吉川良太郎「ペロー・ザ・キャット全仕事」徳間書店
「猫は媚びる。だが猫を所有することは誰にもできない」
どんな本?
第2回(2000年)日本SF新人賞受賞作にして、吉川良太郎のデビュー長編。近未来のフランスの暗黒街を舞台に、孤独と自由を愛するチンピラ・クラッカーのペロ-が、街を支配するパパ・フラノの鎖から逃れようと足掻く。ハイテクと猫と暴力を散りばめた、ちょっとしゃれた雰囲気のハードボイルド猫SF。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
初版は2001年5月31日。ハードカバー縦一段組みで約360頁。9ポイント41字×17行×360頁=250,920字、400字詰め原稿用紙で628枚。長編としては標準的な分量。「文学の芳香」というから少し構えて読み始めたが、スマートな文体のわりに意外と読みやすい文章だし、お話もアクションが多くてサクサク読める。
序章と終章を含め全19章からなっていて、各章は必ず奇数頁から始まる。柱やノンブルもちょっと凝ってるし、頁の上は大き目の余白を取るなど、デザインには相当気を使っている模様。
どんなお話?
舞台は近未来のフランス、パパ・フラノが支配する<パレ・フラノ>。若きテクニカルのペローは、故買屋アルベールの店で掘り出し物のソフトを手に入れた。エジプトの秘密警察からの流出品で、名はアヌビス。サイバネ手術をした動物を通信衛星経由で操り、見たもの・聞いたものをリアルタイムで転送する。つまりは動物に憑依するシステムだ。
いい気になったペローは猫を買い込み、覗きで得た情報を元に強請屋商売を始める。ここはパレ・フラノ、国家の法の埒外にある。各国のVIPが集い、ある者は表沙汰に出来ないビジネスをまとめ、ある者はここだけで発散できる欲望を満たす。だが、幸福な時は続かないもので、ついにフラノ・グループの幹部シムノンに捕まり…
感想は?
ハイテク・ノワールというオシャレでクールな第一印象とは対照的に、SFの、いや物語の大きな魅力、変身願望を叶えてくれる、原始的・本能的な快感を刺激する作品だった。
猫になりたい。しなやかな四肢で壁に飛び上がり、街を駆け抜けたい。高い所から飛び降りで、キャット空中三回転を華麗に決めたい。そんな欲望を実現させたのが、この物語だ。主人公のペローは、アヌビスを介して、アメリカン・ショートヘアーの猫に憑依し、街を駆け、壁を走り、車の下にもぐる。ああ、気持ち良さそう。
憑依する動物に猫を選ぶことでわかるように、ペローも自由を愛する人間だ。ソフトメーカーに4年間勤めながら、その生活を「週給奴隷」と自嘲する。母が亡くなった時でさえ、「悲しくはなかった。余計な世話をやく必要などない」とドライな反応を示す。
パパ・フラノの幹部シムノンに首根っこを押さえられても、まず考えるのは逃げ出すことだ。ここで反撃を考えず、自分が自由になりさえすればいい、と考えるあたりにペローの人物造詣の妙がある。復讐など考えない。たとえ敵であろうとも、関係さえ絶てればそれでいい。徹底して人に無関心なのである。
そんな彼が、ただ一人賞賛する人物が、用心棒稼業の女性、シモーヌ。手の甲と頬にアメリカン・ショートヘアーの子猫の柔毛を植えるなど、肉体に様々な改造を施している。もちろん、スタイルはダイナマイトだ…いろんな意味で。腕利きだでパパ・フラノのボディガードすら請け負うが、あくまでもそれは対等な契約仕事だ。
自由を愛するペローやシモーヌと対照をなすのが、ファミリーの幹部でペローに首輪をつけるシムノン。若く知性的で優秀な暗黒街の顔役に相応しく、平時は極めて礼儀正しいが、必要な時は容赦なく暴力を使う。彼のイヤミな丁寧さと、突然にキレる豹変振りはゴッドファーザーを彷彿とさせる。当然、そんな彼のペット(?)は…
舞台となる世界の国際情勢が、偶然にも現実の中東情勢と重なっているのも、いいスパイスになっている。「アヌビス」は、エジプト政府が革命で転覆し、そのドサクサで流出した、という設定になっている。
「文学の芳香」と銘打ってあるので、さぞかし気取った内省的な内容かと思ったら、とんでもない。「アヌビス」をはじめワクワクするガジェットは盛りだくさん、登場人物も鮮明な印象を残す曲者揃い、<パレ・フラノ>など舞台装置も仕掛けがわんさかで、サービス満点の娯楽作品でありました。
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