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2011年3月26日 (土)

鷲巣力「自動販売機の文化史」集英社新書

たとえば、日本の飲料および食品自動販売機に、冷却および加熱装置がついているのは普通である。だが、海外でようやく見つけた自動販売機で飲料水を求めても、冬は熱く、夏は冷たい飲料水を手に入れることはまずできない。いつもほぼ常温で出てくる。

どんな本?

 自動販売機は、いつ、誰が、なぜ作ったのか。どんなしくみで、どんな物が売られ、人々からどんな風に受け取られたのか。そして今、自動販売機は各国でどのように使われ、どれぐらい普及しているのか。多くの文献や統計資料を駆使しつつ、興味深いエピソードもふんだんに加え、自動販売機を通して各国や各時代の文化と風俗を解き明かしていく。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2003年3月19日初版発行。新書で縦一段組み約244頁。9ポイント42字×16行×244頁=163,968字、400字詰め原稿用紙で約410枚。新書としては標準的な量かな。文章も親しみやすく読みやすい。年代を表記する際は、原則として西暦だが、日本の自動販売機の歴史をひもとく所では、西暦と年号を併記するなど、ちょっとした心遣いが嬉しい。

構成は?

序章 「自動販売機」の見える風景
第1章 自動販売機2000年の歩み ――古代エジプトから20世紀アメリカまで――
第2章 自動販売機大国への道 ――明治初期から今日まで――
第3章 国が違えば事情も変わる ――各国の自動販売機事情――
第4章 日米に流行る理由、欧州に流行らぬ理由
第5章 文明の利器か、文化の破壊者か
あとがき
主な参考文献

感想は?

 第1章と第2章は圧巻。自動販売機にまつわる様々なエピソードが楽しい。文献では古代ギリシャのヘロンの聖水自動販売機が最初だそうだが、「実在したか否かは不明」としている。実物が確認できるのは19世紀のイギリスで、なんと書籍の自動販売機だ。1822年のこと。

 当時は「言論の自由」を求めて、出版者たちが権力と闘っていた時代である。カーライル(Richard Carlile)は(略)急進的な思想の持ち主でもあった。(略)自動販売機による販売なら販売者を特定できずに、自分が売ったのではない、と主張できると考えたのだろう。

 読者も特定できないから便利だよね、とまで考えたかどうかは不明だが、言論の自由のために自動販売機を使うとは賢い。残念ながらカーライルには有罪判決が下ってしまったが。

 1891年には、パリでビールとワインの自動販売機が登場している。「早く提供できるし、価格は妥当だし、分量は正確だし、しかも現金払い」だそうで。いつでもどこでも、酒にまつわるトラブルの原因は似たようなもんだなあ。

 1895年にはユタ州で離婚申請書類一式の自動販売機が登場してる。モルモン教の「一夫多妻から逃れ、離婚したい女性が書類を比較的自由に申請書を入手する手段であったろう」と著者は考察する。どうも自動販売機は自由獲得の戦いと縁が深いようで。

 世紀がかわり、アメリカでは大量生産がハバをきかす。その象徴がT型フォード。本のテーマとは関係ないけど、面白いジョークなので引用しよう。

「T型フォードはけっして追い越せない。なぜなら、T型フォードを追い越しても、その前には必ずT型フォードが走っているからだ」

 そんなアメリカに、ウィリアム・ロウ William Rowe の紙巻タバコの自動販売機が登場する。多品目多価格に対応できる、「近代的自動販売機」だ。

ある業者は、当時、11セントないし12セントだったものが15セントで売れると強気に予想した。なぜならその自動販売機は、「これまで以上に便利だから」だ、すなわち付加価値がある、と。結果は予想通りになった。 

 便利、なのかなあ。まあ向こうは引き算ができない売り子も多いみたいだし。日本では遠藤嘉一氏のエピソードが面白い。時は1921(大正10)年、新婚の遠藤氏、夫婦で医療器具やゴム製品(コンドーム)を扱う商売を始めたが、ゴムを買いに来る客が奥さんを卑猥な言葉でからかうので困っていた。そこでゴムの自動販売機をぜんまい仕掛けで作ったそうな。麗しき夫婦愛。

 自動販売機の台数ではアメリカがトップだが、人口当たりの普及率や売り上げでは日本がダントツだ。その原因を、著者は「国鉄の自動券売機ではないか」と考察している。中高年は新しいものに馴染めないが、鉄道が発達した日本だと自動券売機は避けて通れない。それが人々の習慣として根付いたのではないか、と分析している。

 面白おかしいエピソードばかりを拾って紹介したけど、台数や販売金額などの数字も、「信用に足る資料があるのは日本とアメリカぐらい」という厳しい状況の中で、詳しく調べている。エピソードを拾い読みしてもよし、統計数字を抜き出してもよし。読み物としての面白さと、資料としての貴重さを兼ね備えた本でした。

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