今柊二「定食学入門」ちくま新書
私の定食作法は、まず汁に口をつけることである。なぜならば、汁ものでその店のよさがだいたいわかるからだ。(略)汁はその店の味のバロメーターであるといって過言ではないのだ。
どんな本?
定食とは何か。どんな定食があるのか。それぞれの定食は、いつ、誰が、どのように開発し、どのように普及してきたのか。お国柄でどんな定食があるのか。安く美味しい店はどうやって探すのか。多様な視点で定食を捉え、熱心なフィールドワークに基づき、読者の定食ライスもといライフの発展と向上を支援する、定食ファン必携の書。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2010年1月10日初版発行。新書で縦一段組み本文約206頁。9ポイント40字×16行×206頁=131,840字、400字詰め原稿用紙で約330枚。軽く読み通せる分量。テーマがテーマだけに、文章もユーモラスで楽しげだ。
構成は?
まえがき
第一章 素晴らしい定食屋にいこう!
第二章 揺れる男心が決断する「おかず」
第三章 独身男のライフライン発展史
第四章 全国の「心の基地」を訪ねて
第五章 定食学徒誕生の記
全般的に周到なフィールドワークに重点を置いた内容だが、第三章では丹念に資料を漁った成果を披露している。せっかくだから巻末に参考文献一覧をつけて欲しかった。
感想は?
胃袋が4つぐらい欲しくなる。私は煮魚より焼き魚が好きで、魚より肉のほうが好きなのだが、これを読むと「久しぶりにサバの味噌煮を食べたいなあ」なんて気分になってしまった。ああ、でもフライもいいよね。適当に鉄板でコゲたナポリタンも捨てがたいし、シラスおろしの小鉢も…とか言ってると、キリがない。
冒頭にある「定食学入門者のためのまとめ」からして、実用性は高い。
- 外からメニューがわかり、店内の様子も覗ける店を選べ
- 明るい店内と気持ちのよい接客に着目せよ
- 豊富な小鉢とお代わり自由のシステムは栄養面でもありがたい
- 女性客が多い店は、清潔で居心地がいい
さて、著者は定食の三要素を「ご飯」「おかず」「汁」としている。当たり前といっちゃ当たり前だけど、こういう「モノゴトに定義を与える」ってのは、結構重要だったりするんですよ、たぶん。だから、餃子定食にはスープがつくし、洋食メニューでもシチューがついたりする。日本人の食事感覚を、巧く言い当てていると思うんだけど、いかが?さて、著者はそのルーツの一つを、学校給食に求めている。
定食学として給食を考えると、「おかず」「パン」「ミルク」という、「食事は三種の献立から成立する」という黄金法則を日本人の深層心理に植えつけた功績を、私は評価したい。これはまさに定食における「おかず」「ご飯」「汁」の構造である。
学校給食が日本人の食事の基本構造を形作った、という分析は私にも心当たりがあって、パンかごはんがないと食事として完成しない、という感覚がある。別の言い方をするとパンかご飯があればいいんだけど、世代によっちゃパンじゃ米のメシの代役は効かないようで。
『海軍肉じゃが物語――ルーツ発掘者が語る海軍食文化史』(高森直史、光人社)によると、海軍ですべて洋食にしてはどうかという案が出て条例が変更されたのは、1890年のこと。このとき、『神戸事件』と呼ばれる騒動がおきた。
海防艦「海門」でパンばかり食べさせられている兵たちが『米を食べさせろ』とストライキにうってでたのである。「船では飯の代わりにお菓子ばかりでて、我慢できない」というのだ。
食事をおろそかにすると、軍ですら反乱が起きるのですね。さすがに私は「パンも主食になりえる」という感覚はあるけど、それでも一日一食は米を食べないと禁断症状が出る。白米の依存性はハンパじゃない。
さて、著者は「近所に大学が多い所は定食屋の宝庫」という。これは結構あたってるかも。
学生もしくは学生街の、旺盛な食欲と飽くなき好奇心、さらに若々しい味覚、そしてときには非常識なくらいの挑戦者ぶりから、「次世代の新定食」の流れがでてくるのだ。もちろん、チャレンジャー精神だけしかなかった場合の「ニューエイジ定食」はたいてい失敗に終わるので、後世には残っていない。
愛好家が多いラーメンに対し、意外と研究家の少ない定食。お国ごとの違いも多ければ組み合わせのバリエーションも豊富で、ご当地の名物との相性もいい。地方ごとに、定食研究家が名を馳せる時代になって欲しいなあ。さて、明日の昼は近所の肉屋のミックスフライ定食を食べに行くか、それとも市場の焼き魚定食にするか…
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