阿佐田哲也「麻雀放浪記 3 激闘編」角川文庫
彼等に怨みはないが、何故だか私は容赦しない気持ちになっていた。体を張らない安全博打で遊んでいるような野郎は大嫌いだ。奴らは博打をナメてるが、博打ばかりでなくこの世のいろんなものをナメて暮らしてる。糞、それなら博打で大怪我をさせてやるぞ。
どんな本?
戦後日本の荒れた社会を舞台に、その日暮らしの博打打ちの、刹那的で熱く鮮烈な生き様を描く人気シリーズ第三弾。復興の兆しが見え始めた東京で、定職に就き片手間に麻雀をやる新世代の打ち手と、復興の波に取り残され明日をも知れぬ浮浪生活を続けるバイニンたちの葛藤を描く。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
初出は1971年1月~6月に週刊大衆連載。私が読んだのは角川文庫版で1979年10月30日初版、1993年5月20日発行の29版。こういう「刷れば売れる」コンテンツを持ってる出版社は強いよなあ。文庫本で本文約308頁、解説は伝説のプロ雀士・古川凱章の6頁。8ポイント縦一段組み42字×18行×308頁=232,848字、400字詰め原稿用紙で約583枚。
文章の読みやすさは保障つきの職人芸。重版の実績がその証拠。ただ、読みこなすには、麻雀の知識と経験が前二巻より重要になってくる。というのも、この巻では、対戦相手の捨て牌の読みが勝負シーンの重要な要素になっているからだ。同時に心理戦の部分も大きいので、人間相手に打った経験が豊富な人ほど楽しめる。ちなみに私は素人なので、ありがたく教科書として読ませていただきました、はい。
どんなお話?
焦土から復興の芽が出始めた東京。闇市や復員服は次第に消えていき、人々は定職を見つけ落ち着いた生活を取り戻しつつあった。だが哲は相変わらずの住所不定、博打で荒稼ぎしてはすぐ使い尽くす日々。ところが右腕が故障して激痛が走るようになり、「技」が使えなくなる。食い詰めた哲は烏金を借りる羽目になり…
感想は?
麻雀シーンは、恐らく今までの巻で最もテクニカルで読み応えがある…んじゃ、ないかな。「最初に落とした牌がこれで、リーチがこれ」みたいな記述が多々出てくる。捨て牌から待ちを読む問題を、幾つか読者に呈している。私はスジぐらいしか判らないんで読み飛ばしたけど←をい。はい、降りるときは現物しか出さないベタ降りです。
じゃつまらないかというと、とんでもない。読みながら大笑いの連続。なんてったって、あの哲がサラリーマンになっちゃうんだから。まあ、定職に就くったって、そこは哲。その経緯といい勤務実態といい、スチャラカ社員なんて生易しいもんじゃない。入社に備え履歴書を書くところからして、これ。
「――現住所、不定、ってのはこれは変だな。特技、麻雀、サイコロ、ってのもちょっとなあ。履歴書ってのはもっと、景気がよくなくちゃいけねえ」
バイニンの世界じゃ騙し合いに慣れてる哲でも、まっとうな社会のタテマエには慣れてないようで。この後に履歴書を書き直すんだが、この内容がまた酷い。「うはは、こりゃ酷え」と笑ってたけど、勤め先がこれに輪をかけたデタラメぶりで、哲もそれに張り合うように無茶やってる。
と、哲が定職につく、というエピソードでもわかるように、この巻から伝わってくるのが、復興が始まった当時の日本の闇雲なエネルギッシュさ。履歴書の特技に麻雀なんぞと書く哲のような奴ですら、とりあえず職に就けてしまう就職事情。羨やましい?とんでもない。そこにはちゃんとウラもあって…
世の中は大きく変わり始めてる。素人に麻雀が流行りだしたのはいいが、カモが増えてバイニンが暮らしやすくなったかというと、実態は逆だ。素人は危険を避け仲間うちだけで打つし、雀荘も胡散臭いバイニンを嫌う。時にはわざと打ち込んで旦那衆のご機嫌を取りながらハシタ金をカスめるなら食っていけるが、とことんムシる旧来のバイニンの住処は狭まる一方。そこに台頭してきたのが新世代の打ち手。
「そうだな、たしかに変わった。強え奴はまだ居るが、博打打ちって職業はもう駄目らしいな。この頃の強え奴は、みんな他に職ってものを持ってるんだ。つまり、他に職があるから安心して勝てるんだろうな」
と、定職を持つ打ち手と、出目徳に代表される旧来の打ち手の対立が、この巻のテーマとなる。これは同時に、復興の波に巧く乗れた者と、乗り遅れた者の葛藤でもある。稀代の無頼漢ドサ健を生まれつきのバイニンと認め、彼を目指し修羅場で足掻いてきた哲。いきがかりとはいえ月給取りとなり、「普通」の人生を垣間見た彼が、土壇場で己の正体を突きつけられるシーンは、目が醒めるように鮮やかだ。
前巻ではほとんど出番のなかったドサ健、ファンの強い希望があったのか、この巻では少しだけ顔を出す。相変わらず強欲で強引、弱みを見せたら付けこまずにはおれない糞野郎で、私は安心した。やっぱりドサ健はこうでなくちゃ。
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