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2011年6月の13件の記事

2011年6月30日 (木)

ジョー・ウォルトン「英雄たちの朝 ファージングⅠ」創元推理文庫 茂木健訳

この小説は、歴史に記録された暴政のいずれかを学んだ経験があり、次になにが起きるか熟知しているにもかかわらず、つい戦慄を覚えてしまうことに静かな満足が得られる人たちのために執筆された。

どんな本?

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」のベストSF海外編で、版元の違いにも関わらず堂々の2位に輝いた歴史改変三部作の第一作目。イギリスがドイツと単独講和を結んだ世界で、「戦後」まもない1949年のイギリスが舞台。「ファージング」とは、講和を主導したイギリスの保守系政治勢力の中心一族。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Farthing, by Jo Walton, 2006年。日本語訳は2010年6月11日初版発行。文庫本で縦一段組み本文約430頁+訳注12頁+訳者あとがき8頁。8ポイント42字×18行×430頁=325,080字、400字詰め原稿用紙で約813枚。長編としてはやや長め。

 訳文そのものは読みやすいけど、ブラック・プティングなどイギリスの文化・風俗に慣れないと辛いかも。とはいっても、イギリス風味がこの作品の重要な魅力のひとつなだけに、なんとも。また、同じ人物がある時は「アンジェラ」で、別のときは「ミセス・サーキー」なのは、翻訳物の常ではあるけど、ちと面倒くさい。登場人物一覧があるから助かるけど。

どんなお話?

 ルーシーは夫のデイヴィッドと共にハンプシャー州の実家に来た。週末のパーティーに出席せよ、と母親のマーガレットに呼ばれたのだ。貴族感覚が心底染み付いたマーガレットと、進歩的なルーシーは折り合いが悪い。もともと親子の仲は冷たかった上に、ユダヤ人のデイヴィッドと結婚してからはなおさらだ。

 パーティーには、彼女の(元)一族であり、またイギリス保守政界を牛耳るファージングが勢ぞろいしていた。父で貴族院議員のチャールズ、おじで貴族院議員のダドリー、アンジェラとその夫で下院議員のジェイムズ、ダフネとその夫で下院議員のマーク。

 そんな豪華な顔ぶれのパーティーで、事件は起きた。

感想は?

 最初にお断りしておく。今の私はまだ続く「暗殺のハムレット」と「バッキンガムの栄光」を読んでいない。だからシリーズ全体を見渡す俯瞰した視点を持たない。

 この巻はミステリとして幕をあける。パーティーで起きた事件を機に警察が乗り込んできて、謎解きが始まる。主人公の一人は、ファージング一族の娘でユダヤ人と結婚したルーシー、もう一人は探偵役のカーマイケル警部補。どちらも知性的で現代的な人間として描かれる。

 ミステリとしては、謎解きの過程で明らかになる登場人物たちの意外な裏事情が、ワイドショー的なビックリで一杯。「警部補は見た!上流階級の意外な真実!」とでも題してドラマ化すればウケるだろう。ミステリには疎いんだけど、こういう複雑怪奇な愛憎関係ってミステリには多いのかしらん。

 登場人物はみなクセの強い連中ばかり。まずマーガレットがいい。生まれながらの貴族で嫌味なババ…もとい貴婦人。悪意のカケラもなく人を不愉快にさせる言葉を撒き散らし、それを当然と思っている。陰謀と人を操る術に長け、差別意識の塊で、デイヴィッドに対し平然とユダヤ人を侮蔑する。こういう賢くてしぶとい悪役がいると、ドラマは引き立つよなあ。

 マーガレットと並び毒々しく光るお方がもう一人いて、彼女の嫌味な台詞が実にいいんだけど、活躍が終盤なんでここじゃ紹介ねきない。残念。ほんと、読んでてムカつくことしきり。

 この作品を通し背景で静かに流れているのが、イギリスの階級社会と差別意識。主人公が貴族階級だったり、その夫デイヴィッドがユダヤ人であるのはまだ判りやすい方で、カーマイケル警部補のはもう少しややこしい。階級や人種ならともかく、彼がイングランド北西部ランカシャー州出身というのも、微妙に効いてくる。湖北地方になるのかな。

 そのカーマイケル警部補自身がイングランドに対し持つ複雑な感情を、彼の登場シーン早々に明かしてくれる。とにかくこの作品内のイギリス人という奴は、何かと差別したがる連中のようで。まあ、イギリスは国旗からして地域の集合体だしなあ。

 などといったドロドロした部分とは別に、「やっぱりイギリスだよなあ」と感じるのが食事のシーン。朝から「トーストにソーセージ、ベーコン、ブラック・プティングを頼む、あとフライド・ポテトも」だもんなあ。少しは野菜も取らないと胸焼けがするぞ。ボイルド・トマトもつけなさい。ただ、野ウサギのラズベリー・ソースがけってのはちょっと…。なんで向こうの人は肉に甘いソースをかけるんだろう。やっぱりポン酢と大根おろしだよねえ。いや私の趣味ですが。

 お茶に拘るのも英国。上流階級の男はミルクティーを飲むものらしく、レモンを入れるのは男らしくないと看做す人もいる模様。でも中国茶(緑茶?)にレモンをいれるのは、どうなんだろ。昔アイルランドを旅行したとき、緑茶に角砂糖がついてきてびっくりした事があったなあ。

 このお茶が登場人物を象徴するアイテムの一つになってる。作者は薄めのお茶が好みの模様。お茶と並んでルーシーとカーマイケルの共通点になっているのが、読書癖。

カーマイケルは唖然とした。版型、あるいは表紙の色でしか本を区別できない人間が、この世に存在しようとは。

 人って自分が詳しいモノは他の人も同じぐらい詳しいと思い込む傾向があって、それを巧く表してる。いや普通区別つくよね、クラークとハインラインの違いぐらい←をい

 なぜ改変した歴史を舞台にしたのかは、この巻だとぼんやりと仄めかされるだけだ。その辺はミステリの謎解きも絡んでくるので、ここでは敢えて割愛する。東京創元社のサイトに「礒部剛喜 ジョー・ウォルトン『英雄たちの朝』が暴き出す、第二次大戦下の隠された英国史」が詳しい。特にネタバレってほどでもないけど、読み解くのに参考になる。

 創元推理文庫の常で登場人物一覧があるのは嬉しい。できれば目次もつけて欲しかった。中盤まで訳注があるのを見落とすドジは私だけじゃない…と思いたい。

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2011年6月28日 (火)

ジョン・エリス「機関銃の社会史」平凡社 越智道雄訳

「これまで、多くの戦争の勝敗を分けてきたのは、士官や兵士たちの突撃と技量、勇敢さだった。しかし、今度の戦いを勝利にみちびいたのは、ケント在住のもの静かな科学に携わる紳氏だ」  ――Maxim, My Life

どんな本?

 現在は多くの軍で歩兵の主要兵器となっている機関銃。だが、意外な事に、機関銃の登場した当初は、ヨーロッパの正規軍は機関銃を冷淡に扱った。それはなぜか。どのような者がどの様に機関銃を作り、誰がどこでどのように機関銃を使ったのか。そして、主要な軍はどの様に機関銃を導入していったのか。産業革命以降の国際社会と軍事の変化を、機関銃を軸として分析する。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書の初版は1975年の The Social History of the Machine Gun, bu John Ellis。翻訳は(たぶん)1986年版を元にしてる。日本語版は1993年4月10日初版発行。ハードカバー縦一段組みで本文約282頁。9ポイント44字×17行×282頁=210,936字、400字詰め原稿用紙で約528枚。読むには手頃な分量。

 軍事系の本はお堅い言い回しが多いのだが、これは例外。むしろ軍事に疎い一般人向けに書かれた雰囲気がり、必要な専門知識は最小限で済むようになっている。ただ、私もこの一年ほどでソレナリに軍事系の本を読んできたため、この手の本に慣れたせいかもしれない。必要な知識は、士官と下士官と兵の違い・小隊と大隊と連隊の関係・騎兵と歩兵の違いなど、初歩的なレベルに収まっている。

構成は?

 1986年版への序文
第一章 新たな殺戮法
第二章 産業化された戦争
第三章 士官と紳士
第四章 植民地の拡大
第五章 悪夢――1914~16
第六章 時代の象徴
第七章 新しい戦争の流儀
 訳者あとがき
 原注
 文献補遺
 人名索引

 多忙な人は第一章だけ読めば、この本の主題はわかる。第二章以降は、第一章で述べた概要を豊富なエピソードで詳細化し裏付け、最後の第七章で再び全体を俯瞰する構成となっている。全般的に同じテーマを繰り返す感があり、作者の主張が読者の頭に入りやすい構成となっている。

感想は?

 最初にお断りしておく。私はこの作者にいい印象を持たない。最後の第七章の文が気に入らないからだ。

いまだに技術は人類を救うと信じている者もいるが、こういう楽観主義者たちは、いずれ日没までもがネオン製になっても、それに向かって意気揚々と進んでいくつもりで、実は科学技術によってその日没へと運ばれていく自らを予想するようなものだ。

 だが、読書体験としては相当に刺激的だ。とにかく内容が挑発的だし、先に述べた構成の妙もあり、読書中は大いに感情を動かされる。気に食わないが、面白いのは否応なしに認める。

 全体を通して、同じ主題が繰り返される。それはこんな感じだ。

  • 機関銃が登場した当初、欧州の主要な軍はあまり興味を示さなかった。士官の大部分は産業革命に対し保守的な地主階級の出身者で、将兵の技量や勇敢さ、騎馬突撃や銃剣を重要視していたからだ。
  • 迅速に機関銃を取り入れたのはアメリカ軍。労働者不足を機械で補う文化風土があり、軍も小規模で「頭の固い代々の士官階級」がいないのが幸いした。
  • アメリカでは民間でも機関銃が活躍した。そのひとつはギャングで、今でも映画などではトミーガン(トンプソン短機関銃)がギャングの象徴となっている。もう一つは労働争議。「トミー・ガンの二、三丁もなしで鉱山会社をやっていくのは不可能だ」
  • 欧州の軍でも植民地の征服では機関銃が大活躍した。だが欧州の主要軍はこれも無視した。「野蛮な原住民相手の戦いと、文明的な欧州軍との戦争は別」と考えていた。
  • 欧州軍に過酷な教訓を与えたのが第一次世界大戦。機関銃を効率的に使うドイツ軍に対し、多大な犠牲を払って英仏は少しづつ機関銃の有効性を学んだ。

 主題の個々の段階を、豊富なエピソードで裏打ちしていく。テーマの性質上、多くのエピソードは血生臭い虐殺となる。想像力の豊かな人には耐えられないかも。

 そのエピソードの一つがガトリング銃の発明者、リチャード・ジョーダン・ガトリングの言葉。

もし機械を、機関銃を発明できたら、とね。あの速射性があれば兵士100人分の仕事を一人でまかなえるだろう、大袈裟にいえば、それは大軍の必要性を無用にし、その結果戦禍や疫病にさらされる兵士を大幅に減らすことができるだろう、と考えたのです。

 これ、一般には「戦争の被害を減らすために大量殺戮兵器を作った」愚か者、みたく解釈される事が多いし、著者ももそんな風に解釈してるフシがあるけど、この前が重要。

それも戦いで死ぬのではなく、病気や軍務につきものの疾病が原因で死んでいくのです。

 当時は衛生概念が発達していないため、戦死より赤痢やペストで死ぬ将兵の方が多かったわけです。この辺はウイリアム・H・マクニールの「疫病の世界史」をどうぞ。

 機関銃の売り込みで頑張ったのがノーデンフェルト会社のヨーロッパ販売代理人バジル・ザハロフ。モーレツ営業の権化みたいな人で、ライバルのマクシムを蹴落とすためにマクシムのデモンストレーションに顧客のオーストリア皇太子を行かないよう工作し、デモが巧くいけば「使ってたのはノーデンフェルト社の銃だ」とデマを流し、マクシム社の工場の切削工を抱きこんで銃を故障させる。どこのバレエ漫画じゃい。

 かように頑張ったが、なんとマクシムとノーデンフェルトが合併してしまう。それでもくじけないザハロフ、今度は賄賂でバルカン半島の某国の役人を抱きこむ。この手口がまた見事。

 アフリカでは活躍した機関銃だが、アジアじゃ様子が違った模様。

ビルマの地形は機関銃には向かず、ほとんど使われなかったらしい。インド遠征でも、地形が大きな問題となった。とくに北西辺境部の地形は機関銃には致命的だったようだ。この山岳地帯では、いつでも機関銃よりも曲射砲(迫撃砲)の方が優先的に使われた。

 当時の「インド」はパキスタンを含むから、今のトライバル・エリアかしらん。あの辺は今でもパキスタン政府が掌握しきれてない地域で、タリバンの格好の隠れ家になってるんだよね。そりゃISAFも苦労するわ。

 機関銃は兵を魅了する不思議な力を持っているようで、それをうかがわせるエピソードも幾つか載ってる。以下はイギリス軍に入隊したアフリカ人の話。

「この下士官はイギリス軍に入ったきっかけからして特殊だった。彼はスーダンでイギリス軍と戦ったときに、すっかりマクシム銃の虜となった。そしてスーダンからアフリカ大陸を歩いて横断し、西アフリカ辺境部隊に入隊を希望した。最初からそこで働きたいという、明確な目的意識を持って入隊したのだ」

 他にも頭が固く機関銃に対応した訓練ができない欧州の軍に対し、常に前線に身を置くギャングは熱心に練習していたなど、面白エピソードが満載。

 今の兵器で、当時の機関銃に該当するのはロボット兵器かしらん。あれも米軍じゃ前線の兵には評判がいいけど、反発する勢力も多い模様。PCやインターネットにも拒否感を示す年配の経営者は多いし、人って、いつもそんなモンなのかしらん。

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2011年6月27日 (月)

中村融編「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」ハヤカワ文庫SF

たいていの場合、わたしが相手となにかの共通点を持っているかどうかは、その相手がこちらの本棚にどれだけしげしげ目をやるかで、およその見当がつく。  ――アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」より

どんな本?

 SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーその1。副題は[宇宙開発SF傑作選]。SFマガジン編集部編「このSFが読みたい!2011年版」のベストSF2010回海外編で6位。私はこのシリーズじゃこれが一番好きだなあ。

 「宇宙SF」ではないところがミソで、20世紀や近未来など、比較的現実に近い世界を舞台とした作品が多い。また、「もう少し宇宙開発がうまく行った」世界など、歴史改変物が多いのも特徴。前半はややヒネったマニアックな作品が多く、終盤はロケットマニアのハートを直撃するストレートな作品で感動的に幕を閉じる。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年7月25日初版発行。文庫本で縦一段組み本文約462頁+編者あとがき11頁。9ポイント40字×17行×462頁=314,160字、400字詰め原稿用紙で約786頁。テーマが宇宙開発だけに、航空宇宙関係の専門用語が頻繁に出てくる他は、我々に馴染みの深い世界を舞台にしている作品が多いので、SF短編集の割には読みやすい作品が多い。もっとも、私の好きなテーマだから、採点が甘くなっている可能性はあるけど。

収録作は?

 作者紹介などは巻末の「編者あとがき」に詳しい。ネタバレもしていないので、先に読んでも構わない…というか、作品を読み解くヒントが書かれてたりするんで、むしろ「編者あとがき」を先に読んだ方がいいかも。

主任設計者 アンディ・ダンカン / The Chief Designer, Andy Duncan / 中村融訳
 苛烈な労働収容所でつるはしを振るっていたセルゲイ・コロリョフに、転機が訪れた。ドイツのV2号の成功に刺激されたソビエト連邦政府は、GIRD-X を作ったコロリョフの手腕を必要としたのだ。
 色々と異色でありながら、ある意味では直球な作品。第二次世界大戦時から20世紀末までのソビエト連邦→ロシアの宇宙開発の歴史を、技術開発を主導したセルゲイ・コロリョフ(Wikipedia)を中心に虚実取り混ぜて描く。我々には馴染みの薄い社会主義体制下のソビエト連邦社会、弾道ミサイルとの兼ね合い、ライバルとの軋轢、同僚や宇宙飛行士との関係…。ああいう社会での技術者の立場ってにのが、なんというか身につまされ読んでて辛かった。
サターン時代 ウイリアム・バートン / In Saturn Time, William Barton / 中村融訳
 アメリカがベトナムの泥沼から早期に足を洗い、宇宙開発計画に注力した世界では、アポロ計画が継続していた。
 いきなり「アポロ21号」ですぜ。いやあ、切ないねえ。巧くいってる計画は、有権者の支持も強く、トントン拍子で話が進む。あの調子で宇宙開発が進んでいたら、今頃は…。
電送連続体 アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター / The Wire Continuum, Arthur C. Clarke & Stephen Baxter / 中村融訳
 第二次世界大戦のバトル・オブ・ブリテンで英国空軍のパイロットとして戦い抜いたヘンリー・フォーブスと、彼の妻で「電送」研究者のスーザン・マクストンを中心に、「電送」技術が変容させていく世界で、世界を変容させる者と、その最先端を切り開き続ける者の人生を描く。
 アメリカが中心になりがちな宇宙開発物で、これは珍しく英国が重要な役割を果たす。まあ、著者は二人とも英国人だしねえ。後世の伝記作家は、この二人をどう書くのかしらん。現実の私生活を知らなきゃ、最高のコンビと評されそうな気がする。
月をぼくのポケットに ジェイムズ・ラヴグローヴ / Carry The Moon in my Pocket, James Lovegrove / 中村融訳
 宇宙オタクの小学生ルークは、乱暴者で有名なバリーに呼ばれた。なんと、月の石がある、というのだ。
 ルークはのび太、バリーがジャイアン、ケヴィンはスネオ、マンディーはしずかちゃん…とか考えると、子どもの社会ってのは、どの国でもあんまし変わらないのかも。
月その6 スティーヴン・バクスター / Moon Six, Stephen Baxter / 中村融訳
 月面で相棒のスレイドとミッションに従事していたバドが、上空を周回する司令船を見上げた時、異変は起きた。陽炎のように光がちらつき、司令船もスレイドも消えてしまった。
 原因不明の異変で、月でのミッション中に平行世界に飛んでしまった男。様々な世界、様々な社会背景、様々な技術での月面探索計画はどうなるのか、というと。
献身 エリック・チョイ / Dedication, Eric Choi / 中村融訳
 有人火星探索計画の4人のクルーの一人、エンジニアリング・スペシャリストに選ばれたオレグは、マスコミ対応が苦手だ。それでも彼が興味を持つ仕事は巧く紹介できた。前世紀、火星に軟着陸した最初の宇宙機、ヴァイキング一号の回収の意義を訴えたのだ。
 有人火星探索計画ってだけでワクワクしてくるのに、ドラマもばっちり。そりゃ宇宙開発物といえば、もうこれっきゃない、ってな感じの定番ではあるものの、ソレをどう料理するかが作家の腕の見せ所。解説を読む限り、この作品は21歳で在学中に書いた物だそうで、先が楽しみだなあ。
ワイオミング生まれの宇宙飛行士 アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション / The Astronaut From Wyoming, Adam-Troy Castro & Jerry Oltion / 浅倉久志訳
 アメリカの大衆はオカルトに傾倒して宇宙から撤退し、サウジアラビアがオイル・ダラーにモノをいわせ有人月探索計画をする時代にアレグザンダー・ドライアーは生まれた。彼の外見はパルプ雑誌のエイリアンそっくりだったが、小さな町の住民達はみな彼が普通の子供だと知っていたし、煩くつきまとうマスコミや頭のイカれた連中を追い払うのに協力してくれた。
 2007年星雲賞海外短編部門受賞。オカルトが蔓延した暗い社会を舞台で、キワモノ的な外見のアレグザンダーを主人公にしながらも、この作品集の末尾を飾るのに相応しいまっすぐな人々の情熱と生き様を描いた爽やかな作品。いかにもアメリカの田舎町に育った少年らしいアレグザンダーの人物像がいい。また、彼と友人との出会いも泣かせる。
編者あとがき――宇宙開発の光と影

 やっぱりラストの「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」は、いい。扇情的な記事を欲しがるマスコミ、あっさり煽られる大衆、科学より妄想を好む風潮などを風刺しつつ(サウジアラビアの有人月探索計画の目的には唖然とした)、古きよきアメリカの田舎町と、そこで前向きに生きる「普通の」人々を対比させ、その結晶としてアレグザンダーと「語り手」にフォーカスしていく。その模様はアメリカン・グラフィティだったり、ライト・スタッフだったり。主人公が生まれ育つワイオミングは、イエローストーン国立公園がある中西部の山間部。ある意味、ライト・スタッフの登場人物たちと同じ、アメリカのワン・ストリート・タウンで育ったカントリー・ボーイなんだよなあ。

 このシリーズ中、最も編者の翻訳が多いのも、このアンソロジーの特徴。なんと7編中6編が中村氏の訳。テーマの性格上、アイデアが陳腐化しやすいために、新しい作品が中心となっているのも大きいが、中村氏のテーマへの偏向ぶりを表してもいるように思う。この調子でもっと紹介してくださいな。

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2011年6月24日 (金)

アルフレッド・W・クロスビー「飛び道具の人類史 火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで」紀伊国屋書店 小沢八重子訳

 爆発という現象は、火と雷鳴に魅了される人類の原始的な感情を刺激する。それはまた、幼い子どもや酔っ払いが石や食物や排泄物などを手当たりしだいに投げて発散する類の凶暴な感情に、吐け口を与える。何かを爆発させることで、私たちは原始的な自己表現をはなばなしく行うことができるのだ。

どんな本?

 ヒトを「二足歩行し、ものを投げ、火を操る動物」と定義し、投石・投げ槍・スリング・アトラトゥル・鉄砲・大砲からパイオニア10号まで、「離れたところに物をとばす技術」を具体的に紹介しつつ、人類史を俯瞰する。前1/3は考古学、中盤は武器と戦争の歴史、そして終盤は宇宙開発の現代史という構成。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Throwing Fire, Projectile Technology Through History, By Alfred W. Crosby, 2002。日本語訳は2006年5月11日第一刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約260頁。9ポイント43字×18行×260頁=201,240字、400字詰め原稿用紙で約504枚。この手の本にしては手ごろな容量。

 お堅い内容にも関わらず、文章は比較的読みやすい。モノクロだがイラストや写真を所々に掲載しているのもありがたい。柱のレイアウト少し変わってて、奇数頁の左上に縦組みでつけているのがオシャレかも。

構成は?

 はじめに
なぜ人類はかくも繁栄したのか
 第一章 直立二足歩行の出現――鮮新世
第一の加速 ものを投げる、火を操る
 第二章 「人の強さは投げるものしだい」――鮮新世と更新世
 第三章 「地球を料理する」――更新世と完新世
 第四章 「人類と動物界の大激変(カタストロフィ)」――後期旧石器時代
 第五章 飛び道具の発展――職人技からテクノロジーへ
第二の加速 火薬
 第六章 中国不老不死の霊薬(エリクシル)――火薬の起源
 第七章 「火薬帝国」の誕生
 第八章 機関銃・大砲・第一次世界大戦
第三の加速 地球外空間と原始内空間へ
 第九章 V-2と原子爆弾
 第十章 はるかなる宇宙へ
第四の加速 ふたたび、地球へ
 訳者あとがき
 註
 人名索引

 註は参考文献で、27頁もある。つまりは真面目で本格的な研究書だってこと。そのわりに読みやすいのは著者の力量か、訳者の文章力のせいか。

感想は?

 大きく分けて3つの部分に分かれている。序盤は考古学的な内容、中盤はウィリアム・マクニールの「戦争の世界史」や創元社の「戦闘技術の歴史」とカブる武器を中心とした世界史、そして終盤はフォン・ブラウンに代表されるロケットの現代史だ。マクニールの大容量に消化不良を起こしそうな人には、手ごろな分量かも。

 まずは二足歩行で前肢が解放された影響について、オーウェン・ラヴジョイの解釈が興味深い。

ものをもち運べるようになったことを重視している。食物をもち帰って分け合うという行為は家族とバンドに対する忠誠心をはぐくみ、子どもを連れ歩くのが容易になったことは生き残る確率を大いに高めただろう。

 食べられるものを増やし飢えの危険を減らすという火の効用も、言われてみれば納得。

 大型動物のほとんどは限られた種類の食物に依存して生きており、それらが不足すると餓死の危険に曝される。ヒトは加熱調理することで、利用できる栄養源の種類を大幅に増やした。

 コアラやパンダは凄い偏食だもんねえ。食いだおれこそヒトの本質なのです←違うと思う

 次に来るのは武器。まずは石。投石というと原始的な武器に思えるけど、熟練の使い手にかかれば優れた武器になるとかで。

18世紀のフランスの探検家コント・デ・ラ・ペルーズ[1741~88]はポリネシアのナヴィゲーター諸島(サモア諸島)を探検したときに、水を手に入れるために61人のパーティーをトゥトゥイラ島に上陸させた。ポリネシア人は最大1400gもの石を(略)投げつけて、彼らを迎え撃った。このミサイルは(略)「マスケット銃より速射性に優れているという利点があった」。この石礫によって、上陸したパーティーのうち12人が殺された。

 石も侮れない。次に来るのは投げ槍。これも槍の尻にヒモを引っ掛けるアトゥラトゥルを使うと効果抜群で、「今日、厳選された素材で入念につくったアトゥラトゥルを使って名人がダートを投げると、その飛距離は一貫して200メートルを超える」とか。

 ただ、「投げるためには立ち上がって一、二歩すばやく踏み出し、勢いよく腕を頭上に振りかざさなければならない」。予備動作と空間が必要で、自分を獲物に晒さなきゃいけないのが欠点。投石ひも(スリング)も同じ欠点があり、かつ命中精度が悪いとか。

 この欠点を克服したのが弓。単一素材の長弓が、複合素材の合成弓に進歩する。「1789年、オスマントルコのセリム三世は889メートルの飛距離を出したという」。けど弓は熟練が必要。これを改良したのがクロスボウ…とか武器の歴史を手繰るとキリがない。

 ドッカンと時代を飛んでナチスドイツの長距離砲V-3のお馬鹿加減は凄い。

この大砲は、砲身長150メートルという極端に長い滑腔砲で、それゆえ自然の斜面か傾斜をつけた発射台ないしトンネルに据えつける。砲身に沿って、多数の薬室を枝上に設ける。(略)砲弾が砲腔内を前進するにつれて、電気回路によって補助薬室の装薬が次々と着火して、その燃焼ガスが砲弾を加速する。その結果、砲弾は(略)成層圏を通って160km離れたイギリスの首都まで到達する。

 結局は連合軍の空襲で失敗したようだけど、そもそも照準を変えられない砲に何の意味があるのやらw
 ナチス・ドイツの新兵器の非効率ぶりは有名なV-2も同様で、「『中央工場』で使役された約六万人の労働者のうち、およそ二万人が死亡した」。その成果は、というと。

イギリスに飛来したV-2は1000機ないし1300機で、6300人を負傷させ、2700人を殺した。イギリスおよびその他の地域でV-2によって殺された人間の総数は、このロケットを製造中に死亡した奴隷労働者より少なかった。

 その金と労力をUボートに回してれば…
 物語は終盤、米ソの宇宙開発競争からアポロが映した地球の写真を通し、太陽系から脱出しつつあるパイオニア10号で幕を閉じる。いやあ、爆発は男のロマンだよねえ←ちがうだろ

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2011年6月22日 (水)

恒川光太郎「夜市」角川ホラー文庫

 今宵は、夜市が開かれる。
 夕闇の迫る空にそう告げたのは、学校蝙蝠だった。学校蝙蝠は小学校や中学校の屋根や壁の隙間に住んでいる生き物で、夜になると虫を食べに空を飛びまわるのだ。  ――夜市

どんな本?

 第12回(2005年)日本ホラー小説大賞受賞作の「夜市」と、それに続く受賞第一作「風の古道」を収録した処女作品集。いずれも、日常から少し逸れた世界に迷い込んでしまった少年の目を通して、この世界とは異なった道理が働く、異形と怪異に満ちた、だが少し懐かしい雰囲気の世界と、そこで生きる者たちを語る。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 初出は野性時代2005年7月号。2005年10月に角川書店より単行本で刊行。私が読んだのは角川文庫版で2008年5月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約204頁。9ポイント40字×16行×204頁=130,560字、400字詰め原稿用紙で約327枚。文庫本としても軽い部類。

 文章の読みやすさは抜群。「学校蝙蝠」など不思議な言葉は出てくるものの、この人の手にかかると妙に聞きなれた言葉になってしまうから不思議。

収録作は?

 「夜市」と「風の古道」の二作を収録している。いずれも長めの短編というか、短めの中篇というか。

夜市(よいち)
 大学二年のいずみは、元同級生の裕司に誘われて、夜市に出かけた。岬の公園の奥、森の細い林道に向こう、ほのかに光る青い光の中で、夜市が開かれていた。そこには静かに無数の店が並び、奇妙なものばかりが売られていた。
 出だしの「学校蝙蝠」が、この作家の特徴を巧く現している。幼い頃に友達と交わした「不思議な物語」、いわゆる都市伝説に触れた時の感触を、鮮かに思い出す。口裂け女とか、あの手のシロモノ。文庫本で90頁ちょいの短い作品にも関わらず、そういった「奇妙な人物・ものごと」のエピソードが、ぎっしり詰まっている。
 ホラーと銘打つだけあって、夜市に出る店も奇妙な品揃えばかり。いきなり「岩に突き刺さった何でも切れる剣」なんてのが出てきて、「ははあ、こりゃエクスカリバーの類か」などと思ったら…。このヒネり具合には脱帽。
 「こりゃ油断できんわい、たしかに露店って胡散臭いよね」などと思って読み進めると、物語はとんでもない方向へと進んでいく。語り口こそ静かで朴訥な感すらあるものの、読後感は壮大で爽快。
風の古道
 私は7歳の時、父につられ小金井公園に花見に行った時、はぐれてその古道に迷い込んだ。その道は舗装もされておらず、両側に家が立ち並んでいるものの、どの家の玄関も道に面していない。電信柱も郵便ポストも駐車場もなく、人気もなかった。
 前作の「夜市」同様、異世界に迷い込んだ者の物語。やはり前作同様に登場人物は再び同じ世界に足を踏み入れ、その怪異に触れる。微妙にこの世界と接触を保ち共存しつつ、だが密かに存在を続ける「古道」。
 この作品でも、古道の中で、または関わりながら生きている者たちの物語が豊かに語られる。未舗装であることでわかるように、この世界と共存しつつも、微妙にノスタルジックな雰囲気の世界だ…と思ったら、微妙に「夜市」の世界とリンクしている模様。

 いずれも軽く読み通せるものの、物語は二転三転し、スポットを浴びる人物も移り変わっていく。または千一夜物語のように、入れ子構造で物語が語られる。かと言って決してややこしい構造をしているわけではない。幼い頃、興奮と少しの恐怖が混ざった気持ちで夜店よ冷やかした、あの気持ちが甦ってくる。

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2011年6月21日 (火)

K・エリック・ドレクスラー「創造する機械 ナノテクノロジー」パーソナルメディア 相澤益男訳

 医師の目的は、病気の組織を健康にすることである。しかし、薬と手術による治療では、組織による自己修復を活性化するにすぎない。ところが分子マシンを使えば、もっと直接的に組織を修復できるのだ。まさしく医療の新時代到来である。

どんな本?

 SFやアニメでお馴染みの「ナノテクノロジー」「ナノマシン」という概念を、一般に啓蒙した原典として有名な本。科学者が書いた本だけあって、警告はあるものの、全般的に技術の進歩を吉兆と捕え、「皆さんにはワクワクするような未来が待っていますよ」と読者を「挑発」するトーンで貫かれている。

 ナノマシンばかりが注目されるが、実際の内容は、当時進行しつつある二つの技術革新を根拠として、科学技術の進歩の加速と、それが社会にもたらす「革命」を予言した本だ。技術革新の一つは書名にある「ナノテクノロジー」であり、もう一つは情報技術である。原書が四半世紀前の1986年出版なので、その一つ、情報技術の革新は既に我々の生活に入り込み、身近な存在となっている。現実と比べ検証しながら読むと楽しいだろう。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Engines of Creation - The Coming Era of Nanotechnology, by K. Eric Drexler, 1986年の出版。日本語版は1992年2月1日初版発行。ハードカバー縦一段組みで本文約323頁。9ポイント43字×18行×323頁=250,002字、400字詰め原稿用紙で約626枚。

 一般向けの科学解説書だけに、内容はそれほど難しくない。が、読み進めるのは結構しんどい。問題は二つ。

 まずは、言葉の問題。「ヌクレオチド」や「リボソーム」などの専門用語は出てくるが、巻末の用語解説を参照しよう。ただ、著者が創造した言葉、「アセンブラー」や「レプリケータ」などと混在してるのは困りもの。

 もう一つは、訳の問題。時折、酷い悪文がある。また、単語の使い方も配慮に欠ける。例えば217頁。「鉛の原子は、82個の陽子と100個以上の中性子だ。ニュートロンを分離すれば数分の間に崩壊してしまう」って文、「ニュートロン」なんて使わず「中性子」に統一すればいいのに。下訳を複数人使い、それを相澤氏が監修したんだろうけど、監修作業がちと雑な感がある。

構成は?

  訳者まえがき
  まえがき(マービン・ミンスキー)
  謝辞
Ⅰ部 未来の展望
 1章 つくる機械
 2章 変化の原理
 3章 予測と計画
Ⅱ部 可能性のプロフィール
 4章 豊かにする機械
 5章 考える機械
 6章 地球を越えた世界
 7章 治療する機械
 8章 開かれた世界での長寿
 9章 未来への扉
 10章 成長の限界
Ⅲ部 危機と希望
 11章 崩壊する機械
 12章 戦略と生存
 13章 事実を見出す
 14章 知識のネットワーク
 15章 満ち足りた世界、そして時間
  あとがき1990
  日本語版あとがき
  用語解説
  参考文献
  索引

 一般読者にとって、用語解説は必須。

感想は?

 今読むと、ちょっと複雑な気分になってくる。四半世紀前に書かれた本なので、予言の一部は既に成就しちゃってるのだ。

 もう一度、本書の概要を述べよう。本書は、二つの技術革新、すなわちナノテクノロジーと情報技術の進歩を根拠として、科学技術が社会を大きく変革する、と予言している。

 そのうち後者、つまり情報技術の革新は既に身近なものとなっている。例えば、本書で「ハイパーテキスト」と呼んでいる機能、つまりはウェブだ。これが、格好の検証材料になってしまった。

 まず、当っている部分。「情報を効率的に集めるには、分散化が必要だ」とある。「すべての人に書かせ、使う度ごとに、自動的に制作者にロイヤリティーを支払うシステム」を提案しているが、現実には広告が巧く機能している…私のように見栄と自己満足という得体の知れない欲望で書く人もいて、その成功モデルは Wikipedia だろう。

 また、文献検索の効率化も利点として挙げている。紙の本に比べ、検索が高速化するため、研究・開発を加速する、と。検索は Google という決定版があるし、最近は GoogleBooks で本や雑誌をスキャンして取り込んでいる。

 外れている部分もある。例えば「人々に公開の話し合いの場を提供する事で、優れた意見だけを掬い上げるしくみができるだろう」という意見。残念ながら、今の2ちゃんや Twitter はノイズの方が圧倒的に多い。むしろデマの拡散装置になってしまっている部分すら、ある。まあ、この辺は、コミュニティー、2ちゃんなら板によりけりなのかも。

 なにより、最大の見落としは、人々のコミュニケーションへの欲望を失念した点だろう。2ちゃん・mixi・Twitter など、有名なサービスの共通点は、人々のコミュニケーションを促す点だ。オンラインRPGも、大抵はチャット機能がついている(やったことないけど)。まさかハイパーテキストが出会い系の道具になるなんて、流石のドレクスラーも想像できなかったようだ。

 とまれ、ハイパーテキストがドレクスラーの予想を超えたヒットになったのは事実。ただ、彼が思ったほど高尚な形ではないけど。「科学者や工学者って、大衆の下世話な欲望を見落としがちなよなあ」などと考えつつ。

 本書のメインディッシュは、もう一つの技術革新、ナノテクノロジー。こちらは未だブレイクスルーが訪れていない分、予言が持つ期待感も色褪せていない。

 私の様な者に嬉しいのが、DNA修復技術。どうやって欠陥を見つけ出すかというと。

 実際には、修復マシンはDNAを数個の細胞と比較し、修正したコピーを作り、これをスタンダードとして、組織全体のDNAをチェックして修復するのである。数本の分子鎖を比較することによって、修復マシンの信頼度は自然の修復酵素をはるかに凌ぐようになるのである。

 多数決で多数票を獲得した配列を正常と看做すわけです。ああ、早く実現してくれ、頭髪の砂漠化が加速しているんだ。ちなみにドレクスラー博士は、裏表紙の写真を見る限り額の両脇からM字型に進行するタイプの模様←をい。
 私は昔から人体にナノマシンを入れる事にひとつ懸念があって、それは細胞内にナノマシンなんかを入れる余裕があるのか、という事。細胞が膨れ上がって「脳が痛え」状態になったら嫌だなあ、などと思ってたんだけど。

 細胞内にはこれくらいのスペースはあるものだ。脳細胞さえ、リポフシンといわれる無害な廃物が10%ぐらい占めても、正常な機能を保っている。

 これはひと安心。このマシン、どれぐらいの速度で仕事をするのか、というと。

 アセンブラーの作業は実に速い。カーボニックアンヒドラーゼとかケトステロイドイソメラーゼのような酵素は、一秒あたり100万個の分子を変換できる。(略)アセンブラーのアームの長さは、人間の腕の 1/5千万 程度であるので、人間の腕よりも5000万倍も速く動くことができるに違いない。

 そういえば細胞分裂は20分ほどだったっけ。
 この本のもう一つの主題は、新技術に対する社会の対応。例えばバイオスタシス(肉体凍結・蘇生技術)に対し、世間の反応がイマイチ鈍い理由を6個挙げている。1)今はまだ細胞修復マシンがない 2)小さなマシンにはドラマがない 3)とても信じられない 4)素晴らしすぎて本当とは思えない 5)今は医者が使っていない 6)まだ動作が証明されていない。

 2)ではコンピュータの例を挙げている。事実は平凡で、「相互にオン・オフできる電気スイッチを小さくできる」だけ。だがその結果は、コンピュータや携帯電話となった。5)も、外科手術で使う麻酔の例を挙げている。

 1846年、モートンとワレンはエーテル麻酔を発表し、「時の大発見」と世界を驚愕させた。(略)
 それでも、1839年までは、痛みを克服するなどということはとてもできない夢であると、多くの外科医が考えていた。アルフレッド・ヴェルポー博士は、「外科手術の痛みをなくすなどとはまったくの妄想でしかない(略)」と言明したほどである。

 今はまだ物語の中にしかないナノマシン。だが、それが実現したら、どんなに素晴らしいことか。まずは毛母細胞の修復をぜひ←しつこい

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2011年6月19日 (日)

山口優「シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約(ちかひ)」徳間文庫

「…俺が、家族に対し、恋人に対し、ダチに対し、誇れることは何ひとつなくなってしまうじゃないか。俺は俺自身の足で立っていたい。生きていたい。そういうことなんだ。ただ生かされるだけじゃ駄目なんだよそれは、本質的に生きていないんだ。それもまた、人である、ということなんだよ」

どんな本?

 第11回(2009年)日本SF新人賞受賞作。21世紀前半、人類は宇宙の異変により滅亡の淵に立たされる。神話・宇宙論・AI・ガジェット、そして大量の過去作品へのオマージュを惜しげもなく大量に投入しつつ、波乱万丈のストーリーと激しいバトルを繰り広げ、新人離れした豪腕で王道の感動へと収束する。

 宇宙を舞台にしたスペースオペラであり、色とりどりのアイディアが頻発するワイドスクリーン・バロックであり、ハイテクと人類の関係を探るポスト・サーバーパンクであり、そして何よりキッチリと風呂敷をたたむ娯楽作品だ。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年11月15日初版発行。文庫版縦一段組みで本文約550頁。9ポイント40字×17行×550頁=374,000字、400字詰め原稿用紙で約935枚。

 文章そのものは平易だけど、出てくる言葉がやたら難しい。冒頭からいきなり「量子干渉性」や「GUT粒子」とかが出てくる。まあ、細かい事は気にせず「おお、ハッタリが効いてるねえ」ぐらいに受け取っておこう。他にも中盤以降、Superior High-Phisics Estimation Machineries 略して SHEM とか、頭文字をとった略語が頻出するけど、序盤に出てくる ISCO(国際時空保全機構)と AUVR(全天紫外可視光輻射現象)ぐらいを抑えてけば充分。

どんなお話?

 2030年、宇宙背景放射がシフトし、肉眼でも紫色に見えるようになる。「このままでは人類は滅亡する」と学者は警告する。国連は ISCO を立ち上げ、人為的に人工知能の爆発的進化、すなわちシンギュラリティを起こそうとするが、それに反発するテロリストもいた。

 テロで右腕を失い義手となった若きエリート軍人リヴカ・セアラは、実験の推進者ゴッドフォード博士と共に、軌道上のシンギュラリティ実験施設<ヘヴン>にいた。そこに、日本自衛軍より強奪された宇宙戦闘機<ヤタガラス>が突然接近してくる。

感想は?

 濃い。そのくせ、新人とは思えない完成度。とにかくネタの量がとんでもなく多い。各章の冒頭で古事記を引用しているし、ヘヴンなんて名前でもわかるように、神話・伝説関係を巧く使っている。次に、舞台が「宇宙背景放射の異常」なだけに、物理関係の宇宙論がでてくる。また、書名にあるように、シンギュラリティも重要なテーマだ。となれば、コンピュータとネットワーク関係もハードウェアから計算理論まで、怪しげなのから肯けるのまで、色とりどりの屁理屈が押しよせる。

 というと、ナニやら堅くて小難しく破綻したお話になりそうなモンだが、とんでもない。主人公のリヴカ・セアラ、イスラエルの軍人にしてストロベリー・ブロンドの美女。己を律する強靭な意志と前向きで現実的な志向、そしてダイナマイトなボディーを備えた29歳。ガンダムで言えば黒くないハマーン様かな。

 対する天夢(あむ)ちゃんは10代半ばで黒髪ロングの知的でクールな貧乳美少女、一人称は「我」で二人称は「汝」。ツボを心得てます。これでポニーテールならガンパレの芝村舞なんだが。

 場面は激しいアクションの連続。いきなりテルアビブでのテロに始まり、すぐ軌道上での宇宙戦闘機の迎撃となる。剣を使った接近戦から戦艦との宇宙艦隊戦まで、スケールも大小取り揃えてる。

 バトルに出てくるガジェットの数々が、これまた魅力的。宇宙戦闘機ヤタガラスの武器なんて、おもわず「ロボットアニメかい!」と突っ込みを入れたくなる懐かしいギミック。接近戦の武器となる ATB なんて、対戦車用の剣ですぜ。視覚効果もバッチリで、ちゃんと派手な爆発を起こすようになってる。

 終盤近くの艦隊戦もド派手で、戦艦の主砲も「なるほど、アレをこう使いますか~」と感心してしまう。全般的に宇宙空間が舞台のシーンが多くて、ラグランジュ・ポイントに位置し自転で人工重力を実現している実験施設のデザインも凝ってる。この基地が艦隊相手に防戦するガジェットも「うおお、巧いぜ」と感激してしまった。そんなわけで、本格的なスペース・オペラの側面もある。

 古事記を始めとする過去作品のネタの量もハンパじゃない。全天紫外可視光輻射現象からして「宇宙のステルヴィア」を思わせるし、戦艦昴の艦首がアレなのはヤマトかな。ちょこっと小松左京の「果てしなき流れの果てに」の一シーンを連想させる場面もなかなか。ええ、もちろん、ガンダムもありますとも。

 その上で、危機の契機となる宇宙背景放射の異常を説明する宇宙論から、書名にもなっているシンギュラリティ、そして人工知能を通してSFの王道となる問題、すなわち「人類の本質」にまで話を広げ、ちゃんとそれぞれに解を示すからたまらない。

 ここまで硬軟様々なネタをブチ込めば物語として収集がつかなくなりそうだけど、これがキチンと綺麗に風呂敷を畳んでいるから凄い。とてもじゃないが新人とは思えない手際のよさ。ラストは、初期のジェイムズ・P・ホーガンを髣髴とさせる爽快さ。いやはや、とんでもない新人が出てきたもんだ。

 某ベテラン・ギタリスト(たぶんエリック・クラプトン)が、台頭してきたクイーンのブライアン・メイを評した言葉を思い出す。「俺が10分のソロで表現することを、奴は30秒でやってのける」。やたら長い即興演奏が流行ってた60年代にブイブイ言わせた某氏には、ポップ・ミュージックの黄金律「曲は約3分」を守り広いファンを獲得しつつ凝ったプレイで玄人も虜にするブライアン・メイが、新人類に見えたんだろうなあ。

 まあ、つまり、この作品は、私の様な古いSFファンから見ると、マニアックなアイディアの奔流と、ワクワクするサービスシーン、それにドラマとしての起承転結を、綺麗に並立させた曲芸みたいに感じるのですね。大変な新人が出てきたもんだなあ。

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2011年6月17日 (金)

カーティス・ピーブルズ「人類はなぜUFOと遭遇するのか」ダイヤモンド社 皆神龍太郎訳

アダムスキーは、彼が「別の世界からやってきた人」であることを、瞬間的に悟った。手紙や英語やテレパシーを使って、アダムスキーは、宇宙人とコミュニケートしようと試みた。そして彼は、その宇宙人が金星からやって来たことを悟ったのである。

どんな本?

 UFO神話は、いつ、誰が、どのように生み、どのように広め、どのように育ってきたのか。信奉者が論拠とする資料は実在するのか。資料の内容は何か。どんな信奉者がいて、どのような活動をしていたのか。CIAは本当に未確認飛行物体を調査したのか。綿密な調査により、米国におけるUFO神話の成立と変転の歴史を綴る。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原題は「Watch The Skies! A Chronicle of the Flying Soucer Myth, byCurtis Peebles」、1994年。直訳すれば「空を見張れ! 空飛ぶ円盤神話の年代記」。私が読んだのはハードカバーで1999年5月21日初版発行。今は文春文庫から文庫版が出てる。縦ニ段組で本文414頁に加え、瀬名秀明の解説14頁と参考文献&索引。9ポイント25字×23行×2段×414頁=476,100字、400字詰め原稿用紙で約1191枚の大著。

 文章は平易な言葉を選んでいるが、やや直訳気味。あまし翻訳に慣れてないんじゃないかな。詳細は後述。また、誤字が多い。

構成は?

 主な登場人物・団体・用語
第1章 前兆
第2章 「空飛ぶ円盤」神話の誕生
第3章 UFO三大「古典」事件
第4章 エイリアン・クラフト
第5章 ワシントン侵略事件
第6章 CIAとロバートソン査問会
第7章 コンタクティの時代
第8章 全米空中現象調査委員会
第9章 1957年の目撃騒動
第10章 全米空中現象調査委員会 vs. コンタクティ
第11章 60年代
第12章 コンドン・レポート
第13章 宇宙での接近遭遇
第14章 キャトル・ミューティレーション
第15章 アブダクション
第16章 ロズウェルとエリア51
第17章 「彼ら」はすでにここにいる
第18章 エイリアン・ネーション
補章 その後のロズウェル事件(UFO神話1994―1999) 疑似科学ウォッチャー・皆神龍太郎
 記
 解説 UFO神話に真っ向から切り込んだ画期的著作 作家・瀬名秀明
 参考文献
 索引

 末尾近くの「記」で、著者の立場を明確にしてる。「私は、懐疑論者である」、と。原書は Introduction として冒頭にあったのを、末尾に回した理由は、編集の思惑だそうで。原書のスタイルは「懐疑論者によるUFO神話成立の歴史」なのに対し、日本語版は「謎の追求」という体裁にしたとか。「主な登場人物・団体・用語」が冒頭にあるのはありがたい。

 瀬名秀明の解説は相当に熱のこもった力作で、特に参考文献が充実している。始祖ジョージ・アダムスキーの古典「空飛ぶ円盤同乗記」から懐疑派の重鎮カール・セーガンの「科学と悪霊を語る」までと、バランスのよい品揃え。

感想は?

 「UFO神話って、時代と共に少しづつ育ってきたんだなあ」と、つくづく実感できる。

 この本では、UFO神話のルーツをパルプ雑誌「アメージング・ストーリーズ」としている。1945年当時の編集者レイモンド・A・パーマー、弱冠28歳。

失われた大陸とされている「アトランティス」や「レムリア」といったタイトルの付いた記事が雑誌に掲載されると、発行部数が常に増えることに気がついたのだ。

 現代日本なら雑誌「ムー」みたいな感じかな。そこに「未来人への警告」と題した長い手紙が読者から届く。これを三倍に引き伸ばして掲載したところ、読者の反響は大きく、「そればで一ヶ月に40~50通だった投書は、一気に500万部まで跳ね上がった」。

 同じ頃、陸軍航空隊も奇妙な飛行物体の目撃譚の調査を始める。大抵は気球や金星の見間違いだったのだが、調査したのは事実であるため、信奉者にとっては格好の「根拠」となってしまった。後にはCIAも調査をしている。どちらも調査の目的は「敵国のミサイルなどの識別を迅速・正確にするため」という、現実的なもの。

 ただ、対応が不味かった。「異星人の乗り物」なんて噂がひろまると、間違った通報が調査組織に大量に押しよせ、本当に警戒を要する情報が埋もれてしまう。変な風潮を助長しないように、調査結果は緩い秘密とした。これもまた、信奉者にとって「政府は情報を隠している」という陰謀論の温床になる。どないせえちゅうねん。

 目撃情報だけでなく実際に異星人とあった、という人の代表がアダムスキー。彼があったのは、なんと金星人。今は調査衛星も飛んでて、金星は高圧高温の地獄だって知れ渡ってるけど、当時はスプートニクが飛ぶ前。SFじゃ「金星は雨と緑の多い楽園」みたいな印象だったわけです。

 ところが、こういう「実際に会合した」、いわゆるコンタクティーが、信奉者集団に分裂を引き起こす。従来の目撃情報を中心とする人々は、コンタクティーを「狂信的な異端分子」と看做す。信奉者間に対立がある、というのはなかなか興味深い。

 やがてUFO神話は「家畜の内臓を抜き取る」キャトル・ミューティレーションや、「異星人にさらわれた」という「アブダクション」などに進歩していく。こういった神話が形成されていく様子を、スプートニク・ショックや激動の60年代、核の恐怖の冷戦などの時代背景と共に語るのは、なかなかの説得力がある。

 全般的に、信奉者の主張を述べる→一次資料にあたってその実態を明らかにする、という構造の繰り返しになっている。このあたりは、実態がしょうもないシロモノなケースばかりで、爽快というか脱力というか。例えば有名なバミューダ・トライアングル。

 その調査結果は、まさに恐るべきものだった。あるものでは、そもそもそんな事件が実際には起こっていなかった。他の事例では、船や飛行機は、晴天などではなく、荒天の中で行方不明になっていた。

 つまりは、そういう姿勢の本なわけです。UFO関係の有名な事件を網羅すると同時に、その実情も暴くという、野次馬的にUFOに興味を持った初心者に格好のお勧めの本。

 さて、翻訳文のお話。原文に忠実に訳したとも言えるけど、そのために「わかりやすさ」が犠牲になっている。悪文って程ではないにせよ、英語の語順 をそのまま日本語に置き換えた雰囲気。ちょっと語順を変えればだいぶ読みやすくなるのに、勿体無いなあ、と思う。例えば冒頭に挙げた文。

アダムスキーは、彼が「別の世界からやってきた人」であることを、瞬間的に悟った。

 私なら、こういう語順にする。

アダムスキーは瞬間的に悟った。「彼は別の世界からきたんだ」、と。

 動作主体の「アダムスキーは」と、動作の「瞬間的に悟った」は、くっつけた方がいい。この文を読者がどう処理するのか、考えてみよう。上の文だと、まず、「アダムスキーは」を、いったん放置する。次に"彼は「別の世界からやってきた人」" を処理する。その後、「アダムスキーは」を呼び戻す。後者なら、放置→呼び戻しの処理が不要になる。

 英語の語順は主語が先頭にあるので、それに引きずられたのかも。または主語の「アダムスキーは」を強調したかったのか。それなら、文を二つに分ければいい。…などと偉そうに言ってるけど、私のブログの文章も相当に酷いんだけどねw

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2011年6月11日 (土)

大森望編「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」ハヤカワ文庫SF

 まったく新しい世界観が、ジョナサンの頭に浮かんだ。意思の力によって平行時間線へと旅することがいかにして可能になったのか、それで説明がつく。同時に、洗濯機の中でどうしていつも靴下の片方だけが行方不明になるのかという理由も……  イアン・ワトスン&ロベルト・クアリア「彼らの生涯の最愛の時」より

どんな本?

 SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーその2。副題は[時間SF傑作選]。時間をテーマにした英米SF短編集。過去や未来への旅だったり、時間の流れが混乱した世界だったり、時間のループだったり、バリエーションは様々。エンディングで書名にもなっている「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」のせいか、センス・オブ・ワンダーというより、人情の機微に触れるしっとりした作品が多い。また、古典的名作が収録されているのもおじさんには嬉しい所。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年9月25日初版発行。文庫本で縦一段組み458頁+編者あとがき15頁。9ポイント40字×17行×458頁=311440字、400字詰め原稿用紙で約779枚。一般に翻訳物は敷居が高い上に、SF短編集は舞台背景やガジェットを理解するのがシンドかったりするのだが、この本は案外と素直な作品が中心になってる…スローガラスなんて魅力的なシロモノもあるけど。とまれ、テーマがテーマだけに、時制の混乱は結構あります。

収録作は?

 各作品の前に編者による1頁の解説に加え、末尾の「編者あとがき」で作家の紹介もしている。

商人と錬金術師の門 テッド・チャン / The Merchant And The Alchemist's Gate, Ted Chiang / 大森望訳
 教主の前に出でた商人、フワード・イブン・アッバスは、自らの体験を語る。その日、手土産を探して市場を見回っていた彼は、珍しい細工物を揃えた店を見つけ、中に招かれた。
 人気沸騰中でありながら極端に寡作な作家、テッド・チャンを堪能できる短編。アラビアン・ナイトに相応しく劇中劇を展開しつつ、お伽噺ともサイエンス・フィクションともとれる不思議で感動的な物語を展開する。
限りなき夏 クリストファー・プリースト / An Infinite Summer, Christopher Priest / 古沢嘉通訳
 1940年、ドイツ軍の空襲に怯えるイギリス。トマス・ジェイムズ・ロイドはテムズ川畔に佇んでいた。世界から切り離され、たったひとりで。
 「活人画」「凍結者」など不気味な存在が、物語の不吉な行方を暗示する。イギリス上流の幸福な青年を見舞う、理不尽な運命。
彼らの生涯の最愛の時 イアン・ワトスン&ロベルト・クアリア / The Belong Time of Their Lives, Ian Watson & Roberto Quaglia / 大森望訳
 生涯でたったひとりの恋人を捜し求める18歳の青年、ジョナサン。彼が出会った理想の女性は、彼の祖母と言ってもおかしくない年齢のエレナだった。
 お話の大筋は綺麗なラブ・ストーリーなんだけど、舞台と道具立てがコメディを通り越してギャグになってる。案外とハリウッドが映画化したら女性にウケ…いや、やっぱり無理だなw
去りにし日々の光 ボブ・ショウ / Light of Other Days, Bob Shaw / 浅倉久志訳
 わたしとセリーナはうまくやってきた…セリーナが妊娠するまでは。険悪になった夫婦仲をなんとかしようと、休暇でスロー・ガラスの国に来たのだが…
 あまりに有名な古典的名作。光が通り抜けるのに長い時間がかかるスロー・ガラス、この農場で生産しているのは10年物の高級品。節電が叫ばれる今の日本、半年物があれば冷暖房費用が浮くよね…などとさもしい事を考えてしまう。
時の鳥 ジョージ・アレック・エフィンジャー / The Bird of Time Bears Bitter Fruit, George Alec Effinger / 浅倉久志訳
 めでたく大学を卒業したハートスタイン、親から送られたのは時間旅行。アレクサンドリアの図書館に出発すべく<管理局>へ赴いた。
 「時間旅行はいいけどさ、有名な所にあらゆる未来から観光客が押しよせたら大変な混雑になるんじゃね?」という実にまっとうな疑問に対し、この解はヒドスw 彼の短編には「まったく、なんでも知ってるエイリアン」という傑作もあるんだが、あれ、何かのアンソロジーに拾ってくれないかなあ。
世界の終わりを見にいったとき ロバート・シルヴァ-バーグ / When We Went to See The End of The World, Robert Silverberg / 大森望訳
 ニックとジェインは、世界の終わりを見に行く観光旅行から帰ってきた。マイクとルビーのパーティーで土産話をたっぷり披露してやろうと、意気揚々と出かけたが…
 シルヴァ-バーグといえば退廃ですよ退廃。彼の作品には珍しく、これは騒々しいコメディ・タッチになってる。初出が1972年というから、冷戦のさなかで米ソが核ミサイルを向け合っていた時代。
昨日は月曜日だった シオドア・スタージョン / Yesterday Was Monday, Theodore Sturgeon / 大森望訳
 自動車修理工のハリー・ライトが目覚めたのは、水曜日の朝だった。昨日は月曜日だったのに。
 「よくもまあ、こんなアホなことを思いつくよなあ」と感心してしまう馬鹿話。子どものころ、この手の妄想を抱いた人も多いんじゃないかな。
旅人の憩い デイヴィッド・I・マッスン / Traveler's Rest, David I. Masson / 伊藤典夫訳
 最前線の<境界>で<敵>と激烈な戦いに身をおくH。なんとか持ちこたえた彼は、やっと<解任>を迎え、後方へと向かった。
 読むに従い、この世界の時間と空間の奇妙な規則性が見えてくる。オチで示唆される皮肉な世界観がなんとも。
いまひとたびの H・ビーム・パイパー / Time and Time Again, H. Beam Piper / 大森望訳
 扇情で負傷し、気を失った43歳のアランが目覚めたとき、彼は13歳の少年になっていた。
 もう一度、少年に戻れたらどうするか。1947年初出というから、第二次世界大戦の記憶も生々しい頃。同じ厭戦にしても、明るく前向きなのが、あの頃のアメリカらしい。
12:01P.M. リチャード・A・ルポフ / 12:01P.M. , Richard A. Lupoff / 大森望訳
 キャッスルマンが気がついたとき、いつものレキシントン街の12:01だった。
 世界でただ一人、たった一時間だけを繰り返す男。たった一時間で何をするか、何ができるか。
しばし天の祝福より遠ざかり…… ソムトウ・スチャリトクル / Absent Thee From Fekicity Awhle... , Somtow Sucharitkul / 伊藤典夫訳
 舞台は幕切れに近く、主役のサー・フランシス・フィッツヘンリーの熱演もたけなわ。そんな時、奴らがやってきた。
 今度は繰り返す時間は1日、しかも世界中の人間が記憶を維持している。ただし… 曲者スチャリトクルらしく、奴らの正体も目的もしょうもないw
夕方、はやく イアン・ワトスン / Early, In the Evening, Ian Watson / 大森望訳
 聖トマス教会のホプキンズ神父、今日は雪割草の説教にした。厳しい労働を終えた信徒たちが集まってくる。
 奇想イアン・ワトスン、この作品でもブッ飛びのアイディアで悶えさせてくれます。単に一日を繰り返すだけじゃない、なんと…
ここがウィネトカなら、きみはジュディ F・M・バズビイ / If This is Winnetka, You Must be Judy, F. M. Busby / 室住信子訳
 ラリイ・ガースが目覚めたのは、ウィネトカだった。なら、俺は…身分証明書を見ると、35歳だ。なら、台所にいるのはジュディか。
 シャッフルされた人生を生きる男。それでも、人ってのは足掻くんだよなあ。
編者あとがき――タイム・トラベラーの帰還

 スロー・ガラスで有名な「去りにし日々の光」、お馬鹿アイディアの「昨日は月曜日だった」、不思議な時空間の「旅人の憩い」、そしてタイトルの「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」と、往年のSFファンを泣かせる作品を拾ってるのが嬉しい。どうせなら同じシリーズでもう一編、「エイリアンSF編」として「まったく、なんでも知ってるエイリアン」をぜひ←しつこい

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2011年6月 9日 (木)

山岸真編「スティーヴ・フィーヴァー」ハヤカワ文庫SF

「赤ちゃんジーザスに脳を、新鮮な脳をください」  チャールズ・ストロス「ローグ・ファーム」より

どんな本?

 SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーその3。副題は[ポストヒューマンSF傑作選]。テクノロジーの進歩により変容する人類の姿を描く英米SF短編集。往々にして米国作家中心になりがちな翻訳SFのアンソロジーだけど、本書は売れっ子のイアン・マクドナルドやチャールズ・ストロス、大御所のブライアン・W・オールディスに加え、サンリオが潰れて以来ほとんど紹介が途絶えていたマイクル・G・コーニイまで顔を出しているのが嬉しい。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年11月25日初版発行。文庫本で縦一段組み474頁+編者あとがき9頁。9ポイント40字×17行×474頁=322,320字、400字詰め原稿用紙で約806枚。読みやすさは…一般に翻訳SFは難物が多い中で、この本は全般的に難度が高い。テーマが「テクノロジーにより変化する人類」なんで、ケッタイなガジェットがわんさか出てくる。特にチャールズ・ストロスは、ラリったようにイカれた文体でマッドなアイディアを連発するんで、芸風がのみこめないと敬遠されがち。要はオタク臭プンプンのドタバタ・ギャグなんで、あまし難しく考える必要はないです。

収録作は?

 それぞれの作品の前に編者による1頁の解説がついている。

死がふたりをわかつまで ジェフリー・A・ランディス / A Long Time Dying by, Geoffrey A. Landis / 山岸真訳
 交通事故で死んだ22歳の富豪の男と、貧しいながら沢山のひ孫に恵まれ癌で死んだ98歳の女。たまたま二人の細胞は保存され、忘れられ、そして貴重なサンプルとして…
 たった5頁の掌編の中に、人類の歴史と二人の運命を詰め込んだ濃厚な作品。あまりにそっけない文体が、全てを相対化してしまうSFの感触を伝えている。長編にしたら感動的になるだろうなあ。
技術の結晶 ロバート・チャールズ・ウィルスン / State Of The Art, Robert Charles Wilson / 金子浩訳
 ローガンは、店頭に飾られた義眼に心を奪われた。ぴかぴかの銀色で虹彩は涼やかな青。だが、その価格は桁違いで、妻のマーガレットの同意は得られそうになく…
 まあ、あれです、男の物欲ってのは、往々にしてしょうもないシロモノで。しかし、できた奥さんだなあ。
グリーンのクリーム マイクル・G・コーニイ / The Sharks Of Pentreath, Michael G. Coney / 山岸真訳
 20世紀の風景を残すリゾート地ペントリースで店を営む夫婦、ゴードンとシルヴィアのグリーン夫妻。8年間、必死に働いて買い取った店だ。今は5月で観光シーズン。今日も客を乗せた観光バスがやってくる。
 遠隔体(リモーター)のアイディアがなかなか。胡散臭い田舎の観光地の内情も楽しい。
クアサリン・ホイール(タルシスの聖女) イアン・マクドナルド / The Catharine Wheel ( Our Lady Of Tharsis ), Ian McDonald / 古沢嘉通訳
 今日は、特別の日だ。お爺さんの機関士トームが運転する、ベツレヘム・タルシス鉄道アレス特急列車<タルシスのキャサリン>。多くの人に見守られ、彼女は走り出す。
 イアン・マクドナルドお得意の火星物。力強く異郷の大地を疾駆する機関車と、それをこよなく愛する老機関士。未来のお話でありながら、妙にノスタルジーを感じさせるのが彼の芸風。
ローグ・ファーム チャールズ・ストロス / Rogue Farm, Charles Stross / 金子浩訳
 多くの人がシンギュラリティに飲み込まれた地球で、農場に住み着き日々を送るジョーとマディ。二人の農場に、忌々しい渡りファームがやってきた。あんな奴が根を下ろしたら、大変な事になる。
 相変わらずお馬鹿全開でシモネタもたっぷり。地上に残った爺婆はどんな連中かというと、頑固で荒っぽく手が早いハイテク爺婆。ジョーと犬のボブの会話が、これまた抱腹絶倒。小難しい屁理屈とドタバタの組み合わせが芸風のストロスの作品の中でも、これはギャグの要素が強い作品。
引き潮 メアリ・スーン・リー / Ebb Tide, Mary Soon Lee / 佐田千織訳
 難病に侵された娘のクラリッサを連れ、わたしはイギリスに戻ってきた。ハイテクを拒否し、没落したイギリスへ。
 割り切りの国アメリカと、伝統の国イギリスの対比が鮮やか。
脱ぎ捨てられた男 ロバート・J・ソウヤー / Shed Skin, Robert J. Sawyer / 内田昌之訳
 俺はここから出たい。俺は生身の人間なんだ。刺されれば赤い血が出る。確かにここはサービス満点だ。なんだってできる。でも、俺がジョージ・ラスバーンなんだ。
 ロボットに意識を転送可能となった未来。だが、残された肉体はどうなるのか。そもそも、どっちが本物なんだ?という問題を突き詰めつつ、そこはベストセラー作家ソウヤー、娯楽物語としてのメリハリもキッチリつけてみせる。
ひまわり キャスリン・アン・グーナン / Sunflowers, Kathleen Ann Goonan / 小和田和子訳
 4年前、スタニスと妻のアナイス、それに娘のクレアは、食事中にテロにあった。テロリストは違法なナンを散布し、アナイスとクレアはそれに感染してしまった。
 主な舞台はアムステルダム。ヨーロッパで怪しげなシロモノを試そうとすると、やっぱりアムステルダムが似合うんだよなあ。
スティーヴ・フィーヴァー グレッグ・イーガン / Steve Fever, Greg Egan / 山岸真訳
 14歳のリンカーンは、ここ暫く家族の農場から出てアトランタへと向かう計画に没頭していた。注意深く脱出ルートを検討し、計画的に必要な道具を揃え…
 「おお、田舎の少年が家出する青春物語か、イーガンにしては珍しい」などと思ってたら、やっぱりイーガンだった。身も蓋もないオチはやっぱりイーガンらしい。
ウエディング・アルバム デイヴィッド・マルセク / The Wedding Album, David Marusek / 浅倉久志訳
 結婚式の日、アンとベンジャミンはシムを記録した。二人の晴れの日を、ずっと記録に残すのだ。幸福感につつまれたアン、がっつくベンジャミン。
 このアンソロジー最長の作品。<シム>と現実の行き来で眩暈がしてくる。
有意水準の石 デイヴィッド・ブリン / Stones Of Significans, David Brin / 中原尚哉訳
 そのいささか無礼な客人は、興味深いメッセージを携えてきた。ある一派がシミュレーションに市民権を与えるべく活動している、というのだ。
 人が脳の中に仮想人格としてAIを持ち、またマシンの中に電子的な "人格" を生成できるようになった世界。ちょっとイーガンの「万物理論」に似たアイデアを使ってる。
見せかけの生命 ブライアン・W・オールディス / An Appeararance Of Life, Brian W. Aldiss / 浅倉久志訳
 わたしは惑星ノーマの銀河系博物館を尋ねた。かつて銀河系に君臨した種族コルレヴァリュローが作ったといわれる博物館だが、現在は人類の遺物を展示している。
 遠未来の遠い惑星を舞台にしつつ、そこはやはりオールディス。彼らしい寂寥感と無常感に満ちた作品。
編者あとがき――ラヴ・メタモルフォシス・プラス

 あとがきにあるように、元々がSFマガジンの特集「ラヴ・メタモルフォス ハイテク時代の愛のかたち」が原型であるために、男女の愛情をテーマにした作品が多い。とはいえそこはSFマガジン、高齢化した読者を反映してか、爺さん婆さんの出演が多いのは仕方がない。全般的に渋く格調高い作品が多い中で、相変わらずドタバタな芸風のストロスが可愛い。

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2011年6月 7日 (火)

今柊二「定食学入門」ちくま新書

私の定食作法は、まず汁に口をつけることである。なぜならば、汁ものでその店のよさがだいたいわかるからだ。(略)汁はその店の味のバロメーターであるといって過言ではないのだ。

どんな本?

 定食とは何か。どんな定食があるのか。それぞれの定食は、いつ、誰が、どのように開発し、どのように普及してきたのか。お国柄でどんな定食があるのか。安く美味しい店はどうやって探すのか。多様な視点で定食を捉え、熱心なフィールドワークに基づき、読者の定食ライスもといライフの発展と向上を支援する、定食ファン必携の書。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年1月10日初版発行。新書で縦一段組み本文約206頁。9ポイント40字×16行×206頁=131,840字、400字詰め原稿用紙で約330枚。軽く読み通せる分量。テーマがテーマだけに、文章もユーモラスで楽しげだ。

構成は?

 まえがき
第一章 素晴らしい定食屋にいこう!
第二章 揺れる男心が決断する「おかず」
第三章 独身男のライフライン発展史
第四章 全国の「心の基地」を訪ねて
第五章 定食学徒誕生の記

 全般的に周到なフィールドワークに重点を置いた内容だが、第三章では丹念に資料を漁った成果を披露している。せっかくだから巻末に参考文献一覧をつけて欲しかった。

感想は?

 胃袋が4つぐらい欲しくなる。私は煮魚より焼き魚が好きで、魚より肉のほうが好きなのだが、これを読むと「久しぶりにサバの味噌煮を食べたいなあ」なんて気分になってしまった。ああ、でもフライもいいよね。適当に鉄板でコゲたナポリタンも捨てがたいし、シラスおろしの小鉢も…とか言ってると、キリがない。

 冒頭にある「定食学入門者のためのまとめ」からして、実用性は高い。

  • 外からメニューがわかり、店内の様子も覗ける店を選べ
  • 明るい店内と気持ちのよい接客に着目せよ
  • 豊富な小鉢とお代わり自由のシステムは栄養面でもありがたい
  • 女性客が多い店は、清潔で居心地がいい

 さて、著者は定食の三要素を「ご飯」「おかず」「汁」としている。当たり前といっちゃ当たり前だけど、こういう「モノゴトに定義を与える」ってのは、結構重要だったりするんですよ、たぶん。だから、餃子定食にはスープがつくし、洋食メニューでもシチューがついたりする。日本人の食事感覚を、巧く言い当てていると思うんだけど、いかが?さて、著者はそのルーツの一つを、学校給食に求めている。

 定食学として給食を考えると、「おかず」「パン」「ミルク」という、「食事は三種の献立から成立する」という黄金法則を日本人の深層心理に植えつけた功績を、私は評価したい。これはまさに定食における「おかず」「ご飯」「汁」の構造である。

 学校給食が日本人の食事の基本構造を形作った、という分析は私にも心当たりがあって、パンかごはんがないと食事として完成しない、という感覚がある。別の言い方をするとパンかご飯があればいいんだけど、世代によっちゃパンじゃ米のメシの代役は効かないようで。

『海軍肉じゃが物語――ルーツ発掘者が語る海軍食文化史』(高森直史、光人社)によると、海軍ですべて洋食にしてはどうかという案が出て条例が変更されたのは、1890年のこと。このとき、『神戸事件』と呼ばれる騒動がおきた。
海防艦「海門」でパンばかり食べさせられている兵たちが『米を食べさせろ』とストライキにうってでたのである。「船では飯の代わりにお菓子ばかりでて、我慢できない」というのだ。

 食事をおろそかにすると、軍ですら反乱が起きるのですね。さすがに私は「パンも主食になりえる」という感覚はあるけど、それでも一日一食は米を食べないと禁断症状が出る。白米の依存性はハンパじゃない。
 さて、著者は「近所に大学が多い所は定食屋の宝庫」という。これは結構あたってるかも。

学生もしくは学生街の、旺盛な食欲と飽くなき好奇心、さらに若々しい味覚、そしてときには非常識なくらいの挑戦者ぶりから、「次世代の新定食」の流れがでてくるのだ。もちろん、チャレンジャー精神だけしかなかった場合の「ニューエイジ定食」はたいてい失敗に終わるので、後世には残っていない。

 愛好家が多いラーメンに対し、意外と研究家の少ない定食。お国ごとの違いも多ければ組み合わせのバリエーションも豊富で、ご当地の名物との相性もいい。地方ごとに、定食研究家が名を馳せる時代になって欲しいなあ。さて、明日の昼は近所の肉屋のミックスフライ定食を食べに行くか、それとも市場の焼き魚定食にするか…

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2011年6月 6日 (月)

石津朋之・永末聡・塚本勝也編著「戦略原論 軍事と平和のグランド・ストラテジー」日本経済新聞出版社

本書は、日本人研究者による初めての戦略に関する包括的かつ体系的な教科書である。

どんな本?

 ズバリ、「戦略」の教科書。最初に「包括的かつ体系的」とあるように、多様な視点で様々な論を紹介する、という形になっている。学術的というより実際的な方向を目指したのか、全般的に現代の国際情勢を踏まえた視点が多い。その分、歴史を遡って過去の情勢を再解釈する、といった側面は少ない。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年5月17日初版発行。ソフトカバーで、なんと横組み。本文476頁+参考文献6頁+索引7頁。32字×30行×476頁=456,960字、400字詰め原稿用紙で約1143枚の大著。「教科書を目指した」だけあって、文章は正確さを優先したのか、「スラスラ読める」文体ではない。その分、構成の面で「わかりやすさ」に充分な配慮を払っている。

構成は?

 序章 日本における戦略研究のフロンティアを目指して
第Ⅰ部 戦略と戦争――その理論と歴史
 第1章 戦略とは何か――そして、何が戦略を形成するのか  石津朋之
 第2章 戦争の起源と集結――戦争抑制へのアプローチ  塚本勝也
 第3章 近代戦略思想(その1)――ナポレオン戦争から第一次世界大戦まで  中島浩貴
 第4章 近代戦略思想(その2)――第一次世界大戦から第二次世界大戦まで  永末聡
 第5章 近代戦略思想(その3)――第二次世界大戦から現代まで  永末聡
第Ⅱ部 現代の戦略と戦争――その理論と実践
 第6章 軍事力の本質とその統合運用――新たなシナジーに向けて  塚本勝也
 第7章 政軍関係――シビリアン・コントロールの質的変化  三浦瑠麗
 第8章 非対称戦の戦略――新しい紛争の様相  加藤朗
 第9章 軍縮・不拡散――戦争を抑制する規範の形成  孫崎馨
 第10章 戦争と技術――技術革新による戦争の変化  小窪千早
 第11章 インテリジェンス――戦争と情報  小谷賢
第Ⅲ部 戦略と戦争――その理論と歴史
 第12章 大量破壊兵器と核戦略――その理論と将来像  小川伸一
 第13章 平和思想――平和への戦略的アプローチ  中西久枝
 第14章 人道的介入と平和維持活動――軍事力の新たな役割  山下光
 第15章 戦争と国際法――法による秩序は実現可能か  森本清二郎
 第16章 新しい戦略研究――環境・エネルギーなどを中心に  大槻佑子

 終章 戦略研究の将来
 戦争と戦略を学ぶための読書リスト
 人名索引
 事項索引

 個々の章は Summary(概要) → まえがき → 本文 → キーポイント → 読書ガイド という、プレゼンテーションのお手本のような構成になっている。「はじめに」で、著者が自ら読み方を指南しているので引用しよう。

読者にはまずこの "Summary" を読んでいただき、その内容についてより深く知りたければ本文にあたってもらいたい。当然ながら、本書は第1章から順番に読む必要はなく、それぞれの関心に従って興味を抱いた章だけ読んでいただいても結構である。さらに深く研究したい読者は章末の「読書ガイド」を参考にしてもらいたい。

感想は?

 モロに「社会科の教科書」。バランスよく概略を掴むには適した本である反面、キワモノ的な面白さは抑え目。著者がバランスに気を配ったのは間違いなく、誰かの説を紹介する場合は、たいていがその批判とセットになっている。

 正確さへの配慮もそうとうなモンで、例えば第1章で「戦略とは何か」をまとめる「キーポイント」では、「戦略とは多義的で曖昧な概念である」なんてのを最初に挙げてる。真面目に書いてるのは理解できるんだが、野次馬根性で読んでる読者としちゃ「ええい、まだるっこしい!」ってな気分になる。戦略の定義じゃ16章でアメリカ陸軍士官学校の定義が私にはしっくりきた。

言い換えれば、戦略とは問題解決のためのプロセスであり、
①達成したい目的は何か、
②その目的を達成するために行動するにあたり、どのような資源を入手または利用できるか、
③それらの資源をどのように用いるのが目的達成のために最適か、
という基本的な3つの問いから構成されているのである。

 野次馬的な見地で楽しいのが、「第11章 インテリジェンス」。「1983年に米ソ関係が悪化して外交チャンネルが機能しなくなったとき、互いのスパイを通して情報交換した」なんて皮肉な話が出てくる。笑っちゃうのが、オシント(Open Source INTelligence、公開情報)のエピソード。

1935年にドイツ人ジャーナリスト、ベルトールド・ヤコブが執筆した本には、当時再軍備に取りかかっていたドイツ軍の詳細が描かれていた。(略)これを読んで情報が漏れていると激怒したアドルフ・ヒトラーは、(略)調査を命じたのであった。
ヤコブ「この本にでているものはみな、ドイツの新聞に載った新聞記事に基づくものであります。ハーゼ少将が第17司令官でニュルンベルグに駐屯するくだりは、ニュルンベルグの新聞の死亡記事から得た情報です」

 「諜報の世界じゃ公開情報で大半が判る」ってのを、端的に現すエピソードっすなあ。
 イギリスじゃSIS(秘密情報部)が情報を集約・共有しているのに対し、米は16の情報機関がある、とかの対照も楽しい。イギリス型はスパイが潜り込むと全部筒抜けになり、また間違った判断が主流になると訂正が難しい。アメリカ型は情報が共有できずに911を許してしまった。

 もうひとつ、アメリカとイギリスの対照が光るのが、戦略研究の現状。アメリカでは軍の教育機関が中心になり、安全保障研究の一部と看做されている。対してイギリスは歴史や思想史が中核で、「現実の政治や政策と少し距離を置いている」。そういう面だと、この本は、現在直面している問題を積極的に取り上げてる点で、ややアメリカ寄りかも。

 さて、第6章の陸海空統合運用の重要性を語るエピソードとして、米軍のクレナダ侵攻を挙げてる。指揮系統が統一されてない上に通信機の規格が違い直接の交信ができず、上陸した陸軍部隊が空海軍の支援を要請する場面なんだが。

(米軍)グレナダ侵攻でも(略)陸軍のある部隊が敵の抵抗に遭遇し、グレナダにある普通の電話を使って、AT&Tのクレジットカードでアメリカ国内の陸軍基地に電話し、ようやく空軍や海軍からの支援が得られた(略。)このエピソードの真偽については意見が分かれているが、映画のモチーフとして使われ…

 と、あるけど、この映画、なんだろう?トランスフォーマーで似たようなシーンがあった気がするんだが。

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2011年6月 3日 (金)

エブリン・フォックス・ケラー「動く遺伝子 トウモロコシとノーベル賞」晶文社 石館三枝子・石館康平訳

バーバラ・マクリントックの比類のない研究できわだっている点の一つは、研究のすべてが自分で手を下した実験によってなりたっていることである。一切の手助けなしに、尽きることのないエネルギー、科学に対する全き献身、独創性、巧妙な工夫そして鋭く鋭敏な頭脳によって、彼女は細胞遺伝学の歴史において比較するもののない一連の重要な発見をおこなってきた。

どんな本?

 トウモロコシの研究を通したトランスポゾンの発見により、1983年にノーベル生理学・医学賞を受賞したバーバラ・マクリントックの評伝。その能力と実績は同僚に高く評価されながらも、様々な理由で彼女は孤独な研究生活を送った。ワトソンとクリックのDNAの発見に代表される生物学の激動期を背景に、孤高の天才細胞遺伝学者の生涯を描く。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は A Feeling For The Organism by Evelyn Fox Keller, 1983。日本語訳は1987年11月15日初版、私が読んだのは1988年3月25日の四刷。思わぬ人気に慌てて増刷を重ねた様子がうかがえる。A5ハードカバーで縦一段組み、約317頁。9ポイント44字×17行×317頁=237,116字、400字詰め原稿用紙で約593枚。

 文章は…人間関係を描く部分は普通に読み下せるんだが、細胞学・遺伝学の部分はイマイチ。遺伝学の基礎的な内容が多い前半は図解を入れたりして読者の理解を助けようとしているんだが、マクリントックの独自性が発揮される後半に入ると、直訳っぽい文章が増え、理解するには数回読み返す必要がある。トランスポゾンについて学びたければ、他の本に当る方がいい。

構成は?

 はじめに
第一章 マクリントックと遺伝学の歩み
第二章 みちたりた孤独
第三章 科学者としての出発
第四章 女性にとっての仕事
第五章 ミズーリ大学時代
第六章 正統性の内と外
第七章 コールド・スプリング・ハーバー
第八章 転移する遺伝子
第九章 通じる言葉と通じない言葉
第十章 分子遺伝学
第十一章 転移の再発見
第十二章 生物との共生感
 用語集
 訳者あとがき

 ほぼ物語は時系列順に進む。読む際は、彼女が研究生活に入った時代は、染色体は見つかっていてもDNAは未発見だって事を認識しておこう。それがわかっていると、彼女の研究がいかに時代に先んじており、かつ当時の「遺伝学の常識」に反していたか、実感できるだろう。

感想は?

 この本は、多様な側面を併せ持っている。読む人の視点によって、それぞれ違った物語が展開されるだろう。

 ひとつは、とても幸せなオタクの物語だ。世間の人とは大きく異なる価値観を持ちながら、大好きな事を仕事に得て、充実した人生を送った人の物語だ。

 ひとつは、あまりに先進的でありすぎるが故に世間に受け入れられなかった仮説が、どのように受け入れられていくか、その過程を綴った物語だ。

 ひとつは、女性であるが故に相応しい地位を与えられず、それでもくじけずに己の生き方を貫き通した、強い意志を持った女性の物語だ。

 ひとつは、革新が激しい科学の世界で、古典的と思われていた手法や仮説が、全く新しい概念の基礎となって蘇える物語だ。

 そして、革新的な科学の発見がいかになされるかという物語でもあり、そんな発見をする人はどんな人かという物語であり、染色体からDNAを経てトランスポゾンへ至る激動の遺伝学の物語でもある。私が読み取ったのはこの程度だけど、恐らくあなたは、ここに挙げたのとは異なる物語を見出すだろう。

 バーバラ・マクリントック、細胞遺伝学者、1902年生まれ。幼い頃はお転婆で、男の子と遊ぶことが多かった。彼女の両親は鷹揚な人で、「両親のやり方はほとんどの場合、子供たちの好みを最優先するものだった。もし、バーバラが学校に行きたいと思わなければ行かなくてもよく、(略)一学期以上もの長い休みを取ることもままあった」。

 高校で科学と出会った彼女は学問に惚れこみ、ゴタゴタはあったがコーネル大学に進む。

そして一番最初に受けた講義で私はもう有頂天になってしまいました。それは動物学の講義で、嬉しさのあまりまったく我を忘れてしまうほどでした。その時私は、自分で本当にやりたかったことをしていたのであって、そういう喜びは大学在学中ずっと失うことはありませんでした。

 天職ってやつですか。そんな彼女の集中力は凄まじく。

私は地質学をとっていたのですが、これは大好きな科目でした。(略)私は試験を受けるのが待ちきれなかったのです。(略)とても気がせいて名前を書き込むのが煩わしく思われたのです。というのもどんな質問かすぐに見たかったからです。私はいきなり答えを書き始めました(略)そしていざ自分の名前を書こうとしてみると、なんと思い出せないのです。

 没入すると自分の名前すら忘れるとは。こういった集中力と、目的に向かってまっしぐらに進む性格は、時として奇行と人の目に映る。研究室の鍵を忘れ壁をよじ登って進入するとか、そりゃ無茶やがな。こういう性格が災いしたのか、当時の女性科学者の地位が低かったのか、若い頃の彼女の地位はなかなか安定しない。このあたりのジプシーぶりは切ないけど、彼女のトウモロコシ畑を残すコーネル大学の懐の深さも相当なもの。まあ、あまし教師に向かない人ではあったらしい。コーネル大学で同僚だったマーカス・ローズ曰く。

「バーバラは頭の悪い人間とつき合うことができなかったのです――彼女はとにかく頭がよかったので」

 彼女の生涯を概要だけ見ると、長く雌伏を強いられた天才、みたいに見えるけど、実際にコレを読むと、案外と楽しみながら研究生活を続けた人のように見える。晩年は神秘主義に傾倒したような発言が多いようだが、その言葉は本当に「通じて」いるのやら。ええ、当然、私も理解できてるとは思っていません。

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