藤沢周平「刺客 用心棒日月抄」新潮社
「ええと、深川の川浚い人足。これは寒うございましょうな。とすると、ほかには米屋の臨時雇い、長禄寺の石垣積み、と。これは力仕事か。ええーと、紅梅屋の旦那のお供、おや、これは駕籠の片棒のご注文だった」
どんな本?
なんとか宿敵の大富静馬を討ち果たし、晴れて帰参を果たした青江又八郎。馬廻り百石の禄は戻ったものの、吝い間宮中老からは何の臨時手当もなし。せめて由亀とイチャイチャの新婚生活を送ろうか…と思ったのもつかの間、またもや血生臭い密命を受け、脱藩する羽目に。
時代小説の名手、藤沢周平の人気連作短編シリーズ第三弾。今までは又八郎が用心棒として請け負う仕事の比重が高く、藩関係が脇に回っていたが、今作では藩からの密命の比重が高くなり、より連作としてのまとまりが強まっている。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
初出は小説新潮1981年11月号~1983年3月号。単行本の初版は1983年7月に新潮社から。文庫本は1987年に新潮文庫より。私が読んだのはソフトカバーで2003年1月30日初版、2004年10月25日の二刷。縦一段組みで本文約336頁、10ポイントの見やすい文字はおぢさんには有り難い。42字×18行×336頁=254,016字、400字詰め原稿用紙で約636枚、文庫本ならやや厚め、かな。
熟練のエンタテナー藤沢氏の看板作品だけあって、読みやすさは抜群。時代小説らしく、当時の言葉遣いの会話も多いんだが、リズムがいいためかスイスイ読める。もちろん、物語の面白さが読者を引っ張ってる部分は、充分にあります。
収録作は?
- 陰の棟梁
- せめて細谷源太夫の仕官だけでも世話して欲しいと間宮に頼む又八郎だが、十石二人扶持の水番しかない。それでも一応細谷に問い合わせたところ、やはり断りの手紙がきた。大富派の処分は最小限となり、寿庵様には釘をさす程度。これで一安心と思ったのもつかの間、また不穏な事件が…
江戸で苦労しただけあって、又八郎もいろいろとちゃっかりしてきてる。それでも、間宮みたいな齢経た狸には手玉に取られるんだけど。 - 再会
- 三たび江戸に戻った又八郎、今回は慣れたもので、長屋を決めたらすぐ職探し、さっそく相模屋の吉蔵を訪ねる。手駒が増えた吉蔵は大喜び、喜んで払いのいい仕事を回してくれた。が、これがクセ物で、凶暴な夜盗に狙われた下屋敷の警護、決して楽な仕事じゃない。
今作のメイン・ヒロインを張る佐知が、やっと登場する。佐知との仲を怪しむ吉蔵に、又八郎はあれこれ言い訳してるけど、実際、吉蔵の懸念どおりだよなあ。 - 番場町別宅
- 敵の行方は知れないが、敵は既に手を回していた。佐知の配下の娘、はるが拉致されたのだ。懐にも余裕があることだし、佐知と共に探索に動く又八郎。
「ああ、作品の主題が大きく変わったな」と感じさせる一作。今までは用心棒稼業の記述が先にあり、藩命が後という形式が中心だったのに対し、ここでは用心棒稼業が後になっている。その用心棒稼業も慣れたもので、見事な貫禄を見せる。 - 襲撃
- 今度の仕事は安いが、気心の知れた細谷と一緒だ。まあさんと孫娘の警護で一日二百文。それも仕方がないと引き受けはしたものの、このばあさんがとんでもなく口煩い上に人使いが荒い。
気楽な一人暮らしに慣れてきた又八郎のダメ生活ぶりが、なんとも人間臭くていい。序盤と最後に激しいアクションを入れる、いかにも映像向きの作品。珍しく最後にオチがついてる。 - 梅雨の音
- ついに佐知までが襲われた。なんとか命は取りとめたものの、先立つ物がない。ということで、慣れた用心棒稼業に精出す又八郎。今度の仕事は一日二分、なかなか美味しい仕事だ。護衛する相手は四十前後の浪人だが、金回りは悪くなさそうだ。
護衛相手が狙われる理由が、なんともはや。又八郎、他人事じゃないぞ。 - 隠れ蓑
- 今度の仕事は、珍しく相模屋を通さず細谷が持ってきた。細谷と交替で、商家の旦那を送り迎えして一日一分。こりゃいい仕事だわい、と思ったが、さすが商家、銭勘定はしっかりしている。
護衛対象の商人の六兵衛の人物像が光ってる。危険はあっても妾宅通いはやめない徹底した助平根性、でも商売は商売として必ず朝には店に居る商人魂。商人は逞しいねえ。 - 薄暮の決闘
- なんと、細谷に仕官の望みが出てきた。中間の雇われ先で腕を見せる機会があり、気に入られたとのこと。又八郎の仕事はご隠居の警護。歳はとっても足は達者で、よく出歩いていたのだが、どうも最近は耄碌したらしく、何者かに怯えている模様。
この作品は、最後のアクションの緊迫感がいい。やっぱり、八双は小物・曲者の匂いがして、どうもなあ。ああいう正攻法こそ、強敵に相応しい。 - 黒幕の死
- 今作の最後を飾るに相応しい、謎解きとアクション全開の作品。
刺客という物騒なタイトルに相応しく、前作に比べユーモアは控えめで、アクション主体に仕上がってる。佐知との仲も、まあ、大人っぽくアレです。今までの飄々とした軽さに変わり、人生の先行きの不安も時折漂って、時の流れと又八郎の成熟が感じられる、三部作の終幕に相応しい作品。あ、いや、この後に長編の「凶刃」が続くんだけど。
関連記事
| 固定リンク
「書評:フィクション」カテゴリの記事
- ドナルド・E・ウェストレイク「さらば、シェヘラザード」国書刊行会 矢口誠訳(2020.10.29)
- 上田岳弘「ニムロッド」講談社(2020.08.16)
- イタロ・カルヴィーノ「最後に鴉がやってくる」国書刊行会 関口英子訳(2019.12.06)
- ウィリアム・ギャディス「JR」国書刊行会 木原善彦訳(2019.10.14)
- 高木彬光「成吉思汗の秘密」ハルキ文庫(2019.06.19)
コメント