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2011年3月 9日 (水)

デイヴィッド・R・ウォレス「哺乳類天国」早川書房 桃井緑美子・小畠郁生訳

「巨大なものに退屈なものはない。湧き起こる感情がどんなものであれ、かならず心を揺さぶられる。科学者が苦労してよみがえらせたすばらしい過去を人々に披露しようとするとき、その時代には巨大な生き物がいたのだと述べたがるのはそのためだろう」
「しかし、同時に小さい生き物もいた。いかめしくも尊大でもないが、小型の動物たちは支配者たる爬虫類よりも重要だった。その存在はやさしく柔和なものが出現する兆しである。小さい生き物が地球を引き継ぐのだ」

どんな本?

 「恐竜絶滅以後、進化の主役たち」と副題がついている。18世紀末のジョルジュ・キュヴィエから現代のスティーヴン・ジェイ・グールドまで、(古)生物学者たちの論争・政争を通して、進化論の成立と変転を、(古代)哺乳類の研究を中心に描くノンフィクション。学者たちが欲や妬みにまみれ、政治工作やメディア攻勢など様々な策を弄して競い争う姿を、人間臭くなまなしく描き出す。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Beasts of Eden - Walking Whales, Dawn Horses, and Other enigmas of Mammal Evolution by David Rains Wallans, 2004。日本語版は2006年7月31日初版発行。翻訳文は、イマイチかなあ。冷静な文体だけど、科学解説書というより人物列伝の部分が多いんで、もう少し扇情的というか柔らかい文章の方が内容にあってる気がする。

 ハードカバー縦一段組みで本文約410頁、45字×19行×410頁=350,550字、400字詰め原稿用紙で約877枚。長めの長編ぐらい。加えて「原註」と「主な参考文献」が46頁。巻末の地質年代表は、とっても親切。

 「訳者あとがき」の末尾に「付録としてこの絵(ルドルフ・ザリンガーの『哺乳類天国』)のカラーの全図が添付されている」とあるけど、私が借りた本にはついてなかった。ちと問い合わせねば。

構成は?

プロローグ 壁画と化石と
1 カタコンブの厚皮動物
2 ジキル博士とストーンズフィールドの顎
3 哺乳類の起源
4 高貴なる征服
5 恐ろしい角と鈍い脚
6 ミスター・メガテリウムとプロフェッサー・ミロドン
7 地の果ての火獣
8 巨獣(タイタン)の行進
9 五本指のウマとミッシングリング
10 姿を見せないドーン・マン
11 獣のナポレオン
12 愛と理論と
13 キノドンからスミロドンまで――シンプソンの総合説
14 移動する大陸
15 祖先をたどって
16 動物相を吹き飛ばす衝撃
17 シェルハンターの逆襲
18 よみがえるシンプソン
19 キジルクム砂漠の風泥棒
20 蛇が差しだす果実
21 真猿類をめぐる抜きつ抜かれつ
エピローグ 新生代の自然公園
 訳者あとがき
 解説/小畠郁生
 主な参考文献
 原註

感想は?

 スティーヴン・ジェイ・グールドは論争だとやたら好戦的で攻撃的という印象があったけど、どうもそれはグールドだけの特質じゃなくて、古生物学者は全般的に攻撃的な人が多い、というか扇情的な言葉で論争する文化があるんだな、と変に納得した。学歴に拘らず実績重視であり、妙にトンガった人が多いみたい。

 いきなり第二章に出てくるイギリスのリチャード・オーエンの変人ぶりを示すエピソードが面白い。16歳で医師の徒弟になり、死体解剖の仕事を手伝う。最初はビビっていたが、やがて「この仕事の虜になる」。

守衛に金をつかませて刑務所に忍び込み、自宅で解剖するつもりでその男の頭部を盗み出したが、凍てついた坂で足を滑らせて落としてしまう。…男の首は坂の突き当たりの家の戸にぶつかった。私は勢いあまって、扉を開けると同時に中に飛び込んだ。悲鳴がして、女の服の裾がさっとひるがえった。

 モンティ・パイソンのギャグかい。逆にクールなのがアメリカのオスニエル・マーシュ。

ジョージ・ハルという不心得者が聖書の『地中の巨人』を信じる聖書原理主義者をいっぱい食わせてやろうと、石膏で三メートルの巨大な人形を作ってニューヨーク州北部のカーディフという小村に埋めた。…大評判になり、悪ふざけの犯人たちはしばらくそれを見世物にして荒稼ぎした。だが、マーシュは人形をひと目見るなり指摘した。
 「もしこの巨人がわずか数年でも地中に埋まっていたなら、軟らかい石膏にありありと残る彫り痕は地下水に洗われて消えているはずだ」

 そこで止めときゃカッコいいのに、余計なひと言を加えるあたりが古生物学者の伝統か。

 「古い物でないのは一目瞭然なのに、誰一人それを見抜く科学者がいなかったとは驚きだ」

 原著者は断続平衝説がご贔屓らしく、ジョージ・ゲイロード・シンプソンの項でそれとなく伏線を張っている。

 今日でも化石の実物を見たことのない書き手は、剣歯ネコの犬歯は「定向進化」によってどんどん大きくなり、ついには大きくなりすぎたせいで剣歯ネコは絶滅したのだと述べたがる。(略)初期の剣歯ネコと最後の子孫とは、牙の大きさがほぼ同じだった。この動物が繁栄した約4000万年あまりのあいだに、犬歯はときにランダムに、ときに多様な体の大きさと習性に応じて利点となるように、さまざまな大きさに変化したのである。

 なんでそうなるのか、ってのを説明するのが断続平衝説。

「平衝」とは、うまく適応している種は周囲の環境が変化しないかぎりほとんどへんかしないという意味であり、「断続」とは、環境が変化して適応がうまくいかなくなると新しい種が急激に進化するため、移行期の形態が化石記録に残りにくいということである。

 種は急速に出現・絶滅し、いったん安定状態に入ったら、あんまし変化しないって説ですな。リチャード・ドーキンスはそれに対し「ま、程度の問題じゃね?」と宥めてたような気がする。

 後半になると、大陸移動説・小惑星衝突説・DNA解析技術と刺激的な話題が飛び出してくるのだが、文章はそれぞれに対し意外と冷静に述べている。人物像に深く切り込むテーマだけに、余震が続いていて、あまし明瞭に書けないのかしらん。

 お話はイェール大学ピーボディ博物館の壁画、ルドルフ・ザリンガーの筆による「哺乳類の時代」を狂言回しに進む。やはり絵の持つ影響力は大きいんだなあ。

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