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2011年5月20日 (金)

ダイ・シージェ「孔子の空中曲芸」早川書房 新島進・山本武男訳

 ある日、帝は易者にこう訊ねた。「影武者どもが、朕そっくりにものを考えるようになったなら、ついに、この心も静まるのであろうか?」
 易者曰く、
 「私にはそう思えませぬな。陛下はその日より、影武者たちの影武者におなりあそばせるでしょう」

どんな本?

 フランスで活躍する中国系の小説家、ダイ・シージェの四作目にあたる長編小説。「SFが読みたい!2011年版」で海外文学担当の牧眞司氏曰く「カタ破りの愉快において、(トマス)ピンチョン作品を凌駕する」と評する奇書。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は L'acrobatie ae'rienne de Confucius, Dai Sijie, 2009。日本語版は2010年10月25日初版発行。A5ハードカバー縦一段組みで本文約240頁。9ポイント43字×18行×240頁=185,760字、400字詰め原稿用紙で約465枚。長編としては手軽な分量かな。舞台は16世紀末の中国だが、文体は中国風ではなく、欧米の翻訳物っぽい雰囲気がある。解説を見ると相当に厳しいスケジュールで翻訳した模様だが、特に文章が荒れている所も見当たらない。

どんなお話?

 時は16世紀末、場所は中国。主人公は明朝末期の皇帝である正徳帝。常に四人の影武者を従えていた彼は、五札の君と呼ばれた。奇行で知られた帝は、宮殿内に動物園を作り、毎夜獣と戯れると噂されていた。空に凶兆が現われたとき、彼は都を離れ、巨大な船で旅に出る。ビルマからの戦利品である動物、すなわち犀のつがいと象一頭とアフリカ原産の全身が黒い生き物を連れて。

感想は?

 「艶笑譚」とあるが、ここはむしろ今風に「エロギャグ小説」と言った方がいい。語り口こそトボけた感じで静かだが、内容はおバカなシモネタ満載のトタバタ喜劇だ。

 そもそもタイトルからして人をくってる。その意味がわかった時は脱力したよ、あたしゃ。んなモン五人でシンクロさせるなw しかも、そのネタをマシンガンの如く連続して繰り出してくる。ギャグってものをよくわかってる人だ。やっぱり、基本は繰り返しとリズムだよねえ。

 モデルとなった正徳帝、奇行で知られているそうだが、それなりに能力も持っていたようで、「たとえば1517年、北の国境線における蒙古軍との戦で、帝は作戦を成功させ、生涯初にして唯一の戦功を挙げた」とか。ところが奇行で高級官僚に怨まれていたため、「学者たちが賞辞を送ることを拒んだため、高官たちはこれを戦勝と認めなかった」。なんだそりゃ。

 さて、物語は巨大な船での旅が中心となるのだが、この船がまたふざけている。三百人の宮女を乗せるのはまだいいとしても、その中に色街を再現するってんだから無茶苦茶だ。当然、娼婦役は宮女が勤めるのはいいとして、場末の雰囲気を出すために茶屋や酒場も用意し、わざわざ不潔にして埃っぽくするってんだからマニアック。こういう「意図的に汚す」なんて芸は、よほど余裕がないとできない。

 色方面のハイライトは、狩りのシーン。舞台がこれまた中国の伝統的奇書で有名な場所で、ソッチ方面の妄想を爆発させている。ここでは犀と虎の対決が見ものというかナニ考えとんじゃというか。いやそんなモン張り合ってどうすると思うんだが、やっぱりそこは男の業とでもいいますか。

 業といえば帝の業の深さも相当なもので、後半で帝が自らに課すアレも、まあ気持ちはわからないでもないけど、男として。歯ブラシとか真珠とか、そっちの伝説は色々あるけど、ここまで無茶やったって話はさすがに。

 ギャグの方向性としては、先に呼んだ「宇宙飛行士オモン・ラー」と似たネタもある。お偉方が大真面目におバカな真似をする、ってネタ。オモン・ラーでは単に偉ぶってるだけだけど、こちらはさすが中国四千年。スケールが違います。映画化したら…いや、無茶だろうなあ、さすがに。エキストラの費用だけでも凄まじい額になる上に、中国政府が撮影許可出さんわ、絶対。

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