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2011年4月 4日 (月)

マイクル・フリン「異星人の郷 上・下」創元SF文庫 嶋田洋一訳

「皇帝にお世辞をいうことを思えれば、森の奥に住む必要もないのに」
「森の奥に住むことを覚えれば、皇帝にお世辞をいう必要もありません」

どんな本?

 「SFが読みたい! 2011年版」で、ベストSF2010海外部門でトップに輝いた、長編ファースト・コンタクトSF。中世ドイツの田舎町に不時着した異星人の集団と、村人達の出会いと軋轢を、抑えた筆致でじっくりと描く。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は EIFELHEIM by Michael Flynn 2006。日本語訳は2010年10月29日初版発行。私が読んだのは2011年1月28日の3刷。いきなり版を重ねてます。文庫本で上下巻、縦一段組みで上巻約380頁&下巻約335頁の計715頁。8ポイント42字×18行×715頁=540,540字、400字詰め原稿用紙で約1352枚の堂々たる長編。

 で、読みやすさなんだが、はっきり言って読みにくい。これは悪文とか訳が悪いとかではなく、作品の性質上、どうしてもそうなってしまう。どころか、読みにくさこそ、この作品の味わいだったりする。その理由の一つは人名や地名などの固有名詞。慣れないドイツ語なんで、どうにも覚えきれない。でも大丈夫、ちゃんと登場人物一覧と簡単な地図が付いてます。人物一覧は早川さんも見習って欲しいなあ。読みにくさの他の理由は、追って。

どんなお話?

 1348年の夏。ドイツの黒い森の外れ、領主マンフレートの治める平和な村、上ホッホヴァルトに異変が起こる。金属製品は火花を散らし、幾つかの家が火事で燃えた。村の教会の神父ディートリヒが、スイス人の傭兵マックスと共に異変の元凶を調べに森に赴くと、そこにいたのは異形の者たちだった。

感想は?

 地味。中世ドイツの村にエイリアンが降り立つ、という一見荒唐無稽な設定でありながら、著者の筆はひたすら誠実で「写実的」だ。この「写実的」ってのがクセモノで、無茶な設定でありながら、徹底した史実考証と想像力で、読者は「ああ、いかにもありそうだよなあ」と、納得してしまうシーンの連続となる。

 SFといえばセンス・オブ・ワンダーが醍醐味なのだが、この作品は二つのセンス・オブ・ワンダーを味わえる。一つは、勿論異星人なのだが、もう一つが曲者。中世ドイツの人々の感覚も、現代に生きるわれわれにとって、実にセンス・オブ・ワンダーに溢れている。

 先に「読みにくさこそ、この作品の味」と書いた。そう、中世の人々のセンスや価値観が、今のわれわれと大きくズレていて、それがこの作品の読みにくさの原因となっている。そして、この価値観のズレこそが、この作品の大きな魅力でもあるのだ。

 基本的な社会構造は領主が村に君臨する、という形だ。領主のマンフレートは相当に常識的な人で、力で押さえつけるだけの人ではない。あくまで法と慣習に従って村に君臨し、時には村人と交渉する。村人も心得たもので、危機の際には領主の指示を仰ぐが、納得がいかなければ異議申し立てすることもある。名誉を重んじる武人でもあり、武装して襲ってくる男を殺すのは厭わないが、非武装の女子供の虐殺は好まない。「常識的な範囲で有能な領主」というマンフレートの人物造型が、この物語に大きなリアリティを与えている。

 社会構造としてマンフレートと並び立つ権威となるのが、主人公のディートリヒ。聖カタリナ教会の主任司祭で、この物語ではエイリアンとの調停役を務める。ワケありらしく、若い頃はパリで学んだインテリらしい。だが今は村の教会に身を捧げ、思索に耽る悪癖は直らぬながら、若い修道士の指導や村人への教導に余念がない。マンフレートもディートリヒに一目おき、大きな問題は彼と相談しながら事を進めていく。豊かな教養を持ちながら、村人への奉仕を忘れないディートリヒの奮闘は、地味なこの物語に大きな救いをもたらす。

 この作品のSFとしての醍醐味は、ディートリヒとエイリアンの会話にある。物理学では電磁気や重力・天体の運行など、生物学では微生物や必須アミノ酸などの話題が、中世の教会の言葉で語られる。この辺、著者は実に無愛想で、何の話題なのかは読者が自分で察しないといけない。注意深く読んでいけばわかるし、わかれば「おお、そうか!」な面白さに溢れてるんだけど、迂闊に読み飛ばすと美味しい所を逃してしまう。

 教会の徒である以上、ディートリヒもエイリアンを帰依させようと努力する。「じゃ進歩したエイリアンが宗教をコケにする話なの?」などと思っちゃいけない。結構、真面目に神学論争が交わされるんだ。私はキリスト教に疎いんで読み飛ばしたけど←をい。

 本書はもう一つ、現代のパートが絡む。統計歴史学者のトムと、宇宙物理学者のシャロンが、歴史の中に埋もれた上ホッホヴァルトの秘密を解き明かしていく。

 十分の一税の実際や時間の測り方・疫病の恐怖、当時のユダヤ人の立場など、歴史物としての面白さもたっぷり。村人には善人もいれば不良もいる。テレジアちゃんの可愛らしさったら。群像劇としての面白さはエイリアン側もそうで、表情が伺えぬ彼らの個性が少しづつ見えてくるあたりも、地味ながらSFの楽しさを醸し出している。

 訳者あとがきは優れた解説になっている。上下巻だけど、できればまとめて買って、まず訳者あとがきから読むといい。大きなネタバレはしていない上に、当時の政治状況や社会背景など、この物語を読み解くのに重要な情報が詰まっている。

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