« ダイ・シージェ「孔子の空中曲芸」早川書房 新島進・山本武男訳 | トップページ | 阿佐田哲也「麻雀放浪記 1 青春編」角川文庫 »

2011年5月22日 (日)

大井篤「海上護衛戦」朝日ソノラマ 文庫版航空戦史シリーズ24

「日本の経済および陸海軍力の補給を破壊した諸要素のうち、単一要素としては、船舶に対する攻撃が、恐らく、最も決定的なものであった」  ――米国戦略爆撃調査団(U.S. Strategic Bombing Survey)報告書 The War Against Japanese Transportation

どんな本?

 著者は帝国海軍の海上護衛総司令部参謀として軍司令部戦争指導事務に勤務し、太平洋戦争時の海上輸送を指揮した。日米双方の資料を漁り、戦時の海上輸送事情を大量の表で明確な数字で示すと共に、当時の政府と軍の戦争指導体制および連合艦隊の決戦主義を冷徹・理論的かつ痛烈に批判する。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 旧版は昭和28年(1953年)3月に日本出版協同株式会社より「海上護衛戦」として出版。次いで昭和50年(1975年)8月に株式会社原書房より「海上護衛参謀の回想」として出版。昭和58年2月に朝日ソノラマより「海上護衛戦」として文庫で出版。今は学研M文庫より「海上護衛戦」として刊行されている。不死身か、この本は。

 文庫本で縦一段組み約370頁に加え、付録に表と地図が約30頁。9ポイント41字×18行×370頁=273,060字、400字詰め原稿用紙で約683枚。戦後すぐ出た本にしては、文章は驚くほど読みやすい。ややユーモアのセンスが当時風である事を除けば、21世紀の今でも充分通用する。

構成は?

 文庫版の発刊にあたり
 新版を世に贈るにあたり
 旧版のはしがき
第1章 開戦計画における大誤算(開戦前)
第2章 国力かまわず前線へ前線へ(昭和16年12月から同18年8月まで)
第3章 戦争指導の転換期(昭和18年9月から同年11月まで)
第4章 「海軍に二大戦略あり」(昭和18年12月から同19年2月まで)
第5章 決戦準備の輸送、資源蓄積の輸送(昭和19年3月から同年5月まで)
第6章 崩れ去る夏の陣(昭和19年6月から同年8月まで)
第7章 南ルート臨終記(昭和19年9月から同20年3月まで)
第8章 開戦(昭和20年4月から同年8月終戦まで)
付表

 話は開戦直前の第1章から始まり、素直に時系列に沿って進む。となればご存知のとおり状況は悪化の一途を辿るわけで、その辺は覚悟しましょう。

感想は?

 戦後十年もたたないうちに、よくこんな本が出せたなあ、というのが最初の感想。著者は元海軍軍人でありながら、古巣の海軍を徹底的にコキおろしている。感情的に文句を言うだけならともかく、当時の日本の備蓄量・船腹量や輸送力、造船能力に喪失量など、「これだけ必要なのに、これだけ失ってる、そして新規に追加できるのはこれだけ」といちいち具体的な数値を挙げ、やたらと合理的というより現実的に迫ってくるんだからたまらない。

 肝心の内容は、「航空戦史」というシリーズ名や、海上護衛戦という勇ましげなタイトルとは裏腹に、戦闘場面はほとんど出てこない。代わりに出てくるのは船腹量などの数値と、海軍内の組織変更や会議の様子などだ。資料の調査も丹念で、国内はもちろん、米軍の資料にも当たり、双方をつき合わせている。それにより、著者が明らかにしようとしているのは。

 元々、あの戦争は、ABCD包囲網で窒息しかけた日本の経済を、南方の資源を確保する事で打開するのが目的だった。となれば、南方からタンカーや商船で物資を本土に運ばねばならない。敵もそれを承知しているわけで、当然輸送船を狙ってくる。非武装の商船は敵の潜水艦や航空機のいいカモだ。よって海軍が責任を持って護衛し、または船団を組むなどの工夫をして、被害を最小限に抑えなければならない。

 …と、思うよね、普通。ところが、肝心の海軍は、艦隊決戦を求める連合海軍に引きずられ、輸送船の護衛は片手間どころかほとんど放置、というか何も考えていない。護衛用の艦は老婆艦で指揮官も乗員も予備役の二線級か素人、しかも海軍は艦隊決戦に血道をあげて、地味な護衛戦は戦術すら持っていない有様。

日本海軍には、昭和18年12月10日まで、つまり、太平洋戦争が半分以上をはるかに過ぎるまで、護衛専門ないし対潜作戦専門の航空隊は一つとして編成されていなかった。いな、それどころか、いろいろな航空戦術のうちに護衛航空戦術とか、対潜航空戦術とかいうものは少しも特別に研究されておらず、一人もその訓練に精魂をつぎ込んでいたものはなかった。

 「南方の物資が目的で戦争を始めたのに、それを運ぶ海路の安全を確保しなけりゃ意味ないだろ!」と著者は本書の全編を通して怒りまくってるわけです。

 開戦当時は勢いに任せてイケイケ気分。当初の米軍潜水艦の魚雷は質が悪く、攻撃を受けても大きな被害は出なかった。フィリピンのキャピテ米国アジア艦隊の根拠地への攻撃も成果をあげ、「日本海軍機の爆弾がキャピテ魚雷格納庫に命中し、おさめてあった233本の潜水艦用魚雷が雲散霧消してしまった」。欧州を重視した米国の戦略も手伝い、帝国海軍は勢いに任せて戦線を拡大するが、延びた補給線は、ただでさえ厳しい船舶事情を圧迫する。

 政府の輸送計画も場当たり的で、どの物資の輸送を重視するかを考える部署が存在しない。農林省は燐鉱石を、海軍は石油を、陸軍は部隊輸送を、民間の鉄鋼企業は鉄鉱石を、それぞれ独自で護衛総司令部へ嘆願に来る。「政府は補給計画も持ってないのか」と、ここでも著者は不満をぶちまけている。

 なぜこんな無様な政府になったのか、なぜ海軍は艦隊決戦に拘ったのか、そういった部分にも容赦なく著者は切り込む。戦艦大和の沖縄特攻に虎の子の重油を奪われるに至り、最後に癇癪玉を爆発させる。

「国をあげての戦争に、水上部隊の伝統が何だ。水上部隊の栄光が何だ。馬鹿野郎」

 あなたが「勇ましい軍人のお話」を読みたいなら、この本は薦めない。「あの戦争は日本の名誉の為に戦ったのだ」と考える人なら、これを読んでも不機嫌になるだけだろう。むしろリベラルや左翼系の人こそ、この本を高く評価するはずだ、と私は思う。

関連記事

|

« ダイ・シージェ「孔子の空中曲芸」早川書房 新島進・山本武男訳 | トップページ | 阿佐田哲也「麻雀放浪記 1 青春編」角川文庫 »

書評:軍事/外交」カテゴリの記事

コメント

やっと元商戦士官様の論旨が理解できました。
1.この本の主張のひとつ、「帝国海軍が民間の商船護衛を軽視していた」、この点については著者と元商戦士官様は見解が一致している。
2.その問題点を正すにあたり、著者はどう尽力したのか、この点は大いに疑問である。
こういう事でよろしいのでしょうか?
戦争というと、どうしても軍ばかりに目がいきがちで、民間の商船は全くの盲点でした。貴重なご指摘に感謝します。

投稿: ちくわぶ | 2011年8月24日 (水) 22時19分

下記サイトは先輩の体験記ですのでご参考までに。
http://www014.upp.so-net.ne.jp/ja2ol/4630khz-sub21.html
それから大井篤参謀の部下の秘録サイトは以下で、なぜ部下の進言を黙殺したのか疑問大ですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%94%B0%E4%B8%80%E4%B9%9F

投稿: 元商船士官 | 2011年8月18日 (木) 09時50分

お尋ねの船内の暮らしはとりあえず下記サイトをご参照ください。
http://www.geocities.jp/kaneojp/02/0202.html
 これは開戦前の在来船ですが戦時急造のいわゆる戦時標準船は漏水したり、南京虫にやられたりで粗製乱造=鉄の墓場とやゆされました。

投稿: 元商船士官 | 2011年8月18日 (木) 06時00分

 「一体この参謀は何をしていたのか」との事ですが、「何もできなかった」というのが、この本の内容です。
 「硝煙の海」を少しだけ拝見しました。貴重な記録を公開してくださり、ありがとうございます。もしよろしければ、元商戦士官様のサイトで典型的な船上の一日の生活を、私のような素人向けに解説していただけないでしょうか。どんな所で寝て何時起きて何を食べて何を着るのか、洗濯や掃除はどれぐらいの頻度か、暇な時間は何をしているのか、そもそも暇な時間なんてあるのか、などを教えていただければ幸いです。

投稿: ちくわぶ | 2011年8月17日 (水) 22時27分

この本の著者は商船護衛部門の作戦参謀とは信じられない筆法に疑問を感ずる。当時関門海峡や瀬戸内海、日本海は米軍投下機雷のため軍艦・商船の触雷事故が続発・・・一体作戦参謀がこれが防止に何を策したのか全く述べていない。例えば終戦間際の8月10日北鮮の城津付近で第82号海防艦がソ連雷撃機から被弾、轟沈時、同行の商船(向日丸)が生存将兵を救出しているのに、海軍側から謝意もなく、本書でもなぜか無視している。一体この参謀は何をしていたのか多大の疑問を感ずる。

投稿: 元商戦士官 | 2011年8月17日 (水) 19時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/51743331

この記事へのトラックバック一覧です: 大井篤「海上護衛戦」朝日ソノラマ 文庫版航空戦史シリーズ24:

« ダイ・シージェ「孔子の空中曲芸」早川書房 新島進・山本武男訳 | トップページ | 阿佐田哲也「麻雀放浪記 1 青春編」角川文庫 »