ジョージ・R・R・マーティン他「ハンターズ・ラン」ハヤカワ文庫SF 酒井昭伸訳
「おまえの心臓は鼓動している。おまえは気体を交換している。おまえがそれらをしているのは、ひとつの目的のためだ。目的を持っていながら目的を持たないことは、相互に矛盾する。おまえの言語は欠陥が多く、幻影としての状態を表現できる。おまえの目的は、われわれがその人間の居場所をつきとめる手助けをすることにある。おまえに目的がないのなら、おまえの存在という幻影は消去されなければならない」
どんな本?
<氷と炎の歌>で売れっ子のジョージ・R・R・マーティン、編集者・アンソロジストとして活躍しているガードナー・ドゾワ、それに若手(というほど若くもないけど)のダニエル・エイブラハムの三人による長編冒険SF。ドゾワらしいひねくれた設定の世界と、マーティンらしい人間臭く利己的な登場人物たちの行動の対比が鮮やかだ。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
原書は Hunter's Run by George R. R. Martin, Gardner Dozois and Daniel Abraham, 2007。日本語版は2010年6月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約477頁。9ポイント41字×18行×477頁=352,026字、400字詰め原稿用紙で約881枚。一巻の長編としてはやや厚めかな。文章はいつもの酒井さんで、翻訳物の雰囲気と読みやすさのバランスは見事。ただ、主人公がガラの悪いメキシカンなので、多少お行儀が悪いのはご愛嬌。
どんなお話?
時は遠未来。人類は宇宙に進出したが、そこは幾つかの大種族が支配する世界だった。新参で技術も持たない人類は隅に追いやられ、あてがわれるのは辺境で未開の星系のみ。星系間の航行には数百年の時間がかかるため、各植民惑星は強い自治権を持つ。
舞台はそんな植民惑星のひとつ、サン・パウロ。メキシコからの移民ラモン・エスペホは、鉱山師だ。ひとりで前人未到の山に入り、鉱脈を見つけて稼いでいる。街で飲んでいたラモンは、はずみでエウロパ大使を殺してしまった。ほとぼりを冷ますために山に入ったラモンは、奇妙な人工物を見つけるが、そこで謎の異種属に捕獲されてしまう。異種属から、脱走した人間を追う猟犬役を命じられたラモンは…
感想は?
デーモン・ナイトの「なぜSFの主人公は中産階級の白人ばかりなのか」という不満への回答としてメキシカンを選んだそうだけど、これが大当たり。孤高を気取るマッチョ志向で、一発あてる事を夢みる山師というラモンの人物造形は、この作品の主人公に相応しい。
山師という商売は洋の東西を問わず胡散臭いものらしく、ラモンも街では場末の酒場に出入りする、貧しい荒くれだ。植民惑星サン・パウロでは、先に移民したブラジル系がはばをきかし、メキシカンは一段下に見られている。もうひとつ上のレベルに目を上げれば、この世界だと人類は弱小種で、先に宇宙に進出したエニュなどのおこぼれにあずかって生きている。
こういう世界観を読者に納得させる上で、メキシカンという造形が効いてくる。「つまりこの宇宙での人類の立場は、今のアメリカでのヒスパニック系の立場みたいなもんだよ」と、直感的に理解できるのだ。
そういう底辺の立場にありながら、威勢だけはいいラモン。開幕から酔って喧嘩し、山に高飛びする羽目になる。ここでの自然描写とサバイバル生活の模様が、冒険スペース・オペラの定番に沿っていて、なかなかエキゾチックで楽しめる。こいうのは土着生物のデザインが重要なんだけど、ベテラン山師のラモンまで怯えさせる凶暴な○○の命名が見事。
スペース・オペラで欠かせないのが、異星人。この物語でラモンを捉える異種属が、これまた傲慢で冷酷なわりに論理的。ラモンの扱いも実用一点張りのくせに、妙に間抜けなのが笑える。「人間を理解するため」に立小便を覗くんですぜ。この性格、なんか最近見たなあと思ったら、某QBだった。
中盤以降はラモン&異種属と獲物のチェイスとなるのだが、ここでもドラマ作りに慣れたマーティンのこと、謎は二重底三重底。獲物の正体、異種属の来歴、そしてこの世界の秘密に至るまで、あっと驚く展開が待っている。
そして、エンディング。このエンディングでも、ラモンの人物造形が光ってる。マーティンとドゾワだから一筋縄じゃいかないだろうと思ってたけど、裏切られたわ、いろんな意味で。いやあ、爽快ですよ、ええ。やっぱり、冒険物語はこうでなくちゃ。
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