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2011年2月28日 (月)

藤沢周平「凶刃 用心棒日月抄」新潮文庫

 元締役人はわが金を惜しむがごとくに出費を惜しむと言われるが、ほんとだなと思っていた。藩の金を預る役人が、あまり気前がよくても難があるかも知れないが、理由のある出費を惜しむのはただの役人根性に過ぎぬ。

どんな本?

 時代小説の名手、藤沢周平の人気シリーズ用心棒日月抄の、第四部にして堂々の完結編。

 今作は全三作と全く趣が違う。今までは連作短編の形だったのが、今作は一つの長編となる。また、今作は設定が前作から16年後であり、主人公の又八郎も40代半ば。今までは若さに任せ無茶をしていたが、今作では歳相応の落ち着きをみせる。前作から流れた16年の歳月が、本作の読みどころ。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 Wikipeda によれば、初出は「小説新潮1989年3月号から1991年5月号まで断続的に掲載」。単行本は1991年に新潮社より刊行。1994年6月に新潮文庫で文庫化。私が読んだのは文庫で2006年9月の36刷。12年に36刷だから、毎年3刷を重ねてる勘定になる。根強く愛されてます。

 文庫本で縦一段組み、本文が約430頁。9ポイント38字×16行×430頁=約261,440字、400字詰め原稿用紙で約654枚。長編としては標準的な長さ。文章は相変わらずの読みやすさだが、内容が謎解きの要素が強く、登場人物も多く入り組んでいるため、注意深く読まないといけない。まとまった時間をとって、一気に読むのが吉。

どんなお話?

 某藩の藩士、青江又八郎。今まで三度、事情により脱藩して江戸で暮らし、舞い戻る。江戸では浪人仲間の細谷源太夫と共に、剣の腕を活かした用心棒稼業で糊口をしのぎ、藩命を果たしてきた。若い頃は日々の米にも困ったが、今は40も半ば、近習頭取の役職につき、百六十石の禄がついている。愛妻由亀との間にも三人の子ができ、仕事も家庭も順調だ…下腹も順調に育っているのが困りものだが。

 近く藩命で半年ほどの間、江戸勤めになるので、その準備をしていたところ、特に面識もない寺社奉行の榊原造酒より呼び出された。かつて又八郎が関わった藩の秘密組織、嗅足組を解散するにあたり、江戸の鍵足組を仕切る佐知への伝令を頼まれたのだ。だが、鍵足組の周辺には、藩内の不気味な動きと共に、公儀隠密も跳梁していた。

感想は?

 渋い。所々に飄々としたユーモラスな描写が見られた前三作に比べ、今作はどっと重くシリアスな雰囲気で話が進む。何が重いかといえば、それは前作以降に流れた十六年の歳月。

 主人公の又八郎は下腹が出て、己の剣への過信もなくなる…どころか、年取った体を不安がる描写がアチコチにある。今まで空いた時間は自堕落に寝て過ごしてたのが、今作では自ら道場で朝稽古までしている。随分と変わったなあ。

 歳月が最も残酷に出ているのが、かつての気のいい相棒、細谷源太夫。彼との再会シーンも相当に厳しいが、彼の娘とのシーンはもっと酷い。私は細谷が好きだったので、悲しかったよ。でもまあ、彼の性格を考えると、やっぱりこうなっちゃうのかなあ。でもなあ。なんだかなあ。

 前作までと違い、今回は堂々と藩命を受けて江戸に出てきているので、用心棒稼業で日銭を稼ぐ必要がないので、細谷と組んで活躍する場面は少ない。その分、今作で又八郎の相棒を勤めるのが、ヒロインの佐知。嗅足組の指揮者に相応しく、調査に乱闘に活躍するばかりか、私事でもイロイロと、まあ、アレです。又八郎もげろ。

 起居も前作までの町人長屋ではなく、藩の長屋で賄いつきだ。今までお櫃の底を恨めしげに眺めていた又八郎、今作では飢える心配だけはなくなっている。そのためか、食事シーンはかなり贅沢になった。随所でそれとなく故郷の名産、「醤油の実」や「カラゲ」を紹介している。体重が気になる人は、深夜に読むのは避けるべし。ちなみに「醤油の実」とは。

醤油のしぼり滓に糀(こうじ)と塩を加え直して発酵させ熟成したもので、素性は貧しい喰べ物である。しかしその独特の風味には捨てがたいところがあって、近ごろははじめから醤油の実そのものを作る糀屋も城下に現われ、この貧しくて美味な副食は、上下を問わず城下の家々で愛用されていた。

 貧しい者から富める者へ広がった食物なんだもの、そりゃ美味しいに決まってる。白い炊き立てご飯によく合いそう。終盤近く、つぐみを食べるシーンもあって、これがまた腹が減るから困る。

 解説は川本三郎氏。あっさりと見所の場面のネタを割っちゃってるんで、解説を先に読む癖のある人は要注意。素直に本文を読み終えてからにしましょう。

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