中劇を展開しつつ、お伽噺ともサイエンス・フィクションともとれる不思議で感動的な物語を展開する。 - 限りなき夏 クリストファー・プリースト / An Infinite Summer, Christopher Priest / 古沢嘉通訳
- 1940年、ドイツ軍の空襲に怯えるイギリス。トマス・ジェイムズ・ロイドはテムズ川畔に佇んでいた。世界から切り離され、たったひとりで。
「活人画」「凍結者」など不気味な存在が、物語の不吉な行方を暗示する。イギリス上流の幸福な青年を見舞う、理不尽な運命。 - 彼らの生涯の最愛の時 イアン・ワトスン&ロベルト・クアリア / The Belong Time of Their Lives, Ian Watson & Roberto Quaglia / 大森望訳
- 生涯でたったひとりの恋人を捜し求める18歳の青年、ジョナサン。彼が出会った理想の女性は、彼の祖母と言ってもおかしくない年齢のエレナだった。
お話の大筋は綺麗なラブ・ストーリーなんだけど、舞台と道具立てがコメディを通り越してギャグになってる。案外とハリウッドが映画化したら女性にウケ…いや、やっぱり無理だなw - 去りにし日々の光 ボブ・ショウ / Light of Other Days, Bob Shaw / 浅倉久志訳
- わたしとセリーナはうまくやってきた…セリーナが妊娠するまでは。険悪になった夫婦仲をなんとかしようと、休暇でスロー・ガラスの国に来たのだが…
あまりに有名な古典的名作。光が通り抜けるのに長い時間がかかるスロー・ガラス、この農場で生産しているのは10年物の高級品。節電が叫ばれる今の日本、半年物があれば冷暖房費用が浮くよね…などとさもしい事を考えてしまう。 - 時の鳥 ジョージ・アレック・エフィンジャー / The Bird of Time Bears Bitter Fruit, George Alec Effinger / 浅倉久志訳
- めでたく大学を卒業したハートスタイン、親から送られたのは時間旅行。アレクサンドリアの図書館に出発すべく<管理局>へ赴いた。
「時間旅行はいいけどさ、有名な所にあらゆる未来から観光客が押しよせたら大変な混雑になるんじゃね?」という実にまっとうな疑問に対し、この解はヒドスw 彼の短編には「まったく、なんでも知ってるエイリアン」という傑作もあるんだが、あれ、何かのアンソロジーに拾ってくれないかなあ。 - 世界の終わりを見にいったとき ロバート・シルヴァ-バーグ / When We Went to See The End of The World, Robert Silverberg / 大森望訳
- ニックとジェインは、世界の終わりを見に行く観光旅行から帰ってきた。マイクとルビーのパーティーで土産話をたっぷり披露してやろうと、意気揚々と出かけたが…
シルヴァ-バーグといえば退廃ですよ退廃。彼の作品には珍しく、これは騒々しいコメディ・タッチになってる。初出が1972年というから、冷戦のさなかで米ソが核ミサイルを向け合っていた時代。 - 昨日は月曜日だった シオドア・スタージョン / Yesterday Was Monday, Theodore Sturgeon / 大森望訳
- 自動車修理工のハリー・ライトが目覚めたのは、水曜日の朝だった。昨日は月曜日だったのに。
「よくもまあ、こんなアホなことを思いつくよなあ」と感心してしまう馬鹿話。子どものころ、この手の妄想を抱いた人も多いんじゃないかな。 - 旅人の憩い デイヴィッド・I・マッスン / Traveler's Rest, David I. Masson / 伊藤典夫訳
- 最前線の<境界>で<敵>と激烈な戦いに身をおくH。なんとか持ちこたえた彼は、やっと<解任>を迎え、後方へと向かった。
読むに従い、この世界の時間と空間の奇妙な規則性が見えてくる。オチで示唆される皮肉な世界観がなんとも。 - いまひとたびの H・ビーム・パイパー / Time and Time Again, H. Beam Piper / 大森望訳
- 扇情で負傷し、気を失った43歳のアランが目覚めたとき、彼は13歳の少年になっていた。
もう一度、少年に戻れたらどうするか。1947年初出というから、第二次世界大戦の記憶も生々しい頃。同じ厭戦にしても、明るく前向きなのが、あの頃のアメリカらしい。 - 12:01P.M. リチャード・A・ルポフ / 12:01P.M. , Richard A. Lupoff / 大森望訳
- キャッスルマンが気がついたとき、いつものレキシントン街の12:01だった。
世界でただ一人、たった一時間だけを繰り返す男。たった一時間で何をするか、何ができるか。 - しばし天の祝福より遠ざかり…… ソムトウ・スチャリトクル / Absent Thee From Fekicity Awhle... , Somtow Sucharitkul / 伊藤典夫訳
- 舞台は幕切れに近く、主役のサー・フランシス・フィッツヘンリーの熱演もたけなわ。そんな時、奴らがやってきた。
今度は繰り返す時間は1日、しかも世界中の人間が記憶を維持している。ただし… 曲者スチャリトクルらしく、奴らの正体も目的もしょうもないw - 夕方、はやく イアン・ワトスン / Early, In the Evening, Ian Watson / 大森望訳
- 聖トマス教会のホプキンズ神父、今日は雪割草の説教にした。厳しい労働を終えた信徒たちが集まってくる。
奇想イアン・ワトスン、この作品でもブッ飛びのアイディアで悶えさせてくれます。単に一日を繰り返すだけじゃない、なんと… - ここがウィネトカなら、きみはジュディ F・M・バズビイ / If This is Winnetka, You Must be Judy, F. M. Busby / 室住信子訳
- ラリイ・ガースが目覚めたのは、ウィネトカだった。なら、俺は…身分証明書を見ると、35歳だ。なら、台所にいるのはジュディか。
シャッフルされた人生を生きる男。それでも、人ってのは足掻くんだよなあ。 - 編者あとがき――タイム・トラベラーの帰還
スロー・ガラスで有名な「去りにし日々の光」、お馬鹿アイディアの「昨日は月曜日だった」、不思議な時空間の「旅人の憩い」、そしてタイトルの「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」と、往年のSFファンを泣かせる作品を拾ってるのが嬉しい。どうせなら同じシリーズでもう一編、「エイリアンSF編」として「まったく、なんでも知ってるエイリアン」をぜひ←しつこい
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