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2011年2月17日 (木)

藤沢周平「孤剣 用心棒日月抄」新潮社

 だが、危険を恐れていては、米櫃は満たされないのである。話に乗ったと言ったとき、又八郎はさっきのぞいて来たばかりの米櫃の底を思い出した。

どんな本?

 やっと国許に帰り、扶持も戻った青江又八郎。お家騒動も片付き、許婚の由亀ともいい感じだし、あとは祝言を挙げて…とはいかないのが辛いところ。お家騒動の余震は続く、どころか城下に公儀隠密まで出入りして、下手すりゃお家取り潰しになりかねない事態。などと中老の間宮に泣きつかれ、あわれ又八郎、はした金で江戸に舞い戻る羽目に。

 時代小説の名手、藤沢周平の人気連作短編シリーズ第二弾。藩の命運がかかった密命を負いながらも、しがない用心棒稼業で今日の米代を稼ぐ、青江又八郎の奮闘やいかに。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 初出は小説新潮1978年秋季別冊~1980年3月号。単行本は1980年7月に新潮社より刊行、1984年に新潮文庫に収録。私が読んだのはソフトカバー、2002年12月20日初版で2004年9月15日の二刷。縦一段組み約380頁、10ポイント42字×18行×380頁=約287,280字。400字詰め原稿用紙で約719枚。

 量こそ多いものの、文章の読みやすさは抜群。お話の面白さと登場人物の魅力も手伝って、あれよあれよと読み進み、最後の「春のわかれ」では、残り少ない頁数を恨めしく感じます。

収録作は?

剣鬼
 やっと国許に戻り、禄にありついた青江又八郎。このまま平穏無事な日々が続いてくれれば…と思っていた所に、中老の間宮からの呼び出し。どうせロクな話じゃなかろうと思って出かけたら、やはり難題を持ち込まれた。大富静馬が機密文書を持って江戸に出向き、それを公儀隠密が狙っているという。文書の奪還を命じられ、再び江戸に出向く又八郎。
 前作末の「最後の用心棒」で鮮烈な印象を残した二人の新キャラクター、大富静馬と佐知が再登場し、今作での活躍を予感させる。口いれの相模屋吉蔵も相変わらずの様子。用心棒仲間の細谷源太夫は、ちとお人よしに拍車がかかった雰囲気。腕は立つんで荒事じゃ頼れる相棒なんだけどねえ。
恫し文
 名が売れてきたのか、用心棒稼業も順調な様子。今度の仕事は呉服物の越前屋、二人三日飯つきで一分。ちと安いが、長く続きそうなので悪くない。新しい相棒、米坂八内は四十近く、貧相な雰囲気で頼りない。寝たきりの女房を心配して毎晩家に顔を出す。無口で着物も擦り切れてるし、大丈夫なのかねえ。
 新たな用心棒仲間の米坂と、初めて組む仕事。一見朴訥で鈍そうな男だけど、はてさて。奥さんの病状を考えるに、泊り込みの仕事はかえって良かったのかも。
誘拐
 商売繁盛とはいいながら、次の仕事は子供のお守り。十三歳の女の子の身辺警護で二日で一分。こりゃ美味しいわい、と出かけた又八郎。護衛相手のゆみはけなげに一人で暮らし、煮炊き洗濯掃除も立派にこなす。
 冒頭、新妻の由亀から来た手紙を読み返す又八郎が可愛い。幼いながらも立派に家事をこなす、ゆみちゃんが健気ったらない。つか又八郎、自分の汚れ物ぐらい自分で洗えよw 
凶盗
 中老から催促は来るが金は来ない。これだから苦労知らずは。さて、仕事はというと、細谷・米坂・青江の三枚看板まとめてという豪勢な仕事。とまれ豪勢だけあって、内容も相応しい。最近江戸を騒がせている残忍な野党団から、泊り込みで店を守ってくれ、という物騒なものだった。
 「恫し文」に続く、派手なアクションが楽しめる作品。貧相な見かけによらず、米坂もなかなかの活躍を見せる。つかず離れずの佐知との仲も、ちょいといい感じで…
奇妙な罠
 大仕事を片付けたためか、今度の仕事は三日で一分と安いが、その分内容は楽だ。なんたって、隠居の別宅の留守番である。しかも飯は向こう持ち、食っちゃ寝の生活なら悪くない。細谷は病気の子供を抱え、払いはいいが危険な仕事をやってる事を思えば、恵まれたほうだろう…
 職場について早速米櫃を覗く又八郎。なんというか、貧乏暮らしが板につきすぎ。とてもじゃないが、お家の大事を巡って公儀隠密と密かに命のやりとりをしてるようには見えない。そんなんだから…。エンディングでも商売っ気が抜けないのには爆笑した。
凩の用心棒
 藩の仕事が一段落ついて長屋に戻ると、奇妙な知らせが入っていた。米坂の妻からの使いだ。不審に思って出かけると、米坂が帰ってこない、という。愛妻家の米坂が帰らないとは、よほどの事だ。確かに仕事が仕事だが、ああ見えて米坂、なかなか腕はたつ。不吉な思いを抱えつつ、探索に向かう又八郎。
 バタバタと又八郎が駆け回るが、この作品で光ってるのが、米坂八内の意地。苦しい暮らしでありながら、用心棒稼業なりの誇りというかなんというか。
債鬼
 地震と火事はなんとか過ごしたものの、風邪をひいて寝込んでしまった又八郎。病み上がりでキツい仕事はできないからと、楽な仕事を求めたら、これがなんと高利貸しの用心棒で…
 昔も今も借金の取立てってのは変わらんもんで。
春のわかれ
 いよいよもって、藩の仕事も大詰め。ついに宿敵の大富静馬を追い詰め…

 剣の腕が立つとはいえ、所詮は人。空の米櫃を眺めて溜息をつく又八郎の姿で何度笑ったことか。にしても、食うに困った経験のないお偉方ってのは、困ったもんです。

「それがしの暮らしの金は?」
「そのぐらいは自分で才覚しろ。二年禄を離れても、べつに窶れもせずにもどって来たではないか」

 いや、その間、どれだけ苦労したことやら。藤沢氏が月給取りに人気がある理由が、つくづくよく判る。使われる立場ってのも、辛いよねえ。

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