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2011年4月22日 (金)

うえお久光「紫色のクオリア」電撃文庫

毬井ゆかりは、ニンゲンがロボットに見える。
それは、どうしても変えることのできない彼女の絶対条件。

――そしてあたしは、そんな彼女の友だち。

どんな本?

 「悪魔のミカタ」シリーズが好調のライトノベル作家うえお久光による、ちょっと百合っぽい美少女とロボット満載のドキドキ学園青春物語…のフリをして、実はグレッグ・イーガンやテッド・チャンに匹敵する傑作本格SF。話題の「1Q84」を押しのけ「SFが読みたい!2010年版」国内編の10位に堂々ランクインした、2010年日本SFのダークホース。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2009年7月10日初版発行。文庫本で縦一段組み本文約310頁、8ポイント42字×18行×310頁=約234,360字、400字詰め原稿用紙で約586頁。文庫本の長編としては標準的な長さ。ライトノベルだけあって、読みやすさは抜群。お話は中学生の女の子の一人称で話が進むため、視点の混乱も少ない。口調に多少の癖はあるにせよ、変な語尾がついたりはしないので、ライトノベルに慣れない人にも大きな障害にはならないだろう。

どんなお話?

 波濤マナブ、女子中学生。男みたいな名前だけど、れっきとした女の子だ…無表情を装ってるから、あんまし可愛くないけど。そんなあたしを「ガクちゃん」と呼んでくれる大切な友だちが、毬井ゆかり。ちっちゃくてふわふわしてて、とってもかわいい。そんな彼女には秘密があって、彼女にはニンゲンがロボットに見えるのだ。彼女には、あたしがどう見えるんだろう?

感想は?

 いかにも電撃文庫らしい美少女が主役のライトノベル…の皮をかぶった、小松左京の「果てしなき時の流れの果てに」を思わせる爽快で本格的なSFの大傑作。「猫の地球儀」とか、時折とんでもない傑作を生み出すからライトノベルは侮れない。「理屈っぽくて小難しいSFは頭痛がして…」とおっしゃるあなたに、わかりやすさと面白さと骨太なアイデアを兼ね備えた、イチオシでお勧めの一編。

 基本的なアイデアは作品名にもなっている「クオリア」だ。「感じ」とでも言うのか、「私が見ている赤はあなたが見ている赤と同じであるという保障はない」みたいな、まあそういうモン。

 「全然わかんねーよ、説明になってないし」と思われる方もご安心を。この作品を読めばキッチリ理解できます。この作品の凄い点のひとつはそれ。クオリアの他にも、グレッグ・イーガンなど本格SFの書き手がよく使うアイデアを駆使してるんだけど、それが異様に「わかりやすい」。現代科学が抱える重要な問題点を、恐らくは電撃文庫の主要な読者層であろう中高生にも理解できるように、懇切丁寧に噛み砕いて説明している。

 かと言ってダラダラと説明が続く薀蓄くさい作品かというと、そこも巧く物語を絡めて回避している。この物語の筋が、特に中盤以降は時間・空間を行ったり来たりで相当にややこしい…筈なのに、なぜが読んでいて余り混乱しない。いや作者が意図的に読者を戸惑わせる場面はあるんだけど、これも読んでて「ああ、この混乱は作者が意図的に混乱させているんだな、だから今はわかんなくてもいいんだ」と、読者にキチンと伝わる仕組みになっている。

 こういった、面白くかつわかりやすく物語を綴る作者の技術は、読んでる最中は夢中で気がつかないけど、読み終えてからジワジワと伝わってくる。お陰で、お話の根幹は本格SFそのものでありながら、読みやすさはライトノベルのサクサク感を保つ、とんでもない作品になってしまった。なんでこんな重量級アイデアの剛速球連投が、ライトノベルのノリで楽しく読めるのやら。

 さて。アイデアと読みやすさのアンバランスばかりを述べちゃったけど、物語そのものも青春物の王道で抜群の爽快感。ここでもタイトルの「クオリア」が重要な役割を担っている。

 彼女が彼女であること、ガクがガクであること。序盤では鬱陶しいとすら感じられる、想いを伝える事の難しさ・もどかしさ。明らかにヒトとして異質である彼女と、ごく普通(に見える)ガクとの対比。そういったむずがゆさが、エンディングで大きな意味を持って効いてくる。こいいう、物語そのものの心地よさと、SF的な仕掛けでの問題解決の気持ちよさ、この二つを見事に絡めて読後の爽快感にまとめ上げる手腕は、初期のジェイムズ・P・ホーガンを思わせる。

 どうでもいいけど、イラストが綱島志朗というのは、「羊の皮を被った狼」なこの作品に、ある意味マッチしているかもしれない。確かにロボットも上手だけどさあw

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