ハンス・U・ルデル「急降下爆撃」朝日ソノラマ 高木真太郎訳
今度の大戦で、私は30回射落とされた。いずれも高射砲によるもので、戦闘機のために落されたことは一度もない。
どんな本?
ドイツ空軍の輝ける英雄、急降下爆撃機による対地攻撃の名手、ハンス・ウルリッヒ・ルデル自らが著した第二次世界大戦の戦闘記録。2500回以上も出撃し、30回も撃ち落されて生き延びた男。潰した戦車は500台以上、戦艦すら急降下爆撃で沈め、鈍重な爆撃機で戦闘機までも撃ち落す。その化け物の正体は…
いつ出たの?分量は?読みやすい?
原書は TROTZDEM by Hans Ulrich Rudel, 1952。私が読んだのは朝日ソノラマの文庫で航空戦史シリーズの8巻目、1982年4月20日初版発行で1988年1月30日発行の7刷目。今は学研M文庫から出ている。根強い人気だなあ。
解説を含め約260頁、縦一段組み8ポイント41字×18行×260頁=191,880字、400字詰め原稿用紙で約480枚。実はこの日本語訳、軍事に詳しい人には評判がよくない。ドイツ語版からの直接の翻訳ではなく、英語版からの翻訳である上に、「スターリン戦車」や「鉄グスタフ」など、兵器名がいい加減なのだ。とはえ、軍事物にありがちな芝居がかった調子ではあるものの、物語の文体としては結構サクサク読める。
感想は?
あのアンサイクロペディアの記事の元ネタとなった本である。アンサイクロペディアのクセにネタがほとんど入ってない。お陰で私もここに書くことがほとんどない。困ったもんだ。
田舎町に生まれ空に憧れる少年が空軍学校に入り、ゲーリングの「スツーカ爆撃隊のため、多くの青年将校を必要とする」という言葉を真に受けてスツーカ隊に志願する。同期のほとんどが戦闘機を志願したが。配属はされたが山歩きとスポーツにうつつを抜かし、上官に疎まれ偵察飛行学校に転属。戦争が勃発し偵察機の特別検査を受けたが不合格。これで爆撃機隊への復帰が適うかと思ったら、再検査で「異常高度にも耐えうる」と嬉しくないお墨付きをもらう。
なんとかスツーカ隊に戻り独ソ戦が始まるあたりから、本領を発揮しはじめる。隊と共にクロンシュタット港を攻撃、戦艦・駆逐艦・巡洋艦を沈める。その後の活躍は…アンサイクロペディアに美味しいところを全部書かれちゃってるんで、やりにくいったらない。
そんな彼にも弱点はあるようで、650回作戦飛行のお祝いに将軍からシャンパン一箱を贈られた時には、「どうも私は不調法者でして」と断り、クリーム菓子に変えてもらっている。
東部戦線の激戦振りは凄まじく、「その日の第17回目の出撃をしたが」などとサラリと書いている。赤外線スコープなどなくレーダーも積んでいない時代、夜間攻撃は勿論、霧が深いだけでも作戦は不可能になる。出来る時にやっておこうって事なんだろうけど、無茶にも程がある。
そんな戦場でも市民の生活は続く。ソ連機の爆撃の後、市民は河に殺到したそうだ。河に落ちた爆弾の衝撃で魚が浮かんでくるため、これを捕えて食べるのである。これに学んだルデル君。
われわれは戦争をしているのだ。ドニエプル河は戦線だ。軍に食物を給与するあらゆる可能性を獲得しなければならない。
ある日、100ポンド爆弾で自分の運命を試してみようと決心した。(略)私は60~90フィートの高さから飛び道具を落した。(略)獲物は豊かだった。目方にしたら、7~80ポンドもある、怪物の標本みたいのもあった。大部分は蝶鮫という河鯉の一種だった…
という事で、戦果にチョウザメも追加すべきなんだろうか。ちょっと調べたら、チョウザメって「皇帝の魚」とも言われる高級魚じゃないか。なんとも贅沢な。
この後は彼の鉄人振りを存分に発揮するエピソードてんこもり。戦車を潰し高射砲に撃墜され入院しては脱走して出撃…の繰り返し。名声の高まりと共に、彼を失う事を恐れた総統から出撃禁止令を出される。忠誠心厚いルデル君だがこればかりは聞けず、また総統もルデル君には弱い。なんという微笑ましいカップル←違います
政治的にも無謀というか、戦後に書かれた本であるにも関わらず総統を褒めちぎっている。こういったあたりが問題作と言われかねない所なんだろうけど、敢えて書いちゃうあたりが飛んでる頃と変わってないというか。
物語としては、最高に爽快でいい気分になれる冒険娯楽作品の傑作…実録である点を除けば。いや、だって、こんなの「事実だ」と言っても、誰も信じないでしょ。ロシアが「わが軍は飛行中隊長ルデルを捕虜にした」とラジオで発表したその日に、6回の出撃をして17台の戦車を屠った(隊全体では34台)、とか。
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