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2011年2月15日 (火)

藤沢周平「用心棒日月抄」新潮社

裏店の女房たちは、内職をし、亭主と一緒に日雇いに出かけ、井戸端談義に身が入ったあげく女同士で摑み合いの喧嘩をし、甲斐性のない亭主の尻を叩き、言うことをきかない子は殴りつけ、精気に溢れているが肌の手入れまでは手が回らない。

どんな本?

 時代小説の名手、藤沢周平の人気連作短編集。わけあって北国の某藩を出奔し、浪人となった青江又八郎。若く腕は立つが禄も財も家族もない長屋暮らし。口入れ(職業斡旋)の相模屋吉蔵に仕事を回してもらうが、剣の腕を活かせる仕事は滅多になく、普請手伝いや人足ばかり。たまに来る払いがいい仕事は、身の危険を感じた依頼者が持ち込む用心棒稼業で…

 漫画「シティハンター」の原型の感すらある、ユーモアあり謎解きありアクションあり人情ありの、サービス満点な娯楽作。大江戸版ハードボイルドとでも言いますか。又八郎が請け負う用心棒稼業の主旋律に、吉良 vs 赤穂浪士の副旋律を添え、更に又八郎を狙う刺客という裏旋律まで絡めた贅沢なお話作り。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 元は小説新潮の連載で、1976年9月号~1978年6月号まで。書籍は1978年8月に新潮社より出て、1981年3月に新潮文庫で文庫化。私が読んだのは2002年11月発行のソフトカバー、縦一段組み約430頁。10ポイントの読みやすいサイズで42字×18行×430頁=約325,080字、400字詰め原稿用紙で約813枚。分量は多いが文章の読みやすさは抜群。お話の面白さも手伝って、アッというまに読み終えてしまった。こんな事なら、続く「孤剣」「刺客」「凶刃」も一緒に借りてくれば良かった。

収録作は?

犬を飼う女
 国を出奔して三ヶ月、なんとか長屋に寝床を確保した又八郎。大家に口入れ屋を紹介され吉蔵を訪ねたものの、美味しい剣道場の手伝いは同じ浪人の細谷に攫われ、残ったのは商家の妾の犬の番。そりゃ情けなくはあるが、又八郎にも生き延びねばならぬわけがあるのだ。
 「用心棒、おおカッコいい、さぞかしハードボイルドで…」と思わせといて、妾の犬の番。細谷に仕事を攫われる場面といい、垢じみた生活感を見事に出している。
娘が消えた
 犬番が成功したためか、次に入った仕事は商家の娘の用心棒。「もちっと侍っぽい仕事はないのか」などというものの、なにせ三日で一両と払いがいい。「こりゃ当面は食えるな」と素早く計算するなど、浪人暮らしも板についてきた様子。
 一応の主題紹介が終わったところで、ここから副旋律の吉良 vs 赤穂浪士が始まる。師匠の読み、外れていたのか、読んだ上での企みなのか。
梶川の姪
 珍しく吉蔵から又八郎に仕事を持ちかけてきた。なんと、ご大老の柳沢さまの仕事だ。しかも浪人二人を所望ということで、細谷と組んでの仕事となった。
 今までは商売敵だった細谷との、初めての共闘となる。腕は立つが食い意地が張った細谷、なんか可愛らしくて憎めない。
夜鷹切り
 米も残り少ない上に仕事にあぶれて憂鬱な又八郎、彼に声をかけた夜鷹は長屋のおさきだった。「変な男に追われている」と訴える彼女に並んで歩くと、確かに男がついてくる。手持ちの寂しさもあり、暫く彼女の護衛を努めるが…
 相変わらず酒と飯に釣られる細谷が憎めない。まあ、主人公の又八郎も飯に釣られて夜鷹の用心棒をやってるんだが。
夜の老中
 一日二分、二日で一両という美味しい仕事にありついた又八郎。美味しいだけあって楽じゃない。あの細谷まで怪我をしたという、危険な仕事だった。
 子沢山というから安産型のおばさんを想像したんだが…細谷もげろ。あの技は、「蝉しぐれ」にも登場してたような気がする。実際のモデルがあるんじゃないのかな。っかし、男女の仲ってのは。
内儀の腕
 大仕事を成功させたためか、相模屋もいい仕事を回してくれるようになった。住み込みで商家の若内儀の身辺警護。払いはいいし食事つきだ。相方の塚原は四十過ぎで腕も冴えないが、ここは先輩としていい所を見せないと…
 茶屋の女のラブレターの代筆で小遣い稼ぎする細谷、鈍いようで結構チャッカリしてる。そんな手紙を受け取った男が哀れだw 女からの文だと思ったら、髭面が書いてるんだもんなあ。
代稽古
 川原の砂利取り人足の仕事でくたびれ果てた又八郎に、やっと侍らしい仕事が回ってきた。剣道場の手伝いだ。喜び勇んで出かけるが、早速値切られる。それでも二食付に釣られて引き受ける又八郎。
 冒頭から又八郎と吉蔵の微妙な関係が伺えて面白い。それでも美味しい仕事を回されると、コロっと態度を変える又八郎が純朴というか、まだ江戸に慣れていないというか。
内蔵助の宿
 今度の仕事は大仕事だ。十日で五両と払いはいいが、場所は川崎の外れ、ご大身の用心棒だ。危険な香りはするものの、暮れで物入りな事でもあるし、張り切って出かけるが…
 今まで少しづつ大きくなってきた副旋律の忠臣蔵が、いよいよ明確に姿を現す。内蔵助のキャラクターが、藤沢氏の独自の解釈で楽しい。
吉良邸の前日
 もっこ担ぎの人足仕事もなく、米も炭も切れた又八郎。ここ三日は朝夕に粥をすするだけで、昼飯は抜いている。国許からの刺客は、ついに物頭まで動員し始めた。不承不承、気が進まぬ警護の仕事を引き受けはしたが…
 細谷との貧乏談義が身に沁みる。仕事を引き受ける動機が、あんまりと言えばあんまりだけど、説得力がありすぎ。
最後の用心棒
 ついに江戸を離れることになった又八郎を見送る、細谷と吉蔵。だが、又八郎を送るのは二人だけではなかった。
 やっと又八郎出奔の顛末が明かされる最終章。他の書評を読むと、この短編に登場する人物が、後に続く「孤剣」「刺客」「凶刃」で重要な役割を果たすそうな。

 最初は江戸に不慣れで朴訥な感もあった又八郎が、次第に浪人生活に慣れ、弛緩していく様子がリアルだ。残り少ない米を眺めて「あとどれぐらい食いつなげるか」などと勘定する場面も、なんというか。時代と用語と得物が違うだけで、お話の構造はハードボイルドの王道である探偵物と似ている。それをどこまで美味しくできるかが作家の腕の見せ所で、そういう点じゃ藤沢氏は抜群の安定感がある…って、二作しか読んでないけど。シティハンターなら海坊主に該当する細谷の、強面な食いしん坊という親しみやすいキャラクターが光ってる。

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