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2011年4月 9日 (土)

マックス・ブルックス「WORLD WAR Z」文芸春秋 浜野アキオ訳

 カストロは知っていたんだ。自由の潮流が押しよせつつあり、そのせいで自分が権力の座から追いはらわれるってことを。いや、それは別に驚くようなことじゃない。驚かされるのは、やつがまんまとその波を乗りこなしたってことだ。

どんな本?

 かつて、人類を襲った未曾有の大災害。中国辺境で発生した奇病は、またたく間に世界中に蔓延した。それに感染した者は不死となり、未感染者に噛み付く。そして噛み付かれた者も感染し、次の犠牲者を求める。全世界的を席巻した奇病に対し、人々はどう立ち向かい、世界はどう変転したのか。

 前線で戦った兵士・「特効薬」でボロ儲けした実業家・有名人のボディガード・記録映画を作った映画監督・両親を失った少女・人類生存計画の立案者・生存キャンプのリーダーなど、世界中の様々な立場の人々にインタビューし、生の声から<世界Z大戦>の全貌を浮き彫りにする渾身のルポルタージュ!

 という体裁で、人類とゾンビの戦いを描く、ヒネくれまくったSFホラー長編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」海外編で堂々4位に輝く怪作。ホラーでこの高評価はただ事じゃないと思って読んだら、やっぱりただ事じゃじなかった。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は World War Z ; An Oral History of the Zombie War by Max Brooks, 2006。日本語版は2010年4月10日発行。A5ソフトカバー縦一段組みで約520頁。43字×20行×520=447,200字、400字詰め原稿用紙で約1118枚の大作。多数の人へのインタビュー集という体裁を取っていて、各インタビューは5~20頁程度なので、連作短編集といった雰囲気もある。

 この手の作品、例えばラピエール&コリンズの「おおエルサレム!」やコーネリアス・ライアンの「史上最大の作戦」など、本物のノンフクションは読み通すのにそれなりの覚悟が必要なのだが、これに関してはそういった気構えは無用。いかにもモノホンっぽい雰囲気は見事なリアリティを保ちながらも、娯楽作品としての読みやすさはそこらの小説より遥かに優れている。

どんなお話?

 現代に極めて近い近未来。中国辺境で奇病が発生した。死者が蘇って人を襲い始めたのだ。襲われた者も死者として蘇り、銃で撃たれ四肢がもげても活動を止めない。共産党の支配体制と体裁を保つために中国政府は情報を統制し、そのスキに奇病は世界に蔓延した。

 ある人は海に逃れようと船にしがみつき、別のものは奴らが凍りつく高緯度地域へと向かう。ハイテク兵器に頼る合衆国陸軍はニューヨークの北・ヨンカーズで決戦に挑み、イスラエルは国境を閉鎖する。イングランドで、ロシアで、南アフリカで。人々はそれぞれの形でゾンビに挑み、生き残りを図る。

感想は?

 しばらくは浜辺に行きたくなくない。水が怖い。奴らに襲われたら…と思うと、もう、ね。

 「ゾンビが本当にいて、それがパンデミックを起こした」という無茶な大嘘を最初について、けれどそれ以降は細部を疎かにせず徹底的に真面目かつ現実的に描ききった作品。テーマの馬鹿馬鹿しさとは対照的に、シリアスで感動的な読後感だった。文句なしに娯楽作品としては一級品。ゲーム「地球防衛軍」シリーズで、怒涛のように押し寄せる蟻や蜘蛛に恐怖した人には、格好のお勧め。

 「架空のインタビュー集」というヒネくれた構成は、細かいところで詰めが甘いと単なるイロモノに堕してしまうのだが、(たぶん)充分な調査に基づく緻密な描写で、ゾンビなんぞというB級のネタに見事なリアリティを与えている。例えば日本人のオタク青年もインタビューに答えているんだけど、アメリカ人の描く日本人オタク像としては、私が知る限り最もホンモノっぽい。いったい、誰から情報を仕入れたんだか。

 日本だけじゃない。感染源の中国は勿論、韓国も出てくる。お国柄で感心したのはインド。こういう連中に対し、ベラナシ(ベナレス)の人々がどうするかというと、やっぱりこうなるんだろうなあ。イスラエルも、いかにもソレっぽい。あの国は身も蓋もないというか、とにかく合理的で効率的で実際的だから。

 そういった現実感溢れ重苦しい場面ばかりでなく、ゾンビ物に必須の「どうしようもなく間抜けな奴ら」も、ちゃんと出てくる。世界の警察・合衆国陸軍が最新兵器を駆使してゾンビの大群に挑む、ヨンカーズの決戦のシーンは大笑いしてしまった。いやこの作品中では重要な転換点をなすシーンなんだけど、あまりに見事な定番どおりというか、やっぱりこういう連中のこういうシーンって、ホラーには欠かせないよねえ。

 さて、そのアメリカ。この戦いでは後に海兵隊が活躍するんだけど、その主力武器がなんとも皮肉が効いてる。この選択に至る経緯というのがまた、いかにもアメリカらしくていい。なにかにつけ略語を多用する兵士の会話スタイルなど、細かい部分の演出がまたリアリティを醸し出している。

 「実在のあの人」を思わせる人物もアチコチに出てきて、それぞれに重要な役割を果たしている。イギリスのお方とかは、ほんのチョイ役程度の顔見せでありながら、この作品のもう一つの面も見事に象徴している。

 なにせ相手はゾンビ。不死身だし感染るし退かないし。というと、敵としては大変に手強いように思えるけど、果たして本当にそうかというと…。後半に入ると、そんなあなたの疑問に応えるように、意外な英雄が登場してくる。落ち着いて考えりゃ、やっぱりそうなるよねえ。

 各個体の戦闘力はたいした事ないようだが、なにせ奴らは群れなして襲ってくるからタチが悪い。そこを頑張って何とか守り通すとどういう状態になるかというと…。いやもう、確かに理屈じゃそうなるんだろうけど、思わず笑っちゃったよ、あたしゃ。

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