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2011年3月29日 (火)

「戦闘技術の歴史 1 古代編 3000BC~AD500」創元社

歩兵が取る手段は大きく分けて二つあり、古代から19世紀にいたるまで(略)そのどちらかを専門に行うように作られていた。その両方、ということはありえない。(略)手段その一は急襲である。(略)手段その二は、少し射程の長い投擲兵器で敵を倒すことだ。

どんな本?

 兵器の構造や使い方と効果・部隊編成や基本的な戦術・それらを支えた社会的な条件など、戦闘に関する事柄をあらゆる側面から調査・分析した本。この巻では、ギリシャ・ローマなど地中海沿岸を中心に、インドまでをカバーするが、中国は全く出てこない。お堅い内容だが、地図・図版やイラストをふんだんに収録すると共に、名将や有名な戦闘のエピソードも紹介しているので、素人でも楽しみながら読める。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Fighting Techniques of the Ancient world, Amber Books 2002。著者はサイモン・アングリム、フィリス・G・ジェスティス、ロブ・S・ライス、スコット・M・ラッシュ、ジョン・セラーティ。日本語版は松原俊文監修、天野淑子訳で2008年8月20日発行。

 A5ハードカバー縦一段組みで本文約380頁、45字×22行×380頁=376,200字、400字詰め原稿用紙で約940枚の大作。軍事物のわりに文章は思ったほど硬くないが、基本的に翻訳物の学術書なので、それなりの覚悟は必要。まあ、実物を見れば否応なしに覚悟できるけど。舞台は古代の地中海沿岸なので、ギリシャやローマの歴史に通じていると、背景がわかってより深く楽しめる。
 などと言うと近づきがたい印象があるが、収録している図版とイラストの量がハンパじゃない。流麗なカラーのイラストを眺めているだけでも、素人の私はけっこう楽しめた。

構成は?

日本語版監修者序文
第一章 歩兵の役割
第ニ章 騎兵・戦車など
第三章 指揮と統率
第四章 攻囲戦
第五章 海戦
参考文献
用語解説
索引

感想は?

 お腹いっぱい。高度で包括的な内容の、どう見ても完全に専門書であるにも関わらず、豊富な図版と流麗なイラストがぐいぐい読者を引っ張っていく。だもんで、知らず知らずのうちに(一般人には)無駄な知識がついてしまう。いやファランクスだのレギオンだの知っても、実生活には役に立たないよね、どう考えても。でもイラストの見事さが、否応なしに読者の脳にファランクスの恐ろしさと弱点を読者の脳に焼き付けてしまう。

 ファランクスは歩兵の矩形陣。整列して長槍を前に突き出した軍団が、ズンズンと前進してくる。これがAD3000年ごろには南メソポタミアの都市国家で使われてたってんだから驚き。組織的に動かなきゃならんから、相当に訓練せにゃならん筈だが、よほど国家がしっかりしてたんだろうなあ。

 とまあ怖くはあるけど、弱点もある。まずは広く散開した兵からの投げ槍や弓には対抗できない。ファランクスが突進したら逃げりゃいい。また、広い平地ならいいけど、起伏の激しい土地では使えない。よく戦争物で「迂回して側面から叩く」なんてシーンが出てくるけど、その効果が実感できる。

 その辺を改善したのがローマのレギオン。歩兵大隊を分割してマケドニアのファランクスに肉薄し、グラディウス(剣)で虐殺した。槍は長くて重い分、肉薄されたら小回りが効かなくて不利になるって理屈。

 次の第二章では戦車が出てくるけど、今のM1エイブラムズみたいな奴ではない。馬やロバに引かせる、二輪または四輪の「馬車」で、武器は主に投げ槍と弓。機動力を生かしたヒット・アンド・アウェイで敵を混乱させるんですな。もちろん差動歯車なんてないから、曲がるのには相当に苦労したとか。

 象も一見強そうだけど、アレクサンドロスは一蹴してる。

「軍事力としての象の価値など疑わしいものだ。象は味方に対しする方が獰猛になる。なぜなら敵に対しては命令で動いているが、味方に対しては恐怖心で動くからだ」

 そして散開した軽装部隊が象使いを投擲兵器で攻撃すると、「多くの象は暴れだし、好き勝手に走り出した」。暴走した象は敵味方無関係に暴れまわるので、イマイチ使い勝手がよくなかったそうで。

 ハードウェアが好きな人は、第四章の攻囲戦が楽しめる。それまでも槍や兜や鎧など兵器が沢山出てくるけど、仕掛けっぽいのは複合弓ぐらい。ところがここで出てくるのは、破城槌とか投石器とか大掛かりなシロモノ。歩兵向きのガストラフェテス(クロスボウ)は今の自動小銃に該当するなら、その向かいに出てくるオクシュベレスは小隊機銃かな。ねじりばねで飛ばす矢は400メートル先の盾や鎧を貫通したそうな。

 ここでもローマは特色があって、攻城時には城の周囲を堡塁で囲んだとか。さすが土木立国ローマ。「その装備から戦法にいたるまで、ローマ軍の特徴のほとんどすべてが、ある時点でどこかから模倣し、そこから完成させたものである」って、まるで極東のどっかの国みたいだ。それでもあれだけの大帝国を築けたんだから、我が国も…

 前八世紀に攻囲戦を科学にしたのは近東の諸国であり、それがギリシア人によって改良され、ローマ人によって完成され、三世紀には東方に戻ってきたのだ。

 海戦の項では、漕ぎ手が奴隷じゃないってのが意外だった。「一団となって漕ぎうる有能な漕ぎ手となるには、何ヶ月もの厳しい訓練を受ける必要があった。大衆小説に登場する漕ぎ手とは異なり、彼らの中に奴隷の身分にある者はまずいなかった」とか。リズムに合わせていっせいに漕ぐんだから、素人を集めたんじゃ無理だよねえ。

 などといった技術の紹介に加え、有名な戦闘のエピソードが随所に出てくるのも楽しい。アントニウスとクレオパトラがアグリッパとオクタウィアヌスに敗れたアクティウムの海戦は、第三章と第五章の二回紹介している。俗説とは違い、「クレオパトラの逃亡はアントニウスの狙い通りだったんじゃね?」と解釈している。

 充実した内容でありながら、豊富な図版とイラストで素人でも楽しめる稀有な本。敢えて欠点を挙げれば、定価¥4,500と決してお安くない事。カラーのイラストが多いから、価格相応ではあるんだけど。

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