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2011年5月 6日 (金)

ウィリアム・H・マクニール「世界史」中央公論新社 増田義郎・佐々木昭夫訳

このように、経済的分業という強みが中東の社会階層の一番底まで徹底したとき、文明ははじめて完全に、そして確実に不滅の物となった。人間人口のどんな重要部分も、もはや交換と相互依存の網の目からまったく外れて生きることがなくなった。たぶん、このことが、鉄器時代の最大の成果だろう。

どんな本?

 ずばり、世界史の教科書。全般的に特定の人物より技術や気候・地形などを重視する唯物論的な観点が強く、同時に当時の思想・文化や社会構造なども、歴史の方向性を示す重要な要素として詳しく解説している。著者はカナダ生まれでアメリカ育ちだが、内容は西洋一辺倒ではなく、中東・インド・中国はもちろん、南北アメリカ大陸に加え、日本にも多くの頁を割いている。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は A World History by William H. McNeill, 1999年の第四版。日本語訳は2001年10月7日初版発行。今は中公文庫より上下巻で文庫本が出ている。

 A5ハードカバー縦一段組みで口絵47頁+本文+索引+参考文献で668頁、合わせて700頁超えは本というよりもはや鈍器。試しにキッチン用の秤で重さを調べたら850gありました。9ポイント48字×20行×700頁=672,000字、400字詰め原稿用紙で約1680枚。そこらの長編小説なら三冊分の大容量。

 歴史の教科書だけあって内容は濃いが、威圧的な外見とは裏腹に意外と文章そのものは読みやすい。とはいえさすがにこの分量だし、テーマも世界史と大きいだけあって、あっさり読める本ではない。まあ、これを読もうって人は、それなりの覚悟が出来てる人だろうけど。

構成は?

 第四版への序文
 序文
第Ⅰ部 ユーラシア大文明の誕生とその成立 紀元前500年まで
第Ⅱ部 諸文明間の平衡状態 紀元前500―後1500年
第Ⅲ部 西欧の優勢
第Ⅳ部 地球規模でのコスモポリタニズムのはじまり
 訳者あとがき
 参考文献
 索引

 地図や図版も豊富に入っている。ただ、地図はいまいち見にくい。モノクロ2階調で表現しているため、各国の勢力範囲を斜線や網目で区別している。これに陸地と海の区別も加わると、かなりゴチャゴチャした感じになる。カラーにしろとは言わないが、スクリーン・トーンを使うかグレイスケールで色分けするなどして欲しかった。

感想は?

 おなか一杯。質量共に圧倒的で、今は目が回っている。

 マクニールの特徴は、身も蓋もないほどの唯物史観かも。人物名は多々出てくるけど、それぞれの生涯や性格などはほとんど語られない。かわりに語られるのは、社会的な勢力分布や各員が代表する利益など。物語としてみると、やたら登場人物が多いわりに、それぞれの人物像はカキワリ程度に抑えられている。だもんで、やたら人の出入りが激しい舞台を見ている気分になる。

 歴史のお勉強といえば人物名と年表を覚えていくモノ、と思い込んでいる人は、「それじゃあ退屈じゃないか」と思われるかもしれないが、実はそうでもない。高名な人物の性格付けは薄い分、当時の社会情勢や価値観などに筆を割いているので、個人はわからなくても舞台そのものは理解できる。

 本書によれば、最初の文明はメソポタミア、つまりティグリス・ユーフラテス河畔で起き、それをエジプトが引き継いだ、という流れになる。インダス文明と黄河文明は、それとは別に勃興した。ここで著者は犂の発明を重要視している。焼畑農業は数年で移動する必要があるが、犂はより広く耕せるため、休耕地を合わせれば定住が可能になる…それは同時に税を取り立てられる、という意味でもあるけど。

 ところがメソポタミアでは、法典で有名なハンムラビの時代に、すでに塩害が出ている。また、水利を握るには上流の方が有利なため、帝国は次第に上流の方に移動していったそうな。

 戦闘技術だと、当初は戦車が無敵だった、と説いている。ところが、これを覆すのが騎馬。とまり、戦車ってのは乗馬が発明される以前の戦術なわけです。著者は強調してないけど、この本を読む限り騎馬の発明は歴史上かなり重要な要素で、それというのも、以降、文明国家は騎馬を操る蛮族に度々侵略されては弱体化または滅亡、という繰り返しになるのですね。

 大きな流れで言うと、もうひとつ興味深いのが、覇権の移動。エジプトからギリシャに覇権が移った後、ギリシャの辺境だったローマに移行する。ローマの滅亡後は、ローマ時代に辺境だった西欧に移る。そして、二次大戦後は西欧の辺境だったアメリカとロシアが覇権を握る。前の時代に辺境だった地域が、文明の衰退と共に次の時代では覇権を競う形になっている。なら、アジアは中国の衰退と共に日本が覇権を…握りかけて潰れました、はい。しぶとく頑張ってるけど。

 中東問題の根の深さが、イスラム教的な世界観にある、という主張も切ない。イスラム教によれば、正しき民であるムスリムが、異教徒に負ける事はありえない。だが現実にはイスラエルは連勝し、イスラム諸国は武力じゃ西欧に歯が立たない。どうなってるんだ?というジレンマが、現代のムスリムを苛んでいる、と著者は述べている。

 シーア派とスンニ派の対立も、相当に根が深い。シーア派から見るとスンニ派は簒奪者であり、よって打ち倒すべき敵、という事になってしまう。これじゃ仲良くできるはずがない。要は跡目争いなんだけどね。

 現代の社会情勢に対し、著者は「全体的に見て、経済、社会の変化の早さからすれば、世界情勢がこの程度の平和を保っているのはおどろくべきである」と述べている。実際、この本を読む限り、人類の歴史は戦争の繰り返しだ。まだ私は歴史的な視点で現在を見れるほど冷静にはなれないけど、少しだけ世界の見方が変わった気がする…気がするだけかもしれないけど。まあ、一週間程度で消化できるほど、甘い本じゃないって事で。

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