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2011年2月22日 (火)

チャイナ・ミエヴィル「ジェイクをさがして」ハヤカワ文庫SF 日暮雅通他訳

 オルフェウスが振り返ったのは、愚かさのせいじゃないんだよ、ジェイク。神話というのは、辛辣なものだ。オルフェウスは、妻がそこにいないんじゃないかと不安になったからじゃない。前方に見えた光に恐怖を感じたからなんだ。

どんな本?

 ペルディード・ストリート・ステーションで脚光をあびた新鋭作家、チャイナ・ミエヴィルの短編集。ペルディード・ストリート・ステーションがそうであったように、この短編集でもSF・ホラー・ファンタジイの垣根を軽やかに飛び越え、いずれともつかない彼独特の世界を展開している。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は2005年の Looking for Jake, Macmillian。日本語版は2010年6月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約470頁。9ポイントで40字×17行×470頁=約319,600字、400字詰め原稿用紙で約799枚、文庫本としてはかなり多い。
 全般的に文章はモタつき気味で、決して読みやすい文章ではない。これは半ば作家のスタイル、もう半分は意図的なものだろう。というのも、ホラーの要素を含んだ作品が多いので、サクサク読むタイプの小説ではないからだ。

収録作は?

ジェイクをさがして 日暮雅通訳
ある日突然、ロンドンは崩壊してしまった。ぼくが列車の中で居眠りをしていて、目を覚ましたときには、「この世界を体系づける原理が崩壊」して、みんなばらばらになってしまった。
 混乱し、崩壊したロンドンで、親友のジェイクを探す「ぼく」。ミエヴィルお得意の、「変容したロンドン」を舞台にした物語。
基礎 柳下毅一郎訳
 その男は、優れたリフォームのアドバイザーだった。建物を見て、どこが悪いのか、なぜ悪化したのか、どこをどう修繕すればいいのか、修繕に必要な費用はいくらか、正確に見積もった。一戸建てでも、アパートでも、ビルでも、その男は決して間違わない。
 人には見えない物が見え、人には聞けない声が聞ける。それは特技でもあるけど、同時に…。レイ・ブラッドベリの「十月はたそがれの国」の雰囲気にも似た、ファンタジックなホラー。読了後、謝辞を読むとよいです。
ボールルーム 田中一江訳 エマ・バーチャム、マックス・シェイファーとの共作
 わたしは、その展示場の警備員だ。警備会社からの派遣だが、その職場は好きだった。特に託児所の隣にあるボールルームは、幼い子供たちに大人気で、若い子持ちの夫婦の集客に優れた効果を発揮していた。
 捻りに捻った作品が多いミエヴィルにしては、驚くほど直球で定石どおりの、ホラーというより怪談物語。
ロンドンにおける"ある出来事"の報告 日暮雅通訳
 わたし、チャイナ・ミエヴィルの元には、多くの郵便物が来る。ところが、その郵便物は誤配だった。間違いに気づいたのは、封をあけてからだった。その中身は、奇妙なメモや議事録で…
 間違って届いた怪しげな書簡集というスタイルで書かれた、奇妙奇天烈な物語。こういうのを読むと、つくづくミエヴィルは分類不能な作家だよなあ、と感じる。奇想にも程がある←褒めてます
使い魔 日暮雅通訳
 その魔法使いは、ホンモノだった。金の匂いを嗅ぎつけてハッタリをかます商売っ気もあるが、同時に優れた力も持っていた。
 魔法使いと使い魔といえばラブコメ…には、なりません。むしろキタキツネ物語かな。とっても嫌なキタキツネだけどw
ある医学百科事典の一項目 古田泉訳
 バスカード病、またの名を蠕虫語。最初の患者、プリモシュ・ヤンシャは、スロベニア北部で盲目の司祭に本を読む仕事についていた。
 医学百科事典の形を借りた、アイデア・ストーリー。
細部に宿るもの 日暮雅通訳
 ぼくは以前、あの黄色い家に通っていたことがある。母のいいつけで、朝食を家の主のミセス・ミラーに届けていたんだ。彼女の家には、よく客が訪ねてきていた。
 「悪魔は細部に宿る」ですか。解説を読んで、元ネタがあるのがわかった。
仲介者 日暮雅通訳
 今日は、職場のパンの中に筒が入っていた。いつもの通り、モーリーは中身を見ず、指示に従って筒を公園の一番東のゴミ箱に隠す。
 いつのまにやら、ワケのわからん秘密(?)組織の片棒を担がされてしまった男のお話。
もうひとつの空 日暮雅通訳
 アンティークショップで見つけた窓が、私は気に入った。つくりは雑だし、ガラスは歪んでいる上に、濁っている。美術品というわけでもないが、なぜが気になった。二度目に見かけたときも売れ残っていたので、買いこんで取り付けた。
 これもまたレイ・ブラッドベリの初期の短編を思わせる、不気味で不安な気になるホラー。
飢餓の終わり 田中一江訳
 97年に、ぼくはエイカンに出会った。みんな彼が乱暴だと言うし、事実乱暴だったけど、ぼくは彼がよくわからなかった。「インターネットは時代遅れさ」って彼は言ってたけど、実は…
 ミエヴィル流のサイバーパンク。ヘビースモーカーで凄腕の「ハッカー」エイカンは、カウボーイそのもの。
あの季節がやってきた 日暮雅通訳
 ついに、待ちに待った季節がやってきた。子供っぽいって言われても、僕はこの季節が好きなんだ。娘のアニーは14歳になるけど、それでもプレゼントを心待ちにしてるのはわかる。
 ミエヴィルには珍しく、ユーモラスな短編。まあ、こういうのを茶化すには、モンティ・パイソン風のキツいギャグが一番いいよね。
ジャック 日暮雅通訳
 みんな、ジャックのことを話したがる。そりゃそうさ、ここじゃジャックはヒーローだからね。でも、おれは違うぜ。そりゃパートナーってわけじゃないけど、おれは本当にジャックとの仕事をしたんだ。
 ペルディード・ストリート・ステーションで鮮やかな活躍をみせる、「お祈りジャック」のサイド・ストーリー。というか、ペルディード・ストリート・ステーションだとジャックはちょっと顔を出すだけなんで、ジャック物としてはこれが今のところ最も詳しい作品かもしれない。
鏡 田中一江訳
 変容し、荒んだロンドンの町。モンスターが闊歩し、人間同士も相争うロンドンで、その男ショールは、一人で生き延びていた。
 ロンドンを食い荒らすモンスターたちの正体が見事。実は結構昔からあるアイディアのような気もするけど、執拗で詳細な描写が、痛いほどのリアリティを生み出している。
前線へ向かう道 日暮雅通訳 画:ライアム・シャープ
 コミック作品。あの日、私はバスの停留所で浮浪者を見かけた。そして、兵士も。それから、帰還兵らしき者をよく見かけるようになり…
謝辞 日暮雅通訳
訳者あとがき 日暮雅通

 ペルディード・ストリート・ステーションは百鬼夜行というか怪人大行進というか、モンスター大好きな人向けの大サービスって感があった。それが、この作品集だと、ウルトラQや怪奇大作戦的な、ホラーともファンタジーともつかない、「不思議な感触」の話が多い。アメリカのドラマだと、トワイライト・ゾーンに近いかな。

 お話の骨組みはエドガー・アラン・ポーやレイ・ブラッドベリの流れを汲みつつ、それをポスト・サイバーパンク風のスタイリッシュな文体で現代に蘇らせた、そんな印象がある。一見カッコいいけど、実は思いっきりおバカな作風なんじゃなかろか。「あの季節がやってきた」には、何度も爆笑した。

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