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2011年4月の18件の記事

2011年4月30日 (土)

笹本祐一「ARIEL vol.09」SONORAMA NOVELS

シモーヌ「お姉さんが二人ともこっちの味方なんですよ。こんな頼もしい援軍、ありませんでしょ?」
ハウザー「買っても負けてもろくなことにならないような気がするのは、なぜだろう」

どんな本?

 天才科学者のお爺ちゃんが作った巨大ロボット ARIEL に乗り込むのは若き美女と美少女。巨大戦艦で地球侵略を企む宇宙人から、われらが地球を護るため、行け ARIEL、戦え ARIEL…と思ったら大間違い。今まで宇宙人相手の戦闘ではいい所がなかった ARIEL、この巻でもほとんど宇宙の筏扱い。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 2010年8月30日第一刷発行。新書版で縦2段組の本文約410頁。8ポイント23字×17行×2段×410頁=320,620字、400字詰め原稿用紙で約802枚。文庫本17巻と18巻の合本だけあって、普通のライトノベルの倍程度の容量。

 ライトノベルの世界では安定して高い人気を誇る笹本氏だが、この巻は珍しくあまりスラスラ読めない。理由は3つある。第一に、登場人物が異様に多いこと。第二に、舞台背景が込み入っている点。とはいっても、長い物語がクライマックスを控え、それぞれに背景を抱えた多数の人物が続々と舞台に集ってくる段階なので、こればっかりは仕方がない。登場人物一覧があると助かるんだけど、なんとかなりませんか朝日新聞社さん。第三の理由は…

 さすがにいきなりこの巻から読む人はいないと思うけど、一応警告しておきます。アクの強い登場人物が何の紹介もなしに多数出演してるんで、素直に1巻から読みましょう。

掲載作品は?

第45話 開戦前夜(承前)
第46話 ファーストコンタクト
第47話 踊るセレモニー
プラス1話 終わりなき戦い(前編)

 第45話~第47話は本編で、プラス1話は番外編。なんと、この物語の完結以降のエピソード。相変わらずダイ姉ちゃんにコキ使われているハウザー艦長、お馴染みのクルーと共に向かった新たなる任地はロクサン18星系。海賊船団と辺境連合軍が睨みあうこの任地、実は帝国の公示で誰も落札しようとしない厄介な星系で…

感想は?

 笹本さんは美形に恨みでもあるのだろうか。なぜここまでハウザー艦長がいじめられるのだろう。オンボロの中古艦を極小の予算で騙し騙し使いつつ、会社の利益のため奮闘努力しているのに、いつの間にか辣腕の長姉は上司になり凄腕情報学者の次姉は艦内に潜り込み妹は駆け落ちに失敗して不貞腐れる。

 父は帝国軍第三艦隊を率いて任地に勝手に踏み込んできたし、つられてライバル企業も大挙して押しよせる。なにやら第三勢力も怪しい動きを見せ一触即発の事態だというのに、頼みの副官は次姉に丸め込まれ後ろからは経理部長に狙われる。なおも困ったことに原住民の代表まで殴りこんでくる始末。

 殴りこんでくる原住民というのが、当然われらが ARIEL…はあくまでおまけで、張り切ってます岸田博士。この暴れん坊爺さんが、この巻のもう一人の主役。なにせ舌先三寸で SCEBAI を立ち上げ ARIEL の開発予算を分捕った古狸、前巻で世界中の航空宇宙機関を動かし無茶なロケット打ち上げを連発させた挙句、この巻ではついに敵の本拠地に堂々と乗り込みます。どこまで図々しいんだかw

 この巻の前半の読みどころは、地球軌道上での ARIEL とシャトルのランデブー・シーン。もう完全に笹本さん趣味に走ってます。航法管制のリレーの様子とかシャトルを高軌道に持ち上げる手段とか、異様にマニアック。この地球軌道上のシーンの緻密さマニアックさが「読みにくさ」に第三の理由で、人工衛星打ち上げや管制の技術的詳細を知らない人には煩雑としか感じられないかも。逆に多少なりとも知っていると、記述のひとつひとつが「これはひどい。もっとやれ」の連続で、「ついに日本のSFもここまできたか」としみじみ感慨にふけってしまう。いずれにせよ軽く読み飛ばせないのは確実。じっくりと味わって読みましょう。

 化学反応を利用し、基本的に作用反作用で動ている地球の機器に対し、今まで物理法則を無視したような機動を見せたエイリアンの艦や艦載兵器。その無茶な機動の秘密が、この巻でついに明かされる。それはどういうものかというと、確かにこりゃ詐欺だw いや確かに理屈の上じゃ収支はあってるけど。

 今まで全く活躍の機会がなかった主役ロボットの ARIEL、この巻でやっと日の目を見ます。それも、全銀河が注目するオープン・フリートのバトルロイヤル…の隅っこで、ひっそり。結局、ゴテゴテと装備した120ミリバルカンやハイパワーレーザードライバーは何だったんだw

 長い物語りもいよいよ大詰め。前巻で大活躍をした由貴ちゃんも、いよいよ次巻では再び本領を発揮する模様。短編「終わりなき戦い」の後編も含め、大いに期待してます。ところで、「終わりなき戦い」、やっぱり元ネタはジョー・ホールドマンなんだろうなあ。

関連項目

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2011年4月28日 (木)

ジェームズ・トレフィル「ビルはどこまで高くできるか 都市を考える科学」翔泳選書 出口敦訳

都市の規模は、人々がどれほど移動しやすいかで決まる。(略)ほとんどの人間は45分以上かかるところへ仕事や買い物に出かけない、という法則である。チグリス河畔のバグダットからハドソン河畔のバグダット、つまりニューヨークに至るまで、45分の法則で都市の規模は決まるのだ。

どんな本?

 科学や技術などの視点から、古今東西の「都市」を分析し、その未来を予測する。著者の視点はビルやガラスの素材など化学、地殻や地盤などの地学、ハトや芝生などの生物学、橋やトンネル工事などの土木技術、電車や車などの工業技術、そして電話回線などの情報技術など多岐に渡る。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は A Scientist In The City by James Trefil, 1994。日本語版は1994年12月15日初版第一刷発行。A5ハードカバー縦一段組みで本文約350頁、9ポイント46字×18行×350頁=289,800字、400字詰め原稿用紙で約725枚、分量は普通の長編小説並。

 翻訳物の科学解説書のわりに、そこらの日本人科学者・技術者の書いた本より、文章はこなれていて読みやすい。イラストや写真が多く、数式はない。都会暮らしの人にとってテーマは身近で親しみやすく、興味深いエピソードも沢山収録している。一般人向けの科学解説書として見ると、とっつきやすさは最高の部類。ただ、技術的な面、特に情報技術についてはさすがに少し古くなっている。

構成は?

はじめに
第1部 現在の都市
 第1章 都市の誕生
 第2章 捨て去ることはできない 都市生態系の限界
 第3章 都市を形づくるもの
 第4章 光を入れる
 第5章 建てた物はいつかは壊れる
 第6章 フナクイムシと地下鉄
 第7章 エネルギーの変遷
 第8章 交通システム
 第9章 情報の伝達
第2部 未来の都市
 第10章 未来の予測
 第11章 高層の未来
 第12章 エッジシティの未来
 第13章 新郊外の未来
 第14章 仮想現実の未来
 第15章 宇宙の未来
 第16章 都市の終焉
2050年の都市 あとがきにかえて
訳者あとがき
索引

 第1部は古代~現代の都市を語り、高層ビルの素材など都市を支えるテクノロジーと、その限界を明らかにする。第2部では、リニアモーターカーなど実用化が近い技術から、スペース・コロニーなど未だSFに属する技術も含め、それが都市をどう変容させるかを予測する。

感想は?

 都市部に住む人にとっては、かなり興味深く面白い本だろう。都市の意外な面を示すエピソードが次々と出てくる。例えば、都市の動物として多いのがハトやカラスなどの鳥。これには、ヒートアイランド現象が関係している。

 暖かい空気によって昆虫の飛行経路が通常より高いところまで押し上げられ、鳥たちのエサにされやすくなるのだ。都市の生態系が鳥類に都合よく出来ているのはこのためである。

 粉塵・二酸化炭素は田舎の10倍、降水量も10%多く、年間平均気温も0.5~1℃高くなる。
 都市といえばビル。高層建築の素材として、かつては石を使っていた。重量を支える素材としてれんがは優秀で、2.4kmまで積み上げられるとか。ただし、横からの力に弱いので、せいぜい10階~12階が限度だとか。

 変わって登場したのが、鋼。現在、「技術的には可能なビルの高さにほぼ限界はない」そうな。じゃ、何がビルを壊すかというと、ニューヨークの世界貿易センタービルの設計に携わったある技術者曰く。

ビル全体の重量は鉄骨の柱が支え、その柱が外壁を構築している。柱はビルの地階部分を貫いているので、ビルが放棄された場合にはその部分にほぼ確実に浸水してくるだろう。(略)何十年か浸水が続いて水の作用で基礎が弱まり(略)最初に襲ってくる嵐で強風に見舞われ、柱が折れ、ビルは倒壊するというのである。

 逝くときは根元が錆びてポッキリ逝くわけです…ジャンボジェットでも衝突しない限り。
 橋やトンネル建設に関わる面白エピソードも多く収録している。例えば、橋を架ける際、対岸に何らかの方法でケーブルを渡さなきゃいけない。ブルックリン橋はフェリーで渡したけど、ナイアガラの滝はどうしたかというと。

賞金5ドルのコンテストを行い、川の向こうまでタコを飛ばせる少年を募集したのだ。タコが上がって無事対岸にたどりつくと、続けて少し重たいロープをつなぎ、最後には鋼線も対岸にはこぶというしくみだ。

 おお、賢い。対して間抜けなのが、1843年に開通したロンドンのテムズ川床を越えるトンネル。予想では堅い粘土層のはずが、浸水に悩まされ、地盤が軟らかい所では「トンネルの底をバールで叩いて調べようとすると、バールは手からすべり落ちて、シールドの下の沼のような砂の中に消えてしまった」。18年もかけて開通したにも関わらず、オチが酷い。

ところが、である。トンネルが開通するまで、だれもその使いみちを考えていなかったのだ。

 結局は露天商が溢れる事と相成ったそうで。地下商店街の起源はロンドンだった?
 メカニカルな話ばかりではない。人間が関わるエピソードも興味深いものが多い。例えば米国の都市圏における労働者の出勤パターン。郊外→郊外が37%もいる。続いて都市→都市が31%、郊外→都市は19%と意外に少ない。隣接の都市圏へが7%、都市→郊外が6%。都市=職場というパターンは、我々の思い込みなのかも。

 本書の唯一の弱点は、やや1994年という発行年度。情報技術では最新の情報記録媒体としてCDを紹介したり、自動車の未来としてハイブリッドカーが抜け落ちてたり。暗い話としては911があって、まあそれは仕方がないか。

 イラストは Judith Peatross。真鍋博に雰囲気が似ている。かつて星新一を読み漁った身としては、妙に懐かしく感じた。

 以下、余談。本書には「エッジシティ」という概念が出てくる。日本の関東平野だと、夏目漱石の三四郎曰く「どこまで行っても東京が終わらない」というぐらいに、都市と郊外の境があやふやだが、米国だと「各都市の市街地が一定の距離をおいて立地」(訳者あとがきより)している。

 ところが1970年代あたりから、「ハイウェイのインターチェンジや大規模なジョッピングモールの近くなのだが、平坦な郊外の風景のところどころに、高層ビル群が点在」しはじめた。シリコンバレーも、これにあたるのかしらん。

 これ、実は日本の関東平野も昔はこんな風だったんじゃなかろか。江戸時代だと、参勤交代などの要望で10~20kmおきに宿場町ができていた。その宿場町の人口が増え範囲が膨らんで、互いの宿場町が癒着し、今の首都圏になった。

 何が言いたいのかというと、アメリカのエッジシティの未来は、今の日本の首都圏みたくなるんじゃないかなあ、と思うのですね。そのためには鉄道などの安価で安定した公共輸送機関が発達する必要があるのだけど。

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2011年4月26日 (火)

長谷敏司「あなたのための物語」ハヤカワSFシリーズJコレクション

「子どものころ夢見た《未来》のようでなかった、現在に対する復讐です。ですから、進歩した素晴らしい世界を子孫にわたしたくて、仕事をしているわけではありません。ただ、この復讐の連鎖が、世界を便利にしてきたのだとも、わたしは思っています」

どんな本?

 デビュー作「戦略拠点32098 楽園」がライトノベル・SF双方の話題となり、「円環少女」シリーズが好調な長谷敏司による本格長編SF。「SFが読みたい!2010年版」国内編で堂々2位に輝いた話題作。余命半年を宣言された科学者サマンサと、実験体の仮想人格《wanna be》を通し、<死>の意味を正面から見つめ、読者に問いかける。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2009年8月25日初版発行。ソフトカバー縦ニ段組で約300頁。8ポイント25字×19行×2段×300頁=285,000字、400字詰め原稿用紙で約713枚。量は標準的な長編かな。

 分量はそれほど重くないが、内容はずっしり重い。ライトノベル出身の作家らしい読者サービスも全くない。SFとして魅力的なアイディアを惜しげもなくつぎ込んでいるにも関わらず、内省的な内容と重苦しい雰囲気のために、強い圧力で読者の高揚感は押しつぶされる。軽快なアクションが続く爽快な娯楽作を期待してはいけない。静かに自意識の中を奥深く探る、苦く冷たく身も蓋もない、だからこそ読者に強い衝撃を与える作品だ。

どんなお話?

 時は西暦2083年、舞台はアメリカ西海岸のシアトル。主人公は成功したベンチャー企業ニューロロジカル社の創設メンバーで研究者のサマンサ・ウォーカー35歳独身。開発中の新製品 ITP(Image Transfer Protocol)は、人間の脳神経を記述し、ナノロボットで擬似神経を構成する…つまり、人間そのものを記述・編集・複製できる技術だ。

 サマンサたちは ITP の動作検証用に仮想人格《wanna be》を作り出し、創造性を実証するために小説を書かせる。だが、研究を主導するサマンサの体は病魔に蝕まれ、余命半年の宣言を受けた。

 理不尽な運命に憤りながらも、現実主義者で独身のサマンサには仕事以外にすがるものがない。現行ヴァージョンの ITP に残る欠陥の解決に向け、研究に打ち込もうとするサマンサ。だが、病魔がもたらす苦痛は、サマンサの人としての誇りを無情に奪い去っていく。そして《wanna be》は、サマンサに向け物語を綴り始める。

感想は?

 重い。ずっしり、重い。そして、身も蓋もない。この作品のテーマは、<死>だ。それも、突然の事故死ではない。病気によりじわじわと命を奪われていく過程を、死にゆくサマンサの立場で赤裸々に描いている。

 主人公のサマンサは、研究者としては優秀だが、性格は意固地で協調性に欠ける。だが地位を鼻にかけるわけでもない。単に社交性に乏しく、徹底してリアリストなだけだ。こういった「あー、いるよね、そういう奴」的な彼女の人物造型は見事で、この物語の切実さを増している。

ミス・ウォーカー、あなたは本当に現実と対面せずにいられないし、他人にも対面させずにいられないのですね

 彼女が病魔に蝕まれ、苦しむシーンも凄い。何がすごいといって、身も蓋もないのが凄い。単に苦しむだけではない。排泄物にまみれてみっともない姿を晒し、人としての尊厳を奪われていくシーンは、読んでいてひたすら苦しい。肉体的な痛みは余裕を奪う。短気になり、礼儀や人を思いやる気持ちがどんどん蒸発していく。ただでさえ社交性に乏しく辛辣なサマンサが、研究室の地雷と化していく。サマンサもそれを自覚しながら、どうすることもできない。

 「死を見つめて」なんてテーマは、娯楽小説だと美談じみた悲劇になりそうだが、この作品は…まあ、それは読んでのお楽しみ。

 この作品のもうひとつのテーマは、「人間とは何か」。ITP(Image Transfer Protocol)はグレッグ・イーガンの TAP を連想させる。これについて、著者は正直に「まちがいなくイーガンの影響は受けている」と語っている(「SFが読みたい!2010年版」のインタビュウ「任された未来にSFで応えたい」にて)。

 この ITP がまた実に魅力的。「人間をいかようにも記述できる」んですぜ。それをどう使うかというと。

「悲しい」という感情伝達と同じ方法で、他人の知識や経験や、特別に機械編集した神経配置を脳内に移植することもできるからだ。ITP は、個人の人体というハードウェア環境を平均化して、脳内情報の一元管理を可能にする、"人間のOS"になる。

 …すんません、今これを書いてて私が思いついた応用例は…ああっ、追求しないで下さい。ええ、そうです、どうせ私はエロ親父です。まあ、そこまで行かないまでも、ITP で何ができるか、という点を、この作品はいくつか追求している。SF として、この辺は相当に盛り上がる場面なんだけど、作者の抑えた筆致と、内省的な内容がSF的な興奮に冷水を浴びせかける。

 ところが現行の ITP には色々と問題があって…と、これが物語後半で大きな読みどころ。このアイディアだけでも、かなりスリリングな作品になると思うんだが、あくまで作品全体の中では添え物的な役割に留まっている。なんとも贅沢な小説だよなあ。

 ITP や 《wanna be》・環境セルなどの小道具は、いかにもサイバーパンク以降の現代SFを思わせるが、文章の大半はサマンサの自問自答で、ニューウェーヴ的とも言える。恐らく著者はニューウェーヴなんか意識せず書きたいように書いたのだろうけど、ならニューウェーヴは既にSFの一スタイルとして定着した、という事なんだろうか。

 イーガンが冷酷な理論で割り切ってしまう部分を、この作品では切り捨てられる者の立場で記述していく。無意識に物語を見出してしまう人間という存在と、その予告された終末。私たちが日ごろ目を背けている部分に、容赦なく目を向けさせる、重く苦しい小説。

 2011.04.27 追記。

 ITP 問題の解決に、著者はサマンサ案とケイト案の二つを提示してる。私が ITP を使う立場で考えると、サマンサ案の方が穏当に思える。

 人が使う道具は、クセがつく。わかりやすいのは靴で、人によってすりへる場所が違う。私の場合、親指の内側に穴が空く。これは一時期軟式テニスをやっていたせいで、親指の内側に力を入れる歩き方がクセになっているからだ。で、実際、ある程度すり減った方が、足に馴染んで履きやすいのですね。

 もう少し複雑な道具だと、自動車の EFI がある。ドライバーのクセをICが覚えて、それに適した燃料制御に適応していく。だから数週間も他の人に車を貸すと、車の性格が変わってしまったりする。

 私は、問題発生時には、メーカーお仕着せのクセで稼動するより、自分がつけたクセで稼動してほしい。問題が起きた時でも、私は自分のスタイルを貫きたい。今まで自分が積み上げてきた方法を、継続してほしい。他の誰かさんが考えた「普通」を、押し付けられたくない。誰かから押し付けられなければならないなら、それは他の人ではなく、過去の自分であってほしい。

 だが、提供する側からすると、これはあまり嬉しくない解決法でもある。というのも、問題が起きているのかいないのか、ITP の中身を覗かないとわからないからだ。ケイト案だと、問題が起きた際に、利用者も周囲の人も、違和感を感じて「何かが起きている」事がわかる。しかし、サマンサ案だと、いつもと同じで、「何も起きていない」ように見えてしまう。副作用がなきゃいいけど、あった場合は、兆候が見過ごされ問題が悪化してしまう。エンジニアリングとしては、どっちがいいのかしらん。額に動作確認用の LED でもつける?いや LED じゃ色気がないから、ネコミミで←結局それかい

 仮に何の副作用もなかったとして、機械的に過去の慣性で生活するとしたら、それは「生きている」と言えるのかしらん。うーむ。

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2011年4月24日 (日)

ロビン・ウィルソン「四色問題」新潮社 茂木健一郎訳

四色あれば、どんな地図でも
隣り合う国々が違う色になるように
塗り分けることができるのか?

どんな本?

 数学の難問である四色問題について、その起源から決着までの歴史を辿るとともに、同時に四色問題の解法も解説する。一般にこの手の本は数学者の人物像や人間関係のドラマにスポットをあて、数学的な部分は添え物となりがちだが、この本は大胆に証明の内容にまで踏み込み、一般向けの数学解説書としての側面が強いのが特徴。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Four Colours Suffice : How the Map Problem Was Solved, 2002 Robin Wilson。日本語版は2004年11月30日発行。ハードカバー縦一段組みで約260頁。9ポイント43字×20行×260頁=223,600字、400字詰め原稿用紙で約559枚。問題や解法を示す図版を多数収録しているので、文字数そのものはもっと少ない。

 じゃ軽く読み通せるかというと、とんでもない。日本語の文章そのものは、この手の解説書としては上質の部類で、かなりこなれていて自然な文章になっている。しかし、いかんせん扱っている内容がしんどい。素人向けとはいえ現代数学の難問を正面から取り扱っているので、数式もアチコチに出てくる。歯ごたえは充分。

構成は?

 序文
第1章 四色問題
第2章 問題提起
第3章 オイラーの有名な公式
第4章 ケイリーが問題を蘇らせて……
第5章 ……ケンプが解いた
第6章 運の悪い人々
第7章 ダーラムから飛んできた爆弾
第8章 大西洋を渡って
第9章 新しい夜明け
第10章 成功!……
第11章 ……けれどもそれは証明なのか?
 もっと知りたい人のために
 用語集
 四色問題年表
 訳者あとがき

 一般的に数学は積み重ねの学問だ。よって最初でつまずくと、それ以降は全くついていけなくなる。それはこの本も同じで、「よくわからんけど、今はほっとこう」などと考えて先に進むと、どんどんわからなくなる。わかるまで粘るか、あっさり諦めるか、覚悟を決めて取り組もう。ちなみに私は3章で根を上げ、以降は数学の部分を読み飛ばしました…って、ほとんど全部じゃねーかw

感想は?

 最初は「どこまでついて行けるかな?」などと甘く考えていたけど、上述のように序盤で降参して、以降は面白そうな所を拾い読みする感じで読んだ。

 冒頭に四色問題の定義を引用したが、現実の地図とはだいぶ条件が違う。例えば現実の地図には「飛び地」があるのだが、四色問題だと飛び地は「ない」ものとする。あくまで国は連続した領土を持っている、と仮定するのですね。そのためか、「地図製作に携わる人々は、四色問題を全然重視していない」「キルトやパッチワークの製作者、モザイク工なども、組み合わせる布やタイルの色を四色に制限することには、まったく興味がないようだ」。

 問題のオチ、「いつ誰がどのように解決したか」も、第1章で早々にバラしている。

最終的に四色問題を解いたのはヴォルフガング・ハーケンとケネス・アッペルで、1976年のことだった。彼らの方法はコンピュータに1000時間以上も計算させるというものであったため、この知らせは熱狂と落胆をもって迎えられた。

 以降、問題の説明へと話は続き、「奇妙な論理」で有名なマーティン・ガードナーのエイプリル・フールの冗談記事も紹介している。5色以下で塗り分けられないという地図を雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」に載せたところ、数百人の読者が4色で塗り分けた地図を同封したそうな。さすがアメリカ、変な人も多いけど、キチンと数学の素養を持つ人も多いのね。
 次の章で紹介している、「5人の王子の問題」と、「5つの城の問題」も面白い。

5人の王子の問題
むかしむかし、インドに大きな国がありました。
この国の王様が亡くなるときに、5人の王子に言いました。
わたしが死んだら、王国は5人で分けなさい。
ただし、どの領土も、他の四人の領土と境界線(点ではいけない)を共有するように分けなければならない。
さて、王国はどのように分ければよいでしょう?

5つの城の問題
王様はさらに言いました。
5人でそれぞれ自分の領土に城を建て、
他の4人の城との間に道を造りなさい。
ただし、どの道も交差させてはならない。
さて、道はどのように造ればよいでしょう?

 ちなみに、どっちの問題も解は「橋でも造らなきゃむりぽ」だそうで。
 人間ドラマで興味深いのが、ルイス・キャロルことチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。

『アリス』を好んだビクトリア女王から「次の作品を送ってほしい」と言われて『行列式入門』を送ったが喜ばれなかったという逸話が残っている(ドジソン自身はこの話を否定していた)。

 『行列式入門』を送った事を否定しているのか、喜ばれなかった事を否定しているのか、どっちなんでしょうねえ。
 変人として面白いのが、パーシー・ジョン・ヘイウッド。

数ある特徴の中で特に風変わりだったのは、一年に一度、クリスマスの日にしか時計を合わせないということだった。時計が狂うペースを心得ていた彼は、時刻を知る必要のあるときには、いちいち暗算をしたのである。

ドイツの整数論学者ミンコフスキーの逸話も楽しい。「挑戦したのが三流学者ばかりであるから」と四色問題を馬鹿にしていた彼、講義中に証明に取りかかったが、講義の時間が終わっても証明できず、次回の講義に持ち越した。数週間持ち越した後、彼が講堂に入ると雷鳴が轟く。深刻な表情な彼曰く「天は、わたしの尊大さに腹を立てられたようだ」。そして数週間前に中断したところから講義を再開しましたとさ。

 当初、ハーケンとハインリヒ・ヘーシュが証明に使ったマシンは CDC1604A でプログラミング言語が ALGOL60 というのも貴重な資料。ALGOL60って、本当に使われたのね。

 最終章は、かなり苦い。エレガントをよしとする数学の世界で、力任せの方法を用いたハーケンとアッペル。学会は彼らの業績を歓迎せず、どころか本人たちも自分達の業績を「簡潔でエレガントな証明ができれば、それにこしたことはなかった」と述べている。この辺、エンジニアなら「量は質に転じる」と開き直るところなんだけど、やっぱり数学者のセンスは違うなあ。 

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2011年4月22日 (金)

うえお久光「紫色のクオリア」電撃文庫

毬井ゆかりは、ニンゲンがロボットに見える。
それは、どうしても変えることのできない彼女の絶対条件。

――そしてあたしは、そんな彼女の友だち。

どんな本?

 「悪魔のミカタ」シリーズが好調のライトノベル作家うえお久光による、ちょっと百合っぽい美少女とロボット満載のドキドキ学園青春物語…のフリをして、実はグレッグ・イーガンやテッド・チャンに匹敵する傑作本格SF。話題の「1Q84」を押しのけ「SFが読みたい!2010年版」国内編の10位に堂々ランクインした、2010年日本SFのダークホース。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2009年7月10日初版発行。文庫本で縦一段組み本文約310頁、8ポイント42字×18行×310頁=約234,360字、400字詰め原稿用紙で約586頁。文庫本の長編としては標準的な長さ。ライトノベルだけあって、読みやすさは抜群。お話は中学生の女の子の一人称で話が進むため、視点の混乱も少ない。口調に多少の癖はあるにせよ、変な語尾がついたりはしないので、ライトノベルに慣れない人にも大きな障害にはならないだろう。

どんなお話?

 波濤マナブ、女子中学生。男みたいな名前だけど、れっきとした女の子だ…無表情を装ってるから、あんまし可愛くないけど。そんなあたしを「ガクちゃん」と呼んでくれる大切な友だちが、毬井ゆかり。ちっちゃくてふわふわしてて、とってもかわいい。そんな彼女には秘密があって、彼女にはニンゲンがロボットに見えるのだ。彼女には、あたしがどう見えるんだろう?

感想は?

 いかにも電撃文庫らしい美少女が主役のライトノベル…の皮をかぶった、小松左京の「果てしなき時の流れの果てに」を思わせる爽快で本格的なSFの大傑作。「猫の地球儀」とか、時折とんでもない傑作を生み出すからライトノベルは侮れない。「理屈っぽくて小難しいSFは頭痛がして…」とおっしゃるあなたに、わかりやすさと面白さと骨太なアイデアを兼ね備えた、イチオシでお勧めの一編。

 基本的なアイデアは作品名にもなっている「クオリア」だ。「感じ」とでも言うのか、「私が見ている赤はあなたが見ている赤と同じであるという保障はない」みたいな、まあそういうモン。

 「全然わかんねーよ、説明になってないし」と思われる方もご安心を。この作品を読めばキッチリ理解できます。この作品の凄い点のひとつはそれ。クオリアの他にも、グレッグ・イーガンなど本格SFの書き手がよく使うアイデアを駆使してるんだけど、それが異様に「わかりやすい」。現代科学が抱える重要な問題点を、恐らくは電撃文庫の主要な読者層であろう中高生にも理解できるように、懇切丁寧に噛み砕いて説明している。

 かと言ってダラダラと説明が続く薀蓄くさい作品かというと、そこも巧く物語を絡めて回避している。この物語の筋が、特に中盤以降は時間・空間を行ったり来たりで相当にややこしい…筈なのに、なぜが読んでいて余り混乱しない。いや作者が意図的に読者を戸惑わせる場面はあるんだけど、これも読んでて「ああ、この混乱は作者が意図的に混乱させているんだな、だから今はわかんなくてもいいんだ」と、読者にキチンと伝わる仕組みになっている。

 こういった、面白くかつわかりやすく物語を綴る作者の技術は、読んでる最中は夢中で気がつかないけど、読み終えてからジワジワと伝わってくる。お陰で、お話の根幹は本格SFそのものでありながら、読みやすさはライトノベルのサクサク感を保つ、とんでもない作品になってしまった。なんでこんな重量級アイデアの剛速球連投が、ライトノベルのノリで楽しく読めるのやら。

 さて。アイデアと読みやすさのアンバランスばかりを述べちゃったけど、物語そのものも青春物の王道で抜群の爽快感。ここでもタイトルの「クオリア」が重要な役割を担っている。

 彼女が彼女であること、ガクがガクであること。序盤では鬱陶しいとすら感じられる、想いを伝える事の難しさ・もどかしさ。明らかにヒトとして異質である彼女と、ごく普通(に見える)ガクとの対比。そういったむずがゆさが、エンディングで大きな意味を持って効いてくる。こいいう、物語そのものの心地よさと、SF的な仕掛けでの問題解決の気持ちよさ、この二つを見事に絡めて読後の爽快感にまとめ上げる手腕は、初期のジェイムズ・P・ホーガンを思わせる。

 どうでもいいけど、イラストが綱島志朗というのは、「羊の皮を被った狼」なこの作品に、ある意味マッチしているかもしれない。確かにロボットも上手だけどさあw

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2011年4月21日 (木)

「戦闘技術の歴史 3 近世編 AD1500~AD1763」創元社

アルマダの戦いに関する伝説で真っ先に誤りとわかるのは、この海戦がスペインの巨大ガレオン船と、イングランドの機敏な小型船との戦いだったという説である。実際には、この戦いに投入された軍艦のうち最大のものは、イングランドの船だったのだ。

どんな本?

 「戦闘技術の歴史 2 中世編」に続く、シリーズ第二弾。兵器はもちろん、それを活用するための隊列・隊の構成といった血生臭い話から、当時の社会構造や戦闘の原因となった政治状況まで、幅広く扱っている。地理的には完全に欧州中心で、東方ではトルコが出てくる他、北米大陸での英仏西どうしの戦いも扱う。相変わらず図版とイラストは豊富で、眺めているだけでも飽きない。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Fighting Techniques of the Early Moddern world, Amber Books 2005。著者はクリステル・ヨルゲンセン、マイケル・F・パヴコヴィック、ロブ・S・ライス、フレデリック・C・シュネイ、クリス・L・スコット。日本語版は浅野明監修、竹内喜・徳永優子訳で2010年10月20日発行。前巻から丁度一年かあ。

 A5ハードカバー縦一段組みで本文約366頁、9ポイント45字×22行×366頁=354,288字、400字詰め原稿用紙で約886枚。翻訳物の学術書だし読みやすくはないが、前巻より文章はかなりこなれている。

 この巻でも歴史に詳しければ読む楽しみは増す。今回はレパントの海戦やアルマダの海戦など、帆船が好きな人には有名な戦いが出てくるんで、そっちが好きな人には5章はたまらないかも。

構成は?

日本語版監修者序文
第一章 歩兵の役割
第ニ章 騎兵の働き
第三章 指揮と統率
第四章 攻囲戦
第五章 海戦
参考文献
索引

 前巻の「騎兵・戦車など」が「騎兵の働き」に変わり、「攻城戦」も「攻囲戦」と変わっている。第一章~第三章は末尾に「結び」や「結論」として章全体のまとめがある。素人はまとめを先に読むと全体が把握しやすいだろう。

感想は?

 このシリーズの特徴といえば豊富な図版とイラスト。古代編は現代のイラストレータの書き下ろし、中世編は当時の画家の絵が多かった。今回は当時の絵が多いが、中世編と異なり遠近法を駆使した油絵が多く、資料としての迫力と見た目のリアル感が両立している。

 前巻で活躍した騎兵、この巻では火器(マスケット銃)の普及に伴い、歩兵に押されてやや陰が薄くなる。銃の偏重は隊列のイラストを見れば一目瞭然で、1622年ごろには縦10列でパイク(槍)兵3:銃兵2の割合だったのが、1750年ごろには縦2列で全部が燧石銃になっている。正面の火力を増やすために横幅が広がっていったんですな。ちなみにパイク兵の役割は接近した敵から銃兵を護ること。現代で言えば戦車の護衛に歩兵がつくようなもんかな。

 近世の初めは傭兵が中心で、中でも勇名を馳せたのはスイス兵。なんで強かったのかというと。

 スイス部隊のパイク兵は約200名ずつのハオフェン(中隊)に組織され、各ハオフェンは都市や地方から集められた同地区出身の兵士たちで構成されていた。中隊の指揮を執っていたのは、都市参事会によって任命されたハオプトマン(大尉)で、部隊内の他の将校は兵士たちによって選出される。それゆえハオフェンは、部隊が帰属する州や地域社会と強い絆で結ばれた仲間意識の強い集団だった。

 地元意識の強い隊といえば帝国陸軍もそうだったような。
 ところが独立戦争を戦うオランダのナッサウ伯マウリッツが常備軍を整備しはじめ、次第に傭兵の活躍の場は減っていく。常備軍は銃の規格化と普及と共に常時の教練も可能とし、プロイセンでは同調行進を実現する。なんで同調行進が優れていたかというと、スピードだそうで。行進中の兵と兵の間隔が短くなり部隊が散らばらず、また縦列を横列に変えるのも簡単になる、と。

 火力増強に伴い歩兵の役割が大きくなる反面、騎兵の影は薄くなる。なにせ火力は短銃で威力は小さく、集団突撃は歩兵の火力に圧倒される。

 常備軍は、やっとこさ実力主義を芽生えさせる。

折りしも常備軍の編成を進めていたピョートルは、功績に応じて昇進させるという画期的な考え方を示すに至った。この方式だと社会的立場の低い古参兵でも、立場の低さが部隊を指揮する妨げにならないことから、古参兵による将校団の形成が進んだ。

 今までなかったんかい。とまれ、「だが戦争というものは、策略で敵を出し抜き武力衝突なしに領土を手に入れることに比べると、さほど費用対効果が高くもなければ、利益をもたらすものでもなかった」から、仕方がないのかも。費用対効果が低いのは今も変わらないと思うんだが、こういう合理的な認識で国民の合意を取るのはなかなか…。

 「今までなかったの?」という驚きは大砲でもあって、フランスの大砲は「砲耳と呼ばれる二つの突起物を支点にして、砲身を上下に動かせるようにした」って、今まで砲の角度は固定だったんかい。驚きは続く。

 フランス軍――専門技術の高さを誇り、二世紀後にはそれが工兵隊の創設となって現われる――は、大砲を操作するにはそれについて特に訓練を受けた者に限ると考えていた。

 いや専門の砲兵を置かないのは無茶でしょ。砲の進歩に対し城も堀や角面堡で対抗する。んじゃ城壁は諦め直接に中を狙おうと臼砲が出てくる。攻囲戦ではセバスティアン・リ・プレストル・ド・ヴォーバンにより壕を掘り進むシステマチックな手法が標準的となり、工兵隊の育成につながる。

 海戦も意外な点が多かった。冒頭の引用に加え、イングランドの発明は「四輪砲架」。これで再装填が可能になった、つか今まで出来まかったんかい。当時の砲が青銅製ってのも知らなかった。てっきり鋼鉄製だとばかり。こういう事に興味を持つと冶金の歴史に踏み込んじゃうから、危ない危ない。

 ちなみにこの本で「グラヴリーヌの海戦」とあるのは、かの有名なアルマダ海戦の事。海賊根性の抜けないドレークの我がままっぷりが楽しい。

 さて、次巻はやっと「ナポレオンの時代編」。出るのは今年か来年か。期待してます。

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2011年4月18日 (月)

サミュエル・R・ディレイニー他「ベータ2のバラッド」国書刊行会 若島正編

 1990年に着手された地図作成用の衛星測量で、地球にはそれまで探検家や地図作成者が見逃してきた未発見の地表面がかなりあることがあきらかになった。科学者の不安をよそに、米国議会は新領域開拓用に一兆ドルの拠出を承認。オマハの戦略空軍司令部(SAC)が作戦の火蓋を切って落した。  ――バリトン・J・ベイリー「四色問題」より

どんな本?

 若島正の編集による、60年代~70年代のニューウェーヴSFのアンソロジー。「SFが読みたい!2007年版」海外編で堂々7位にランクイン。全6篇中4編を英国の作家が占め、特にH.G.ウェルズの影響を強く意識した構成になっている。日本ではあまり紹介されないサミュエル・R・ディレイニーやキース・ロバーツを収録しているのも嬉しい。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2006年5月30日初版発行。A5ハードカバーで本文約346頁。縦一段組み9ポイント45字×19行×346頁=295,830字、400字詰め原稿用紙で約740枚。標準的な長編の量かな。
 複数の作家によるアンソロジーだけあって読みやすさはそれぞれ。難物の印象が強いディレイニーは意外とスッキリして読みやすい。奇想ベイリーは覚悟しちゃいたが、予想以上の出鱈目ぶり。エリスンは思った通りクセの強い文体。

収録作は?

サミュエル・R・ディレイニー「ベータ2のバラッド」小野田和子訳
 数世紀前に<星の民>は12隻の宇宙船で地球を発ったが、数世代にわたる長い航海の後に目的地にたどりついたのは10隻。銀河人類学専攻の優等生ジョナニーに課された課題は、この真相の究明だった。遺された文献はバラッドのみ。ジョナニーは超光速航行で現場に飛ぶが…
 ディレイニーといえば「アインシュタイン交点」を思い浮かべ、やたらと技巧的な印象が強いが、これは拍子抜けするぐらい真っ直ぐで素直な謎解きSF。ニューウェーヴなんて看板をつけちゃいるけど、むしろ本格的でスケールの大きいスペース・オペラに仕上がっている。遭難の真相に迫る過程で解き明かされる世代宇宙船内の様子は、恐らく当時の時代背景の反映だろうけど、今読んでも訴求力は全く落ちていないどころか、むしろ迫力を増してさえいる。タイトルが示す切ない詩情も漂い、いままで紹介されなかったのが不思議なくらいの傑作。
バリトン・J・ベイリー「四色問題」小野田和子訳
 未知の地表が発見され、米国政府は全力を挙げて調査に挑む。調査計画を指揮するのは数学者だが、学者というのは困った輩で、本来の目的をすっとばし四色問題の証明へと突き進むのだった。
 ベイリーといえば読者置いてけぼりで畳み込むような奇想を連発する作家という印象だが、こればまさしくベイリー節が大炸裂しまくってる。いきなり「衛星測量で未知の地表を大量に発見」→「数学者がプロジェクトを牛耳り四色問題に熱中」ですぜ。何が起きてるのかわからないと思うけど、たぶんついていける人は滅多にいないと思う。文章はともかく話のぶっ飛び具合が凄まじく、読みこなすのは相当に苦労する。けど、まさしくこれこそがベイリーの味なんだよなあ。
キース・ロバーツ「降誕祭前夜」板倉厳一郎訳
 1940~50年代の英国を舞台にした歴史改変物。帝国連携担当大臣の個人秘書官リチャード・マナリングは、同僚のハンターをエスコートして、大臣の招待に応じて降誕祭前夜のパーティーに出かける。厳重な警戒がなされる館で行われるパーティーは…
 前の「四色問題」の奇想のどんちゃん騒ぎといったトタバタを屁理屈で包んだ雰囲気から一転して、重苦しく陰鬱で冷たい雰囲気に満ちた作品。歴史がどう改変されたかは、車などの小道具とルビ、それと時代背景ですぐに判明する。まあ、あの連中なら、いかにもこんな感じに暗く変態的なクリスマスを迎えそうな気がするが…
ハーラン・エリスン「プリティー・マギー・マネーアイズ」伊藤典夫訳
 ラスベガスですっからかんになったコストナー。「俺もそろそろ潮時か」と思ったが、ポケットを漁ると、なんと1ドル銀貨がみつかった。もうなくす物もなし、最後の運試しとばかりにスロット・マシーンへと向きなおり…
 今度は喧騒溢れギラギラと光輝くラスベガスのカジノが舞台。ヤケになって財産どころか人生さえも捨てたケストナーと、赤貧のトレーラー・ハウスに産まれ育ったあばずれ女のマギーことマーガレット。一応は奇談仕立てであるものの、お話の本筋は、むしろ現代アメリカの底辺で足掻く男女のどうしようもない生き様にある。結末は…まあ、エリスンだしねえ。
リチャード・カウパー「ハートフォード手稿」若島正訳
 古書店を経営していた大叔母のヴィクトリアが亡くなった。享年93歳のヴィクトリアは、H.G.ウェルズやハクスリーとも面識があると話していた。彼女が遺した遺産は、千ポンドと古ぼけた一冊の本。
 騒がしいラスベガスから、歴史豊かで静かなイングランドの伝統を感じさせる作品。文章はお行儀がよく読みやすいのだが、物語の舞台があっちこっち飛び回るので、注意深く読む必要がある。こういう物語って、石造りで古い建物が多く残るヨーロッパだからこそ、って感じがするなあ。
H.G.ウェルズ「時の探検家たち」浅倉久志訳
 静かな田舎のリーズウッジに住み着いた新しい住人、ネボジプフェル博士は不気味な小男だ。打ち捨てられた「牧師館」に一人で住み、村人達とも全く口をきかない。もともとこの屋敷には縁起の悪い言い伝えもあり、村人も近寄りたがらない。館からは四六時中やかましい音が鳴り響き、頻繁に奇妙な物資が運び込まれる。
 さすが始祖ウェルズ、「田舎の曰つきの廃屋に住み着いたマッド・サイエンティスト」などという今では常識ともなった設定まで創り上げていたとは←どの世界の常識じゃい。前の「ハートフォード手稿」とペアを成し、バラエティ豊かなこの短編集の末尾を飾るに相応しい短編。

 ニューウェーヴなどというから内省的で純文学風の作品が中心かと思ったが、意外とそうでもない。書名にもなっている「ベータ2のバラッド」は本格SFの風格があるし、「四色問題」はベイリーの真髄とも言えるエスカレートしていく法螺話。「降誕祭前夜」はロバーツらしい冷たく静かな雰囲気を味わえる。でもオールドウェーヴな私はやっぱり宇宙が舞台の「ベータ2のバラッド」が一番気に入った。

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2011年4月17日 (日)

iTunesでライブラリからお目当ての曲を探す

 この記事より簡単な方法があります。以下を参考にして下さい。

  1. Apple 社のサポート頁→iTunes 10 for Windows: ライブラリまたはプレイリストを検索する
  2. スクリーン・ショットを加えた解説→iTunesでライブラリからお目当ての曲を探す 2

 以下、自戒のため敢えて記事を残します。ああ恥ずかしい。


 沢山の CD をパソコンに取り込んでライブラリが充実してくると、お目当ての曲を探すのも大変になってくる。曲名をフルで覚えてれば「ライブラリ」を曲名で整列させて、スクロールしていけばいいんだけど、曲名の一部しか覚えていないと、ちとシンドい。Windows のフォルダみたく、Ctrl+F で検索できればいいのに。なんで iTunes には「検索」機能がないんだ!

 などと息巻いたが、落ち着いて考えると、実は iTunes、既に検索機能を持っているのであった。スマート・プレイリストがそれ。手順は、以下2段階。

  1. 新規スマート・プレイリストを作る。
  2. 条件を設定する。
  3. 終わったら、作ったプレイリストを削除する。

例えば、こんな条件で曲を検索してみよう。

  1. 曲名に girl が入ってたような気がする
  2. ミュージシャンは Grateful Dead だと思った

では、手順の詳細を。

  1. 新規スマート・プレイリストを作る。ファイルメニューから、新規スマートプレイリスト(Ctrl+Alt+N)を選ぶ。
    A10 →条件設定のダイアログが出る。
    ・右の画像をクリックすると、原寸の画像を表示します
  2. 条件を設定する。ここでは、二つの条件を設定する。
    • アーティストが Dead を含む
    • 名前が girl を含む

  3. OK ボタンを押す
    →新しいプレイリスト(無題のプレイリスト)が出来て、検索結果を表示する。
    私の場合は、Good Morning Little Schoolgirl が3バージョン見つかった。
    ・下の画像をクリックすると、原寸の画像を表示します
    A20
  4. 終わったら、作ったプレイリストを削除する。
    左袖の「無題のプレイリスト」を右クリックするとポップアップメニューが出るので、「削除」を選ぶ。

 私はいちいち検索する度にスマート・プレイリストを作るのは面倒くさいので、検索用のスマート・プレイリストを常駐させている。別の条件で検索したくなった時は、以下の手順で検索している。

  1. 左袖の検索用スマート・プレイリストを右クリックする
    →ポップアップ・メニューが出る
  2. ポップアップ・メニューから「スマート・プレイリストを編集」を選ぶ
    →条件設定のダイアログが出る
  3. 検索の条件を設定して、OKボタンを押す
    →条件に合致する曲がスマート・プレイリストに出る

と、まあ、確かに iTunes に検索メニューは不要なんだけど、使い勝手という点では、どうなんだろう?

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2011年4月16日 (土)

2011.04.15のDeadpodはBeatles/AbbeyRoadのカバー

気がついたら Podcast が届いてる。
John Henrikson の Dead Show / The Deadpod(http://deadshow.blogspot.com/) だ。
「はあん、いつものライブ音源だな」と思いほけっと聴いてたら、なんか哀愁を帯びて聴き慣れたメロディーが。

  ♪アンタは金をくれない 変な紙切れよこすだけ

…あれ?Deadpod だよなあ?

  ♪太陽王がきたよ みんな笑顔だよ

…まさか…どこまでやるんだ?

  ♪マスタードさん公園で寝てる

なんと、Beatles の Abbey Road のB面メドレーのカヴァーだった。
コーラスもバッチリ決まってる。

You Never Give Me Your Money
Sun King
Mean Mr. Mustard
Polythene Pam
She Came in Through the Bathroom Window
Golden Slumbers
Carry That Weight
The End

と、結局、The End までキッチリやりきってる。衰えないなあ。

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2011年4月15日 (金)

板倉光馬「あゝ伊号潜水艦 海に生きた強者の青春記録」光人社

 シュルシュル……頭上を航過するスクリュー音が、生で聞こえた。と思った瞬間!目も眩むような鋭い炸裂音と、ビシッと鉄の鞭でなぐられたような衝撃を感じた。と同時に、艦内の錆銹(さび)がドッと噴き出し、電燈が消えた。艦が真っ暗になった。

どんな本?

 第二次大戦の太平洋戦線で、帝国海軍の潜水艦艦長として従軍し、何度も死線をくぐりぬけ生還した著者による、緊張感あふれる従軍記録。書名から伝わるように、著者の姿勢はいかにも当時の海軍の軍人さんらしい死生観が漂う。と同時に、お話そのものは下手な娯楽小説を遥かに上回る迫力とスリルに満ちている。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 昭和44年(1969年)11月25日初版発行、私が読んだのは昭和46年(1971年)8月25日の第10刷。2年間で10刷も刷るとはタダモノではない。今は光人社NF文庫から文庫版が出ている。

 A5ソフトカバーで縦2段組、本文約223頁に加え「日本海軍の潜水艦小史」と「用語の解説」、著者あとがきの「われは勇者に非ず」がつく。8ポイント24字×21行×2段×223頁=224,784字、400字詰め原稿用紙で約562枚。軽めの長編小説といったところか。当時の匂いプンプンな文体だが、現代かなづかいなのも手伝って、意外と読みやすい。とまれ、電探(レーダー)や大発(上陸用舟艇)などの用語は、詳しい人には常識なんだろうけど、ズブの素人はちと手こずるかも。

 文体の話が出たついでに。「飛電」など当時無理に作った言葉も出てくるかと思えば、距離はマイルで表現し、艦内を漂う水を「フリーウォーター」と呼ぶなど、潜水艦運用の専門用語はカタカナ言葉を使うあたり、「海軍さんはハイカラ」という印象そのままなのが興味深い。

構成は?

第一章 伊号潜水艦、ハワイへ
第二章 ミッドウェーでの死闘
第三章 決死補給作戦の日日
第四章 ふたたび戦場へゆく
第五章 "霧の魔界" に屈せず
第六章 北の海に消えしもの
第七章 南海の苦闘の末に
 日本海軍の潜水艦小史(福井静夫)
 用語の解説
 われは勇者に非ず

 ほぼ時系列順に話が進み、あいまに新米時代の思い出話が挟まる形。基本的に著者の視点で語られるが、戦局全体を語る際は「神の視点」が入る。付録の「日本海軍の潜水艦小史」は、本書の背景説明として、とても役に立つ。

感想は?

 著者の語りの巧さが光る。出だしからいきなり危機で、敵の爆雷攻撃を食らう場面から始まる。ここでじっくり爆雷の恐怖を読者に叩き込んでおいて、次に海中で身動きできなくなるシーンが続く。蒸し暑い艦内、炭酸ガス濃度は上がり…と息詰まる描写は見事。

 ここでやられてたら、こんな本を出版できるわけないんだから結末はわかってるんだが、著者の筆力は読者をぐいぐいと物語に引き込んでいく。やっと浮上して新鮮な空気を入れる場面では、こっちも溜息をついた。冒頭に緊迫感溢れるシーンを持ってくる構成の妙は、ハリウッド映画の常套手段だ。著者はどこでこんな手口を学んだのやら。ところで先任将校ってナニかと思ったら、帝国海軍じゃ艦長に次ぐナンバー2って事なのね。

 冒頭で悔しい思いを散々させた後に、一章の末尾では帝国海軍の潜水艦隊が米国西海岸で大暴れする話が続く。陸では群集が騒いでいたというから、大胆な話だ。スピルバーグの映画「1941」の元ネタかしらん。あれ見て笑いすぎたため、暫くアゴが痛かったのを覚えている。ここで著者は「潜水艦の本来の仕事は通商破壊戦だ」と主張し、この主張はこの後も何回か繰り返され、「インド洋で暴れまわりたい」という思いを隠さない。

 南方の海に対し、次の戦場ベーリング海は霧に閉ざされる魔の海だ。隠密行動が取り得の潜水艦にとっては有利に思えるが、GPSもない時代。天測に頼っているため、霧が晴れないと自艦の位置すらわからない。ところが敵は優秀なレーダーを持っているため、下手に浮上すれば自らの存在を敵に教える事となる。「水面を見ると、あたり一面お化けのような巨大な昆布のジャングルで、海水の色まで変わっている」など、ヴェルヌの海底二万マイルを髣髴とさせる描写も楽しい。

 そんな北の海で、艦内のチームワーク向上のため宴会を開く著者。酔い覚ましに出た甲板から摂氏0℃近い海に落ち、それでもなんとか生還して "不死身" の異名を頂戴する。この後の会話が微笑ましい。

「艦長の強心臓に感心していますよ」
「どっちの心臓だ?」
「両方ともですよ。艦長こそ、要注意人物ですな」

 親睦を図る目的は充分に達した模様。

 太平洋では緒戦こそ華々しいものの、ミッドウェー後はジリ貧が続く帝国海軍。著者も潜水艦本来の業務はほとんどなく、大半の任務は物資や人員の輸送だ。大局的に見れば「んな事やってたら、そりゃ勝てんわなあ」な方針なんだが、ブーゲンビル島の陸上部隊の様子を見ると、「なんとか補給してやりたい」と思いなおす。ここで敵攻撃機に甲板から帽子を振って煙に巻くシーンは、豪胆で爽快だ。

 前に読んだ「信濃!」でも感じたが、潜水艦の艦長というのは我が強いというか、わが道をいくタイプが多い。この著者もその典型で、少尉任官後にも艦長を殴るなどという大変な事をやらかしている。常に艦隊に付き添い、艦隊司令の命に従う駆逐艦とは違い、原則として無線封鎖状態で単独行動が長く続く潜水艦は、そういう人じゃないと勤まらないんだろう。

 戦友が次々と消息を絶つ中、なんとか本土に帰還した著者に下りた辞令は…。ここで本作は終わっている。緊迫感の中にもユーモアが漂う本作だが、結末はひたすら苦い。この結末といい、どうにも太平洋の戦記は生々しすぎて苦手だ。

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2011年4月13日 (水)

ジョルジュ・ペレック「煙滅」水声社 塩塚秀一郎訳

北方を護る魔物は、あらゆるパワー、悪、狡猾さの権化と考えられた。南方の魔物は暗黒と幻法の頭目であった。東方の魔物は、玉の緒を産む泥の権化であった。残る方角を護るのは、物の怪の親玉だった。

どんな本?

 「このSFが読みたい!2011年版」で、海外文学を担当する牧眞司が「いかなる基準で測っても不動の最高位」と絶賛した作品。フランスの実験文学集団「ウリポ」から燦然と現われた作家、ジョルジュ・ペレックが著す、実験文学の怪作。その特異な文体により翻訳不能とまで言われた作品が、塩塚秀一郎の被虐的とすら言える凝った翻訳により、やっと日本語化された。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Georges Perec, La Disparition, Denoel, 1969。日本語版は2010年1月10日発行。A5ハードカバー縦一段組みで本文約320頁、8ポイント50字×20行×320頁=320,000字、400字詰め原稿用紙で約800枚。やや長めの長編って程度。

 文章は、はっきり言って不自然。「だ・である」調の会話が、突然べらんめえ調になったりする。とまれ、これで訳者を責めるのは無粋というもの。なぜって、不自然さは意図的なものだからだ。その意図のわりに、意外と読みにくくない…のだが、その意図に気がついたとたん、読む速度が落ちてしまう。「んな無茶が本当に可能なのか?」などと意地悪な検証をはじめ、「この不自然な文章は、本来は何を意味しているのか?」などと気を回しながら読む事になり、なかなか進まない。お陰で話の本筋を見失い、何度も読み返す羽目になる。じっくり、腰を据えて読もう。掛け値なしにそれだけの価値は保障できる。

どんなお話?

 アッパー・ボンは、眠れず悩む男だ。困ったボンはドクターを訪ねるが、「前頭洞が狭まったようだ、オペが避けられん」と残酷な宣告を受ける。オペは事無く終わったが、それでも眠れぬのは変わらず。まあ苦痛はなくなったが。ボンの幻覚は、この世の隠されたあるモノを象るのだった。

感想は?

 上の「どんな話?」で翻訳者の真似をしたけど、ホンの数行で音を上げました、はい。無茶だわこりゃ。よく訳しきったなあ。この壮絶な仕事は絶賛に値します、はい。

 「訳者あとがき」が、この野心的な作品を存分に語りつくしている。反面、この小説の重要なネタもバラしている。まあ、バラさなきゃ解説できないから、仕方ないんだけど。もしこの作品のトリックを知らないなら、それに気づくまで「訳者あとがき」は読まない方がいい。この壮絶な仕掛けに気がついたとき、あなたは作者と訳者の見事なコラボレーションに嘆息するだろう。ちなみにこのトリック、ぐぐれば一発で出てきます。押すなよ、押すなったら。

 そのトリックを、作者はあの手この手で読者に伝えようと試みる。冒頭の引用も、そのひとつ。これは作品中の至るところで示唆されているので、アタリをつけるのはそれほど難しくない。タイトルの「煙滅」もそうで、つまりは何かの消滅または欠落を示している…こんな風に。

 <語れぬもの>をそのまま名指しすることは避けつつも、他の方法を使ってなんとか語るだけでなく、それとなく指す、連想させる、他の要素を全部挙げるなどの方法で、もっとうまく判然と語る。そんな破天荒な軽業は我々を唖然とさせ、当のテクストがナンセンスではなく<読まれうるもの>だと納得させてくれるだろうが、それでもテクストすのものが深く読まれることはまずなかろう。

 お話は、その欠落をめぐるミステリーだ。ボンの幻覚も、失われた何者かを示すもの。一見意味不明に思えるが、ネタが割れると「おお、そうか!」と感嘆・爆笑するだろう。そして、この果敢な試みの結果を、「テクストすのものが深く読まれることはまずなかろう」などと韜晦しているのもいい味出してる。

 いやほんと、トリックに気を取られてると、どうしてもお話を追いかけるのがおろそかになっちゃうんだよね。でも大丈夫。ちゃんと「前文」の前に、「役柄」として主な登場人物の一覧がついてる。読了後に気がつきましたよ、あたしゃ。ああ悔しい。

 その肝心のお話は、というと、これもまたミステリ仕立て。不眠症と幻覚に悩むボンは、やがて行方を絶つ。ボンが遺した手がかりを元に、何人かが集い、ボンの失踪と、遺したメッセージの謎を解こうと追跡を始める。ガロアの群論のテクストと式、蛮族の風俗、動物学、様々な他国語のテクスト。それらが意味するものは何か。だが、謎の真相に近づくにつれ、彼らもまた…

 謎のヒントとして、古今東西の有名な文学作品の一部が引用されている。闇鍋の如くブチまけられた多くの引用は、それもまた訳者による強引な加工がなされている。白鯨の長文引用の最後には大笑いした。ありゃ著者と訳者の悲鳴だとしか思えない。

 さて、この引用、「なんか作者はフランス人の癖に、やたら日本の事情に詳しいなあ」などと思ったら、これもまた訳者の「超訳」の賜物らしい。まあ、そりゃそうだよね。なんで中原中也が出てくるのかと思ったら、そういう事ですか。

 ミステリの常で、ストーリーの重要な部分はどうしても物語の末端近くに凝縮して語られる。ここで語られる失踪した人物たちの背景事情は、アラビアン・ナイト風の奔放な想像力の賜物だ。いやあ、やっぱりこういう物語は砂塵舞うアラブの地が似合う。

 登場人物の名前や全体の章だてまで変えて「原作者の意図」に拘った訳者の、知恵と工夫と執念が光る作品。「並のアイディアじゃ満足できない」とお悩みでヒネクレた作品をお望みの「すれっからし」なあなたにこそ、自信を持ってお勧めできる。

 実はこれを書く前に軽くぐぐったら、頭良さそうなサイトがうじゃうじゃ出てきてビビった。こんなのデイヴィッド・バーリンスキの「史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理」 以来だ。まあ、これの頭の良さは、「アルゴリズム」と別の方向だけど。などとビクビクしつつ読み始めたところ、文学に素人の私もワクワク楽しみながら読めた。ダラダラと思索や心理描写が続く小難しい「文学」とはだいぶ毛色の違った面白さが満載だし、「ゲージツはちと苦手で…」という方も是非お試しあれ。

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2011年4月11日 (月)

足立紀尚「修理 仏像からパイプオルガンまで」中公文庫

「修理では、すべての工程ができなければ仕事になりません。逆に言うと、なんでも自分でやれるところが仏像を修理する仕事のおもしろい点です」

どんな本?

 小はペン先から大は赤レンガ建築まで、古い物は刀剣から新しい物では競輪用フレームまで。身近な畳からからくり人形など珍しいもの、眼鏡やふとんのように工場で大量に直すものからベスパのように3年かかりのものまで。あらゆるモノの修理の現場を訪ね、修理の方法や仕事振り、そして職人の人柄や修理の道へ入ったきっかけなどを記したルポルタージュ。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 元は雑誌「モノ・マガジン」で2001年3月から50回にわたって連載した「修理モノの現場」。2004年5月にポプラ社から単行本で出版したものに、幾つかの記事を追加して加筆・訂正し、2007年6月25日に文庫化した。縦一段組み約267頁、8ポイント41字×18行×267頁=197,046字、400字詰め原稿用紙で約493枚。小説なら軽めの長編ぐらいの分量。各記事には1~2枚の写真があるので、文章の量はその8割程度になる。

 元が雑誌記事だけあって、文章は親しみやすく読みやすい。また、個々の記事は5頁ほどで、それぞれは独立しているため、気になった部分だけを拾い読みしてもいい。とはいえ文章の量もそれほど多くないので、読み始めれば一気に読める。一日にこなせる仕事量や価格など具体的な数字も多く出てくるので、資料としての価値も高い。

構成は?

第1章 実用品――大事に使えばちゃんと壊れる
第2章 伝統の技――時間を超えて生きている
第3章 みんなが使う大きなもの――安全のために快適のために
第4章 レアモノと愛用品――この世にひとつの大切なもの
第5章 変わったモノ――こんなふうに再生します
あとがき
解説 森谷正規

 全5章で、各章は更に5頁ほどの記事6~9本からなる。畳やライターなど、読者がお世話になりそうな記事では、末尾に店舗の電話番号まで入っているのは親切かも。

感想は?

 モノ・マガジンなめてました。もっとオシャレで軽薄なカタログ的な本かと思ったら、とんでもない。確かに文章は軟らかめで読みやすい文体だけど(いやわかりやすい文章を書くのは難しいって事は知ってます)、内容は本格的なルポルタージュと言っていい。

 読んで「言われてみればそうだよね」と思った点の一つは、最初に引用した「修理する人は全工程を理解してなくちゃいけない」って事。仏師も新規作成なら木工・彫工・漆工の分業だが、修理は一人でするとのこと。とはいえ、今の工業製品のように仕様書が残ってりゃともかく、昔の工芸品は現物しかない。

「人形の修理をする過程では、先祖たちがおこなってきた人形作りの技術の粋を間近にたどって知ることにもなりました」

 と、御所人形修理の伊東氏は、修理を通して人形制作の技を知ったとか。似たような事を登山靴のICI石井スポーツ登山本店の中氏も「靴を修理することで、世界中のさまざまな登山靴づくりの技術について知ることができる」と語っている。御所人形修理だと顔のヒビ割れ補修が多いそうで、他の部分との色合いの違いを目立たせないため、「人工的に昔の感じを出す技術」を試行錯誤で確立したそうな。

 そういった芸術品に対し、イロモノ的な位置にあるのが「からくり人形」。でも意外と設計は良心的で、「茶運び人形は誰にでも分解できるようになっている」とか。「山車からくりは人形師によって定期的にメンテナンスされるが、一般向けの茶運び人形は(略)素人にも修理しやすいように設計されている」。昔の Mac に ResEdit がついてきたようなもんですか←違うと思う

 修理といえど、敢えて遺さねばならぬ傷もある。例えば刀剣では、「実戦で使われた時の刀傷を直すことはしません」だそうで。ルアーも「剥げた色やバスに噛み付かれついた歯型は直さない、使い込んだ感じが出ている方がカッコイイ」。ジッポのライターも、「使っているうちに自然にできたキズというのは、その人が愛用してきた歴史ですから」と、キズを残す。そのジッポ、最も多いのは「本体とキャップをつないでいる蝶番の交換」だとか。

 私の常識は世間の非常識と気付かされたのが、プレミアム・ギター。「中古のプレミアム・ギターと呼ばれる市場が存在していることは、一般の人間には理解しにくい」って、そうなの?バイオリンでも古いものってプレミアがつくよね。楽器って一般的に古いものほど高い評価を受けるもんだと思ってたけど。50年代のテレキャスターの乾いた音を愛でる気持ちって、普遍的なものだとばっかり←をい

 読んでて最も楽しかったのは、スクーターの記事。登場する長澤氏のベスパへの愛がひしひしと伝わってくる。「これまで30台くらい乗り換えてきました」と語る長澤氏の店舗はベスパ・ファンの溜まり場になっているようで、「お客さんも、とにかくスクーターの話をするのが好きな人が多い。また長澤さんも、ベスパについて語り出すと話が止まらない」。だもんで昼は接客に忙しく、修理の仕事は夜に自宅でするそうな。「珍しい型のベスパを修理するうちに、だんだん愛着が募ってきて、持ち主のもとに戻すのが悔しくなることもある」って、おいおい。

 異彩を放っているのが、「映画」。古い映画をDVD化する際に、フィルムについた細かい傷(スクラッチ、素人言葉で「あめふり」)を消す仕事だ。同時に経年変化でセピアや赤っぽくなった色も直す。どうやるのかというと、パソコンの動画ソフト。他が物理的なのに対し、これは電子的な作業だ。色々あるもんです。

 ベスパの長澤さんほどではないにせよ、修理を仕事にしている人は、その対象に多かれ少なかれ愛着を持つ人が多い。「職人の技」とか言って持ち上げるけど、実は好きでやってるとしか思えない人が大半だ。著者も「いわゆるモノマニアではなくて、気に入った物を徹底的に使う実用主義者だ」と言いつつ、若い頃はジッポのライターに憧れ煙草を試している…幸い挫折したようだが。インタビューの対象者が持つ、モノに拘る気持ちを充分に理解できる著者だからこそ、スクーター等の楽しい記事を書けたのではないか、と私は思うんだけど、どうなんでしょうねえ。

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2011年4月 9日 (土)

マックス・ブルックス「WORLD WAR Z」文芸春秋 浜野アキオ訳

 カストロは知っていたんだ。自由の潮流が押しよせつつあり、そのせいで自分が権力の座から追いはらわれるってことを。いや、それは別に驚くようなことじゃない。驚かされるのは、やつがまんまとその波を乗りこなしたってことだ。

どんな本?

 かつて、人類を襲った未曾有の大災害。中国辺境で発生した奇病は、またたく間に世界中に蔓延した。それに感染した者は不死となり、未感染者に噛み付く。そして噛み付かれた者も感染し、次の犠牲者を求める。全世界的を席巻した奇病に対し、人々はどう立ち向かい、世界はどう変転したのか。

 前線で戦った兵士・「特効薬」でボロ儲けした実業家・有名人のボディガード・記録映画を作った映画監督・両親を失った少女・人類生存計画の立案者・生存キャンプのリーダーなど、世界中の様々な立場の人々にインタビューし、生の声から<世界Z大戦>の全貌を浮き彫りにする渾身のルポルタージュ!

 という体裁で、人類とゾンビの戦いを描く、ヒネくれまくったSFホラー長編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」海外編で堂々4位に輝く怪作。ホラーでこの高評価はただ事じゃないと思って読んだら、やっぱりただ事じゃじなかった。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は World War Z ; An Oral History of the Zombie War by Max Brooks, 2006。日本語版は2010年4月10日発行。A5ソフトカバー縦一段組みで約520頁。43字×20行×520=447,200字、400字詰め原稿用紙で約1118枚の大作。多数の人へのインタビュー集という体裁を取っていて、各インタビューは5~20頁程度なので、連作短編集といった雰囲気もある。

 この手の作品、例えばラピエール&コリンズの「おおエルサレム!」やコーネリアス・ライアンの「史上最大の作戦」など、本物のノンフクションは読み通すのにそれなりの覚悟が必要なのだが、これに関してはそういった気構えは無用。いかにもモノホンっぽい雰囲気は見事なリアリティを保ちながらも、娯楽作品としての読みやすさはそこらの小説より遥かに優れている。

どんなお話?

 現代に極めて近い近未来。中国辺境で奇病が発生した。死者が蘇って人を襲い始めたのだ。襲われた者も死者として蘇り、銃で撃たれ四肢がもげても活動を止めない。共産党の支配体制と体裁を保つために中国政府は情報を統制し、そのスキに奇病は世界に蔓延した。

 ある人は海に逃れようと船にしがみつき、別のものは奴らが凍りつく高緯度地域へと向かう。ハイテク兵器に頼る合衆国陸軍はニューヨークの北・ヨンカーズで決戦に挑み、イスラエルは国境を閉鎖する。イングランドで、ロシアで、南アフリカで。人々はそれぞれの形でゾンビに挑み、生き残りを図る。

感想は?

 しばらくは浜辺に行きたくなくない。水が怖い。奴らに襲われたら…と思うと、もう、ね。

 「ゾンビが本当にいて、それがパンデミックを起こした」という無茶な大嘘を最初について、けれどそれ以降は細部を疎かにせず徹底的に真面目かつ現実的に描ききった作品。テーマの馬鹿馬鹿しさとは対照的に、シリアスで感動的な読後感だった。文句なしに娯楽作品としては一級品。ゲーム「地球防衛軍」シリーズで、怒涛のように押し寄せる蟻や蜘蛛に恐怖した人には、格好のお勧め。

 「架空のインタビュー集」というヒネくれた構成は、細かいところで詰めが甘いと単なるイロモノに堕してしまうのだが、(たぶん)充分な調査に基づく緻密な描写で、ゾンビなんぞというB級のネタに見事なリアリティを与えている。例えば日本人のオタク青年もインタビューに答えているんだけど、アメリカ人の描く日本人オタク像としては、私が知る限り最もホンモノっぽい。いったい、誰から情報を仕入れたんだか。

 日本だけじゃない。感染源の中国は勿論、韓国も出てくる。お国柄で感心したのはインド。こういう連中に対し、ベラナシ(ベナレス)の人々がどうするかというと、やっぱりこうなるんだろうなあ。イスラエルも、いかにもソレっぽい。あの国は身も蓋もないというか、とにかく合理的で効率的で実際的だから。

 そういった現実感溢れ重苦しい場面ばかりでなく、ゾンビ物に必須の「どうしようもなく間抜けな奴ら」も、ちゃんと出てくる。世界の警察・合衆国陸軍が最新兵器を駆使してゾンビの大群に挑む、ヨンカーズの決戦のシーンは大笑いしてしまった。いやこの作品中では重要な転換点をなすシーンなんだけど、あまりに見事な定番どおりというか、やっぱりこういう連中のこういうシーンって、ホラーには欠かせないよねえ。

 さて、そのアメリカ。この戦いでは後に海兵隊が活躍するんだけど、その主力武器がなんとも皮肉が効いてる。この選択に至る経緯というのがまた、いかにもアメリカらしくていい。なにかにつけ略語を多用する兵士の会話スタイルなど、細かい部分の演出がまたリアリティを醸し出している。

 「実在のあの人」を思わせる人物もアチコチに出てきて、それぞれに重要な役割を果たしている。イギリスのお方とかは、ほんのチョイ役程度の顔見せでありながら、この作品のもう一つの面も見事に象徴している。

 なにせ相手はゾンビ。不死身だし感染るし退かないし。というと、敵としては大変に手強いように思えるけど、果たして本当にそうかというと…。後半に入ると、そんなあなたの疑問に応えるように、意外な英雄が登場してくる。落ち着いて考えりゃ、やっぱりそうなるよねえ。

 各個体の戦闘力はたいした事ないようだが、なにせ奴らは群れなして襲ってくるからタチが悪い。そこを頑張って何とか守り通すとどういう状態になるかというと…。いやもう、確かに理屈じゃそうなるんだろうけど、思わず笑っちゃったよ、あたしゃ。

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2011年4月 8日 (金)

iTunesのメニューを日本語にする/WindowsXPユーザ向け

It0

 iTunes をアップデートしたらメニューやダイアログが英語になってしまった。ちょっと Google で漁ったら、「itunesのメニューが日本語化されない、しない、できない場合の対処法」という頁が見つかった。説明は親切だし巧くまとまってるんだが、動画だし OS も WindowsXP じゃない。とまれ、参考にして解決できたので、WindowsXP 利用者向けにアレンジした版を記録しておく。

 右の画像はメニューが英語になった iTunes。画像をクリックすると原寸大で表示する。

私の環境

OS:WindowsXP Home Edition Version 2002 Service Pack 2
iTunes 10.2.1.1

原因

 私が知る限り、少なくとも二種類の原因がある。1)iTunes の設定が原因の場合 と 2)iTunes に問題がある場合。まず 1) の対策を試して欲しい。それで解決しない場合に限り、2) の対策を施してみよう。

対策1:iTunes の設定が原因の場合

It0c

 まずは、この対策を試してみよう。

  1. iTunes を起動する。
  2. Edit メニューから Preferences を選ぶ → Preferences ダイアログが出る。
  3. 上のタブから General を選ぶ → General ダイアログが出る。
  4. ポップアップメニュー Language: から Japanese を選ぶ。
  5. OK ボタンを押す。
  6. iTunes を再起動する。

 右の画像は General ダイアログ。画像をクリックすると原寸大で表示する。
 この方法で巧くいけば、以下の対策は不要だ。それでも日本語にならない場合に限り、次の方法を試してみよう。

対策2:iTunes に問題がある場合

 iTunes のアップデートが巧くいってない場合は、以下の手順で iTunes を再インストールする。所要時間は5~10分ほど覚悟して欲しい。

  1. iTunes を終了する。
  2. Windows のスタート・メニューから、コントロールパネルの「プログラムの追加と削除」を起動する。 It1
  3. iTunes を選び、「変更」ボタンを押す →ダイアログ  iTunes + QUickTime が出る。 It2
  4. 「修復する」を押す。iTunes の再インストールが始まる。5~10分ほどかかるだろう。It3
  5. 再インストールが終わると、「iTunes のインストールが完了しました」とメッセージが出るので、「終了」ボタンを押す。It4
  6. 「プログラムの追加と削除」を終了する。
  7. iTunes を再起動する。

It5

 成功すれば、右の画像のように日本語版の iTunes が起動する。

おわりに

 私は昔 Mac を使っていた。ResEdit とかも多少はいじっていたので、こういうのも「ああ、やっぱりアップルは変わってないなあ」などと感慨にふけってしまうのだけど、iTunes や iod でアップルに触れた人だと、こういう問題は愉快に感じないだろう。ネタが切れたブロガーとしては美味しいネタにありつけて喜んでるが、元マックユーザとしては複雑な気分なんだよね。

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2011年4月 6日 (水)

ハンス・U・ルデル「急降下爆撃」朝日ソノラマ 高木真太郎訳

今度の大戦で、私は30回射落とされた。いずれも高射砲によるもので、戦闘機のために落されたことは一度もない。

どんな本?

 ドイツ空軍の輝ける英雄、急降下爆撃機による対地攻撃の名手、ハンス・ウルリッヒ・ルデル自らが著した第二次世界大戦の戦闘記録。2500回以上も出撃し、30回も撃ち落されて生き延びた男。潰した戦車は500台以上、戦艦すら急降下爆撃で沈め、鈍重な爆撃機で戦闘機までも撃ち落す。その化け物の正体は…

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は TROTZDEM by Hans Ulrich Rudel, 1952。私が読んだのは朝日ソノラマの文庫で航空戦史シリーズの8巻目、1982年4月20日初版発行で1988年1月30日発行の7刷目。今は学研M文庫から出ている。根強い人気だなあ。

 解説を含め約260頁、縦一段組み8ポイント41字×18行×260頁=191,880字、400字詰め原稿用紙で約480枚。実はこの日本語訳、軍事に詳しい人には評判がよくない。ドイツ語版からの直接の翻訳ではなく、英語版からの翻訳である上に、「スターリン戦車」や「鉄グスタフ」など、兵器名がいい加減なのだ。とはえ、軍事物にありがちな芝居がかった調子ではあるものの、物語の文体としては結構サクサク読める。

感想は?

 あのアンサイクロペディアの記事の元ネタとなった本である。アンサイクロペディアのクセにネタがほとんど入ってない。お陰で私もここに書くことがほとんどない。困ったもんだ。

 田舎町に生まれ空に憧れる少年が空軍学校に入り、ゲーリングの「スツーカ爆撃隊のため、多くの青年将校を必要とする」という言葉を真に受けてスツーカ隊に志願する。同期のほとんどが戦闘機を志願したが。配属はされたが山歩きとスポーツにうつつを抜かし、上官に疎まれ偵察飛行学校に転属。戦争が勃発し偵察機の特別検査を受けたが不合格。これで爆撃機隊への復帰が適うかと思ったら、再検査で「異常高度にも耐えうる」と嬉しくないお墨付きをもらう。

 なんとかスツーカ隊に戻り独ソ戦が始まるあたりから、本領を発揮しはじめる。隊と共にクロンシュタット港を攻撃、戦艦・駆逐艦・巡洋艦を沈める。その後の活躍は…アンサイクロペディアに美味しいところを全部書かれちゃってるんで、やりにくいったらない。

 そんな彼にも弱点はあるようで、650回作戦飛行のお祝いに将軍からシャンパン一箱を贈られた時には、「どうも私は不調法者でして」と断り、クリーム菓子に変えてもらっている。

 東部戦線の激戦振りは凄まじく、「その日の第17回目の出撃をしたが」などとサラリと書いている。赤外線スコープなどなくレーダーも積んでいない時代、夜間攻撃は勿論、霧が深いだけでも作戦は不可能になる。出来る時にやっておこうって事なんだろうけど、無茶にも程がある。

 そんな戦場でも市民の生活は続く。ソ連機の爆撃の後、市民は河に殺到したそうだ。河に落ちた爆弾の衝撃で魚が浮かんでくるため、これを捕えて食べるのである。これに学んだルデル君。

 われわれは戦争をしているのだ。ドニエプル河は戦線だ。軍に食物を給与するあらゆる可能性を獲得しなければならない。
 ある日、100ポンド爆弾で自分の運命を試してみようと決心した。(略)私は60~90フィートの高さから飛び道具を落した。(略)獲物は豊かだった。目方にしたら、7~80ポンドもある、怪物の標本みたいのもあった。大部分は蝶鮫という河鯉の一種だった…

 という事で、戦果にチョウザメも追加すべきなんだろうか。ちょっと調べたら、チョウザメって「皇帝の魚」とも言われる高級魚じゃないか。なんとも贅沢な。

 この後は彼の鉄人振りを存分に発揮するエピソードてんこもり。戦車を潰し高射砲に撃墜され入院しては脱走して出撃…の繰り返し。名声の高まりと共に、彼を失う事を恐れた総統から出撃禁止令を出される。忠誠心厚いルデル君だがこればかりは聞けず、また総統もルデル君には弱い。なんという微笑ましいカップル←違います

 政治的にも無謀というか、戦後に書かれた本であるにも関わらず総統を褒めちぎっている。こういったあたりが問題作と言われかねない所なんだろうけど、敢えて書いちゃうあたりが飛んでる頃と変わってないというか。

 物語としては、最高に爽快でいい気分になれる冒険娯楽作品の傑作…実録である点を除けば。いや、だって、こんなの「事実だ」と言っても、誰も信じないでしょ。ロシアが「わが軍は飛行中隊長ルデルを捕虜にした」とラジオで発表したその日に、6回の出撃をして17台の戦車を屠った(隊全体では34台)、とか。

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2011年4月 5日 (火)

タタツシンイチ「マーダー・アイアン 絶対鋼鉄」徳間書店

ジョウ、君はどこに落ちたい?

どんな本?

 第7回(2005年)日本SF新人賞受賞作。近未来の東京を舞台に、サイボーグ戦士部隊とアンドロイドの壮絶な戦闘を描く長編バトルSF。石ノ森章太郎氏とヘヴィメタル・ロックと鋼鉄への偏った愛に溢れた、思いっきりおバカで爽快なハードボイルド・アクション娯楽作品。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2006年6月30日発行、ハードカバー280頁。9ポイントの縦ニ段組という書籍にしては珍しいデザインは、雑誌風のポップな雰囲気を意図したのかな?23字×19行×2段×280頁=244,720字、400字詰め原稿用紙で約612枚。やや短めの長編。

 文章は相当に偏ったスタイルだ。恐らくハードボイルドな漫画風を意図したのか、会話はやたらアメリカン風にお行儀が悪いし、地の文も略語や約物を多用している。筒井康隆やライトノベルなどの特異な文体に慣れていないと、戸惑うかもしれない。

どんなお話?

 2036年。兵器は高度化すると共に高価格化し、量産化が効かなくなった。そして究極的な兵器として出現したのが、サイボーグ戦士である。最強のサイボーグ部隊を擁する国家が世界を制する。サイボーグ部隊の戦闘能力を決定付ける「共感」能力は脳の言語野に依存し、欧米が圧倒的な優位を誇る。中でもアメリカの UNDEAD HEROS は、多くのハリウッド映画に出演する世界的な大スターだ。

 経済大国ながらサイボーグ技術では後塵を拝する日本は、封鎖技研の「極東の変人」こと臀(いさらい)壮一が率いる内務局第二課が開発したアンドロイド・タケル01で UNDEAD HEROS に挑戦状を叩きつけるが…

感想は?

 良くも悪くも漫画そのもの。お話の大筋は王道のバトル物少年SF漫画で、強大で人気抜群なアメリカ・チームに日本代表が挑む、という形だ。このアメリカ・チームの造型が、なんとも酷いw 冒頭の引用でおわかりのように、石ノ森先生の名作をモデルにしつつ、徹底的に悪趣味なアレンジを施している。これがヘヴィメタルなセンスなんだろうか。名作へのオマージュは他にも随所にあって、ハインリヒのアレとか、好きな人にはもう涙ドバドバですよ、色んな意味で。

 世界の設定もコミック風味に無茶苦茶。サイボーグ戦士がハリウッドのアクション映画シリーズの人気スターを兼ねているなど、相当に無茶な設定ではあるものの、それなりに読者を煙に巻く理屈がちゃんとついている。こういうの、迫力ある絵がつくと、更に説得力が増すんだよなー。誰か漫画化してくれないかしらん。

 悪趣味なセンスは会話でも発揮されて、やたら「JAP」を連発する。バブル期の好景気がそのまま続いている経済大国だが、時代の主力兵器サイボーグ技術では遅れた軍事小国という設定で、国際的にはエコノミック・アニマル的な蔑視に晒されている、という高度成長期的なコンプレックスを、しつこい程に強調し、読者を挑発する。

 正直、この辺は読んでてとても不愉快だった。「まあ意図的なもんだろうな」とわかっちゃいるが、不愉快なのはしょうがない。往々にして悪役プロレスラーは善玉より収入が多いように、不愉快で憎たらしい悪役こそ娯楽物語の面白さを盛り上げる最大のキーパーソンとなる。これから読む人は心行くまで UNDEAD HEROS に怒りをたぎらせよう。

 そんな溜まりに溜まった読者の鬱憤を、颯爽と晴らしてくれるのがクライマックスのバトル。これがもう、「おまえはアントニオ猪木かいっ」ってな感じにプロレス風といいますか。バトル物の面白さの王道を素直に追求した、懐かしい雰囲気の昭和のヒーロー像そのまんま。しかも、それを次から次へと連続して繰り出してくる。やっぱりねえ。ヒーローはこうでなくちゃ。

 そのヒーローを支える二課の面々も、影が薄いながらクライマックスの盛り上がりに貢献している。彼らと一緒に観戦するゲストの二人がまた、石ノ森ファンにはたまらないお方で…。

 SFというとナニやら小難しげなシロモノみたいな印象がはびこってるけど、こういう徹底して娯楽を追及した爽快な作品こそ、SFの原点だと思う。歩行型戦闘車両ダブルオーとか、この手の作品こそ若いファンの注目を集めて欲しい。しかし It's Burn! で若い人は盛り上がれるんだろうか。いや私は大好きですが。

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2011年4月 4日 (月)

マイクル・フリン「異星人の郷 上・下」創元SF文庫 嶋田洋一訳

「皇帝にお世辞をいうことを思えれば、森の奥に住む必要もないのに」
「森の奥に住むことを覚えれば、皇帝にお世辞をいう必要もありません」

どんな本?

 「SFが読みたい! 2011年版」で、ベストSF2010海外部門でトップに輝いた、長編ファースト・コンタクトSF。中世ドイツの田舎町に不時着した異星人の集団と、村人達の出会いと軋轢を、抑えた筆致でじっくりと描く。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は EIFELHEIM by Michael Flynn 2006。日本語訳は2010年10月29日初版発行。私が読んだのは2011年1月28日の3刷。いきなり版を重ねてます。文庫本で上下巻、縦一段組みで上巻約380頁&下巻約335頁の計715頁。8ポイント42字×18行×715頁=540,540字、400字詰め原稿用紙で約1352枚の堂々たる長編。

 で、読みやすさなんだが、はっきり言って読みにくい。これは悪文とか訳が悪いとかではなく、作品の性質上、どうしてもそうなってしまう。どころか、読みにくさこそ、この作品の味わいだったりする。その理由の一つは人名や地名などの固有名詞。慣れないドイツ語なんで、どうにも覚えきれない。でも大丈夫、ちゃんと登場人物一覧と簡単な地図が付いてます。人物一覧は早川さんも見習って欲しいなあ。読みにくさの他の理由は、追って。

どんなお話?

 1348年の夏。ドイツの黒い森の外れ、領主マンフレートの治める平和な村、上ホッホヴァルトに異変が起こる。金属製品は火花を散らし、幾つかの家が火事で燃えた。村の教会の神父ディートリヒが、スイス人の傭兵マックスと共に異変の元凶を調べに森に赴くと、そこにいたのは異形の者たちだった。

感想は?

 地味。中世ドイツの村にエイリアンが降り立つ、という一見荒唐無稽な設定でありながら、著者の筆はひたすら誠実で「写実的」だ。この「写実的」ってのがクセモノで、無茶な設定でありながら、徹底した史実考証と想像力で、読者は「ああ、いかにもありそうだよなあ」と、納得してしまうシーンの連続となる。

 SFといえばセンス・オブ・ワンダーが醍醐味なのだが、この作品は二つのセンス・オブ・ワンダーを味わえる。一つは、勿論異星人なのだが、もう一つが曲者。中世ドイツの人々の感覚も、現代に生きるわれわれにとって、実にセンス・オブ・ワンダーに溢れている。

 先に「読みにくさこそ、この作品の味」と書いた。そう、中世の人々のセンスや価値観が、今のわれわれと大きくズレていて、それがこの作品の読みにくさの原因となっている。そして、この価値観のズレこそが、この作品の大きな魅力でもあるのだ。

 基本的な社会構造は領主が村に君臨する、という形だ。領主のマンフレートは相当に常識的な人で、力で押さえつけるだけの人ではない。あくまで法と慣習に従って村に君臨し、時には村人と交渉する。村人も心得たもので、危機の際には領主の指示を仰ぐが、納得がいかなければ異議申し立てすることもある。名誉を重んじる武人でもあり、武装して襲ってくる男を殺すのは厭わないが、非武装の女子供の虐殺は好まない。「常識的な範囲で有能な領主」というマンフレートの人物造型が、この物語に大きなリアリティを与えている。

 社会構造としてマンフレートと並び立つ権威となるのが、主人公のディートリヒ。聖カタリナ教会の主任司祭で、この物語ではエイリアンとの調停役を務める。ワケありらしく、若い頃はパリで学んだインテリらしい。だが今は村の教会に身を捧げ、思索に耽る悪癖は直らぬながら、若い修道士の指導や村人への教導に余念がない。マンフレートもディートリヒに一目おき、大きな問題は彼と相談しながら事を進めていく。豊かな教養を持ちながら、村人への奉仕を忘れないディートリヒの奮闘は、地味なこの物語に大きな救いをもたらす。

 この作品のSFとしての醍醐味は、ディートリヒとエイリアンの会話にある。物理学では電磁気や重力・天体の運行など、生物学では微生物や必須アミノ酸などの話題が、中世の教会の言葉で語られる。この辺、著者は実に無愛想で、何の話題なのかは読者が自分で察しないといけない。注意深く読んでいけばわかるし、わかれば「おお、そうか!」な面白さに溢れてるんだけど、迂闊に読み飛ばすと美味しい所を逃してしまう。

 教会の徒である以上、ディートリヒもエイリアンを帰依させようと努力する。「じゃ進歩したエイリアンが宗教をコケにする話なの?」などと思っちゃいけない。結構、真面目に神学論争が交わされるんだ。私はキリスト教に疎いんで読み飛ばしたけど←をい。

 本書はもう一つ、現代のパートが絡む。統計歴史学者のトムと、宇宙物理学者のシャロンが、歴史の中に埋もれた上ホッホヴァルトの秘密を解き明かしていく。

 十分の一税の実際や時間の測り方・疫病の恐怖、当時のユダヤ人の立場など、歴史物としての面白さもたっぷり。村人には善人もいれば不良もいる。テレジアちゃんの可愛らしさったら。群像劇としての面白さはエイリアン側もそうで、表情が伺えぬ彼らの個性が少しづつ見えてくるあたりも、地味ながらSFの楽しさを醸し出している。

 訳者あとがきは優れた解説になっている。上下巻だけど、できればまとめて買って、まず訳者あとがきから読むといい。大きなネタバレはしていない上に、当時の政治状況や社会背景など、この物語を読み解くのに重要な情報が詰まっている。

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2011年4月 2日 (土)

iPod,iTunes:自動でランダムっぽく曲を入れ替えるプレイリストを作る

 私が持っている iPod nano(以降は iPod と略す) は容量2Gの年代物だ。対して iTunes 登録のミュージック・ライブラリは28Gある。ライブラリの全曲は iPod に入らないから、曲を取捨選択して iPod に転送しなきゃいけない。

 ほとんど毎日 iPod を持って出歩いているし、いちいち曲を選んで iPod に転送するのは面倒くさい。かと言って同じ曲ばかり聴くと飽きる。PC に iPod を繋いだら、勝手に iPod の曲を入れ替えてくれないかなあ。できれば、ランダムに。

 などと虫のいい事を考えて iTunes をいじくりまわし、なんとか実現した。オートフィルに近い機能だけど、あれだと iPod の設定を「曲を手動で管理(Manually Manage Music)」にしないといけない。自分の方法だと、PC に iPod を繋げば、勝手に曲が入れ替わる。ただ、完全なランダムではなく、あくまで「ランダムっぽい」感じで、再生回数の少ない曲を優先的に iPod に取り込む。

誰向け?

  • ミュージック・ライブラリは大量にあるが、小容量の iPod を使っている人。
  • iPod では大抵シャッフルで流している人。
  • 自動で iPod の曲をランダムに入れ替えたい人。
  • ただし、完全なランダムじゃなくても許してくれる人。

何ができるの?

 iPod の曲が、ランダムっぽい感じで自動に入れ替わる。実際には、再生した曲が iPod から消え、再生回数の少ない曲が(ほぼ)ランダムに iPod に入る。

必要なものは?

 PC(もちろん Mac でもいい) と iTunes と 小容量の iPod(nano)。大容量の iPod を持っている人には不要な知識なんで、そのつもりで。

方法

 全て iTunes 上の操作で3段階。

    1.スマート・プレイリスト Base を作る:再生回数の少ない順に4~8G程度の容量でライブ・アップデート
    2.スマート・プレイリスト Shuffle を作る:Base からランダムに容量1G程度でライブ・アップデート
    3.iPod を スマート・プレイリスト Shuffle と同期する。

 一度この操作をやれば、以後は iPod を iTunes に繋ぐと iTunes が勝手に iPod の曲を入れ替える。以降で詳しく操作を説明しよう。

  1. スマート・プレイリスト Base を作る:再生回数の少ない順に4~8G程度の容量でライブ・アップデート

    1. 新しいスマート・プレイリストを作る:
      iTunes のファイル・メニュー(File)から「新規スマート・プレイリスト」(New Smart Playlist…)を選ぶ。
       →スマート・プレイリスト作成のダイアログが出る。
    2. 最も再生回数の少ない順に、最大2~8Gの容量に設定する。
      容量は、あなたの iPod の容量より多く、かつ、ミュージック・ライブラリの容量の50%以下。
    3. ライブ・アップデート(Live updating)をチェックする。
    4. OK ボタンを押すと「新しいスマート・プレイリスト」が出来るので、名前を Base にする。
      *下のダイアログをクリックすると原寸表示します
    Base
    私は「ジャンルが Podcast でない」(Genre dose not contain Podcast)で「再生回数の少ない順に2000曲」(Limit to 2000 items selected by least often played)、「チェックした曲だけ」(Match only checked items)とした。ライブ・アップデートのチェックを忘れずに。
     
  2. スマート・プレイリスト Shuffle を作る:Base からランダムに容量1G程度を選びライブ・アップデート

    1. 新しいスマート・プレイリストを作る:
      iTunes のファイル・メニュー(File)から「新規スマート・プレイリスト」(New Smart Playlist…)を選ぶ。
       →スマート・プレイリスト作成のダイアログが出る。
    2. 「次のルールに合致する」(Match the following rule)で、「プレイリストが Base である」(Playlist is Base)を設定する。
    3. 最大1~1.8G程度の容量(Limit to 1 GB)、選び方は「ランダム」(Selected by Random)に設定する。容量は、あなたの iPod に入りきる容量である事。
    4. ライブ・アップデート(Live updating)をチェックする。
    5. OK ボタンを押すと「新しいスマート・プレイリスト」が出来るので、名前を Shuffle にする。
      *下のダイアログをクリックすると原寸表示します

      Shuffle
    私は「ランダムに最大200曲」(Limit to 200 items selected by Random)とした。ここでも、必ずライブ・アップデートをチェックすること。

    動作を検証したければ、iTunes で暫くスマート・プレイリスト Shuffle を聞いてみよう。ミュージック・ライブラリから、再生回数の少ない曲が中心に流れる。何回かかかった曲は自動でプレイリストから消え、他の曲が追加されていく。
     
  3. iPod をスマート・プレイリスト Shuffle と同期する

    iPod を PC に繋げ、上で作ったスマート・プレイリスト Shuffle と同期させよう。

 iPod で再生した曲はスマート・プレイリスト Base から消え、連動して Shuffle からも消える。同時に別の曲がスマート・プレイリスト Base に追加され、Shuffle もランダムに曲を Base から選んでくる。

最後に

 この方法には欠点がある。気に入って再生回数の多い曲ほど iPod に入らないのだ。私はこれを補うため、iPod を複数のプレイリストと同期させている。だいたいこんな雰囲気だ。

  • 上記のランダムなプレイリスト
  • お気に入りの曲(レートが★★より高い)から、上記と同じ方法でランダムに選んだプレイリスト
  • 最近ライブラリに追加した曲だけを集めたプレイリスト
  • 特定のアーティストを集めたプレイリスト

 大容量の iPod を買えば、こんなセコい手口も不要なんだろうけど、壊れてもいないものを買い換えるってのは、なんか抵抗があるんだよね。いや単に貧乏性なだけ、と言われたら反論できないけど。

 不明点や不満点はコメント欄でお知らせくだされば幸いです。

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